第三十四話
【ハーヴェンスロウ公爵城/小戦議室】
小戦議室は、大評議室よりも狭い。
だが、その分だけ余計なものがない。
机が一つ。
椅子が四脚。
壁に地図はなく、判断に必要なものだけが置かれている。
ロウェル・ハーグレンは、机の向こう側に立っていた。
鎧は脱いでいるが、剣は壁に預けていない。
エドランとタルヴァスが入室すると、ロウェルは視線を上げた。
「……戻ったか」
「調査は?」
エドランは椅子に座らず、立ったまま答えた。
「結論から話す」
ロウェルは短く頷く。
「聞こう」
「今回、街で刃を取った連中は――」
一拍、言葉を選ぶ。
「盗賊でも、兵でも、雇われ冒険者でもない」
ロウェルの眉が、わずかに動いた。
「……では何だ」
「住民だ」
はっきりと、エドランは言った。
「この街で暮らしていた人間だ」
ロウェルは、すぐには返さなかった。
否定もしない。だが、飲み込むには時間が必要な沈黙だった。
タルヴァスが低く補足する。
「北国に反意を持っていた様子はない」
「普段は、ただ働き、治療を受け、保護されていた者たちだ」
ロウェルは、机に指先をついた。
「……だが、襲撃は同時だったな」
「はい」
エドランは頷く。
「複数の地点で、ほぼ同時に動いています」
「ただし、どうやって連動したかは分からない」
ロウェルは視線を上げた。
「指揮官の存在は?」
「まだ確認できていません」
エドランは即答する。
「現場で号令を出していた人物も、
統制役らしい動きも、今のところは」
ロウェルは低く息を吐いた。
「最優先で探せ」
「指揮官が鹵獲できていないなら、話は厄介になる」
エドランは一歩、前に出た。
「元を辿りました」
「敵が現れた場所、休んでいた場所、治療を受けていた場所」
「行き着いた先は、すべて同じです」
ロウェルが顔を上げる。
「教会か」
「真教派の施設です」
エドランは続けた。
「祈祷院。施療所。保護施設」
「ただし、そこに“黒幕”はいませんでした」
「司教も、現場の実務官も、本当に何も知らない」
ロウェルの眉が寄る。
「断言できるか」
「少なくとも、私が会った者たちは」
「知らない」
「知らないまま、役割を果たしている」
ロウェルは、そこで初めて椅子に腰を下ろした。
「……こちらでも、捕らえた者たちを調べている」
エドランが視線を向ける。
「どうでしたか」
「混乱している者が多い」
ロウェルは低く言った。
「何をしたのか、誰もはっきり説明できない」
「だが、“正しいことをした”という感覚だけは、妙に揃っている」
タルヴァスが静かに聞く。
「命令された覚えはない、と?」
「そう言う者が多い」
ロウェルは首を振る。
「だが、それが事実かどうかは分からん」
「恐怖か、刷り込みか……」
「あるいは、別の何かか」
「洗脳の類いだと思うか?」
慎重な口調だった。
エドランは、すぐには答えなかった。
「分かりません」
「少なくとも、魔術的な強制や、
単純な命令支配とは違うように見えます」
一拍。
「むしろ――」
言葉を探し、続ける。
「“そう判断した”と、本人が信じている」
ロウェルは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「北国では、真教派は主流じゃない」
「やろうと思えば、弾圧もできる」
一度、言葉を切る。
「だが、今回それをやれば……
今回と同じ混乱が、別の形で必ず起こる」
ロウェルは、はっきりと言った。
「真教派の脅威段階を引き上げる」
「明確に敵対していなくとも、
もはや放置できる存在ではない」
エドランは頷いた。
「調査した限りですが、黒幕はここにはいません」
「ただし、教会の“基準”を通して」
「北国の内側に、
何かが入り込んでいる」
ロウェルは、深く息を吸う。
「公爵兄――エルバートだけで、できる話じゃないな」
「ええ」
「この件は」
ロウェルは顔を上げた。
「表では扱わない」
「王都にも、今は出さない」
「まずは、こちらで抱える」
エドランは短く頷く。
「次はどうする」
「記録だ」
ロウェルは即答した。
「名簿、引き継ぎ、署名のない指示」
「誰が“正しいと思って従ったか”を洗う」
一拍。
「……どこまで根を張っているか、把握する必要がある」
剣も、号令もない。
だが、確実に進む侵食がある。
北国は、まだ戦える。
だが――
守れているとは、限らなかった。




