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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
35/41

第三十四話

【ハーヴェンスロウ公爵城/小戦議室】


小戦議室は、大評議室よりも狭い。

だが、その分だけ余計なものがない。


机が一つ。

椅子が四脚。

壁に地図はなく、判断に必要なものだけが置かれている。


ロウェル・ハーグレンは、机の向こう側に立っていた。

鎧は脱いでいるが、剣は壁に預けていない。


エドランとタルヴァスが入室すると、ロウェルは視線を上げた。


「……戻ったか」

「調査は?」


エドランは椅子に座らず、立ったまま答えた。


「結論から話す」


ロウェルは短く頷く。


「聞こう」


「今回、街で刃を取った連中は――」


一拍、言葉を選ぶ。


「盗賊でも、兵でも、雇われ冒険者でもない」


ロウェルの眉が、わずかに動いた。


「……では何だ」


「住民だ」


はっきりと、エドランは言った。


「この街で暮らしていた人間だ」


ロウェルは、すぐには返さなかった。

否定もしない。だが、飲み込むには時間が必要な沈黙だった。


タルヴァスが低く補足する。


「北国に反意を持っていた様子はない」

「普段は、ただ働き、治療を受け、保護されていた者たちだ」


ロウェルは、机に指先をついた。


「……だが、襲撃は同時だったな」


「はい」

エドランは頷く。


「複数の地点で、ほぼ同時に動いています」

「ただし、どうやって連動したかは分からない」


ロウェルは視線を上げた。


「指揮官の存在は?」


「まだ確認できていません」


エドランは即答する。


「現場で号令を出していた人物も、

 統制役らしい動きも、今のところは」


ロウェルは低く息を吐いた。


「最優先で探せ」

「指揮官が鹵獲できていないなら、話は厄介になる」


エドランは一歩、前に出た。


「元を辿りました」

「敵が現れた場所、休んでいた場所、治療を受けていた場所」

「行き着いた先は、すべて同じです」


ロウェルが顔を上げる。


「教会か」


「真教派の施設です」


エドランは続けた。


「祈祷院。施療所。保護施設」

「ただし、そこに“黒幕”はいませんでした」

「司教も、現場の実務官も、本当に何も知らない」


ロウェルの眉が寄る。


「断言できるか」


「少なくとも、私が会った者たちは」

「知らない」

「知らないまま、役割を果たしている」


ロウェルは、そこで初めて椅子に腰を下ろした。


「……こちらでも、捕らえた者たちを調べている」


エドランが視線を向ける。


「どうでしたか」


「混乱している者が多い」


ロウェルは低く言った。

「何をしたのか、誰もはっきり説明できない」

「だが、“正しいことをした”という感覚だけは、妙に揃っている」


タルヴァスが静かに聞く。


「命令された覚えはない、と?」


「そう言う者が多い」


ロウェルは首を振る。


「だが、それが事実かどうかは分からん」

「恐怖か、刷り込みか……」

「あるいは、別の何かか」


「洗脳の類いだと思うか?」


慎重な口調だった。


エドランは、すぐには答えなかった。


「分かりません」

「少なくとも、魔術的な強制や、

 単純な命令支配とは違うように見えます」


一拍。


「むしろ――」


言葉を探し、続ける。


「“そう判断した”と、本人が信じている」


ロウェルは、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。


「北国では、真教派は主流じゃない」

「やろうと思えば、弾圧もできる」


一度、言葉を切る。


「だが、今回それをやれば……

 今回と同じ混乱が、別の形で必ず起こる」


ロウェルは、はっきりと言った。


「真教派の脅威段階を引き上げる」

「明確に敵対していなくとも、

 もはや放置できる存在ではない」


エドランは頷いた。


「調査した限りですが、黒幕はここにはいません」

「ただし、教会の“基準”を通して」

「北国の内側に、

 何かが入り込んでいる」


ロウェルは、深く息を吸う。


「公爵兄――エルバートだけで、できる話じゃないな」


「ええ」


「この件は」


ロウェルは顔を上げた。


「表では扱わない」

「王都にも、今は出さない」

「まずは、こちらで抱える」


エドランは短く頷く。


「次はどうする」


「記録だ」


ロウェルは即答した。


「名簿、引き継ぎ、署名のない指示」

「誰が“正しいと思って従ったか”を洗う」


一拍。


「……どこまで根を張っているか、把握する必要がある」


剣も、号令もない。

だが、確実に進む侵食がある。

北国は、まだ戦える。


だが――

守れているとは、限らなかった。

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