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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
33/41

第三十二話

【ハーヴェンスロウ市街 / 旧監視塔前】


崩れた旧監視塔の影は、夕刻の市街に長く伸びていた。

瓦礫は片付き始め、人の往来も戻りつつある。


泣き声はない。

怒号もない。

――落ち着きすぎている。


タルヴァスは石壁にもたれ、通りを見下ろしていた。


「……思ったより静かだな」


「だから、気になる」


エドランは足を止め、並んで街を見た。


「ロウェル達から話は聞いた。

 表の戦は、当面問題ないそうだ」


「兵力で押し負けることはない、と」


「ウィンターホルンと公爵領軍を合わせれば、だな」


タルヴァスが短く頷く。


「だが――街は、落とされかけた」


「正確には、“中から開けられた”」


エドランは視線を巡らせた。


「だから、俺たちの仕事は剣じゃない。

 街の内側を見る。どうして、敵が“普通にそこにいた”のか」


二人は、兵舎へと足を向けた。


=======


【ハーヴェンスロウ市街 / 兵舎】


兵舎には、まだ血と油の匂いが残っていた。

鎧を外した兵士たちが、壁にもたれて息を整えている。


エドランは、一人ずつ声をかけて回った。


「最初に敵を見たのは、どこだ」


若い兵士が、少し考えてから答える。


「……倉庫です。

 でも、開けたらもう――」


「空き家だった」


別の兵が、言葉を継いだ。


「路地の奥です。普段、人がいない場所で……」


エドランは表情を変えず、続きを促す。

「怪しいと思ったか?」


兵士たちは顔を見合わせ、首を振った。


「住民だと思いました」

「避難しきれなかった人かと……」


熟練の兵が、低い声で言う。


「敵は、“敵らしくなかった”」


「どういう意味だ」


「鎧を着てない者もいた。

 剣を持ってない者もいた」


一拍置いて、続ける。


「だが、一瞬で――敵になった」


エドランの胸に、引っかかる感覚が残る。


潜伏ではない。

偽装だ。それも、街の“日常”に溶け込む形の。

いや、本当にただの偽装なのか?


=======


【ハーヴェンスロウ市街 / 倉庫区】


倉庫の中は、拍子抜けするほど整っていた。


「……荒らされた形跡がないな」

タルヴァスが呟く。


「慌てた様子もない」

エドランは床を見下ろした。


「箱の位置も、荷札の並びも……最初から決まっていた」


「戦の直前に集めた物じゃない」


「もっと前から、ここに置く予定だった」


タルヴァスが低く問う。

「検閲記録は?」


「ない」


「……通っているはずなのに、か」


エドランは箱の底を、指で軽く叩いた。

「通った“こと”になっていない」


沈黙が落ちる。


「やり方が分からない」


タルヴァスが言った。


「……気味が悪いな」


=======


【ハーヴェンスロウ市街 / 空き家】


空き家の中は、妙に整っていた。


「……住んでいた形跡はあるな」


タルヴァスが周囲を見渡す。


「だが、生活してない」


エドランは床に落ちた包帯を拾い上げた。


「何人かは、治療を受けている」


人がいた痕跡は確かにある。

だが、想像していた“敵”の姿ではない。


盗賊でもない。

兵士でもない。


(……じゃあ、誰だ)

エドランの中に、疑問が残る。


=======


周辺の住民は、皆同じことを言った。


「危ない人? 見てないね」

「教会の人が出入りしてたよ」

「怪我人を休ませてただけだ」


善意しか、出てこない。


タルヴァスが低く言う。

「……疑う理由が、なさすぎる」


「それが、一番おかしい」

エドランは、そう答えた。


=======


【真教派教会・治療所】


司教は、最初から協力的だった。


「疑われるのは当然でしょう」

疲れの滲む声だったが、硬さはない。


「我々ができるのは、治療と保護だけです」


エドランは、慎重に言葉を選ぶ。

「治療を受けた者たちは、その後どうなりましたか」


「回復の度合いに応じ、別の施設へ移しています」


「その判断は、司教の裁量で?」


「いいえ」

即答だった。


「定められた手順に従っています」


「その手順は?」


司教は、少し考えてから首を振る。

「……私がこの任に就く以前から決まっている手順です」


矛盾はない。

説明も整っている。


エドランは、そこで話題を変えた。

「教会内を見せてください。

 被害確認として」


司教は一瞬だけ迷い、それから頷いた。

「構いません。隠すことはありません」


=======


【教会内部】


治療所の奥は、整理されていた。

だが、納棺所でエドランは足を止める。


棺の内側。

木材に走る、細かな傷。


「……引っかき傷じゃない」


タルヴァスが低く言う。


「刃物だ。それも、複数」


外側は丁寧。

内側だけが荒れている。


(弔いだけなら、こうはならない)


エドランは、そう思う。

だが、まだ断定しない。


=======


「司教」

エドランは棺を指した。


「この棺について、特別な指示は?」


司教は内側を見て、言葉を失う。

「……これは……」


「司教の指示ではない?」


「違います」

即答だった。


「我々は棺の中身を検めません。

 弔いは、神の御前にあるものです」


困惑と理解が、声に滲む。

「もし、武器が入っていたのなら……

 それは、我々の意図ではありません」


エドランは、その表情を見て確信した。


――この男は、本当に知らない。

――知らないまま、役割を果たしている。


=======


教会を出て、しばらく沈黙が続いた。


「……司教じゃないな」

タルヴァスが言う。


「ああ」

エドランは頷いた。


「だが、教会の仕組みは使われている」

「治療、移送、弔い……」

「全部、“正しい手順”としてな」


エドランは、静かに言った。

「なら、次に見るべきは――

 誰が、その手順を管理しているかだ」


敵の姿は、まだ見えない。

だが、その正体は、はっきりしてきていた。

それは、人ではない。

役割と手順でできた、構造そのものだった。

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