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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
32/41

第三十一話

【北国ノルディア・ハーヴェンスロウ公爵城/私室】


暖炉の火は落とされていた。

だが、室内は暗くない。

壁際の燭台が、必要最低限の灯りだけを残している。


扉が閉まる音が、低く響いた。

この部屋にいるのは三人だけだ。


公爵ロンドリック・ファールデン。

第一王子兼ウィンターホルン城主ロウェル・ハーグレン。

そして、エドラン。



ロンドリックは椅子に腰を下ろし、

ロウェルは壁際の地図から目を離さないまま、口を開いた。


「軍の話ではない」

前置きとして、それだけを告げる。


「少なくとも、今の時点ではな」


エドランは小さく頷いた。

城中に満ちている戦時の空気とは、

この場の話題が一線を画していることは明らかだった。


ロンドリックが、静かに言う。

「兵力も、糧も、指揮も整っている。

 ウィンターホルンの兵と公爵領兵を合わせれば、

 兄の反乱に後れを取ることはない」


事実だった。

だからこそ、その次の言葉が重い。


「……だが、腑に落ちん」

ロウェルが、地図の一点を指でなぞる。


「蜂起のタイミング。

 門の閉じ方。

 守備の抜かれ方」

視線だけをエドランに向ける。


「計画としては粗い。

 だが、必要な場所に、必要な人間が、揃いすぎている」

エドランは、すぐには答えなかった。


一瞬、トレイドラン平原の光景が脳裏をよぎる。


乾いた風。

視線の合わない兵士たち。

命令がなくても揃う動き。


そして、静かに口を開いた。

「……トレイドラン平原で遭遇した兵士に、似ていました」


ロンドリックの視線が上がる。

「似ていた、とは?」


「判断が早い。

 迷いがない。

 それでいて、前に出すぎない」

エドランは言葉を選ぶ。

「訓練の結果というより、

 “そう動くことが自然になっている”感じです」


ロウェルは、わずかに眉をひそめた。

「……つまり」


エドランは頷いた。

「もっと前の段階で、

 人そのものが調えられている」


短い沈黙。

ロンドリックが、低く息を吐いた。

「……戦の巧拙の話ではないな」


ロウェルも同意するように言う。

「腕や指揮の問題では説明がつかん」


ロウェルは、そこで決断するように言葉を続けた。

「だから、お前を呼んだ」


視線は、真っ直ぐエドランを捉えている。

「なぜ、内側から敵が出たのか。

 どこで、人が取り込まれたのか」


一拍。


「そして——

 誰が、裏で糸を引いていたのか」


ロンドリックが、静かに補足する。

「エルバート一人で、

 これほど揃った動きを用意できるはずがない」

「必ず“別の手”が居る」


ロウェルが頷く。

「それを、突き止めてほしい」


「公には動けん。

 疑いを向けた瞬間、真教派が“調停”を名乗って入ってくる」

「そうなれば、

 こちらが騒ぎを大きくした側になる」


エドランは、理解していた。

「……裏から、調べろと」


「そうだ」

ロウェルは迷いなく言った。


「王子としてではない。

 第三者として動け、剣を抜くなとは言わん。だが、火を点けるな」


ロンドリックが、エドランを見据える。

「勝っても終わらない戦争になる」

「ならば、始まる前に、

 何が仕込まれていたのかを知る必要がある」


エドランは、しばらく考えた後、頷いた。

「……分かりました。戦争の理由を、探します」


ロンドリックは、わずかに表情を緩めた。

「頼む。

 これは、お主にしか任せられん」


エドランが扉へ向かう。

その背中に、ロウェルの声がかかる。

「気をつけろ。お前が動けば、思わぬところで目立つこともある」


「好奇心も、警戒心も——

 人は、異変をよく見る」


エドランは、振り返らずに答えた。

「承知しています」


扉が閉まる。

残された二人の間に、短い沈黙。


ロンドリックが低く言った。

「……嵐の中心に立つ男だな」

ロウェルは、しばらく黙っていた。

「本人は、

 まだ嵐だとは思っていないがな」


その沈黙自体が、

この先に待つ事態を、静かに予告していた。


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