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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
3/12

第二話

【早朝の王都 城門前】


冷たい朝の空気が漂う城門前の王都の大通り。太陽はまだ昇りきらず、東の空が薄紅色に染まり始めた頃、エドラン・ハーグレンは馬に跨り、軽く手綱を引いた。腰の短刀がわずかに揺れる音が、静かな通りに響く。彼の隣には、長髪を後ろで束ねたドワーフ、バーリン・グラントハンマー。そしてその向こうには、鋭い金色の瞳を光らせたパンサーの獣人、タルヴァスが立っている。


「さあ、出発だ。」エドランが軽く口にすると、バーリンがにっこりと笑った。その笑顔には、どこか父親のような温かさがあった。


「早朝に出発するなんて、お前らしいの。」バーリンが手をこすりながら言った。「まあ、時間を無駄にしないのはいいことだが。」


「バーリン、年寄りに早起きは得意なはずだろ?」エドランは冗談交じりに返す。その顔には少し疲れたような笑みが浮かんでいたが、どこか楽しげでもあった。


バーリンは髭を撫でながら短く笑う。「いいか、わしの年齢でこれだけ動ける者はそうおらんぞ。」


「ああ、バーリン、頼りにしているぞ。」タルヴァスが静かに微笑みながら応じる。


「うむ、久しぶりじゃのう、タルヴァス。」バーリンは軽くウインクをし、「こうして二人の元気な姿を見られるのは嬉しいわい。」と笑った。「さて、急げば夜には村に着けるかもしれんぞ。」


こうして三人は王都を出立した。





王都を抜け、南へ続く雪道に入ると、旅路は静けさを取り戻した。足元を踏みしめる雪の音だけが響く中、やがて三人の間に自然と会話が生まれた。


「そういえば、お前たちと一緒に冒険したのは何年前だ?」エドランが馬上から問いかける。


「十年くらい前かのう?」バーリンは荷車に積んだ荷物を確認しながら言った。「あの時も寒い地方での仕事だったのう。氷の洞窟でワイバーンの卵を持ってこいなんて、馬鹿な貴族の依頼じゃった。」


タルヴァスが静かに頷く。「覚えている。エドランが自分で仕掛けた罠にかかりかけて、俺が間一髪で助けた。」


エドランは苦笑した。「お前が助けてくれなかったら、今ごろここにいないだろうな。それにしても、あの時バーリンがいなければ、卵を割らずに持ち帰る方法なんて見つけられなかった。まさか、ワイバーンを酔っ払わせるなんてな。」


バーリンは得意げに鼻を鳴らす。「わしの知恵をもっと褒めてもええぞ。ただ、お前らまで酔っ払ってしまったのは笑えたがの。」


「俺にとっては笑い話じゃないぞ。」エドランは頭を振った。「次の日の二日酔いがどれだけ酷かったことか...」


三人は笑い合いながら雪道を進んだ。その光景は、かつての冒険の日々を思い出させるものだった。



【城塞都市ウィンターホルン】


数日をかけて南下し、冷たい風が吹きすさぶ山道を進んだ末、エドランたちは城塞都市ウィンターホルンの門前にたどり着いた。太陽が山々の向こうへ沈みかけ、石壁が赤く染まっている。険しい山々に囲まれた城塞は、長い歴史と王国の威厳を感じさせた。


「ここに来るのも随分久しぶりだな。」エドランが馬を降り、感慨深げに呟く。


「まさに鉄壁の要塞じゃのう。」バーリンはにこやかに笑いながら、荷物を手直しした。「エドラン、お前の兄上も元気か?」


「ああ、兄上は元気だろうな。相変わらず多忙だとは思うが。」エドランは軽く肩をすくめ、城門をくぐった。



石畳を進む彼らの耳に、何やら人々を煽るような声が響いてきた。大通りの一角、簡素な木箱を演壇代わりに立った男が、厚手のローブを纏い、力強い声で演説をしていた。


「聞け、善き人々よ!我らが神に帰依すれば、全ての罪は許され、真実の救済が訪れる!」司祭の声はよく通り、道行く人々を振り向かせていたが、彼の言葉を真剣に聞く者は少ないようだった。


「我々の教えを実践することのみが、あなた方の魂を高みに至らせる唯一の方法なのです!他の教えに惑わされるな!我らの神のみが真実なのだ!地獄に落ちたくないならば我らの洗礼を受けるのです!」


タルヴァスが眉間に皺を寄せ、低く呟いた。「あいつら…胸糞が悪いな。」


「真教派か。」エドランは腕を組んで宣教師を観察する。「噂には聞いていたが、ここまで広まっているとはな。王都ではほとんど話題にならなかったが、我が国にも影響を及ぼし始めているらしい。」


バーリンが周囲を見回しながら肩をすくめた。「じゃが、ウィンターホルンの住民には響いていないようじゃの。この寒さの厳しい土地では助け合いと清貧さが根付いている。あんな金で地位を買う教えなど、北国の人々に受け入れられるはずがないわい。」


実際、演説を聞く人々の表情には冷めたものが多く、誰一人として立ち止まる者はいなはなかった。それどころか、子供を連れた母親が司祭の前を通り過ぎながら、「くだらない話を子供に聞かせるな」と呟くのが聞こえたほどだ。


「王国全体に広まる前に、何らかの手を打つべきかもしれないな。」エドランは深く息をつきながら視線を逸らした。「あの背後に嫌なものを感じるんだ。兄上に会ったら、気をつけるように伝えるべきだろう。」



【城塞都市ウィンターホルン 中心部】


その後、彼らは第一王子のいる一角へと向かった。高くそびえる石造りの建物の前で、エドランは足を止め、振り返ってタルヴァスとバーリンに目を向ける。


「これから兄上に会う。少し待っててもらえないか?」


「かまわんよ。」バーリンが微笑む。「わしは次の街に向かう準備を済ませておくとしよう。」


「私は情報収集をしておこう。」タルヴァスが短く応じる。


エドランは短く頷き、門番に声をかけた。「第三王子エドラン・ハーグレンだ。兄上にお目通りをお願いしたい。」


門番は目を丸くしながらもすぐに敬礼し、門を開けるよう合図を送った。無骨な鉄の扉が音を立てて開き、彼を迎え入れる。



エドランが一人で館内の石造りの廊下を進むと、やがて第一王子ロウェル・ハーグレンの執務室へと案内された。扉を開けると、部屋の中央に大きな地図を広げ、数人の将校たちと議論を交わしているロウェルの姿があった。


「エドランか。」ロウェルが顔を上げると、すぐに会話を切り上げ、将校たちを下がらせた。


「兄上。」エドランは軽く頭を下げた。「お忙しいところ、申し訳ありません。」


「いや、良い。」ロウェルは口元にわずかな笑みを浮かべ、弟を手招きした。「久しいな。王都では色々と厄介なことがあったと聞いたが、無事で何よりだ。」


「兄上こそ、忙しそうですね。」エドランは執務机の前に立ち、地図に視線を落とした。「軍備を整えていると聞きましたが、何かあったのですか?」


ロウェルは頷き、椅子に深く座り直した。「父上の命令だ。最近、国境付近で不穏な動きがある。具体的な情報は少ないが、備えを怠るわけにはいかない。」


エドランは腕を組み、思案げに言った。「それとは別に、気になることがあります。真教派の動きです。噂には聞いていましたが、ここウィンターホルンでも先ほど宣教師を見かけました。」


ロウェルの表情が険しくなった。「……聞いている。この地の住民には受け入れられていないが、国外ではかなりの勢力を得ているようだ。父上も気にはなされているようだが、エドラン、お前の直感はどうだ?」


「……嫌な予感がします。」エドランは深く息をつき、兄の目を見据えた。「何か大きな災いが起こる前兆のようなものを感じています。この件には早めに手を打つべきです。」


ロウェルは黙って弟の言葉を聞き、やがて静かに頷いた。「分かった。お前の勘はこれまでも信頼に足るものだった。すぐに対処しよう。」



「それから、もう一つ。」ロウェルは執務室の窓際に立ち、外を指さした。「お前が任務で聖都に向かう事は父上から聞いている。お前の旅に役立ててほしいものがある。」


エドランが案内された先には、一頭の馬が待っていた。銀色に輝く毛並みは光の加減で青白く見え、純白のたてがみと尾が風になびいている。その深い青色の瞳には、どこか知性を感じさせた。


「これは……すごい。」エドランは馬のそばに立ち、その美しさに息を呑んだ。「名前は?」


「まだない。お前に任せる。」ロウェルは少し得意げに笑った。「この馬は王国でも特に希少な存在だ。役立ててくれ。」


エドランはしばらく馬の瞳を見つめ、やがて微笑んだ。「アークティス……どうだ?」

馬はひとつ鼻を鳴らし、まるでその名を気に入ったかのように首を振った。


「いい名だ。」ロウェルが頷いた。「気に入ってくれたようだな。弟よ、旅の無事を祈っている。」




エドランが戻ると、準備を終えたバーリンとタルヴァスが待っていた。新たに与えられたアークティスの姿に、二人も驚嘆の声を上げる。


「なんとも優雅な馬じゃのう!」バーリンが感心して笑う。「さすが第一王子、贈り物のセンスがいいわい。」


「頼もしい相棒になりそうだな。」タルヴァスも軽く馬のたてがみを撫でる。


エドランはアークティスの背に乗りながら、二人に声をかけた。

「次の目的地は東にある港町マリッセルだ。あそこには冒険者組合の支部がある。天啓の加護を受けた者の情報を得られるかも知れない。」


「うむ、それが良さそうじゃ。それに久々に海を見るのは楽しみだわい。」バーリンが嬉しそうに頷く。


タルヴァスは静かに微笑み、旅路を見据えた。こうして、エドラン一行はさらなる冒険へと進んでいくのだった。


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