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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
28/41

第二十七話

【ハーヴェンスロウ公爵城・大評議室/鎮圧報告】


臨時の大評議室には、地図と帳簿と血の匂いがあった。


長机の上には、公爵領全図。

赤い蝋で封じられた報告書。

積み上げられた損耗記録。


ロンドリック・ファールデンは席に着き、ロウェル・ハーグレンはその向かいに立っている。

周囲には、軍務官、財務官、治安官、書記。

誰一人、無駄口を叩く者はいない。


「――市街地でのクーデターは、鎮圧されました」

軍務官の声は、事務的だった。

「反乱の主導勢力は市内から排除。

 残存部隊は現在、市街および街道で掃討中」

巻物が開かれる。


「死者数、暫定」


一拍。


「市民、二百三十六。

 守備隊および公爵兵、百四名。

 反乱勢力、三百二十七以上。正確な数は未確定」


誰も声を上げない。


「行方不明者、多数。

 地下水路、焼失区画、崩落地帯により、今後増える見込み」


別の書記が続ける。

「市街南部、倉庫区画の三割焼失。

 水路網の一部が破壊。

 北街道・南街道、ともに一時使用不能」


地図の上に、赤い印が打たれていく。


「特に南街道沿い――

 ベルグ中継市、ルーデン集積地、交易宿場二箇所」

「現在、反乱勢力の実効支配下にあります」


その言葉で、空気が変わった。

ロンドリックが、ゆっくりと地図を見る。


南部。

街道。

川沿い。


そして、そこに刻まれた新しい名前。


「……“新都市グリモーヴァ”」

ロンドリック自身が、その名を口にした。


軍務官が頷く。

「公爵兄――オルディス・ファールデンは、同地に本営を置き、

 本日未明、“独立”を宣言」


巻物の一部が読み上げられる。

「――我はもはやハーヴェンスロウに従属せず。

 新都市グリモーヴァをもって、新たなる北の正統とする――」


誰かが、息を吐いた。


「周辺都市に檄文を送付。

 兵の徴発を開始。

 街道の封鎖。関所の再設置」


ロウェルが静かに言った。

「……それはもう、反乱ではない」


軍務官が答える。

「はい。

 事実上、国家に準ずる軍事行動です」


ロンドリックは目を閉じ、短く頷いた。


「つまり」

ゆっくりと言う。


「公爵領は分断された。

 そして――」

視線が上がる。


「北国ノルディアは、戦争状態に入った」



その言葉を誰も否定しなかった。


=========


【ハーヴェンスロウ市街・中央広場/公的鎮圧宣言】


正午。

鐘が鳴らされ、市民が集められた。


兵の列。

治療所の幕。

担架。

焼け跡の向こうに、まだ煙。


ロンドリック・ファールデン公爵は壇上に立った。


「反乱は鎮圧された」


明確な宣言。


「だが、我が兄オルディスは南西部に逃れ、

 新都市グリモーヴァを拠点に独立を宣言した」


どよめき。


「南街道および周辺都市は、現在、敵対勢力下にある」


泣き声。

怒号。

罵声。


ロンドリックは続けた。


「我々は今、戦争状態にある」


その言葉で、広場が完全に静まった。


「だが、ハーヴェンスロウは落ちていない。

 公爵領は、ここに残っている」

「死者は数百に及ぶ」


包み隠さなかった。


「多くの家が焼かれ、多くの街道が失われた」

「それでも、我々はここに立っている」


彼は、周囲を見回して言った。


「そして、これより、取り戻す」


拍手はなかった。

だが、膝をつく者も、背を向ける者もいなかった。


=========


【ハーヴェンスロウ公爵城・礼拝堂/真教派】


礼拝堂は、白かった。

血も煤も、ほとんどない。


真教派の高位司祭団が揃って跪く。

中央に立つのは、枢機卿代理。


「このたびの内乱、ならびに独立騒動」

彼は、そう呼んだ。


「まことに痛ましく、神の御心も深く嘆いておられましょう」

「真教派は、調停者として、この争いの沈静化に尽力いたします」


“調停者”。

その言葉が、はっきり置かれた。


「負傷者への施療。

 街の再建。

 避難民の保護。

 そして――」


一瞬、間を置く。


「公爵とその兄君の間に立つ、中立の仲介」


巻物が差し出される。


・支援物資

・施療団

・再建資金

・和平交渉の申し出


「血の連鎖を止めねばなりません」

「この戦いが、信仰の名を騙る者に利用されぬよう」


正しい言葉だった。

あまりに、正しい。


ロンドリックはそれを受け取り、視線を上げた。

「……支援には感謝する」

「だが、調停は慎重に検討しよう」


司祭は穏やかに微笑む。

「もちろんです。

 我らは、いつでも“橋”になります」


橋。


渡るためのものか。

入ってくるためのものか。


司祭団が去った後、礼拝堂には静寂が残った。


ロンドリックは、低く呟いた。

「刃の戦争は始まった。

 そして……信仰の戦争もな」


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