表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
26/41

第二十五話

【ハーヴェンスロウ公爵邸・地下通路入口/バーリン側】


炎はもう、視界の端でしか燃えていない。

熱は感じているはずなのに、

バーリンの意識には入ってこなかった。


あるのは――


圧。

前から来る数。

重なった足音。

盾に伝わる衝撃。

骨に響く鈍さ。


「……まだじゃ」

誰にともなく、息の奥で呟く。


盾を当てる。

体重を預ける。

前の一人がよろける。

その瞬間に斧を入れる。


感触。

肉。

骨。

床に落ちる重さ。

それを数える余裕はない。


ただ、**“前にあるものを減らす”**という単純な仕事だけが残っていた。


敵は多い。

だが、入口は狭い。


横に並べない。

振り回せない。

数は、“列”に落ちる。


だから、斬る。

押す。

崩す。


戦いではなかった。

処理だった。


岩を割る時と同じだ。

どこを叩けば崩れるか。

どこを残せば形が保つか。


一人を倒すと、次が埋まる。

次を潰すと、さらに来る。

だが、その“次”が来るまでの一拍が、確かに生まれる。


それでいい。

一拍。

半拍。

それで、仲間はより遠くに逃げれる。


背後で、足音が減っていくのが分かる。

泣き声が遠ざかる。

金属音が薄れる。


(……進めておるな)

それだけで、よかった。


盾が軋む。

斧の柄に亀裂が走る。

肩が痺れ、肘の感覚が薄れる。


だが、足だけは、まだ残っていた。

踏ん張れる。

だから、立つ。


何度目か分からない衝撃のあと、

バーリンは徐々に通路の中に押し込まれていた。


それでも、

通さない。

囲ませない。

奥へ流さない。


どこかで、骨が鳴った。

自分のか、相手のかは分からない。


だが、まだ。

盾は、前にある。

足は、地についている。


(……まだじゃ)

バーリンは、笑った。


口角が動いたかどうかは分からない。

だが、胸の奥で、確かに。


(……わしは、まだ、ここにおる)




敵の動きが、さらに変わる。

削る。

疲弊させる。


ここから先は、

勝つ負けるではない。

どこまで“場”を維持できるか。


バーリンは、深く息を吸い、

吐いた。


「……上出来じゃ」


誰に聞かせるでもなく。


盾を前に。

足を岩に噛ませ。

小さなドワーフは、

地下通路の入口で、

まだ、立っていた。


倒し切らない。

奥へも行かせない。

“ここ”に縫い止める。



だが。

足元で、小さな音がした。

砂利が、流れる音。

水。


岩の隙間に溜まっていた水が、

誰かの足で蹴られ、

入口の縁を洗った。


一瞬。

ほんの一瞬。

踏ん張っていた左足が、

「石」ではなく「濡れた何か」を踏んだ。


滑った。

大きくではない。

だが、“戻れない方向”へ半歩。


バーリンの体が、

入口の縁に、叩きつけられる。


踏み直そうとした足が、

空を踏んだ。


そこは、段ではなかった。

そこは、

削れた岩の“落ち口”だった。


地下通路は、

途中から天然洞窟に繋がっている。

入口の奥、数歩の場所に、

意図的に残された段差がある。

敵を止めるためのものではない。

人を逃がすための“落とし”だ。


バーリンの踵が、そこを越えた。

重心が、戻らない。

盾が前にある。

敵が前にいる。


だが、

足場が、ない。


「……ああ」

声にならない声が漏れた。


その瞬間、

盾にもう一度、衝撃。


バーリンの体は洞窟の底へ投げ出された。




岩が、肩を打つ。

背中を擦る。

斧が、指から抜ける。

視界が、回る。


闇が来て、

水音が、近づく。

何度か、岩に当たり、

何度か、空を切り、


最後に――


冷たい水が、

体を打った。

音が、沈む。

重さが、引きずる。


バーリンの意識は、暗い水の中へ沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ