第十九話
【ハーヴェンスロウ市街・公爵邸へ】
三人は馬を駆った。
門前の広場を離れても、金属音は終わらない。
むしろ、街の奥へ進むほど、戦場は増えていった。
通りに入った瞬間、二つ目の戦闘にぶつかる。
荷車が横倒しになり、その陰で守備兵が二人、賊に押し込まれていた。
エドランは速度を落とさず、馬上から一人を斬り伏せる。
もう一人が振り向くより早く、タルヴァスが飛び込み、喉元を断った。
止まらない。
角を曲がる。
別の路地で悲鳴。
屋根の上を逃げる影。
血のついた石畳。
開け放たれた扉の内側で、誰かが倒れている。
守備兵と賊が絡み合い、叫びながら押し合う場所もあれば、
すでに決着がつき、死体だけが転がっている場所もある。
どこも同じだった。
外から来た敵ではない。
街の中から噴き出した刃。
「なんと酷い光景か……」バーリンが歯噛みする。
「……敵兵は、ばら撒かれている」
エドランは歯を食いしばった。
「ここまで潜り込まれていたとは……」
前方で、守備兵が一人、背中を刺されて崩れた。
その背後の賊を、タルヴァスがすれ違いざまに倒す。
「道を開けろ! 負傷者を引け!」
誰かの声が飛ぶが、すぐ別の悲鳴に掻き消える。
街は、混乱を極めていた。
三人は選ばない。
止まらない。
目の前に立つ敵だけを切り払い、進路を“削って”進む。
剣が当たる。
盾が鳴る。
血が飛ぶ。
火の粉が舞う。
屋敷のある高台へ向かう坂に入った時、
空気が変わった。
焦げ臭さが、はっきりと混じる。
煙が、低く垂れている。
「……見ろ」
視界の先。
公爵邸の屋根の向こうから、黒煙が立ち上っていた。
一筋ではない。
点々と。
建物の奥からも。
脇棟からも。
坂を駆け上がるにつれ、それは確信に変わる。
表門が――開いている。
本来なら閉じられているはずの分厚い門扉が、片方折れ、内側に倒れていた。
門前の地面には、守備兵の死体。
血。
砕けた槍。
焼け焦げた木片。
その奥。
中庭を越えた屋敷の窓という窓から、橙色の光が揺れている。
火だ。
部屋の中で、確実に燃えている。
「……突破されてる」
誰が言ったか分からない。
だが、三人とも同時に理解していた。
外周はもう、意味を成していない。
防衛線は、屋敷の“中”にある。
エドランは、馬の腹を蹴った。
「止まるな」
剣を構え直す。
「――中に入るぞ」
三人は、燃え始めた公爵邸へと突っ込んでいった。
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【ハーヴェンスロウ公爵邸・内部】
表門を越えた瞬間、熱が肌を叩いた。
燃える木材の匂い。
煤と油の混じった煙。
空気が、目に見えない刃のように喉を刺す。
廊下の絨毯は焦げ、壁の装飾は黒く煤け、天井から火の粉が落ちてくる。
どこかで梁が爆ぜ、乾いた音が屋敷全体に響いた。
「……来とる。構えるぞ」
バーリンが低く呟く。
足元には割れた食器。
血の跡。
倒れた使用人。
剣を握ったまま壁にもたれ、動かない護衛。
そして賊の死体。
戦いは、もう“屋敷の内側”にある。
「右から来る」
エドランの声は、考えるより早く出ていた。
タルヴァスが即座に身体を寄せ、曲がり角の死角に入る。
次の瞬間、飛び出してきた賊の喉を断った。
二人目。
三人目。
煙の中から現れた影を、エドランが正面から斬り伏せ、バーリンが背後の一人を叩き潰す。
止まらない。
だが、走っている感覚とも違う。
エドランの視界には、屋敷が“構造”として入ってきていた。
燃えていない廊下。
煙が薄い方向。
人の気配が多い場所。
逆に――異様に“空白”な通路。
(……生きている人間が固まっている場所が、ある)
地図など見ていない。
だが、頭の中に勝手に“通れる線”が引かれていく。
「こっちだ」
三人は、右でも左でもない廊下に入った。
途中、三度の戦闘。
いずれも短い。
斬って、倒して、踏み越えるだけの接触。
奇妙なほど、敵の背後や側面に出る。
「……おぬし、屋敷を知っとるのか」
「知らない」
エドランは即答した。
「でも……“無事な場所”が分かる」
それ以上は言わなかった。
言語化できない。
ただ、はっきりしていることが一つあった。
(……公爵は、生きている)
それは推測ではなかった。
祈りでもなかった。
“そこにいる”としか言いようのない確信。
やがて、廊下の先が開けた。
吹き抜けの広間。
天井の梁が半分崩れ、炎が壁を舐めている。
その奥。
階段の下に、盾の列があった。
五人。
六人。
全員が血に濡れている。
だが、崩れていない。
その背後に、人影が密集している。
子供。
女性。
使用人。
老爺。
守るべき者たち。
そして、その前に立つ男。
鎧は傷だらけ。
外套は焼け焦げ。
だが、姿勢だけが、一切崩れていない。
公爵だった。
彼の左右に、精鋭の護衛が並ぶ。
数は、賊より明らかに少ない。
だが、前に出る敵は、必ず倒れている。
一歩出る。
受ける。
崩す。
下がる。
無駄がない。
怒りもない。
ただ、防衛として最適化された動き。
賊が三人、同時に突っ込む。
一人が盾で止められ、喉を断たれる。
一人が足を払われ、槍で縫い止められる。
残る一人が引こうとした瞬間、公爵自身の剣が閃き、肩口から胸まで裂いた。
一切の叫びがない。
あるのは、踏み込みの音と、血が床に落ちる音だけ。
「……この状況で、あれを保てる人間がいるとは」
エドランが、思わず吐息のように漏らした。
守っている。
退いていない。
押されてもいない。
拮抗しているのではない。
「崩れない形」を保ち続けている。
その時、公爵の視線が動いた。
炎と煙の向こう。
三人を捉える。
一瞬の間。
次の瞬間、彼の声が通った。
「――そこか。来い」
短い。
だが、戦場の中で、はっきり届いた。
エドランは、剣を構え直した。
「……辿り着いた」
それは安堵ではなかった。
だが、確実に。
この屋敷の中で、初めて“守られている場所”に来た感覚だった。
三人は、炎の中を抜け、公爵の陣に向かっている敵の背中に切り込んだ。




