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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
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第十八話

【公爵都市ハーヴェンスロウ・夕刻】


夕暮れの光が、穀倉地帯の端を赤く染めていた。

丘を越えた瞬間、エドランたちは馬を止めた。


都市の上に――煙が立っていた。

一本ではない。

二本でもない。


城壁の内側、複数箇所から、細く、黒く、空に溶けていく。


「……燃えている」

タルヴァスの声は低い。


風に乗って、焦げた匂いが届いた。

木と油と、布の匂い。

戦場の匂いだ。


「急ぐぞ!」

エドランが踵を打つ。


三頭の馬が同時に走り出した。

城門に近づくにつれ、異変ははっきりしていく。


門は半開きのまま。

吊り橋は下りている。

だが、整然とした出入りはない。


代わりに――

怒号。

金属音。

悲鳴。

そして、剣と剣が打ち合わされる乾いた衝撃。


場内の広場では、すでに戦いが起きていた。

公爵領の兵。

見慣れた色の外套と紋章。


そして、その向こう。

平原で見た哨戒兵と同じ装備。

色の違う外套。

揃っていない鎧。

だが、動きだけが異様に揃っている兵たち。


「迷っている暇はない!」

エドランは馬上から剣を抜いた。

「行くぞ!」


三人はそのまま戦場に突っ込んだ。



========


【公爵都市ハーヴェンスロウ・正門内広場】


正門を抜けた瞬間、三人は“戦場の中心”に切り込んだ。


そこに陣はなかった。

隊列も、壁も、指揮線もない。


あるのは、ばらばらに散った兵士たちと、そこに食らいつくように入り込んだ敵兵たちの塊だった。


広場のあちこちで、小規模な殺し合いが同時に起きている。

背後から斬られる者。

囲まれて打ち倒される者。

致命傷を負い、立ち上がれない者。


守備隊は明らかに奇襲を受けていた。

布陣する間もなく、各自が抜いた剣の届く範囲で戦っているだけの状態。


数は、敵が多い。

すでに何人かが地に伏し、広場は赤く濡れていた。


「正面から入ると飲まれる」

エドランは即座に判断した。


三人は馬を止めることなく、広場の“端”へ突っ込んだ。


敵と守備隊が絡み合う塊の外縁。

背を向けている敵。

味方に気を取られている敵。


そこが、三人の入口だった。


エドランは馬上から一人を斬り倒し、地に降りる。

振り向いた敵の剣を受け、半歩で懐に入り、喉を断つ。

その間に、タルヴァスが別の二人を“音もなく”倒している。

バーリンは盾ごと敵を押し倒し、頭から叩き潰した。


三人は中央へ向かわない。

外縁に沿って、削る。

一人。

また一人。


少しずつだが戦況がこちらに傾いていく。


守備兵の一人が、敵を斬り伏せた直後に膝をつく。

その背後から迫った敵を、エドランが横から断った。

「助かった……!」

「下がれ!」

そう言って、前に出る。


敵の数が減り始めたことで、初めて守備兵が互いを認識し始めた。

その中で、ひときわ声を張り、負傷しながらも人を動かしている男がいた。


赤いマント。

兜に裂け目。

血に濡れた剣。


「隊をまとめろ!」

「固まれ! 背中を預けろ!」


明らかに、指揮を取ろうとしている。


エドランは、そこへ向かう進路を選んだ。

敵を一人斬り、肩を掠めた刃を無視して踏み込む。

タルヴァスが先回りし、二人を落とす。

バーリンが割り込み、一人を吹き飛ばす。


守備隊長格の男の前に、三人が並んだ瞬間、敵が三方向から同時に襲いかかった。


「クソッタレ!!」

男が叫ぶ。


エドランは正面を受け、男は左を抑え、バーリンが右を潰し、背後に回った一人をタルヴァスが斬る。


一息の空白。

男が、荒い呼吸のまま三人を見る。


「味方か!」


「そうだ!」


それだけで十分だった。

そこから先、彼らは“固まって”動いた。


守備隊長が声を張る。

「動ける者、ここに寄れ! 孤立するな!」


四人、五人の兵が集まる。

小さな塊が生まれ、そこに三人が楔のように食い込む。


エドランが前を切り、バーリンが押し崩し、タルヴァスが死角を消す。

守備隊長の号令で、槍が突き出され、盾が並ぶ。


広場の中央に、初めて“形”が生まれた。


そこからは早かった。

一人が倒れるたび、次の一人が孤立する。

逃げようとした敵を、タルヴァスが落とす。

突っ込んだ敵を、バーリンが叩き潰す。

押し込まれたところを、エドランが断つ。

最後の一人が、広場の端で膝をついた。

剣を落とすより早く、喉が裂けた。


金属音が止み、悲鳴が途切れ、残ったのは荒い息と、呻き声だけだった。

門前の広場の敵は全滅していた。


立っている守備兵は、数えるほど。

守備隊長も、左腕から血を流している。


エドランは剣を下げ、一歩前に出た。


「……助かった」

「状況を聞きたい」

エドランは剣を下げずに言った。


「俺は――」

一瞬だけ迷い、はっきり告げた。


「エドラン・ハーグレンだ。

 王都より来た。

 公爵に用がある」


男の目が、見開かれた。

「……第三王子殿下?」


その背後で、別の通りから、また剣戟の音が響いた。


「今はそれより、街の状況を」


守備隊長は短く息を吐いた。

「……街の中から、敵が出た」


「中から?」


「倉庫区画。水路沿い。祈祷院の近く……」

「配置の裏側からだ。

 いきなりだ。

 外から攻めてきたんじゃない。

 “そこにいた”連中が、突然刃を抜いた。

 それに誰が指揮してるのかも分からん」


「敵の目的はわかるか?」


「確実な情報はない、だが、公爵様が危ない」


その言葉を聞いた瞬間、エドランはもう頷いていた。


「ここは任せる。

 俺たちは公爵殿の屋敷へ行く」

「殿下――」

「説明は後だ」


タルヴァスとバーリンは、すでに馬へ向かっている。


周囲でで金属音が響く。

だが、三人は振り返らない。

都市の中心。

公爵の屋敷。

すでに、そこで何かが始まっている。


エドランは馬上で剣を握り直した。

直感が、はっきりと告げていた。

――遅れれば、もう取り戻せない何かが起きる。


三人は、煙の立つ都市の奥へと、駆け込んでいった。


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