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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
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第十五話

【トレイドラン平原】



使徒は、洞の出口に立っていた。

逃げた三人の背は、もう肉眼では見えない。

だが、それで十分だった。


彼は追わない。

いや――追う必要がない。


洞窟の水辺に残る微細な波紋。

逃走時に落とされた血液。

散った小動物の視線の動き。


それらすべてが、“位置”と“状態”を語っていた。


使徒は剣に触れない。

歩みもしない。


ただ、立ったまま、内部で段階を切り替える。



========



追跡の初動で、彼はすでに結論を出している。


・対象は三名

・一名は索敵能力に長ける

・一名は近接戦闘に優れる


・一名――エドラン・ハーグレン

この一名だけが、異質だった。


視線を向けていないのに、配置を読む。

接触していないのに、危険を選り分ける。

逃走の際も、“最も死ににくい選択肢”を連続で踏んでいる。


偶然ではない。

訓練でもない。

――性質だ。


使徒は、その事実を“感情”ではなく“記録”として認識する。

そして、確信する。


――この個体は、“天啓”に辿り着き得る。


使徒の目的は、エドランではない。

正確には、エドラン単体ではない。


彼らは「天啓」を追っている。


ならば、その行動は必ず――


・加護を持つ者に近づく

・異変に首を突っ込む

・隠された存在を掘り起こす


つまり、彼ら自身が索敵装置になる。


殺せば終わる。

だが、泳がせれば――



“天啓”を持つ者が、自ら浮かび上がる。



使徒はそれを待つ。

探さない。

炙り出す。


そして、天啓を持つ個体が特定された段階で、


導線ごと処理する。


========


部下を先行させた理由は単純だった。

殺すためではない。

測るためだ。


・罠を張るか

・正面で当たるか

・分断するか

・逃走経路を優先するか


結果、エドランは「未来の損失が最も少ない手」を選び続けた。

しかも、洞内では一段階上に進んだ。


――“敵が来る”ではない。

――“どこに、何が、どう配置されているか”を知覚している。


まだ不完全。

だが、成長速度が異常。

この対象のスキルは成長している。早めに始末をしたいが、天啓のスキルを持つものに辿り着くまでは泳がせたい。

使徒は理解した。

ならば狩りの構造を変える。


殺さない。

追い詰める。

選択肢を潰す。

行動を管理する。


安全圏を疑わせる。

仲間を守る判断を“弱点”に変える。


そして――

疲弊をさせて始末をする。


使徒は踵を返した。

地上に出ていた鷹が、無音で降りる。


彼は目を上げない。

だが、視界はすでに“北”にある。



========



数刻後。

エドランたちは、公爵領の境標を越えた。


石柱に刻まれた紋章。

巡回兵の灯り。

遠くに見える農村の火。

本来なら、安堵する光景だった。


「……なんとか、ここまで来れたのう」

バーリンが呟く。


タルヴァスもわずかに肩の力を抜く。


だが――

エドランだけは、息が詰まっていた。


消えていない。

使徒との距離は広がった。

あの鷹の姿も見えない。


それでも、胸の奥の“狩りの最中の感覚”が、霧のように残っている。

(……いない。でも、消えていない)


それは「危険がある」ではなく、

エドランの中で「狩りの工程に入っている」という感覚だった。


自分が、何かの進行表の中に置かれている。


「……宿は使わない方がいい」

エドランは、理由を言わなかった。

言えなかった。


「どうしたんじゃ?」とバーリンが見る。


「……分からない。ただ、壁が多い場所は、良くない」

それは論理ではなかった。

だが、彼の直感はもう「当たる・外れる」の段階にいない。


「予感」ではなく「前提」になり始めている。


彼には、街が“逃げにくい構造物”として見えていた。

路地。

家屋。

橋。

倉庫。


安全の象徴だったものが、すべて閉塞の候補に見える。



========



その夜。

野営地で、仲間が眠りについた後。

エドランは、独りで座っていた。


風の流れ。

草の倒れ方。

虫の鳴く方向。

それらが、意味を持って流れ込んでくる。


(……近くに兵はいない)

(……馬は北西)

(……水場に、小動物が多い)


それは“分かろうとしている”のではない。

勝手に入ってくる。


しかも、さっき洞で感じた“多視点”の名残がある。

彼は、ふと、思った。


――もし、あの使徒が見ていたものが“これ”なら。

――あれは、戦って倒す相手ではない。


――世界の使い方が、違う。


背筋に、冷たいものが落ちた。


エドランは、仲間を見た。

二人は何も知らない。

まだ、「逃げ切った」と思っている。


(……俺だけが、まだ中にいる)

狩りの中に。



========



夜明け前。

遠くの農村で、犬が吠えた。


一匹ではない。

時間差で。

方向を変えて。

まるで命令が渡っていくように。


エドランの胸の奥で、“距離”が、微かに更新された。

まだ遠い。


だが――

工程が進んだ。


彼は静かに立ち上がり、剣を握った。

バーリンも、タルヴァスも、まだ知らない。

だがもう。


安全圏という選択肢は消えた。


追跡は続いている。

足音ではなく。

戦闘ではなく。


環境として。


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