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北国物語(仮題)  作者: GP
第一章
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第十三話

月明かりに照らされた草原を、三頭の馬が裂くように疾走していた。

風を切る音、荒い呼吸、蹄が地を叩く乾いた連打。



エドランは、胸の奥に居座る不快な感覚を振り払えずにいた。

何かが――ずっと、正確に、自分たちを追っている。


偶然ではない。

勘でもない。

“把握されている”という確信。


タルヴァスが身を低くして叫ぶ。

「上だ」


エドランが顔を上げた瞬間、夜空を横切る二つの影が見えた。

鷹だ。


高く旋回しながら、円を描くように飛んでいる。

一定の距離を保ち、決して去らない。


「あやつじゃな……」バーリンが歯噛みする。


草原での狩りに慣れた獣人の直感が、それを否定しなかった。

「……こっちの位置を、常に誰かに送っている」


その言葉を裏づけるように、前方の闇の中から複数の影が現れた。


馬。

いや、騎兵だ。

五騎。


草原の起伏を利用し、横一線ではなく、半円を描くように展開してくる。

正面を塞ぎ、速度を落とさせ、左右へ誘導する陣形。


「……挟みに来ている」


次の瞬間、矢が飛んだ。

狙いは人間ではない。

馬だった。

エドランの馬の首元を、一本の矢がかすめる。

深くはない。だが、馬は大きく嘶き、速度が乱れる。


直後、別方向から飛んだ矢が、タルヴァスの馬の後脚に突き立った。

馬は悲鳴を上げ、転倒する。


「ッ……!」

タルヴァスは飛び降り、転がって受け身を取った。


その間に、騎兵の一人が距離を詰める。

狙いは、倒れた馬。


喉元に槍が突き立てられた。

馬は数度痙攣し、動かなくなる。


「……馬を狙うか...っ!」

エドランの喉が乾く。


殺す順番が、正確すぎる。


人間ではない。

移動手段。

逃走力。

追跡における“選択肢”。


使徒の部下は、戦っていなかった。

狩りの工程を進めていただけだった。


バーリンが吠える。

「下りろ!森に入るぞ!」


三人は馬を捨て、草原を斜めに横切るように走った。


背後で、蹄の音が増える。

速度を落とした獲物に、距離を詰める音が響く。


========


森の縁が見えた、その時。


草原の奥に、ひときわ高い位置の影があった。

他の騎兵とは違う。


一定の速度。

無駄のない姿勢。

異様なまでに上下動の少ない騎乗。

黒馬。


その背に、使徒。

黒いローブ。

風を受けてなお、妙に形を崩さない布。


そして、仮面。

人の顔を模した彫刻。

冷え切った怒りの表情。


距離はまだある。

それでもエドランは理解した。



――あれが、狩人だ。



騎兵たちは、その“延長”にすぎない。

使徒は、剣に手をかけてもいない。

ただ、こちらを向いている。

仮面の奥は見えない。

だが、見られている感覚だけが、異様に鮮明だった。


次の瞬間、騎兵の一人が森の入口に先回りした。

逃走経路を、潰しに来ている。


タルヴァスが低く叫ぶ。

「……誘導されている。森に入るな」


エドランは瞬時に地形を見た。

森の手前。

草原に走る、細い裂け目。

家畜が落ちることのある、地下水脈由来の陥没帯。

風で覆われ、夜では輪郭が見えにくい。



だが――

割れている。


「……あそこだ」

三人は、森を逸れ、陥没帯へ走った。


背後で、号令が飛ぶ。

騎兵たちが速度を上げる。


矢が飛ぶ。

バーリンの肩をかすめる。


裂け目は、思った以上に深かった。

縁の草が不自然に沈んでいる。


「止まるなッ!」

エドランが叫び、跳んだ。


次の瞬間、地面が崩れる。

土と草が剥がれ、暗い穴が口を開ける。

三人は、滑り込むように落下した。


斜面。

石。

土。


転がり、叩きつけられ、止まる。

洞窟だ。

地下水に削られた、自然洞。


上から、騎兵の怒号が響く。

だが、裂け目は狭い。

馬では入れない。


月の光が、縁に揺れる。

しばらくして――


蹄の音が、一つだけ残った。

他と違う、一定のリズム。


エドランは、洞の奥から、裂け目を見上げた。

縁に、黒馬。


そして、使徒。


馬上から、静かに覗き込んでいる。

仮面が、こちらを向いている。

距離がある。

それでも。

自分の輪郭を、測られている気がした。


逃げた方向。

人数。

損耗。

負傷。

すべてを、整理している“気配”。


使徒は、しばらく動かなかった。

追撃も、命令も出さない。

ただ、見ている。


やがて、ゆっくりと手を上げる。

空。

二羽の鷹が、低く旋回し始める。


洞口の位置。

周囲の地形。

逃走可能方向。

確認している。


それだけだ。

それ以上は、しない。


やがて、黒馬は踵を返した。

蹄の音が、遠ざかる。


騎兵たちも、散開していく。

草原に、風の音だけが戻る。


========


洞の中。

三人は、しばらく誰も口を開かなかった。


息と、血の音と、水滴。


「……逃げ切れた、とは思えん」

バーリンが低く言う。


タルヴァスが頷く。


「追跡を、やめたんじゃない。終えただけだ」

エドランは、拳を握りしめた。


使徒は、急がなかった。

殺しに来たのではない。

“位置を確定し、逃走力を削り、行動傾向を測った”。


次は、もっと正確になる。

「……俺たちは、もう狩場の中にいる」

その言葉に、誰も否定しなかった。


草原の上では、今も二羽の鷹が、夜空を回っている。



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