第十一話
【トレイドラン平原】
深夜のトレイドラン平原は冷たい風が吹き抜け、草木がささやくように揺れていた。月明かりが雲間から差し込む中、タルヴァスの金色の瞳が遠くに動く影を捉えた。
「哨戒だ。」彼は低い声で告げる。「10人ほど、しっかり編成された連中だ。」
「国境でもないのに哨戒兵?……妙だな。」エドランの茶色の瞳が考え込むように細められる。
エドランたちは馬を静かに止め、遠くに見える哨戒兵の列を眺めた。月明かりに照らされた彼らの動きは規則的で、兵士のそれだった。だが、彼らが巡回するルートは街道から外れた位置にあり、国境でも要衝でもない。平原のこの場所に哨戒兵がいることは、明らかに異常だった。
「こんな場所に哨戒兵じゃと?」バーリンが馬の手綱を握りながら小声で呟いた。「普通じゃ考えられんのう。ここはただの平原じゃぞ。ましてや敵国の接近もない。」
「見ろ、あの動き方。」タルヴァスが金色の瞳を細めながら続けた。「彼らの配置と巡回ルート、普通の村落の守備隊じゃない。明らかに哨戒任務を遂行している。」
エドランは眉間に皺を寄せ、無言で彼らの動きを見つめた。彼の頭の中でこれまで得た情報が組み合わさり、いくつかの仮説が浮かび上がる。
「まず、この平原は公爵領の一部だ。」エドランが静かに言葉を紡ぎ始めた。「だが、公爵が哨戒兵をここに配置する理由が見当たらない。街道の治安維持にしては場所が外れすぎているし、これまでこんな警戒は一度も聞いたことがない。」
「じゃが、誰が命じた?」バーリンが問いかけた。
「考えられるのは……公爵ではない。」エドランは顔を上げ、哨戒兵たちをじっと見つめた。「この哨戒兵たち、以前タルヴァスが報告した私兵団と似ていないか?装備や動きの統率具合を見れば、ただの村落守備隊じゃない。北国南部の訛りを持つ者たちが関与していたあの私兵団……その延長線上かもしれない。」
タルヴァスが頷く。「確かに、装備や歩き方には共通点がある。それに、どの兵士も妙に無表情だ。まるで抜け殻のように命令に従っているだけに見える。」
エドランは馬の鞍に手を置き、思考を巡らせる。「もしこれが事実なら……公爵の兄が動いている可能性が高い。彼は弟に家督を奪われたと感じ公爵に不満を持っていることは周知のことだ。もし、その彼が独立を企ていて、真教派の支援を受けているとするならば、この哨戒兵の配置にも納得がいく。領内を完全に掌握し、外部からの情報漏洩を防ぐための措置だ。」
「つまり、独立蜂起か……。」バーリンが唸るように言った。「わしらの旅路がますます面倒になるのう。」
「まだ仮説に過ぎない。」エドランが首を振った。「だが、可能性は高い。あの哨戒兵たちは敵意を持っていると見て間違いない。用心して進もう。」
「だがの、エドラン。」バーリンが小声で警告する。「もし蜂起が本格化しているなら、公爵も既に追い詰められているかもしれんぞ。助力どころの話ではなくなる。」
「それでも向かうしかない。」エドランが冷静に答えた。「公爵に何が起きているのかを確認する必要がある。それに、仮に彼が危険に晒されているなら、助力するのが俺たちの務めだ。」
タルヴァスが剣の柄に手を添えながら静かに言った。「そうだな。だが、まずはここを抜けなければ。」
エドランは深い息を吐き、目の前の草原に視線を向けた。「バーリン、タルヴァス。仮説は仮説だ、彼らが本当に敵なのか、今ここで確かめてみよう。まあ、その前に罠も張っておこう。転ばぬさきの杖だな。」
エドランたちは哨戒兵の進行方向を予測し、その先に罠を仕掛けた。タルヴァスは素早く草を束ね、足がかかると転ぶ簡単な罠を編む。バーリンは地面を掘り、落とし穴を作る。エドランは周囲を見張りながら全体の仕上がりを確認した。
「これで奴らをの隙を作る。バーリンは待ち伏せをし、タルヴァスは相手の後ろから奇襲をして敵を可能な限り倒してくれ。」エドランは手を止め、バーリンとタルヴァスを見て言った。
「もちろんじゃ、なんとかなるじゃろ。」バーリンは落とし穴の土を払いながら笑みを浮かべ、タルヴァスは静かに頷いた。
準備が整うとエドランは罠の先で馬を降り、哨戒班に向かって歩み寄った。彼の手には剣が抜かれておらず、両手を広げて無害であることを示す。
「やあ、ちょっと迷ったみたいだ、道を聞いてもいいかな?」エドランが声をかけた。
だが、返事はなかった。哨戒兵の隊列は一瞬止まったが、次の瞬間、一斉に剣を抜きエドランへ向かって襲いかかった。
「やれやれ。」エドランは剣を抜くことなく踵を返し、罠の方向へと全力で走り出した。「やっぱり話し合いは無理か。」
哨戒兵たちは無秩序に追いかけるうちに、次々と罠にかかり始めた。転び罠や落とし穴に足を取られ、転倒する。そこにタルヴァスが背後から飛び出し、一突きで相手を倒していく。
敵の数はあっという間に減っていき、罠を超える頃には哨戒兵は3人だけになっていた。
罠を抜けた先で、エドランは剣を構え、待ち構えていた。3人の兵士が剣を振り上げて突進する中、バーリンが脇から飛び出し、一番大きな体格の分隊長らしき兵士を剣で横なぎで切り払った。
「ぐぅっ!」鈍い音と共に兵士が吹き飛ばされる。
その瞬間、他の2人は一瞬動きを止めた。それが命取りだった。エドランは正面から一人の兵士の剣を受け流し、素早く反撃。鋭い刃が兵士の鎧を貫いた。
最後の一人は、背後からタルヴァスに襲われた。彼の動きは俊敏で、鋭い爪のような剣が兵士の首筋を捉える。
エドラン達により、哨戒班はものの数分で壊滅をし、深夜のトレイドラン平原は何事も無かったかのように静けさを取り戻した。
エドランは剣を振り払い、血を地面に落としす。「数は多かったが、連携は甘かったな。」
「まあ、これくらいの方がわしらには都合がいいがの。」バーリンは剣を肩に担ぎながら答えた。
タルヴァスは血のついた剣を拭いながら低く言った。「今回は倒せた。だが、油断はできない。」
エドランは草原の風を感じながら呟いた。「この哨戒兵が公爵の兄の手の者なら、事態はさらに複雑になるだろうな。急ごう、公爵領まで。」
エドラン達は馬に跨り、公爵領の居る穀倉都市ハーヴェンスロウへと急ぐのだった。




