【短編】オムライス
"ありがとう"
この言葉がすぐ出てくるのなら。
日頃言えていたのなら。
今も言いやすいのだろうな_。
そんなこと今さら考えても仕方がない、と思い直し考えるのをやめた。
今日は母の日。
お母さんに日頃の感謝を伝える日。
しかし、感情を表に出すことが苦手な私は、感謝の気持ちを伝えるのも苦手だ。
毎年、言わなきゃと思いつつも、お母さんを前にすると言葉がでなくなってしまい、結局1日中言えずに終わるのだ。
今もお母さんの部屋の前から動けないでいる。
なんで私はいつもこうなのだろう。
なにかに挑戦しようと思っても、勇気が出なくて結局やらない。
感情をうまく表現できないせいで、クラスメートからは除け者にされてる。
特に顔がいいわけでも、運動神経がいいわけでも、頭がいいわけでもなく、常に平均。
そんな平凡な私なんて、みんなにとって必要ないのでは、といつも思ってしまう。
でもだからといって、自分から自分を捨ててしまうのは勇気がでない。
どっかの通り魔が偶然刺してくれないかな_。
そんな起こることのない幻想を夢見ては、なんとなく生きている。
**
「桜羽ちゃんったら、なに考えてるのかぜんっぜんわかんないっ!」
親友だと思ってた子からこう言われた日には、体の中から水分がなくなってしまうのではと思うほど泣いた。
自分の部屋に引きこもって、お母さんから心配されても無視した。
とにかく誰とも会いたくない気分だった。
夜になってお腹が空いてきたと思い、嫌々ながらもドアを開けると、夕食が置いてあった。
「…『おかわり欲しかったらおいでね』」
お盆に乗っていたのは私の好物である、オムライスだ。
いつも通りのお母さんの優しさに、また泣いてしまいそうになった。
部屋に運び、手を合わせてからゆっくり味わって食べた。
そのオムライスはいつもの味なのに、なぜかお母さんの優しさが伝わってくるような気がした。
そのオムライスのおかげで気持ちが少し落ち着き、また前を向くことができたのだ。
言葉を交わすことなく、救われてしまったなと改めてお母さんの凄みに感銘を受けた。
**
そうだ。
なんで今まで忘れていたのだろう。
何も言葉で伝えなくてもいいじゃないか。
お母さんの部屋の前で動かなくなっていた足は、キッチンへと動いた。
そしてあの日に作ってくれた料理のレシピを探す。
普段から料理はしているけれど、人に食べさせる料理を作るのは初めてだ。
美味しく作れるだろうかと不安に思う。
チキンライスを作り、卵を混ぜる。
混ぜた卵を熱したフライパンに流し込む。
卵がフライパンに広がっていく様子を、一番美味しい時を見極めようとじっと見つめる。
卵が半熟になった頃に、チキンライスを奥に置き卵を被せる。
何十回何百回とやった作業だけれど、今日は特別に思えてくる。
最後にケチャップで文字を書いたら、完成。
それをリビングの机に置いて、私は部屋へと戻る。
オムライスに書かれた文字は。
"ありがとう"