それは美しき光の玉
「実は、儀式のやり方については事前に調べてあるのよ」
おお、さすがはイルウ。魔王軍四天王。というか自分事なんだからそのくらいは把握してて当然か。イルウは背中に背負っていた荷物袋から古ぼけた巻物を取り出して広げる。
「まず、祭壇のふたを開けて地下の小部屋に降りる……」
なるほどなるほど。やっぱりこれ祭壇に見せかけてるだけで秘密の通路みたいなのがあるのか。ところでこのふたはどうやって開ければいいんだろう。かなりでかい一体ものの岩でできてるように見えるんだけど。
「秘密の通路を現れさせるために必要なものはここまでに来るために使ったキーアイテムで、それを祭壇に捧げることで魔導装置が起動する」
ん? 今なんて?
「すなわちリザードマンの聖鍵、レイスの涙、ガーゴイルのたてがみ、マインドイーターの舌……って」
巻物に目を落としていたイルウが顔を上げ、気まずそうな表情で俺の顔を見る。
「ないね」
まあ、薄々感づいてはいた。
多分これ、正規の攻略方法じゃないんだろうなあ、とは。いつかツケを払わされることになるんじゃないかなあ、とは。
リザードマンとレイスなんか、会ってすらいないからな。
「物理的に強くて水棲系のリザードマン、アンデッドでしかも霊体のレイス、ゴーレム系のガーゴイル、精神攻撃をしてくるマインドイーター……多分これ、チュートリアルになってたんだと思うんだよね」
「チュートリアルかあ……チュートリアルは大事だよね」
さすがにあの女がこんなところまで顔を出すとは思えないが、以前にチュートリアルの大事さは嫌というほど思い知らされた。その辺を無視して、全部聖剣を使って力技で突破しちゃったわけだ。
とはいえ。
凡庸も極めれば非凡に通ず。今更後戻りしてキーアイテムを回収しに行くなんて後ろ向きなことを俺はするつもりはない。俺はこの生き方を貫き通す。
やることは同じだ。聖剣を構えて横薙ぎに振りぬき、そこから何度も縦に、横に、斜めに剣閃を奔らせる。いつも通り豆腐を切るが如き手応え。
何も問題はない。祭壇はガラガラと音を立てて崩れ、その下から狭い縦穴と梯子が現れた。
「これ……ホントにいいのかな。罰当たりじゃないかな」
不安そうにイルウが呟くが、今更後戻りなんかできない。ダメだったらごめん。
祭壇の下は本当に小さな小部屋で、番人もいなければ何かギミックもなさそうだった。降りる前にここから先の手順をイルウに確認する。
「この部屋で、月の出ている時に二時間ほど祈りを捧げればいいらしいわ」
「例のオーブはどう使うんだ?」
たしか、二つのオーブが必要とか言ってたような……このオーブが『二つの月の神殿』の名前の由来なんだろうか。この世界の空に月は一つしかないしな。
イルウはごそごそと例のオーブを取り出して見せる。薄暗いダンジョンの中ではこの黄金の光もまぶしく感じる。
「祈りを捧げるときに、この二つの金の玉を床に置いて、その上に座って儀式をするんだって」
「なるほど……金の玉……ん?」
「どうしたの? ケンジ」
怪訝な表情で俺の顔を覗き込んでくるイルウ。しかし俺は考え込んでしまって、言葉を返せなかった。
「どうしたんじゃ、ケンジ? すごい汗じゃぞ」
お前ら、この違和感に気づかないのか。
「……おそらく、この方法でイルウはふたなりにはなれない」
「えっ!? なぜ?」
分からないのか? こいつら本当に分かってないのか? 二つのオーブだぞ。二つの金の玉の上で祈りを捧げて、ふたなりになるんだぞ!? この意味が分からないのか。
「多分だがこの儀式は、女性がふたなりになるための方法であって、男がふたなりになるための方法じゃない」
「どういうことなのケンジ」
本当に分からないのか!? 本当にか!? なんて危機意識の低い連中だ。
「じゃあ、まさかとは思うけど、私は魔王様に騙されて……?」
「いや、おそらくは魔王もそこまでは知らないんだろう。大昔の祖先の作った術式で、『ふたなりになれる』ということと、儀式の方法しかわかってないんじゃないのか? 多分細かいところまでは分かってないんじゃないのかな」
「ケンジにはなんでそれが分かるの?」
何でと言われてもな。金の玉でふたなりになるんだぞ。分かるだろ。
「……まさかとは思うけど、さっき魔王様と話していた……過去に会ったことがあるってことと、何か関係があるの……?」
ねえよ。
ねえけども。なんだその疑いの目は。イルウだけじゃなくアスタロウも俺に疑いの目を向けてくる。アンススだけはなぁんにも分かってないアホの顔だ。いつも通りで安心する。
「ふたなりになれない、って……じゃあ私がこの儀式を行ったら、いったいどうなるの? 何も起こらないってこと?」
「玉が四つになる」
「……? 何の話?」
下の話だよ。
「まあ、とにかく、この神殿とそのアイテムでイルウはふたなりになることはできない。残念だけどな。もしイルウがふたなりになろうと思ったら……そうだな、こう、『花園の神殿』とか、そんな名前のところで、あわびとか赤貝とか、そんなもんを捧げて儀式をしなきゃなれないと思う」
「なんでナマモノなの」
知らねーよ。そんなこと俺に聞くなよ。他に思いつかなかったんだよ。
「とにかくだ。ここに居てもおそらく進展はない。もう引き上げよう」
「ケンジくん」
俺が退却の判断を下すとアンススが声をかけてきた。
「村を出てから十二時間ほど経ってる。もう今日戻るのは諦めて休憩をとった方がいいよ」
言われてみればかなり疲れている。屋内だから分からないがもう日付も変わっている頃だろうか。ダンジョン攻略の高揚感から疲労と時間の感覚がマヒしていたがもうそんなに経っていたのか。
「じゃあもう簡単に食事だけして寝るけど、一応忠告しとくけどイルウ、絶対に儀式はやるなよ?」
「わ、分かってるわよ」
「いいか、絶対にだぞ? 俺たちの寝てるのをいいことに『試しにやってみよう』なんて絶対にするなよ? ろくなことにならないからな」
「分かってるってば!」
「ネタフリじゃないからな? 絶対にするなよ!」
「しつこいわね! 私のことなんだと思ってるのよ」
これだけ念押ししておけば大丈夫か。それにしても腹が減った。そんなに長いダンジョン探索になるとは思っていなかったので簡単な軽食しかない。俺達は火は起こさずに軽く保存食をつまむと、祭壇の部屋の隅で寄り添うようにマントにくるまって寝た。
まあ、色々あったが、考えるのは先送りにしよう。
イルウがこれからどうするのか、魔王が言っていたことは本当なのか、俺の過去……考えることは色々あるが、今考えても仕方ないことも多い。
疲れが相当たまっていたようで目を閉じるとそれほど時を待たずに俺はまどろみの中に沈んでいった。朝まで一度も目を覚ますこともなく。
次に俺が意識を取り戻したのは、切羽詰まった声色のイルウの声で目を覚ました時だった。
「ケンジ……ケンジ、どうしよう」
「ん……なんだよ」
ぐいぐいと肩を揺らすイルウ。頼むからそんな起こし方はやめてくれ。疲れてるっていうのに。
「どうしよう、助けて」
何があったっていうんだ。そんなに焦って、緊急事態でもあったのか。
「玉が……四つになっちゃった」
「お前さあ」




