記憶喪失
さて、変な意地張ってる駄女神のことはもう放置しよう。クソの役にも立たないし。
それはともかくとして、魔王って淫魔なのか。なんか、こう……わくわくしてくるよね。淫魔。ラスボスが淫魔かぁ……これはぜひとも人魔融和政策が必要ですなあ。
まあそれは置いておいて、淫魔の作った神殿っていうならふたなりになれる方法とかが伝わってても何となく「なるほど」感が強いよね。
ばらばらになって崩れた石壁を踏み越えながら次の部屋へ。この部屋は結構広いな。今いる場所って地上のピラミッドのどのあたりになるんだろう。というかあのピラミッドの見えてる部分もほんの一部で、本当はもっと広大な施設なのかもしれないな。
「広間の中央にあるのがどうやら儀式を行う祭壇みたいね」
「もう最奥部なのか。なんか意外と短いダンジョンだったな」
「…………」
三人が無言で俺の方を見つめる。
なんだろう? 俺なんか間違ったこと言ったかな? また俺なんかやっちゃいました?
まあいいや。とにかくこれでイルウの願いが叶うんだろう。だだっ広い部屋の中央には簡素な祭壇が設けられており、そのほかには何もない。俺が近づいてみると祭壇がぼやっと光り、空中に人の姿が現れた。
「魔王様!?」
イルウが声を上げる。いわれてみれば人間とは少し違うようだ。その頭部には立派な一対の角があり、服装はセクシーなナイトドレス。その後ろからちらちらと悪魔のしっぽみたいなのが見えている。
いきなりラスボスのお出ましか、とも思ったけどなんか微妙に現実感のない姿はたぶんホログラフ、ではないだろうけど映像だけなんだろう。
『よくぞここまで来たな、イルウ』
魔王に声をかけられるとイルウはその場に膝をついて頭を垂れた。俺たちは……別にいいよな? 頭下げなくても。
『ここまで来たということは、地下水路のリザードマン、鏡の部屋のレイス、ガーゴイル、そして最後の門番マインドイーターも倒してきたということだろう。お前にそこまでできるとは正直思っていなかったぞ』
「…………」
ガーゴイルだけは、身に覚えがある。
鏡の部屋の次のところで真っ二つになって転がってた奴だろう。そうか……あの鏡の部屋にもなんか番人がいたのか……レイスって幽霊系の敵だよね。物理攻撃とか通じなくて苦労しそうだよね。
マインドイーターとかいうやつも、きっと名前からして精神攻撃仕掛けてくる奴だろうな。きっと強敵だったんだろうな。
そう思ってふっと後ろを振り向いてみると、さっき崩した扉と壁の瓦礫の下から触手が伸びているのが見えた。震えながらふらふらと触手が伸び、やがてぱたりと力なく瓦礫の中に消えた。
多分、扉の向こうからこちらの様子をうかがってるときに壁を破壊されて、崩落に巻き込まれたんだな……悪いことしたな。
まあ過ぎたことは仕方ないよ。切り替えていこう。
『それにしてもまさか噂の勇者がお前とはな』
ん? どういうことだ? 俺の話だよな。
「どういうことじゃ? おぬし魔王と知り合いなのか?」
アスタロウが小声で聞いてくるものの、正直俺にも何のことなのか全くわからない。もしかしてアンススを勇者だと勘違いしてるんだろうか? しかしそれにしたってアンススも魔王と知り合いだとは思えないけど。
彼女の方を見ると、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでいる。やっぱりこいつにも心当たりはなさそうだ。
「どういうことだ? 俺はお前の顔なんか初めて見たけど」
『記憶を失っているのか……無理もない』
え……記憶喪失?
「どういうことじゃ」
「知らねえよ、こっちが聞きたいよ。誰かと勘違いしてるんじゃないのか? 仮に魔王が俺の顔に見覚えがあったとしても、そもそも俺は半年ほど前に異世界から来たんだから知り合いのわけねえだろ」
アスタロウだけじゃなくイルウとアンススの二人も俺に疑問符を投げかけてくる。そんな目で見られても分からんもんは分からん。
とはいえ、魔王は「記憶を失ってる」と言ってるな。俺が覚えてないうちに魔王に面識があったってことなのか? いつ?
記憶が無い間の記憶が無いので記憶が無いのかどうかが分からない。だんだん自分が何言ってるのかも分からなくなってきた。
「勇者よ、おぬし、本当に異世界転移は初めてか? 過去に、記憶を失っていることなどないのか? 実は以前にすでにこの世界に来ていて、その記憶を失っているなどということは……」
そんなこと言われても、記憶が失ってるかどうかなんて分からないだろう。ただ……
「……実をいうと、俺には小さい頃の記憶が、無いんだ」
『ふふふ、いずれ、顔を合わせることもあるだろう。その時が楽しみだ』
それだけ告げて、魔王の姿は消えてしまった。まるで最初から誰もいなかったかの如く、謎だけを残して。
「どういうことなんじゃ、勇者よ」
「そんなこと言われても、こっちが聞きたいくらいだ。俺が勇者として選ばれたのは偶然じゃなかったのか?」
「偶然で、勇者になどなれるはずがなかろう。おぬしにはその素質が最初からあったのだ。事実おぬし以前に呼ばれた勇者達は、みな聖剣を抜くことができなかったのだ」
そのセリフだけ聞くとまるで俺が選ばれた勇者かのような言い草なんだけどさ。実際違うじゃん。この聖剣誰でも抜けただろう。汚いからみんな触りたくなかっただけで。
俺にいったいどんな才能があるっていうんだよ。ヨルダ師匠には「勃〇の才能がある」って言われたけどさ。勇者の才能って勃〇じゃないだろ。
「まあそれは置いておこう」
実際記憶にないもんをあれこれ話しても仕方ないしな。考えたって覚えてないから無駄だ。アンススはまだなんか難しい顔して考え込んでるけど、どうせ大したこと考えてないだろう。
「いいのかな、置いといて……私もケンジが魔王様と顔見知りなんて初耳なんだけど」
「そんなことより『ふたなりになる方法』だろ? 結局魔王は何しに来たんだよ。てっきり儀式の詳しいやり方を教えてくれるのかと思ったのによ」
魔王もいなくなったので危険ももうないだろうと思って祭壇まで近づく。近づいてみてみると、この祭壇、もしかして石棺じゃないのか?
一畳くらいの大きさの石棺、もしかしてこれを開けば新たに地下の空間に行けるとか、もしくは中にふたなりになるためのアイテムか何かがあるんじゃないだろうか。
なんて漠然と考えていたけど、よくよく考えたらここにはダンジョンの専門家がいるんだった。アンススの意見を聞こうと声をかけてみる。
アンススは先ほどからずっと何か考え込んだままだった。もしかしてこの祭壇というか、石棺のギミックについて考えていたんだろうか。頼りになる。
「私は……」
ゆっくりとアンススは口を開く。
「私にとっては、どんな過去があっても、ケンジこそが勇者だよ」
なんの話?
「もしかして、さっきの魔王様の話の続き?」
まだその話続けるの? もう次の話題に移行してるんですけど。
「まさかとは思うけど、さっきの話の流れでどう声を掛けたらケンジの好感度を一番多く稼げるかをずっと考えてたの?」
イルウの問いかけにアンススはこくりと頷く。
「勝負どころだと思ったんだけど」
タイミング悪いと全部台無しだよ。




