ふたなりの月の神殿
「どういう発想してたら古代の神聖な遺跡の中に『セッ〇スしないと出られない部屋』なんてものが存在するなんて思うのよ!! そんな非常識なもの実在するわけがないでしょうが!!」
至極まっとうな意見。きっと扉の向こうで喋っているのは常識人なのだろう。
っていうかこの聞き覚えのある声、これは多分……
「もしかしてイルウ? こんなとこで何してんの?」
「!? ……よ、よく分かったわね」
声だけで分かったのがそんなに意外だったのか。少し声を詰まらせて驚いた後、イルウは石扉を開いて部屋を解放した。
っていうか今の開けた感じを見ると、そもそも閉じ込められたどころか鍵すらかけてなかった感じだな。ちょっとドッキリされたくらいで丸々一話かけてセッ〇スしないと出られない部屋の議論してたとか、アホか俺達は。
「チッ」
気まずそうに視線をずらすイルウ。そんな彼女を見つめていると俺の後ろから舌打ちが聞こえた。
「誰かと思えば泥棒猫のダークエルフじゃない。今わたしたちセッ〇スしないと出られない部屋に閉じ込められて忙しいのよ。どっか隅っこにでも行っててくれる?」
「ん……いや、扉は開いたんだけど?」
この女さてはバカだな。ちょっと理解の範囲を越えてきたぞ。
「はぁ、分かってないわね、ケンジくん」
小さくため息をつく。え、なに……俺が間違ってる感じ?
「ダンジョン内では目に見えることが全て正しいとは限らないわ。何も見えないような空間に壁があることもあるし、壁だと思ったところが実際にはすり抜けられたりするもの。扉が開いたからとはいえ、この部屋を出られるとは限らないのよ」
はは~ん、分かったぞ。この女バカだな。
「そんなもん試しに部屋から出てみればわか……」
「危ないッ!!」
「ふうッ」
脇腹への強烈な打撃を受けて俺はその場に崩れ落ちた。脂汗が吹き出て、呼吸もできない。いったい何が……
「危なかったわねケンジくん。ダンジョンでは『行ってみたい』『触ってみたい』と思うものには必ず罠が仕掛けられてるもの。もしこの罠にかかって部屋から出ようとしてみれば、どうなるか分かる……? ポロリ、よ」
なにが。
「ちょっと! どういうつもりなのあんた! いきなり仲間にキドニーブロウぶちかますなんて頭おかしいんじゃないの!?」
キドニーブロウされたのか、俺。
「ケンジ、こんな奴と一緒にいたら命がいくつあっても足りないわ。同衾した仲だし、是非魔王軍に移籍を……」
「危ないッ!」
「魔眼!!」
なんだかよく分からないがどうやら倒れてる俺の頭上では最強の冒険者と魔王軍四天王のバトルが始まっているようだ。
なんか、アレだな。この世界の人達って主人公を置き去りにして勝手に話を進めるきらいがあるよね。俺に人権はないのか。
「ふふふ、どう? 身動きが取れないでしょう。ケンジは貰っていくわよ」
勝手に俺をトロフィーにするな。ふうう、と大きく深呼吸をして俺はようやく立ち上がる。
「こんなとこで……何してんだ、イルウ」
「いや、ケンジ達こそ何してるの?」
質問に質問で返される。
とはいうものの。「何をしてるのか」と言われると正直言って俺達も上手く答えられない。俺はちらりとアンススの方を見る。彼女はこくりと頷いて口を開いた。
「セック……」
「近くの猫獣人の村に滞在しててな。そこでここに古い神殿があるって聞いたんだ。それで『なんかいいものないかな~?』って見に来たんだけど」
「え、小腹がすいて冷蔵庫を漁るおっさんみたい……」
言われてみればそうだ。
というかなんで俺達はこんな薄弱な根拠でダンジョンにまで来ちゃったんだろう。
「逆にイルウはこんなところで何してんの?」
イルウは少し考え込み、俺達の顔を見てから、慎重に話し始めた。俺達に知られたらまずい事でもあるんだろうか。まあ、魔族の四天王なんだからそういうもんがあっても仕方ないけど。
「前に、私は目的があって魔王軍に所属してるって話したの、覚えてる?」
ああ、確かそんなことを言ってたな……っていうかアレか。『ふたなり』になるためにその方法を知ってる魔王の下で働いてるんだっけか。
「ここまでの働きが認められて、『儀式』のために必要な素材を下賜されて、その儀式を行える古代の神殿の場所を魔王様から教えて貰ったのよ」
「これまでの働き……?」
ダンジョンでガールズトークしたりカルアミルクの目の前でおっぱい揉まれたりしたことが……?
「あれは別に私の失敗じゃないもん!! 私は言われた通りにあいつを手伝っただけだから!! あと四天王の仕事って勇者関連だけじゃないんだからね!? むしろ他の仕事がメインで、勇者関連がおまけっていうか、部活動くらいの感じなんだから」
部活動は酷くない? 俺息抜きで殺されそうになってんの? 部活だって甲子園目指すくらい一生懸命やるもんだろうが。まあ部活やったことないから分かんないけど。とはいうものの、そりゃそうか。魔王に次ぐ地位にいるんだからたかが人間のガキ一匹にかかりっきりになられたりしたら国が立ちいかないもんな。
「で? ふたなりに?」
話が大分それてしまった。アスタロウが改めて質問する。こいつにとっては所詮他人事だもんな。実際にアナルを狙われてる俺からしたらたまったもんじゃないんだが。
「まあね。このダンジョンの最奥部の祭壇で、とあるアイテムを使用して祈りをささげることで、私の願いはきっと達成されるはず……」
そう言いながらイルウはウエストポーチの中から小袋を取り出し、その中にあったアイテムを俺達に見せた。
「まぶしっ……なんだこれ?」
イルウが袋から出したのは小さな、光り輝く宝玉だった。
大きさにしてほんの直径三十ミリほどの二つの真球。黄金に輝き、光を放っている。魔石やカンテラの光を反射しているのではない。それ自身が光を放っているのだ。
「もう何百年も昔に盗掘の被害を受けて外の世界へと流出してしまっていたけど、これが『二つの月の神殿』の由来となった、二つの金のオーブよ」
ううむ、不思議な感じだ。見た感じ黄金で出来た球体の様なんだけど、弱いながらも自ら発光してる。
なんかこう……霊験あらたかな感じだな。
「多分ケンジが求めるようなお宝はここにはないと思うけど、私にとってはこの先の人生を左右する大切なイベントなの。邪魔はしないでもらうわよ」




