ちょっとかしこい犬
「あっ、賢者様だ!」
「乳の巨人だ!」
アンススが村の入り口まで行くとあっという間にその辺にいた子供達に囲まれた。どうやらちょっとした有名人というのは本当らしい。
本当らしいが、なんか『智の巨人』と呼ばれてるんじゃなかったか? なんか変な風に聞こえたんだけど。
まあ、それは置いておこう。どうやらここは猫系の獣人の村らしんだが、なんかデカい猫が直立歩行して服着てる感じだな。前にトライアヌスとかいう奴らに狼男とか虎男がいたけど、あんな感じだ。
あいつらは怖かったけど、子供ということもあってか、それとも猫だからか、とにかくかわいい。
「乳の巨人! 乳の巨人!」
「あっ、ちょっ……ダメ!」
もみくちゃにするどさくさに紛れて何人かのオスガキが胸触ってやがる。かわいくねえガキだ。死ね。
「それにしても、なんか聞いていたのと少し違わんか? 慕われているというよりは、弄られてるという気がするんじゃが」
「え? そうか?」
アスタロウに言われて見てみるが、よく分からんな。俺もこの世界に来るまで人に慕われたことがなかったからなあ。
ぼうっと見ていると、子供の一人がマチェーテを差しているアンススの剣帯の後ろに短い紐のついた棒を刺した。
「ん? なにかしら? 視界の端に……」
それに気づいたのか、自分の後ろに何かひらひらとしたものが見えたようでアンススは後ろを振り向いて確認しようとする。しかし自分の後ろに固定されてる棒の先についた紐なので振り向こうとすると逃げてしまう。
「あれ? なんだ? 何かいる!」
しかしそれに気づいていないアンススは後ろのひもを追いかけようとその場でぐるぐる回りだした。これアレか。自分の尻尾を追いかける犬か。子供達はそれを見て大笑いしている。
「あははは、賢者様カッコイイ!」
もうこれ完全に遊ばれてるじゃねえか。
なんとなくそんな気はしてはいたけどやっぱりここでもこいつは知能の低い奴扱いじゃん。
「おお、お久しぶりですにゃアンスス殿」
そう言いながらアンススのひもを引き抜いたのは大人の獣人だろうか。子供達よりは大きいものの、俺よりは十センチくらい背の低い……中年男性っぽいけど、猫なので実年齢はよく分からない。もしかしたら種族全体が人間よりも小柄なんだろうか。
「ああ、ウェックさん、お久しぶりです。お変わりないようで」
一方のアンススはついさっきの醜態を無かったことかのように大人の対応。無かったことかのように、っていうか、こいつ多分自分の身に何が起こったのかよく分かってないんだろうけど。
「子供達と遊んでいただいてありがとうございますにゃ」
「あそ……ん? うん」
やっぱりよく分かってないな。
それはそうと、慕われてるのかバカにされてるのかはさておき、住民と良好な関係を築けているっていうのは確かなようだ。
「して、今日はどんなご用向きですにゃ? また迷子に?」
「ああ、ちょっと魔王討伐にね」
おい……
「にゃ~……」
空気が止まっちゃったじゃねえか。
正直に話す奴があるか。子供たちまで不穏な空気を感じ取って黙っちゃったぞ。
「にゃははは! アンスス殿の冗談は相変わらずきついにゃ!」
ホッ、良かった。普段からわけ分からん事ばっかり言ってるおかげで本気には取られなかったか。こういうところに普段の行動が現れるんだよな。村人とアンススの関係性が良好なおかげもあるかもな。
「いや本気だけど」
おい。
再び沈黙の時間が流れる。この女、本当に状況を全く理解してないのか。こんなん、もし魔王軍に通報とかされたら速攻で捕まるんじゃないのか。
「まあ……」
猫獣人のウェックさんが口を開く。彼はどういう判断を下すのか。バカ女の意味不明発言で流してくれるのか。
「正直言って別にわしらは人間だろうが魔族だろうがどっちに支配されていようがどうでもいいですにゃ。どうせグラントーレでも最底辺の辺境の民扱いですにゃ」
うお、意外とドライだな。
「しかしのう、もしアルトーレに組み込まれたらどんな扱いになるかは分からないのでは?」
「おい、アスタロウ」
せっかく穏便に済みそうなのに余計な口を挟むアスタロウの袖を引っ張っておれは少し距離を取る。
「どういうつもりだよ。そもそも先代国王のお前が『善きに計らう』とかなんとか言えば済むことだろうが」
「そんなもん確約はできん。そもそも儂は所詮先代だし、国王とて思うように政を行えるわけではない。国王が猫獣人に便宜を図るつもりでも民がそんな優遇をよく思わなかったら破綻するだけじゃ」
世知辛いなあ。国王の強権でどうにかならないのか。
「まあ、どんな扱いになろうとも、儂ら猫獣人には武器がありますにゃ」
キラリとウェックさんの目が光る。比喩ではなく。確かに猫の身体能力は凄まじく高い。たとえ武器を持っていなくても鋭い爪と牙がある。いざとなれば戦いも辞さないというのだろうか。
「たとえ支配者が誰になろうとも、わしらはこの『かわいさ』だけで生き延びていけますにゃ」
世知辛いなあ。かわいいけどさ。
でもまあ、これで宿で休んでる間に魔王軍に通報されるなんてことは無くなったのか。
「お前らか、噂のニンゲンっていうのは」
ホッと胸をなでおろした時、後ろから野太い声がかけられた。振り向けばそこには頭部に一対の角を備えた肌の黒い大柄な男。あれだ、カルアミルクみたいな奴だ。軽装ではあるが胴当てと、角を避けるように簡易的な兜をつけている。
嫌な予感。こいつもしかして魔王軍の関係者では?
「最近出回ってるアルトーレの貨幣が、どうやらこの村が発端らしいと聞いて調査に来たんだが、まさかニンゲンがいるとはな……」
アンスス、お前何してくれてんだよ。
お前がなろう主人公ムーブしたくて導入した貨幣経済がグラントーレに混乱をもたらして、しかも魔王軍の調査員が来るような事態になってるじゃねえか。
しかもその使者がよりにもよって魔王討伐に来た勇者に偶然遭遇するとか最悪のパターンじゃねえか。
「何か勘違いしているようだが……」
よどみなくアンススが口を開く。
凄いドキドキする。普通ならこんなに堂々と口を開くんなら何か考えがあって上手くごまかしてくれるんだろう、って思うんだけどこいつの事だから「魔王討伐に来ただけですけど?」とか言いかねないんだよな。
「私達は人間ではない」
?
どう……ごまかすつもりなんだ?
確かに魔族と人間の違いって角の有り無しくらいしかないようにも見えるんだけど、俺達はどう見ても人間だろう。
それともまさかこの魔族が「人間を見たことがない」ことに賭けてるのか?
「私達はダーク人間だ」
ダー……なに?




