待ったなし
「『かわいいな』って思ったッス」
うるさいだまれ。
そんな話はどうでもいいんだ。
正直言うとこうしてエイメと話してる間も脳内会話トリオがサラウンドオーディオでとりとめもない話を続けていて非常にうるさい。
『長年隠遁生活をしているとこうやって気兼ねなく話せる場所があると嬉しいのう』
やめろ。俺の脳内を井戸端会議に使うな。
『つれないですねえケンジさん。ご老人にはもっと親切にしてもいいんじゃないですか?』
『やさしいのは股間だけみたいね』
やめろッ!!
本当にいい加減にしろよ。今伸るか反るかの大勝負の最中なんだよ。だいたいなあ。人の脳内を使って関係のないおしゃべりの場にするなんてマナー違反が過ぎるだろ!!
俺が聞きたいのはそう言うんじゃないんだよ!! あの力士に勝つ方法なんだよ!!
俺が脳内で思い切り叫ぶと、ようやく三人は静かになった。
「むう、すまんかった。さすがに少し度が過ぎたかもしれん」
時間いっぱいだ。
相手のリキシはもう待ちきれないとばかりに仕切り板で待っている。
「マッタナシ!」
エイメも準備をしている。もう後がない。俺も観念して仕切り板に立つ。
『ケンジよ、起力の力を信じるんじゃ』
二言目にはそればっかりだな。
とはいうものの、聖剣の無い今俺にあるアドバンテージはそれしかない。考えろ。考えるんだ。
「ハッキヨォイ!!」
覚悟を決めろケンジ! 己の力を解き放つんだ!!
「ノコッタァッ!!」
そうだ。俺の持てる力の限りを出して対抗する。起力の力を信じるしかない。
エイメの掛け声とともにリキシは突進してくる。その鬼のような形相を真正面に見据え、俺は集中した。
凄まじい衝撃と共にがっぷり四つに組んで、体重の軽い俺の不利は揺るがない。もう数秒と待たずに投げ飛ばされるだろう。それが分かった上で、ギリギリの勝負の中で俺の神経は極限まで研ぎ澄まされていた。
まるで月の出ていない夜の湖に、波紋が一つだけ起きるような、そんなほんの小さな揺れを俺は確かに掴んだ。
「ノコッタァ! ノコッ……ああ!?」
壊れかけのレディオのようにノコッタノコッタと繰り返し連呼していたエイメの声が悲鳴に変わる。
それと同時にリキシは俺のまわしを放して身を引き、慌てて股間を隠した。
「ちん〇んが……ちん〇んがはみ出てるッス!!」
そう。とうとう俺の勃気術は、他人のそれを自由に勃〇させることができるレベルにまで達したのだ。この限界の戦いの中で、成長した俺の力、見たか!
しかしそう思った瞬間ゴッ、と鈍い音がして俺は吹っ飛んだ。股間を隠したままぶちかましを仕掛けてきて、何の備えもできていなかった俺は弾き飛ばされて青天井。
「ぐっ……」
情けなく負けて吹き飛ばされた姿。そう見えるかもしれないが……
「不浄負けッス」
行事のエイメの軍配は俺に上がった。
通常そんな決まり手で勝負がつくことはまずない。というかN〇Kで放送できないからな。俺の方は自分で適当に巻いたまわしだったからその危険もあったが、相手の方は部屋(群れ)の誰かにアシストしてもらってるだろう。がっちり絞められたまわしが外れるなどありえない。
だがそれは「普通なら」の話だ。
「普通でない」ならばその限りではない。
そう。「普通でない」ならな。
たとえば取組中に勃〇するとかな。
ありえない事だろう。しかし俺にはそれができる。まわしのなかで予測不能な動きをしたちん〇んは収まりが悪くなり、激しい取り組みの動きの中でまろび出てしまったのだ。
慌てて位置を直し、その羞恥と怒りのままに俺を吹き飛ばしたものの、時すでに遅し。ポロリした時点で勝負はついていたのだ。
敗北の衝撃を受けてか、リキシはついにがっくりと土俵に膝をついた。彼も分かってはいるのだ。己の敗北を。
「これが起力の力……すごいッス、師匠」
エイメも俺の能力に驚嘆している。
「やっぱり師匠には、勃〇の才能があるんスね……悔しいけれど、ワタシには敵わないッス」
なんかなあ、やだなあ。そういう言い方されるの俺が普段から勃〇ばっかしてる奴みたいじゃん。否定はしないけども。
まあとにかく。
「俺の勝ちだ。話を聞いてくれるか? 大切なのは今後、里の人間とどう共存していくかだ」
俺はリキシに話しかけた。
地球でも人間とそれ以外の生き物の生存競争の結果あらゆる衝突が起きており、悲しい事ではあるが絶滅にひんしている生物も多い。
そんな中でも逞しく生きのこっている動物も多い。そんな動物には共通点がある。
例えばツバメは森の中よりも人の家の近くの方が天敵に襲われる恐れが低いために軒下に巣をつくる。
たぬきは雑食性で都市の中でも生存率が高く、人の生活に及ぼす害が比較的低いため駆除されることもなく順調に数を維持している。
リキシは特殊な生態をしているものの、俺からすれば人間と変わらない。リキシと人間との共存の道は、きっとあるはずなんだ。
自分で言ってて「なんかおかしいこと言ってるな」というのは分かる。それでもだ。
「師匠、リキシに人間の言葉なんか通じないッスよ。いつも訳の分からない鳴き声を上げてるだけッスから」
本当にそうだろうか。
偏見の眼差しが、俺達の目を曇らせているだけなのではないか。何か重要なことを見落としているだけじゃないのだろうか。
「さて、できたぞい」
そんな時だった。
実を言うと勝負の最中からいい匂いが漂ってきているなとは思っていたのだが、どうやらアスタロウの準備していたチャンコがようやくできたようだ。
「なにやってんスかアスタロウさん。今更誘き出すためのエサなんか用意したって遅いッスよ」
いいや、遅くない。むしろベストなタイミングだ。マス席の一番土俵に近いところにアスタロウはでかい土鍋をどしりと置く。
鶏がらスープのいいにおいがする。白菜、ネギ、鳥つくねにニラとホットペッパーも少々。相撲を取って疲れた体の胃袋を鷲掴みにされるような感覚だ。
「いいや、エイメ。遅くなんかない。完璧なタイミングだ」
そう。俺の描いた筋書きに合致した最高のタイミングで鍋が出てきたんだ。俺は振り返って声を掛ける。エイメではなく、そのさらに後ろ、未だに土俵に膝をついて項垂れている男に。
「なあ、あんたも食わないか、チャンコを」
「だから師匠、言葉なんて通じないって……」
リキシは、両膝をついたままほろりと一筋の涙を流し、軽く頭を下げながら呟いた。
「ごっつぁんです」




