師匠
「これが、勃気じゃ」
「こっ、これが……」
それは、異様な光景だった。
立ち枯れしており、今にも倒れ、土に伏してもおかしくない朽木。それにヨルダが手を当てて「何か」をすると瞬く間に木の肌は瑞々しく張りを取り戻し、青筋が経ってはち切れんばかりに膨張し、大地にしっかりを根を張り、一斉に木の葉が芽吹いた。さらに……
頭上でぼふりと音がした。
木が黄色い煙を吐いたように見える。これはいったい……?
「フェックシ!! こ、これはまさか?」
「花粉ッスか?」
信じられん。今にも倒れそうだった朽木がよみがえっただけでなく、花粉を噴き出している。
いやホントまさかで、そうであってほしくないんだけど、萎びてた木を勃〇させて……花粉は、受粉して増えるために出すものだから……射精させたって、こと? イヤすぎる。
「勇者殿、教えた通り、勃〇とは、粒子……つまり物質であるとともに、波動、現象の性質も併せ持つ」
「教えて貰ってないスけど」
「波動であれば、同じ波長の波をぶつけて増幅することもできる。逆に……」
またも木の幹に手を当ててヨルダさんは「むん」と小さく唸った。
すると命の象徴であるかのように猛り狂って屹立していた大木はみるみるうちに葉が落ち、表面が萎びて弱々しく枯れ、大きな音を立てて倒れてしまった。
「こっ、これは『萎えた』のか……信じられん」
アスタロウが倒れた木の幹を観察して驚愕している。
確かに信じられない現象だが、目の前で起きてしまった以上真実であると認めるほかない。それに、俺にはヨルダさんが何をしたのかがなんとなく分かった。
「波動であるならば、同波長で逆位相の波をぶつければ、一瞬で減衰させることもできる……ってことか」
「その通りじゃ。理解が早いのう。さすがは勇者と言ったところか。どうやらお主は勃気の才能があるようじゃ」
そんなこと生まれてはじめて言われた。
「どういうことスか? 全然理解できなかったッス」
俺とヨルダさんの話を聞いてもエイメの方は全く理解できていないようだった。まあ、仕方ない。波動の動きに関してはある程度物理学の素養がないと理解できないからな。
エイメは村長の娘だからおそらくはその辺の農民よりは知識があるだろうが、さすがに物理学の事なんか習ってないだろう。それがあると無いとでは、おそらくこの現象に対する理解度が全く違ってくる。
そういう「素養」が才能の一つであると言えば、確かにそうなのかもしれない。
「勃気」を理解できるということに於いて、俺はこの分野で他の者よりも一歩先にいるんだろう。これが「勇者」たるものの才能といえば、才能なんだろう。
それにしても、勃気、かあ。
勇者の能力が、勃気、かあ……
まあいい。切り替えていこう。
「ヨルダ師匠、俺に教えてください。勃気のことを」
我ながらなんてセリフだ。
エロ漫画のヒロインが言うならまだ許されるだろうが、ヒロイックサーガの主人公が言っていいセリフではないだろう。だが、それでも俺には力が必要なんだ。
この間のイルウとの戦いで痛感した。聖剣に頼らないと俺は何もできないんだと。というか普通にヒロインの一人だと思ってて、別に戦闘狂キャラでもない女の子に普通にボコボコにされたのはちょっと傷つく。
この「勃気」の力、極めれば無限に応用が利きそうな気がするんだ。是非教えて欲しい。
「儂の修業は……厳しいぞ。ついてこれるか?」
もちろんだ。痛いのはパスしたいけど、俺には力が必要なんだ。
「師匠ワタシにも教えて欲しいッス!」
おお、そう言えばエイメもいたんだった。お前そんなに勃気の力を極めてどうするつもりなんだよ。
「あの時、メルポーザが萎えなければ、きっと私達は結ばれてたはずなんス」
いや~、どうかな?
「女の身でありながらそこまで勃気の力を使えることになったこと自体が奇跡なんじゃ。お主には厳しいかもしれんぞ」
そもそもどういう経緯でエイメは勃気の力を得ることになったんだ? というか色々と聞きたいことがあったのを思い出したぞ。
「ヨルダ師匠、エルフは葉っぱや虫を食べるって本当ですか?」
「は?」
なんやこの空気。
「いや、エイメからそう聞いてたんですけど……」
ちらりとエイメに視線を送る。この女、もしかしてフカシこきやがったのか? 明らかに「なんやその話」って感じのリアクションだったぞ。
「ダークエルフや人間のように肉は食べず、木の葉とか虫とかを食べるってエイメから聞いてたんですが……やっぱこの女が適当ブッこいてただけですか」
まあそんな凝ったろうと思ってたけどよ。俺は大きくため息をついた。なんかこの女存在自体が怪しいもんな。言ってることもやってることも全部適当なんだよ。
「なんスかその言い草は! ワタシが嘘ついてるっていうんスか!? いいスよ! 分かったスよ!!」
そう言うとエイメは荷物かばんから何かを取り出した。取り出したのは、なんとナイフだった。
「かくなる上は! 腹ぁ掻っ捌いてワタシの言葉に一点の曇りもないことを証明して見せるッス!!」
知ってはいたけど頭おかしいのかこの女!!
「よさんか! そんなことして何になる!!」
一番近くにいたアスタロウがエイメの腕を抑え込んだ。
「そんなくだらない嘘で死んで何になる! ちょっとした冗談だったんじゃろ!?」
この言い方は……マズい気がする。
「嘘じゃないって言ッッッてんスよッ!! ワタシは生まれてこの方嘘なんかついたことないッス!!」
「ぎゃあッ!?」
そう言うとエイメはガブリとアスタロウの手に噛みついた。狂犬やんけこの女。アスタロウの手が振りほどかれて再びエイメのナイフがフリーになる。まずい。
「ま、待て、エイメ!」
止めたのはヨルダ師匠。全員の視線が彼に注目した。
「エイメの言う通りじゃ……エルフは、木の葉や虫を食べる」
マジか。
そっちの方向で行くのか。
「ッスよね!? ワタシは嘘ついてないスよね!! じゃあさっそく……」
「いやでも、今はちょっと……お腹すいてなくて」
ああ? 年若い女の子が腹まで切って身の潔白を証明しようとしたのにそんなのが許されるとでも思ってんのか?
「師匠も……ワタシが嘘ついてるって言うんスね」
そう言ってエイメは涙を流しながらナイフの切っ先を自分の喉元に当てた。なんなんこの女。情緒不安定か。
「ああ~! お腹すいてきたな! 急激にお腹すいてきたぞ!」
ヨルダ師匠の方もなんか情緒不安定だな。この二人本当に師弟関係成り立ってたのか?
「じゃ、じゃあ、お腹すいたからこの葉っぱを……」
そう言ってヨルダ師匠がそこらに生えてた雑草の葉をちぎって口に運ぼうとしたが、エイメがその前に何かを地面から拾い上げた。
「師匠! ワタシ虫食べるところが見てみたいッス」




