エルフの騎士
「エルフだ……」
俺の目の前に現れたのは、小柄で耳の長い、エルフの老人だった。
「いや、エルフか? これ」
エルフと言えばエルフなんだけど……なんかおかしいというか。
特徴を列挙すると、まず身長が低くて俺の胸までくらいの高さしかない。まあ、エルフは小柄だ、とは聞いてたから情報通りと言えばそうなんだけど、少し小さすぎる気はする。まあ、身長なんて個人差が大きいし、そういうのもあるかもしれん。
かなり老齢の様で頭が禿げていて、生え際がかなり後退しており、心許ない白髪が風に触れている。まあ、そういうこともあるだろう。エルフだって年とれば禿げるさ。
耳が長いのはまあいい。エルフはそういうもんだからな。
くりっとしたつぶらな瞳をしているのが印象的な顔で、皺だらけの顔と杖をついている姿はこの長命種がどれほどの時を過ごしてきたのかを連想させる。
ここまで列挙すると、一つ一つの特徴はまあ別に普通なんだ。エルフの老人ということで納得できるものばかり。ただ、全体としてみると全く別の印象を受ける。
「ス〇ーウォーズのヨ〇ダじゃねえか」
なんなんだよこれ。どう見ても肌色のヨー〇じゃねえか!
「なんでヨルダ師匠の名前知ってるんスか?」
名前もそっくりなのかよ。ちなみにカタカナ表記だと「ヨルダ」になるけどアルファベット表記だと「Yolda」が一番近いだろうか。「ル」が子音だけの発音で、現地の発音に近い言い方をすると「ヨゥダ」の方が正しいかもしれない。
つまり。
ほぼほぼヨ〇ダだ。
「いい加減にしろよお前ら。怖いもの知らずか」
「何の話じゃ?」
「何の話」って言われてもな。こっちも困る。もちろんここで「ス〇ーウォーズのヨー〇じゃねえか! どういうつもりだ!」と言うのは簡単だ。でもそれじゃこいつらには伝わらないだろう。もし俺が相手の立場でも意味が分からなくて困る。
でもな。
あかんだろうこれは。
やっていいことと悪いことがあるだろう。
おい女神。
『なんです? なんかありました?』
なんかありました? じゃねえよ。どういうつもりだよ。
『なにがです?』
ほほう、シラを切るつもりか。
『何の話です? ちゃんと説明してくれないと分からないですけど』
なんかヨー〇が出てきたんだけど。
『ヨーダ? 誰ですかそれは』
こっちが伏字にしてんのに台無しにしてんじゃねえよ。分かってんじゃねえか。
『ええと、つまり。こちらの世界に住んでいる方が、ケンジさんの世界の創作物の登場人物にそっくりだと。そんなくだらない理由で連絡してきた、と』
まだ何も説明してないだろうが。話は早いけど。
別に他の作品のオマージュとかはいいんだよ。結構有名な作品でもそういうの多いから。でもな。天下のディ〇ニーに喧嘩売るのはあかんやろ。喧嘩は相手を選んで売れ。怖いもの知らずか。お前どういうつもりでこんなことしたんだ。
『どういうつもりもなにも。別に私がヨルダさんを作ったわけじゃないので』
あくまでシラを切り通すつもりか。
『そもそもス〇ーウォーズって1977年公開ですから。千年以上生きてるヨルダさんの方がずっと年上ですし』
詳しいじゃねえか。
『なんならルー〇スの方がパクったんじゃないですか? 訴えてケツの毛まで毟り取ってやりましょう』
やめろ!
『だいたいオリジナルの方のス〇ーウォーズもですねえ……』
オリジナルってなんだ、語るに落ちたなお前。
『黒〇明の隠し砦の三悪人の影響を強く受けてますからね。ル〇カスはそういうことする奴ですよ』
お前ホントいい加減にしろよ。今の発言は全部法廷に立った時にお前の不利になる証言として採用されると思え。
とはいえ。
俺はまだ何かわめいている女神を無視してヨルダ師匠の顔を見る。
うん。どっからどう見てもヨ〇ダだが、本人がヨルダだと言い張っているんだから仕方ない。今ここで俺がこいつを殺しても、この男がこの世界に生きていたという歴史までは消せないからな。もう諦めるしかあるまい。
「まあ、おぬしが何を戸惑っているのかは儂にも分かる」
ヨルダが口を開いた。分かるのか。分かっていいのか。
「著名なエルフである儂が、何故こんなところで隠遁生活をしているのか、ということじゃろう」
違うけど。
「有名なのかあんた」
「たしかにエルフの騎士として名を馳せていたこともあった。その時代を象徴する騎士、『時代の騎士』に選ばれたこともある」
やめろ。それ以上いけない。
「『時代の騎士』の中でも特に優れた者に送られる称号、『時代・マスター』と呼ばれたこともあった」
やめろって言ってるだろ。いい加減にしろ。
こいつホンマにあかんわ。事の重大性を何も理解してない。会話の主導権をこいつに渡したらダメだ。
「それはそれとして、ヨルダさんはなんでこんなところで隠遁生活してるんだ?」
「いろいろとあるが、人の世が煩わしくなってしまってのう……争いを繰り返す現世に嫌気がさした、といったところじゃ」
超どうでもいい理由だわ。
会話が終わってしまった。というかそもそも俺達何しに来たんだっけ? そうだ、思い出した。俺はこいつに勃気の能力のコントロールができる様にしてもらわなきゃならないんだった。
エイメはただ様子を見に来ただけだったみたいだから別に構わないんだが、俺はこの爺さんに師事しなきゃならないんだ。
それにしてもこのじいさん、こんな人畜無害な外見してそんな尖った能力の使い手なんだよな。人は、っていうかエルフは見かけによらないものか。
「ヨルダさん、俺は、あなたに勃気の事を教えて欲しいんです」
何を言ってるんだ俺は。
ヨルダさんは加齢によってたるんだ瞼を少しだけ開き、驚いたようだった。
「いいじゃろう」
よかった。ここでまた変な条件付けられたら面倒なことになるからな。
「勃〇というのは、主に性的興奮などにより血流が海綿体に流れ込み……」
そっちじゃねえんだわ。
っていうかそんなのはよく知ってるんだわ。俺も健康な青少年だからな。そっちは常日頃から使ってる能力だから。それとも俺がインポに見えたか。
「というかじいさん本当にそんな何に使うのかよく分からない力本当に使えるの? どんなきっかけでエイメはそんな力教わろうと思ったわけ?」
「ふむ……」
ヨルダさんは俺の問いかけには応えずに、少し歩いて近くに立っている朽木の幹に手を当てて見上げた。ちゃんと俺の話通じたのかな。おじいちゃんボケちゃった?
「知っての通り、勃気とは、粒子であり、同時に波動としての性質も併せ持っておる」
知らねえよ。
「むん」
今にも倒れそうな朽木だった。
完全に立ち枯れしており、いつ倒れてもおかしくない木。
ヨルダさんがそれに手を当てて気合を入れると、みるみるうちにその気が生命力を取り戻し、硬く大地に根を張って幹は瑞々しさと張りを取り戻し、枝には瑞々しい木の葉が溢れかえった。
「こ……これは!?」
「これが、勃気じゃ」




