エルフの生態
「エルフかぁ」
正直少し会ってみたい。
エルフと言えばだよ。□ードス島戦記のディー〇リットさんをはじめとして金髪で儚げな美しい女性の代名詞みたいなもんじゃん。もうなんか、それだけで期待が膨らんでくるよ。
あ、でも……
「師匠男ッスよ」
ああ、まあ、そうか。
よくよく考えてみたら『勃気』の師匠なんだよな。その時点で女の線は普通消えるわな。エイメは女だけど、普通そんな下ネタ全開の技、女は使いたがらないよな。
「っていうかよくよく考えたら『ダーク』がつくけどエルフには既に会ったことがあったな……ろくでもない奴だったわ」
「師匠、エルフとダークエルフは全然違う種族ッスよ」
ん? そうなのか? ゆうても肌の色が違うくらいじゃないの? 鳥取と島根くらいの違いだろ? たいして変わんねえよ。入れ替わっても誰も気づかないんじゃない?
「まず、エルフは貧乳ッスけど、ダークエルフは巨乳ッス」
なるほど、言われてみればそんなイメージがある。その違いは大きいな。千葉県と茨城県くらい違うな。
「あと、ダークエルフは肉も食うッスけど」
ああ~、なんか、エルフはヴィーガンというか、あんまり肉とか食べるイメージないな、確かに。
「エルフは木の葉っぱと昆虫を食べるッス」
は?
「ダークエルフはこないだのイルウさんみたいに人間と同じように陸上生活ッスけど、エルフは樹上生活ッスね」
それホントにエルフか? ナマケモノかなんかなんじゃないの? 俺の知ってるのと大分違うんだが。
「人生の八割を木の上で過ごすらしいっスね」
猿かなんかなのでは?
「基本的には卵生なんスけど、メスがオスの腹の中に卵を産み付けて、オスが出産する、かなり珍しい胎生をしてるんスよ」
それはタツノオトシゴでは?
「足りない栄養素は光合成で補うらしくって、足を高く掲げて太陽に向ける仕草は、足の裏にあるメラニー器官で光合成する時の体勢なんスよ。私も師匠の光合成見た時はびっくりしたッス」
え……、それ、なんなの? どういう生き物なの? ミドリムシみたいに植物と動物の中間の生き物ってこと? それエルフでもなんでもなくない?
「と、とにかく、俺はお前の師匠を探すのを手伝うから」
正直どんな化け物なのかはかなり不安になってきたけど、俺には会わないという選択肢はない。何故ならどうにかして、この『勃気』の能力を消したいからだ。
「この能力ホンットにどうにかしたいんだよ。逆にエイメは平気なのか? 毎朝毎朝、朝勃ちの光で起こされて。気が変になりそうなんだけど!!」
「え? むしろ興奮するスけど」
愚問だったわ。
まあいい。
こんな話を続けていても物事は何も解決はしない。とにかく、俺はこの勃気の力をどうにかしなきゃいけないんだ。
この力を自由自在に制御できるようになって、勃気マスターにならなけりゃいけないんだ。
……何言ってんだ俺。
目指せ勃気モンマスター、ってか。ハハ。
ハハハ……なんだよ、ホントに。もう……俺、勇者だぜ……なんでこんな事やって……
「どうかしたんスか師匠?」
ハッ、俺はいったい何を? エイメの声で正気を取り戻した俺は顔を上げて周囲を見回してみる。見渡す限りの木、木、木。
ここはいったい……?
「どうしたんじゃ勇者よ。早いところそのエルフを見つけて次の街に行くぞい」
ああ、状況の悪さから茫然自失としている間に森へと移動していたのか。なんなんだこの場面転換の仕方。
「ここが、エルフの森か……」
「エルフの森じゃないッスよ」
なんだと。
「言わなかったッスか? 師匠は昔なんかあったらしくて、エルフの里を離れて一人で暮らしてるんスよ」
ああ~、なんか言ったような、言わないような。
というか、なんかその大前提を気づかずに行動しても多分見つからないな。まあそれ以前にどうやら無意識で行動してたみたいなんだけど。
てっきりエルフの隠れ里かなんかを探すもんだと思ってたんだけど、そういうわけじゃないんだな。
「まあ、そういう事なら生活の痕跡を探せばいいんだな。きっと食料をとるための罠とかが設置されてるはずだから……」
そこまで喋ってはた、と考え込む。
「エルフは、肉は食わないッス」
そうだった。
木の葉とか、虫を捕まえて食べる……? となると、大分前提が変わってくるな……食料の捕獲に罠は使わないか……となると、エルフの糞を探せばいいのか……俺、本当にエルフを探してるんだよな……?
「あのさあエイメ。多分なんだけど、俺の知ってるエルフとお前の言ってるエルフが大分姿が違うんじゃないのかなあ、って気がしてんのよね」
俺はもちろんイルウの肌が白いバージョンくらいに思っていたんだけど、樹上生活をしていて、木の葉と昆虫を捕まえて食べ、時々光合成をする……その生活形態で人間にそっくりな姿の訳がないだろ。
俺は足元の落葉を掻き分けて地面を露出させ、木の枝で絵を描く。
「多分だけど、樹上生活をするってことは、手と足は殆ど同じ長さの方が都合がいいだろうな……握力を消費しなくて済むように、長い鈎爪のような爪……かな。カロリーが足りてないだろうから体温を保つために体毛は長め、かな。あとは卵を抱えるために育児嚢を備えてる感じか」
描き上がった絵は、ほぼ腹に袋のあるナマケモノだった。
「だいたいこんな感じか……合ってるか?」
「師匠はエルフを何だと思ってるんスか」
大体ナマケモノだと思ってるよ。
「エルフと言えば小柄な人間の姿で耳が長い奴ッスよ」
え? そうなの? じゃあやっぱダークエルフと比べて鳥取と島根くらいの違いしかないじゃん。
「ていうか俺エルフの生態に詳しくないんだけど、エイメ知ってるなら教えてよ。捕まえるためのトラップの仕掛け方とか」
「虫かなんか捕まえるんじゃないんスから……」
文句を垂れながらもエイメは荷物袋から何かの入ったビンとハケを取り出した。
「私だと高いところに手が届かないんで師匠にやってほしいんスけど、樹液に集まる性質があるんで、この水で薄めたハチミツを木に塗ってほしいス」
虫かなんか捕まえるのかな。
「というか本当にエルフっていうのがどういうもんなのか分からなくなってきたんだけど。これまでの情報を集めると、外見的にはほぼ俺が知ってるエルフみたいなもんだけど、樹上生活をしてて、葉っぱや昆虫を食べて、樹液に集まる? モンスターの類だよねそれ」
「儂の知っている限りじゃと、生活習慣にそれほど人間と差があるわけじゃない筈じゃがのう。エイメ、お主騙されとるんじゃないのか?」
アスタロウもエイメの情報には懐疑的みたいだった。そりゃそうだよな。その師匠に適当なこと吹き込まれてるとしか思えないんだけど。
「何言ってるんスか、お二人はエルフにあった事あるんスか!? 私が騙されるわけないじゃないスか!!」
そんなこと言われてもなあ。
なんとも微妙な空気になってきたが、とりあえずはエイメの言うとおりにするしかないか。そう思って彼女からハチミツの瓶を受け取った時だった。
俺達の後方、少し離れたところからしわがれた声が聞こえてきた。
「これは、珍しいお客さんじゃのう。久しぶりじゃな、エイメ」
声に振り向くと、そこには小柄な老人が立っていた。




