湿度が高すぎる
[34%]
「ところで勇者よ。おぬし、魔王を倒した後はどうなるんじゃ? アルトーレに永住するのか?」
魔王の支配する魔国グラントーレ。アルトーレの東に向かう道中の村パンテの宿屋で休憩しているところ、おもむろにアスタロウにそう話しかけられた。
問いかけられて俺は考え込んでしまう。
そう言われてみれば、その後のことは何にも考えていなかった。
「どうなるんだろう? 女神にもその辺の話は何にも聞いてなかったわ。他の人はショウさんみたいにみんな定住してるんだよな。まあ、その人らは女神の依頼を達成できなかったんで『猶予』期間をだらだら続けてる状態なのかもしれんけど」
考えても分からない。分からない事は聞くのが一番か。
「なあ女神。その辺どうなんだ? 依頼達成したら元の世界に返してくれたりするのか?」
『…………』
返答がない。別に女神のいる天界が空の上にあるわけじゃないが、なんとなく上を向いてそう話しかけた俺が、ただのデカい声で一人声を言っただけの人間になってしまった。
「聞いてる? 魔王を倒したらこちらで得たスキルをそのままに現代日本に帰ってモテモテスーパーマン生活を送れるかって聞いてるんだけど?」
まあ、こちらで得たスキルって言っても今のところエイメから教えられた「勃気を感じ取る能力」だけなんだけどな。こんな能力現代日本でどうやって生かせっていうんだよ。
というかこっちの世界でも超限定的な場面でしか生かせねえよ。勃〇したまま近づいてくる敵なんてこの間のドラゴンくらいだろ。
にしても返事がねえな。まさか……孤独死?
「女神? おい女神!!」
『ああもう!! なんなんですか! お風呂入ってたのに!!』
「女神ってお風呂入るのか」
『入りますよお風呂くらい!! 女神が臭かったらいやでしょう!?』
「俺はちょっと興奮するけどなあ」
「お主ヘンタイじゃのう」
アスタロウだけには言われたくはねえわ。
「で、どうなん? 終わったら日本に帰れたりするの?」
『帰りたいんですか? 日本に帰って何するんです?』
なにって……こっちの世界よりはまともな人間が多いから少しはマシかな、と。少なくともドラゴンを犯そうとする女はいないしな。
『ていうかケンジさん、日本で死んでこっちに転生してるんで日本に帰って死体として生きるって事ですか? 生き返らせるなんて芸当私には出来ませんよ』
死体として生きるって、ただの死体だろそれ。しかし日本に帰るって選択肢がないとすると、この世界で生きることになるのかあ。この世界碌な奴がいないんだよなあ。
「そういえば、この村の名前、パンテっていうのどこかで聞いたことがある気がするんだけど、どこだったかなあ?」
「お主忘れたのか? つい最近の事じゃろうに」
とりあえず未来の話は先送り。それは置いておいてこの村の名前をどこかで聞いたことがあるような気がして話題に上げたんだが、そんなときに部屋のドアがコンコンとノックされた。
[42%]
「? ……どうぞ」
誰だろう? またなんか厄介な問題が持ち込まれなければいいけど。
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは褐色肌の大柄な体をビキニアーマーに包んだ女性だった。
「ケンジくぅん♡」
「アンスス?」
[58%]
むわりと部屋の湿度が上がる。まだ春先の寒い時期だというのに汗ばんだ肌で俺を抱きしめてきたのはハリネズミ級冒険者のアンススだった。身長差の関係でたわわなおっぱいにぎゅうぎゅうに顔を埋められ、呼吸ができない!
「なんで私の生まれの村に? 私を探しに来てくれたの!?」
ようやく解放されて大きく息を吸い込むと濃厚なアンススのメス臭が臓腑にしみこんでくる。思い出した。そう言えば初対面の時こいつ『パンテのアンスス』って言ってたわ。
「パンテって、お前の苗字かなんかなの?」
「違うわ。パンテ村のアンスス。この辺りは庶民に苗字なんかないから出身村の名前を名乗っただけよ」
そういうもんなのか? ていうかこの世界の名前のシステムがよく分からんな。アスタロウは苗字が先に来てたけど、冒険者のガロンとヒューは苗字が後に来てたっぽいよな。
「儂の『ケツメド』というのは王家にのみ許された称号のようなもんじゃ。貴族や王国に貢献した者はその役割に応じた苗字が与えられて、名前の後に苗字が来るのが普通じゃ。あと北部の方は平民も苗字をつける習慣があるのう」
てことはここは王国の中でも南部の方なのか。地理が分からんから今俺がどこにいるのか全然分からん。本当にグラントーレに向かってるのかも分からん。
「ケンジくんは今何をしてるの?」
「え? いやまあ、将来のことについて話し合いしてたんだけど」
そういうことじゃないか、この村に何しに来たのかってことか。
「私はね、今年中に妊娠したいな、って思ってるわ」
[72%]
部屋の湿度を上げるような発言をするな、アンスス。ここはひとつ、無視することにしよう。
「この村には、ただグラントーレへの道すがら立ち寄っただけじゃ。まさかお主の生まれの村だとは思わなんだ」
「ふぅん……」
そう唸ってアンススは考え込んだ。何か気になる事でもあるんだろうか。
「私はてっきり『聖剣狩り』の噂を聞きつけて駆け付けたと思ってたんだけど、違うのね」
「聖剣狩り?」
穏便じゃないな。また魔王軍絡みで何かあるっていう事だろうか。ううむ、詳しく聞いてみないといけないような気もするものの、聞いたら聞いたで対処しなきゃいけないから面倒臭いような気がしないでもない。
「アンスス、詳しく聞かせて欲しいんじゃが、なんじゃ? その『聖剣狩り』というのは? 儂らが対処すべき問題ではないのか?」
「単純な話よ。この付近の森で最近『聖剣の持ち主か』と尋ねながら無差別に旅行く人を襲って武器を奪っていく魔族の噂が出ていてね。その正体を突き止めて、可能ならば退治してくれと、領主……今は代行のフェンネ夫人だけど、依頼を受けてるの。私の他にもう一人冒険者が同じ依頼を受けてるわ」
この辺りもフェルネッド領なのか。夫人も苦労するな。二回連続でアンスス絡みとは。
しかし聖剣絡みとなるとおそらく魔族の仕業なんだろうけど、これは俺達が行く必要はあるか? 腕利きの冒険者が二人既に来ているんなら十分な気もするし、何より聖剣を探してる敵のところにわざわざ聖剣の持ち主が突っ込んでいくこともないだろう。罠に嵌まりに行くようなもんだ。
「でもケンジくん達が来ているなら安心ね。前回の仕事も見事なものだったわ。今回も期待しているわ」
「いや、悪いけど俺達はその依頼に関わるつもりはないんだ」
「え? じゃあ何しにこの村に来たの?」
だから立ち寄っただけって言っただけだろうが。本当に人の話聞いてないなこの女。
「あ……ということは、まさか?」
「そのまさかだよ」
今回はスルーさせてもらう。悪いな。
「私の両親に挨拶しに来てくれたのね!」
「そのまさかじゃない!!」
[湿度:100%]




