力が欲しいか
この世界とか運命の、なんか矯正力的なものとかが働いてるんだろうか。何が何でも世界が俺に聖剣を抜かせようとしてくる。
「ん? 何だこの状況は?」
魔王軍の四天王、カルアミルクとか名乗った偉そうな男が疑問を口にした。
まあ、そりゃそーだな。中央にはずっとケツを向けたまま四つん這いになってる先代国王。現国王は汗まみれでなぜか軍手をしている。その上異世界から召喚された勇者は仰向けで寝っ転がってるときたもんだ。これで状況を把握出来たら怖いわ。
「勇者様が……無理やり僕にお尻で抜かせようとしてきて……」
「おおい!!」
がバッと起き上がってツッコミを入れる。端折り過ぎだし色々と間違ってるだろ!! 一人称も急に「僕」になってるし! そもそも事情を知らねーのをいいことに無理やりケツを触らせようとしてきたのはお前らだろうが!!
「ふん、まあいい。どうやら都合よく国王もいるようだしな。ここで皆殺しにしてこのアルトーレをのっとってやるとしよう」
アルトーレっていうのかこの国。まあもうどうでもいいや。勝手に滅びろ。
「陛下、後ろに下がってください!!」
近衛騎士という奴だろうか。全身を白銀の鎧で着飾った数名の騎士がカルアミルクと王の間に割って入った。
あの魔族、敵陣に単身で乗り込んできてバカなのかな。どう考えても多勢に無勢だろ。廊下の外からも慌ただしい音が聞こえる。おそらく城中の兵士がこの部屋に集まってきている事だろう。どっちにしろ俺の出番はねえわ。あほくさ。
「獄炎拳!!」
「ぐああああぁぁ!!」
え?
うそだろ? 一撃で部屋の中にいた近衛騎士7、8人が吹き飛ばされたぞ。あの魔族、四天王っていうだけあってめちゃつよじゃん。
「ふん、こんなものか。所詮は劣等種の人間だな。魔王様の手を煩わせるまでもないわ」
強キャラみたいな台詞言ってるじゃん。近衛騎士達もふらふらになりながらも立ち上がってるけど、これはヤバいぞ、どうすれば……
― ちからが ほしいか ―
……この声は?
― 力が欲しいのならば 我が刀身を 暗闇より引き抜くのだ ―
聖剣が、語り掛けいや違うな。あの鉛筆削り器がそれっぽい声出してるだけだクソ。この非常時にどうでもいいネタぶっこんでくるんじゃねえよ。
アホはほっといて俺は慌てて部屋の外に出て状況を確認する。さっきから騒いでる音が聞こえてるし、今すぐにでも兵士が駆けつけてるはずだ。魔族は確かに強いけど、数で押し込めばきっと何とかなるはず。
しかし、俺の期待は淡くも裏切られることとなった。部屋の外に出た俺は愕然とした。なかなか兵士が到着しない理由が、そこにはあったんだ。
「す、すいません、詰まってしまって……」
廊下に出ると通路の両側が兵士でぎゅうぎゅうに詰まって身動きが取れない状況だった。これはもう暮らし安心クラシアンでもどうにもならんわ。
ていうかこれ完全に逃げ道すら塞がれちまったじゃねえか!! 助けに来るどころか退路を塞ぎやがって! ハダカデバネズミ(※)かお前らは!!
※東アフリカに生息する地中に巣穴をほるネズミ。ヘビなどの外敵が侵入すると兵隊ネズミが通路に詰まって蓋をし、女王ネズミを守る。今回の件は逆効果である。
― ちからが ほしいか ―
「くっ……」
全ての状況が、俺に「聖剣を抜け」と言っているとしか思えない。
「勇者様!!」
おっぱい姫が俺に縋るように抱き着いてきた。
「勇者様、お願いです、助けてください」
「くっ……お前ら、グルじゃねえだろうな」
ケツに刺さった聖剣、選ばれし勇者、唐突な魔族の襲撃、通路に詰まった兵士。いや、もしかすると転生するところからか? 全ての事象が、俺に聖剣を抜かせるための舞台装置のような気がしてきた。これ壮大なドッキリじゃねえのか?
「勇者様……」
だが、この姫が、この人も嘘をついているなんてことがあるんだろうか。とても演技には思えない。
俺はもう一度、姫の澄んだ瞳を覗き込んだ。
美しい眼差しだ。この瞳が、嘘をついているようにはとても思えない。
「んひっ♡」
俺は意を決して聖剣の柄を両手でしっかりと掴んだ。
ゆっくりと、ゆっくりと聖剣を引き抜く。一息に抜いて中身が一緒に出てきたりしたら困るし。
「んほおおおおおぉぉぉ♡」
マジでうるさいこの鉛筆削り器。誰か黙らせろ。
「勇者様、我らが足止めをしている間に早く聖剣を!!」
何普通に戦ってんだ国王。近衛騎士達も、そうだ、あいつらだって必死で戦ってるんだ。俺は、それに応えなきゃいやおかしいだろ必死なら自分で聖剣抜けよ。
「んはあッ♡♡♡」
俺が聖剣を全て引き抜くと、鉛筆削り器は大きくビクンと痙攣して涎を垂らしながらその場に突っ伏した。
辺りには栗の花の香りとメタン臭の入り混じったなんとも言えない不快な臭気が漂う。
「ぅ……勇者様」
気付けば近衛騎士も国王もみんな床に倒れ伏している。俺が聖剣を抜いている間、よく耐えてくれた。といいたいところだけど「自分で聖剣を抜けよ」という気持ちが脳裏を過ぎってどうしても素直に感謝を言う事が出来ない。
「ふん、それが噂の聖剣か。数百年も前からあるのになぜ今まで出し渋っていたのか理解しかねるが」
ケツの穴に刺さってて使えなかったんです。
「差し詰め強すぎる力を恐れて封印していたというところか。凄まじい瘴気を放っているな……」
臭気です。
「いいだろう! この魔王軍四天王筆頭カルナ=カルア、獄炎の支配者の名を……」
「エクスカリバーーーーーッ!!」
なんだか長くなりそうなので俺は相手の言葉を待たずして遠間から剣を振った。
「アイエエエェェェェ……」
驚くことに剣の振りから衝撃波のようなものが発生して半壊状態だった部屋のほとんどを破壊、魔族はそれに吹き飛ばされて遠く空の向こうに消えていった。




