四次元アナル
「ケンジくん……私のために……無理はしないでいい」
そんな事を言われたらよ、アンスス。
男としては、無理をせずにはいられないじゃないか。
「ぬんッ!!」
「んほおおぉぉぉ♡♡♡」
俺の左手が肘辺りまで暗闇に飲み込まれた。毎度毎度思うんだがこいつのケツはいったいどうなってるんだ。いや正確にはケツじゃなくて聖剣の鞘なのかもしれないが。
今は抜いてあるが、聖剣が入ってて、その前にはあり得ない対応だと思うがアスタロウの保存食が入っていて、さらにこの中に聖水の瓶が入ってるだと?
四次元アナルか。
鞘もこいつのケツも。聖剣だけで1メートル近くあるサイズなのに。一回どれだけの物が入るのかとことん試してみたいな。中に入れた物には基本触れたくないけども。
じんわりとした温かさと湿度がキモい。
今は余計なことは考えるな。聖水を、聖水の瓶を探す事だけを考えるんだ。他の事は全て雑音。心を無にするんだ。そうすれば耐えられる。健全な男子高校生の俺が、中年男性のケツに手を突っ込んでいるというこの事実にもだから考えるな俺!!
そうだ。心を無にして瓶を探すんだ。なんかすぐ近くでおっさんの喘ぎ声が聞こえるような気もするが。今は無視だ。
「あの……いったい何をして……?」
この光景を初めて見る伯爵も驚いているようだ。
そりゃそうだ。自分の救助に来た伝説の勇者が先代国王のケツの穴に手を突っ込んで必死に何かを探してるんだからな。俺がお前でも驚くと思うよ。
ていうか俺自身まだこの状況に対して心の整理ができてないよ。
だから黙っていてくれ。
気づけば俺の腕は二の腕までも闇の中に飲まれていた。普通ならすでに内臓を突き破っている位置。しかしまだ聖水の瓶は見つからない。
「あっ♡ そこ……♡」
アスタロウ、お前の言う「そこ」というのはすぐそこに聖水の瓶があるという解釈でいいんだな? Gスポットとか、前立腺とか、そういうものではないよな?
と、思いながら穴の中を探っていると、たしかに指先に固いものが触れた。これはまさか? いや、間違いない。この硬質な感覚。これは間違いなく瓶だ。俺は瓶をしっかりと掴み、そしてゆっくりと、慎重に取り出す。
「んほおおぉぉぉ♡♡♡ イグッ♡ イグゥゥッ♡♡♡」
「そりゃあッ!!」
抜けた! おっさんの汚い鳴き声と共に、ようやく瓶を取り出すことが出来た。この聖水を……あれ?
おいおい、マジか、これ。取り出した瓶を見て俺は驚愕した。
「な……中身が……ッ!!」
一体ここまでの苦労は何だったのか。瓶は蓋が外れて空になっていたのだ。
頭の中が真っ白になる。もちろん俺の苦労が吹っ飛んでしまったこともショックではあるが、しかしそれよりも時間をかけて聖水を捜索したにもかかわらず結局手に入らなかったのだ。完全に時間を無駄にしてしまった。こんな事ならすぐに町に治療に行く選択をするべきだった。アンススの荒かった呼吸は、今はもう弱弱しくなってきている。もう時間がない。
俺はすぐに横たわっていたアンススを抱きかかえようとした。
「ま、待て、勇者よ」
それをアスタロウが呼び止めるが、今更何だっていうんだ。お前のせいで時間を無駄にしたんだぞ!!
「どうやら、聖水が中でこぼれてしまったようじゃ。しかし、聖水は確かに聖剣の鞘の中に、ある」
なに!?
「空の瓶が入っていたわけではないんじゃ! 聖水は、こぼれてはしまったが、たしかに鞘の中にあると言っておるんじゃ」
と、いうことは……?
「これから、聖水を鞘から直接アンススにかける。それでアンデッド化を防ぐことが出来る!!」
「え……ちょっ」
これに戸惑いを見せたのはアンススだった。しかしもう他に選択肢はない。俺は、命を守るための行動をとる!!
「伯爵、両足を押さえて!!」
そう指示して俺はアンススの両腕を押さえる。もはや抵抗する力もないかもしれないが、念のためだ。今度こそ聖水を無駄にしたら取り返しがつかなくなる。
そしてアンススの上に、アスタロウが跨った。
「ちょっ、やめて! ホントにやめて!!」
安心しろ、アンスス。今助けてやるからな。
「聖水は今鞘の中にこぼれている状態じゃが、儂が腹圧を使ってこれを絞り出す。勇者と伯爵は患者が暴れんように頼むぞ!!」
「任せろアスタロウ!!」
「いやホントやめて!! もういい! もういいから!! 私もうゾンビでいいから!!」
「そんな悲しいこと言うなよアンスス。俺は、お前を見捨てるなんてことできねえよ!!」
「いや本当に見捨てていいからッ!! 名誉ある死を選ぶから!!」
アンスス、名誉の死よりも泥臭くても生きてる方がいいに決まってるだろう。それにしてもすごい力だな。もう限界に見えたアンススだけど、俺と伯爵を撥ね退けそうなほどの力で暴れてる。この体のどこにこんな力が残ってたのか。
「フンッ……んぬぬぬぬ……」
「イヤアアァァァァァァァ!! 死なせてェェェ!!」
がんばれアスタロウ! お、少しアナ……じゃなかった聖剣の鞘から液体が垂れて来たぞ。
「アスタロウ、なんかなんか微妙にトロみがついてる気がするんだが聖水ってこういうもんなのか!?」
「そういうもんじゃんんんッ!!」
「やめて! 諦めてェ!!」
「なんか微妙に茶色がかってる気がするんだけど聖水って元々こういう色なのか!?」
「もちろんそうじゃァァァァ!!」
「殺してエェェェ!!」
「なんか凄く臭いんだけど聖水ってこんな匂いなのかァ!?」
「アアアアァァァァァァ!!」
「キャアアァァァァ!!」
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「あの人達、いったい何をしてるンでしょうか……」




