ストレージスキル
「この辺りは空気の動きも鈍い。おそらくはダンジョンの最深部も近いわ。本格的な探索や戦闘になる前にいったん休憩しましょう」
少し前に視覚的なステルス能力を持つ魔物もいたことだし、いよいよダンジョンの最深部も近いんだろう。こうやって普通に喋ってると本当に頼れるお姉さんなんだよな、アンススは。
さて、休憩の前に確認することがある。
「アスタロウ、結局お前は荷物をどこに持ってんだ? 見たところ保存食も他の道具も持ってないみたいだけど?」
休憩しようにも個人で持ってる荷物は剣と山羊の胃袋の水筒に入った水しかない。さっきは荷物はちゃんとある、って言ってたけど、こいつ一体どこに持ってるんだ?
「勇者よ、ダンジョンの中では一瞬の判断ミスが命取りになる」
分かるよ。さっきみたいにな。
「とりあえず、儂の剣を抜いてくれ」
「は?」
そう言ってアスタロウは後ろを向いて四つん這いになり、尻を高く掲げた。俺の目の前にケツからつきでた聖剣の柄が向けられる。今、抜くのか。アンススも訝しげな眼で俺達二人を見ている。
しかしまあ、いずれは抜かなきゃいけないしな。
さっきのデカい甲虫くらいならアンススでもなんとかなるだろうが、この先魔眼のイルウや未だ見ぬ魔王軍四天王のアンデッド、さらにドッペルゲンガーがいる可能性もある。アスタロウの言う通り、一瞬の判断ミスが命取りの危険な場所だ。いずれ抜くなら、早いうちに剣を抜いておいた方がいい。
俺は、がしりと剣の柄を掴む。
「んふぅ♡」
いい加減変な声を出すのはやめて欲しいが。慎重に、そして大胆に俺は剣を引き抜く。
「んほおっ♡♡♡」
剣を引き抜くとアスタロウはその場に突っ伏し、二回、三回と大きく痙攣した。どうやら抜く時の振動で前立腺が刺激されるらしいが。そろそろ死んでくれないかなこのおっさん。
「ケンジくん? これはいったい何を……?」
聞かないでくれアンスス。見ての通り聖剣を抜いただけだ。
「ふぅ、ふぅ……」
よだれを拭きとりながらゆっくりと体を起こすアスタロウ。そのケツには聖剣の鞘がブラックホールのようにぱっくりと口を開いている。結局何が言いたかったんだコイツは。
「保存食は、聖剣の鞘の中に保管してある」
なんだとこの野郎。
「てめえ!! 何してくれてやがんだこの野郎!! 何でもかんでもケツの穴に入れてんじゃねえよ!!」
ここまで頼れる年上のおっさんキャラみたいに振舞ってきてたのに、ここにきて本性現しやがった。そうだよ、最近忘れかけてたけどこいつは所詮ケツの穴に聖剣突っ込むような奴なんだよ!!
「ま、待て、落ち着け勇者よ。ケツの穴ではない。聖剣の鞘の中に入れただけじゃ」
一緒だよバカ野郎! ああ、保存食がないとわかったら急に腹減ってきやがった。
「落ち着け、話を聞け勇者」
どうせ碌な話じゃねえだろうが。アンススは俺達の話が理解できなくなったせいか、腰のポーチから干し肉を取り出して齧り始めた。チクショウいいなあ、食いもん!
「先ほども言ったように、ダンジョンの中では一瞬の判断ミスが命取りになる」
ケツの穴に食料入れるのは判断ミスじゃねーってのか。
「何かあった時、大きな荷物を抱えていたらどうなる? 両手をフリーにしておくためには、こうするしかなかったんじゃ」
うそつけ絶対お前の特殊な趣味だろうが。
「っていうかなんなの? その聖剣の鞘は聖剣以外にもそんなにいろいろ入るもんなの?」
「うむ、原理は分からんがさすがは女神さまより下賜された物。伸縮自在でいくらでも物が入るようなんじゃ」
そういえば聖剣自体も少し抵抗はあるが吸い付くようにしっかりと刀身をホールドしてるし、そういうものなのか?
いやでもおかしいだろ。鞘自体が伸縮してもお前の直腸はどうなってるんだよ。っていうかお前の体では今一体何が起こってるんだよ。
「不思議な力を持つ聖剣の仕組みなど疑っても詮無き事。それよりも今我々がすべきは、体を休めて次の戦いに備える事じゃ」
ほんのついさっきメスイキしてた奴の言うセリフじゃねえよ。
「勇者よ」
嫌な予感がする。この先の話もう聞きたくない。
「アナルの中に手を突っ込んで、保存食を取り出してくれんか」
死ね。
「アンススでもいいんじゃが」
「死ね」
満場一致で死ね。
「勇」
「取り出すわけねえだろそんなもん! ってか取り出したところでそんなとこに保管してたもんなんか食えるかボケ!! もう休憩おしまい!! 食事なんかどうでもいいから先に進むぞ!!」
「ぐっ……」
俺の言葉を聞き終えると、アスタロウは急に腹を押さえてその場にしゃがみこんだ。変なもんケツに突っ込んだから腹痛くなったのかな? 早く死ね。
「お腹がすいて、もう一歩も動けん……」
ホント死ねこのじじい。
「アンスス、悪いけどお前の保存食分けてくれないか」
「ごめん、なんとなく嫌な予感がしたから食欲を失う事態になる前に全部食べちゃった」
勘が鋭い。さすがはハリネズミ級冒険者。
「もうごちゃごちゃ言うな! 立て! さっさと行くぞ!!」
ぶちぎれた俺はアスタロウの襟首をつかんで無理やり立ち上がらせる。敵地のど真ん中だっていうのにこいつのわけわからんプレイに付き合ってられるか。ホントはもうこんな奴無視して進みたいが、聖剣の鞘でもあるこいつはこの冒険に絶対必要な人間。無理やりでも連れて行くしかない。
「やじゃ!!」
しかしアスタロウは俺の腕を振り払うと床の上にあおむけに寝転がった。
こいつ……こいつ、まさか。
「やじゃやじゃやじゃ! 絶対イヤじゃ!! なんか食べさせてくれるまで絶対にここを動かん!! お腹すいたお腹すいたお腹すいた~ッッ!!」
大声で叫びながらぶんぶんと手足を出鱈目に振り回す。その姿はさながら大きな赤ん坊のよう。とてもじゃないがもう手が付けられない状態。
「ケンジくん。あんまり大声で騒がれると、モンスターも寄ってくる可能性がある。事態を早く収めないと」
言いたいことは分かる、アンスス。
「やじゃやじゃやじゃ!!」
「ケンジくん……」
俺が……やるしかないのか。




