ハリネズミに懐かれる
さて、面倒なことになった。
とりあえず状況をまとめよう。
先ず依頼の内容。伯爵夫人フェンネからの依頼で、人が変わったように豹変して悪政を敷くフェルネッド伯エルシラの調査をする。その秘密はどうやら最近新しく発見されたダンジョンにあるらしい。そこにいたドッペルゲンガーが伯爵と入れ替わってるんじゃないかと夫人は睨んでいるようだ。
さらにダンジョンの付近では四天王の一人であるアンデッドの目撃情報があったらしい。
ところが俺達が実際にダンジョンで出会ったのは別の四天王、“魔眼の”イルウだった。イルウの壁尻のことについては事の経緯と関係なさそうなので割愛。
しかしここで話が面倒になる。
イルウと別れた後、俺達が出会ったのは最上級の『ハリネズミ級冒険者』アンススだった。アンススの話を信用するならこいつも伯爵夫人から依頼を受けてて、ダンジョンの中にいる“本物の”エルシラを救い出し、屋敷にいる“偽物の”エルシラを殺害しろとの事だ。
ここで問題が一つ。
パンテのアンススは札付きの激烈バカで、こいつの証言は何一つ信用できないとの事。依頼内容も不明だし依頼者も分からない。持ってた依頼内容の書かれたメモもどこで手に入れた物か出所不明の怪文書の可能性が高いという事だ。
「とにかく、アンススがビンゴ夫人から受け取ったっていう……」
「ビンゴ? 誰だソレは。伯爵夫人はフェンネさんだろう」
こいつ……お前が伯爵夫人の名前をビンゴだと勘違いしてるから話を合わせてやったっつうのに。数分前の記憶がないのか?
「勇者よ。この通りアンススの記憶にある情報は基本的に最後にインプットされたものに上書きされる」
マジか。なんかの病気なんじゃないのかコイツ。
「だからアンススに最初に依頼をした者が誰なのかはギルドに戻って確認せんと分からんのじゃ。しかし、最後に話をしたのは多分フェンネ夫人なんじゃろう。おそらくそのメモを渡したのもな」
どういう順番で誰と会って、どんな内容の話をしたのかが確認できればクエストの裏にあるものが見えてくる筈なんだが、そう難しい話じゃないはずなのにバカが一人いるせいでミステリーになっとるやんけ。
これは是非もなく俺達が手綱を握るしかないってことか。しかし最初にアンススに依頼をしたのはフェンネ夫人じゃないだろうな。じゃなきゃ俺達と依頼がバッティングするし。流石に全く無関係の依頼をこの内容と混同するはずはないし、誰かがドッペルゲンガーに関係する依頼を出してたんだろう。
「アンスス、とりあえず俺達の当面の目標はこのダンジョンのどこかにいるフェルネッド伯を探すことだ」
「フェルネッド伯を探す。分かった」
ホントに分かってんのかなコイツ。
「見つけ次第殺せばいいんだっけ?」
「違う。コロス、ノー」
「コロス、よくない。分かった」
やべえな。さっき聞いた依頼の内容とも微妙に混ざってるし、目が離せない。コイツこの年齢までよく生きてこれたな。
「アンスス、とりあえずフェルネッド伯を探すとこまでね。それ以降はまた見つけてから相談するから。何か変わったもの見つけたら行動を起こす前に教えてね。いいね」
「うん!」
返事だけはいいなコイツ。身長も俺より高いし、外見的には頼れるお姉さんって感じなんだけど、こうやって話してると幼稚園児の相手をしてるみたいだ。
「でもよかった。ダンジョンの中でケンジくん達に出会えて」
「ん?」
「今まで一緒に仕事した仲間って、一方的に指示に従えっていうばっかりでこっちの話なんて聞いてくれなかったんだ」
そりゃそうだろうな。お前の話聞いてると頭おかしくなりそうだもん。かといって野放しにもできないし、常に手綱を握っておかないと危ないからな。
「酷いと私の名前を聞くだけで距離を置くか、ハリネズミ級冒険者の私を利用とすることしか考えてない人ばっかりでさ。でもケンジくんは『ハリネズミ級』って聞いても驚かず、物怖じもしなかった」
ピンと来なかっただけだけどな。
「ありがとう」
そう言ってアンススはにっこりと微笑みながら俺の両手を包み込むように優しく握った。
なんやこいつ……かわいいやんけ。汗っかきなせいか手がビショビショだけど。
「今までそんな風に接してくれる人いなかったんだ。ケンジくんに会えて、よかった」
なんか分からんけど懐かれてしまった。
「私ね、子供はたくさん欲しい派なんだぁ……十人くらい欲しい!」
懐き方が気持ち悪い! もうちょっと段階を踏んでくれ!!
「ケンジくんは? ケンジくんは子供欲しい派?」
「あ? うん、まあ。いないよりはいる方がいいかな」
「やったあ!!」
なんの「やったあ」だ。ことわっておくが俺が子供欲しくてもお前にはなんの関係もない話だからな。
「でも私もう二十五歳だから毎年子供産んだとしても、ええと、十人産むとすると……たくさん。たくさん年を取ることになる」
「ん?」
なんか今おかしかったぞ。
「あっ、大丈夫もちろん分かってるよ。今二十五歳だからまず一人産んだら二十七になるよね」
「二十五の次は二十六だぞ」
ちょっと待て、おいおいおい。
「分かってる! もちろん分かってる! だから、十人。あと九人だから、二十七、二十八……」
そう言いながらアンススは両手の指を一本ずつ折り曲げる。え? 嘘だろこいつ。そこまでか? そこまでなのか?
驚愕している俺の顔に気付いたようで、アンススは苦笑いをしながらこちらを見た。
「あはは、ごめん。その……数学が苦手で」
「数学じゃなくてさんすうだぞ」
足し算もできねーのかこの女。教養がないとか、教育の機会がなかったとか、そういう次元の話じゃないぞ。とんでもねー逸材じゃねーか。
「まあ、そういうわけで、十人も子供を産む頃には、私は四十五歳になってるわけだ」
「三十五だぞ」
「どちらでも大して違わないさ。そして、最後の子が成人の十六歳になるころは、ええと」
またも両手を出す。しかし今度は十六だから両手じゃ足りないだろう。
「ケンジくん、悪いけど両手を出してくれるかな」
俺の手を使うのか。
「よんじゅうろく、よんじゅうなな……」
だから四十五歳じゃないって言ってるだろうが。何でそんなとこだけ頑ななんだよ。
「フフッ、これって夫婦の初めての共同作業ってやつだね」
夫婦でもねえし共同作業でも何でもねえよ。その辺の石ころでも使ってやれよ。
「えっと、七十二歳になってるわけだ」
どういう計算をしたんだよ。途中でしゃべるからもう訳分かんなくなっちゃってるじゃん。俺はこいつの介護を一生続ける人生なんて絶対嫌だからな。
「その話いつまで続くんじゃ。そろそろ行動を起こしたいんじゃが」
ナイス、アスタロウ。正直こいつにはもうついていけんし、話が進まないからどうやって切り上げようかと思ってたところだ。
「まあ、そういうわけで時間が私にはないんだ」
だからもう終わりにしようぜその話。こっちだって暇じゃないんだし、この話アスタロウが置き去りになるだろうが。
「アスタロウ殿は少し向こうを向いててもらえないだろうか。三十分くらいで終わるから」
ちょっと待て、何を始めるつもりだ。
「大丈夫、痛くしないから」
大丈夫じゃねえ!!




