トランスフォーマー
車が変形して人型のロボットになった! トランスフォーマー(※)だ!!
※このトランスフォーマーとは「変形する者」という一般名詞であり、特定のアニメ、映画などフィクションにおける生命体を指す人物・団体とは一切関係ありません。
いや、人型とは少し違う気がする。頭は竜だし、ケツのところにマフラーが伸びたような尻尾もあり、幌のような翼もある。さっきの車、コンパーチブル(オープンカー)じゃなかったよな?
しかしその姿で確信した。このトランスフォーマーこそが、以前に恩返しに来たセリカの縁者なのだと。俺は彼女からこの生命体の由来を聞いている。
「私の名はカレン。ドラゴンカーセックス生命体だ!!」
カレンと名乗ったトランスフォーマーはそう宣言した。
そう。このカレンこそが、あのセリカの娘……息子? とにかく子供なのだ。
邪竜メルポーザが発情してセリカを犯した時、間に挟まってアスタロウが代わりに犯され、事なきを得たように見えた。
事なきを得たか? まあいい。とにかくそれは間違いだった。あの時、メルポーザの子種は周囲にまき散らされ、セリカにも大量にかかっていた。
ああ、恐るべくはドラゴンの繁殖力の強さよ。人間の娘を花嫁として要求するのもおかしいとは思っていたが、なにもおかしくはなかったのだ。
ドラゴンは他種族の生き物ですら妊娠させる能力を持っている。そしてその繁殖力は無機物にすら及ぶのだ。アスタロウの献身もむなしく、セリカはあの時、メルポーザに妊娠させられていたのである。
「誰がこの世界に産み落とせと頼んだ。誰が私の誕生を望んだ。何者でもなく誰の子でもない。望まれず生まれた悪魔の子の苦しみが貴様らに分かるか!?」
若干電子的な雰囲気を感じさせる声でカレンが呪いの言葉を吐く。
「私はこの世界のすべてが憎い。この狂った世界を疎む」
そこは俺も同意見だけども。
「我が主、アスタロト様とともに、この狂った世界を滅ぼしてやろう」
あ~あ、メルポーザとセリカさんがちゃんとケアしないから、拗れまくってるじゃん。ネグレクトって奴だな。毒親め。
誰に向かっての宣言なのかは分からないが、思いのたけをぶちまけるとカレンはまた変形して車の姿に戻った。ベレスが助手席の扉を開き、アスタロトが悠々とそこに乗り込む。
「今日はとりあえず宣戦布告までに。また日を改めて人も魔も、全てを滅ぼしてあげますわ」
「待て」
ベレスもカレンに乗り込もうとしたが、それを止めたのは魔王ベルメスだった。
「あら、分不相応にも『魔王』を名乗ってる方だったかしら? 何か御用で?」
余裕の笑みをもって返すベレス。しかし当然だ。魔王城まで土足で入ってきてやりたい放題やって、ただで返せば沽券にかかわる。
まあ俺らも勝手に入ってきた招かれざる客なんだけどさ。
「好き勝手やって、『では帰ります』で素直に返すとでも思っておるのか」
ぎらりと魔王の目が開く。イルウと同じような魔眼の力なのだろう。しかしおそらくは『麻痺』ではない。情報通りならこいつは魔王と淫魔のハーフ。おそらくは魅了の力を持っているに違いない。
「無駄よ」
金属音のような、異様な音が何もない空間から発生した。
「私には男女の情欲をつかさどる力がある。淫魔如きの魅了の力が通じると思って?」
あきらめきれずにベレスをにらみつけている魔王をしり目に、ベレスはカレンの運転席に乗り込む。誰も一行を止めることはできず。いや、この異常事態を予測していれば力業で止めることもできたのかもしれないが、残念ながらそんなことはなく、カレンはけたたましい排気音を響かせて走り去っていった。
まるで嵐が過ぎ去ったようだった。
「まあ、あの……ご愁傷さまです」
それくらいしか言葉が出なかった。
おそらくは魅了の力に絶対の自信を持っていたのだろう。魔王は。がっくりと肩を落とし、顔を真っ赤にして激怒をかみ殺している。唯一のよりどころにしていた能力が、全く通用せずに格の違いを見せつけられたのだ。アスタロトの方は力の片鱗すら見せていない。一方人間側の勇者一行(俺達じゃない方)はカレンの体当たり一撃で全員跳ね飛ばされた。
「あんたたちは、どうするつもりなのよ……」
ゆっくりと、玉座に戻りながら、魔王は尋ねる。その後ろ姿は、どこか悲しげだ。
「俺は……実を言うと、魔王や魔族を、力ずくでどうにかしようとは思ってない。むしろ何らかの融和の方法があるんじゃないかって。戦う前に一度話し合いが必要なんじゃないかって、そう思ってここに来たんだ」
どすりと玉座に座った魔王の顔は、不貞腐れているようだった。
「……けど、なんかえらいことになっちゃって」
付け加える。
第三勢力の危険性も説きに来たんだけど、まさかその当日にそいつらが現れるとは、さすがに思ってもみなかった。全部台無しだよ。
新勇者の方も、アスタロトの方も。これじゃにっちもさっちもいかなくなって急に翻意したと思われても仕方ない。
「イルウよ、おぬしは何か知っておるのか?」
さすが魔王は話が分かる。ここでカルアミルクに尋ねてたらどう転ぶかわからなかったが、何度も行動を共にしているイルウならある程度事情も分かってくれてる。
「はい、この者の言うことに嘘偽りはありません。この勇者……ケンジは、魔族と人間の全面的な戦争を避け、融和する路線を探るために話し合いに来てるのです」
「ふぅん……」
ひじ掛けに体重をかけ、頬杖をついてこちらを眺める魔王。正直言って、この話し合いが成立するかどうかは全てこの魔王がどの程度話の通じる相手なのか、にかかっている。
すなわち、ベルメスが「魔王」と呼ばれ、なぜ人間と魔族がそこまで対立しているのか。その対立感情はどの程度なのか。
そこに転がってるイリユース姫にレクチャーは受けたものの、それを俺は肌で感じてはいない。
「だ……だめだ」
緊張の面持ちで魔王の次の言葉を待ってる俺に声を投げかけたのは、魔王ではなかった。
「魔族と融和だなんて……認めないぞ。絶対に」
カレンに跳ねられて床に転がってた勇者、アキラだった。




