敗北
「ふはははは!! 残念だったな、勇者ケンジよ! アスタロウは俺に敗れたぞ!!」
「ああ……はい」
へ~、そうなんや。
「うう……、すまぬ、勇者よ」
「あ? うん」
虎顔の獣人、たしか……フクタビアヌスだっけ? 元四天王だったけど脱税だか何だかで魔王軍を追放された情けない男。勝ち誇るそいつの後ろからはさらにもっと情けない男が四つん這いで涙を流しながら俺に謝罪の言葉を投げかけた。こういうのを這う這うの体っていうんかな。
「ククク……はあっはっはっはっは!! 我らの勝利だ! 人としての仮初めの体、アスタロウは敗北し、我らの手中に落ちたぞ!!」
横ででけえ声出すなよ。フクタビアヌスの勝利報告でさっきまでどん底の精神状態に陥っていたカルアミルクも元気を取り戻したようだ。
にしてもテンション高けぇなこいつら。人生楽しそうでよろしおすなあ。
「え? じぶんテンションおかしいんちゃう?」
おかしくねえよこれが普通だよ。ようやく両者の持つ空気感の違いに気づいたようで、フクタビアヌスが少し冷静になって俺に尋ねてくる。
「話聞いてた? アスタロウが俺との勝負に敗北して魔族の手に落ちたってとこまではいい? そこはわかっとるよね?」
「負けたからなんだっつうんだよ。そんなじじい欲しいんなら聖剣の鞘ごとお前らにくれてやるわ」
「ひどい」
アスタロウの抗議の声が飛んでくるがそんなもんは無視だ。アスタロウをとらえて何をさせたいのかがいまいちよく分からんが、上手いことやりゃあ魔王とえっちなことでも出来るんじゃねえの? よかったな。本当に危なくなったら呼んでくれ。
「いいか? こいつの正体は我ら魔族が邪神に嘆願して召喚した地獄の大公爵アスタロトであってな、それが我らの手に落ちるということは……」
「何それ初めて聞いた」
さっきカルアミルクに説明されたのと同じ内容の話をフクタビアヌスからされる。当然アスタロウは初耳だ。
「……そうか、長い年月の中で、記憶を失って……」
都合のいい記憶喪失だな。そうやって都合の悪い現実から目をそらし続けるから魔王軍を追放なんかされるんだよこのアナルマニアが。
「と、とにかく。とにかくだ!!」
こんどはカルアミルクとフクタビアヌスの二人がそろって声高に何かを主張しようとする。ああめんどくさい。こういう手合いは一度調子に乗らせるとなかなか抑えるのが難しいんだよな。できればさっきカルアミルクをうまく言いくるめた状態で流れを作りたかったんだが。
「アスタロトも……多分、手に入れた。これで勇者である貴様を倒せば何もかも丸く収まるんだ! 魔王様と謁見などさせんぞ!」
かなり面倒なことになった。最初から戦力に数えてはいなかったけどアスタロウはとても戦える状態じゃない。俺とアンススの二人対、魔王軍の現四天王と元四天王が一人ずつ。
しかも狭い室内でこちらは聖剣の力を十全に発揮することができないと来たもんだ。どうしたもんか。
「ケンジくん。ここは私が時間稼ぎをするから、ケンジくんは魔王の居室に急いで」
留置所に入れられたときに取り上げられた彼女の山刀は取り戻している。しかし、いくらハリネズミ級の冒険者と言えども一人で勝てるような相手じゃない。
「何を言い出すんだ、アンスス。お前ひとりを置いていけるわけないだろう!」
俺はちらりとカルアミルク達の方を見てから、アンススに視線を戻す。
ものすごいバカではあるものの、巨乳なうえに引き締まった筋肉質な体に、バランスの取れた美しい顔。
一方相手側は、ついさっきまでアスタロウとアナル綱引きしてた獣人の変態と、浅黒い肌に大胆に胸元の開いた筋肉を見せつける服装をしたチャラ男。言ってみればNTRエロ漫画の竿役みたいな男だ。
その後ろには今回の聖剣騒動の発端になったアナル狂いのじじいも控えている。
こんなところにアンススを置き去りにしたら、エロ同人みたいな酷いことになるに決まってる。
俺を仲間外れにしてそんな展開になるなんてじゃなかった、仲間をそんな危険な目に合わせるなんてことは絶対にできない。
後からNTRビデオレターが送られてきたりしたら鬱勃〇待ったなしだ。
「そんなことは、絶対にさせない」
そんなエロ同人みたいなことは、俺抜きでは絶対にさせない。
そう言って俺はアンススの肩を抱き寄せた。すると、引き寄せられたアンススはそのままバランスを崩してへなへなとその場に座り込んでしまった。なんだ? 一流の冒険者であるアンススがこんなことで体幹を崩すとは思えないんだが。
「け、ケンジくん……」
泣きそうな顔で俺の顔を見上げてくる。どうかしたんか?
「こ、腰が抜けちゃって……立てない」
なんなの? こいつ一流の冒険者のくせにすぐに腰抜かすな。イカでも食べたの?
「ごめん、ちょっと……立ち上がれなくって」
「ちょいちょいちょい!!」
思いっきり俺の肩に抱き着きながら立ち上がろうとしてくるが、高身長で筋肉質なアンススは俺よりも体重が重い。彼女に寄りかかられると俺までもまともに立っていられずにふらつく。
「ふん、よくわからんが都合がいい。お前らもまとめてここで消し炭にしてやるぜ」
まずい。カルアミルクの奴の両手に炎が灯る。なんか分からんがこいつの攻撃魔法だろう。こんな状態で躱せるわけがない。
城が崩れるのを承知で聖剣を全力で使うか? どちらにしろ死ぬんならイチかバチかそこに賭けるしかない。そう思った時だった。カルアミルクの後ろから野太い掛け声が聞こえた。
「ドスコイ」




