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見切り

「それにしてもおかしいな」


「何がじゃ?」


 岩山をくりぬいて作られたダンジョンのような様相を呈している魔王城の中には、用途不明の小部屋がいくつもある。これはいったい何に使う部屋なんだろう? 会議室とか?


 まあそれは置いておいて、そのうちの一つに身を隠して三人でこの先のことを相談する。


「あまりにも無防備すぎないか? 勇者が来てるっていうのにさ」


「ん……しかし、人間が来てるということは分かっていても、やはり勇者だとは思っていないんじゃないのかのう?」


 いまだにそんな認識なのか? 認識が甘すぎないか?


 魔王城の城下町に来ても、今まで俺たち以外の人間なんか見たことないし、人間が来てるってこと自体が異常事態なんじゃないのかなあ? 猫獣人の村で確か魔族の兵士に見られてるはずなんだけど、あいつ報告上げてないのか?


「静かに、ケンジくん。誰か来るわ」


 アンススの警告で俺とアスタロウは口をつぐむ。子の小部屋には扉が無い。俺たちはほとんど洞窟にレンガをはめ込んだだけのような小部屋の壁越しに息をひそめた。


 通路を歩く足音を響かせながら、魔族同士の会話が聞こえる。


「勇者が現れたって、本当なのか?」


 なんだよ、やっぱり気づいてんじゃねえか。そうだよな。この俺が魔王城に現れたってんだから、もっと大騒ぎになってしかるべきなんだよ。


「それって数ヶ月前に猫獣人(キャッティ)の村に人間が現れたって奴か?」


 そう、それそれ。もっと気合入れてくれよ。


「そんな前の話じゃねえよ。今国境付近にいるらしいぜ」


 んん? どういうこと?


「だいたい猫獣人(キャッティ)の村に出没したのってもう三ヶ月くらい前の話だろ? そいつらが勇者だってんなら今まで何してたんだよ」


 鎖帷子を売り歩いていました。


 それはそれとして、どういうことだ? 俺以外に勇者が? アンススとアスタロウも不思議そうな表情で顔を見合わせている。全然状況がつかめない。


 女神……おい女神。


 出ねえ。


 あの女、まさかとは思うが……俺に見切りをつけやがった?


 え? マジで? そんなことある?


 三人で複雑な表情をして顔を見合わせていると、魔族たちはどこかへと歩いて消えていった。それはいいんだが。いいんだが……嘘だろ、女神。


「いやだって、おかしくね? 俺はさあ、ちゃんと使命を全うすべくここにいるじゃん」


「う、うむ……気持ちはわかるが……」


「ほんで聖剣もここにあるじゃんねえ」


 右手に持っていた臭い聖剣を掲げて見せる。これが俺の手の内にあるのにだよ? 新しい勇者を見つくろうって、あり得る?


 俺のこの半年間の苦労は何だったんだよ。


「ああああやってらんねえぇぇぇ……」


 俺はごろりと床に寝転がって聖剣を投げ出す。


「ケンジくん、気持ちはわかるけど……」


「わかるのかよ。お前に俺の気持ちが分かるのかよ」


 分かるわけねえだろ。


 きたねえおっさんのケツの穴から聖剣引き抜かされてだよ? ここまでもさんざん変態どもの相手してきたっていうのによぉ。ドラゴンカーセッ〇スだとか勃気術だとか俺のケツ狙ってる男の娘だとかよぉ。


 俺ちゃんとやってるじゃん? あと一歩のところまで来たっていうのによ。ここにきて主人公交代でーすってか。マジでやってらんねえ。


「魔王軍に寝返ったろかなぁ……」


「お、落ち着け勇者よ」


「そ、そうよケンジくん。あいつらが言ってたのが私たち以外の勇者なのかどうかだって分からないし」


「そ、そうじゃ。よくよく考えたら今までにも聖剣を抜けなかった歴代勇者もおるし、そいつのことかもしれんぞ」


「俺の次に若い勇者って何歳?」


「ドラゴンカーセッ〇スのショウさんの68歳じゃのう」


 ……ってらんねぇ……


「と、とにかくじゃ。今この状況では確かなことは何も分からん。女神様とも連絡が取れん以上、今はわしらにできることをするしかないじゃろう」


 まあ、まあ確かにね。これでなんかの勘違いだったりしたらヤケおこして魔王に寝返った時のダメージがでかいからな。確定的なことが言えるまでは変な行動は起こさない方がいいか。


 大きく息を吐く。深呼吸じゃない。ため息だ。まだ完全に気持ちの切り替えはできてはいない。それでも前に進み続けなければ。


「とりあえずは、情報収集かな」


 いろいろと調べなきゃいけないことは、ある。


 まずは、魔王の居室。あとは、その勇者の話か。俺のことじゃないよな。時系列が合わないからな。


 というかまあ、普通に考えてみれば別の勇者が現れたなんて可能性はかなり低いよな。何しろこっちに聖剣があるんだから。


「アスタロウ、この世界にさ、アヌスカリバーに匹敵するような武器って他にあるのか?」


「あれば三百年も勇者が現れるのを待ったりはせんわい」


 ま、そりゃそうだな。くよくよ悩んだりせず今やれることをやるしかあるまい。


 ……今、やれること。やるべきこと。とりあえず、腹が減った。なんかこう、厨房とかどっかにないかな。自販機でもいいや。魔族だって腹が減ったらなんか食うだろ。とりあえずみんなで食料を探そう。


 アンススに十分に警戒してもらいながら魔王城の中を適当に探索をする。。これ、マッピングとかもした方がいいな。うねうねと上下にアップダウンする天然のダンジョンと違って、一応階層に分かれてるみたいなので丁寧にマッピングをしながら進む。


 う~ん、一応扉のある部屋にはなんか表札がついてるみたいなんだが俺はこの世界の文字が読めんからなんて書いてあるかわからないな。いい匂いとかすればわかりやすいんだけど。


「勇者よ、この扉、『食糧庫』と書いてあるようじゃが?」


 なに? いきなりビンゴか。でかしたアスタロウ。


「食糧庫? にしては少し文字数がおおいようなきがするけれど……」


 おお、そうだった。アンススも文字が読めないんだった。いろいろとバランス悪いなこのパーティー。


「『魔王専用』と、書いてあるのう」


 魔王専用の食糧庫? なんだそれは。これはなかなか、いい食い物が期待できそうなんじゃないか? 早速入ってみよう。セキュリティとかないよな。


「待って、私がカギを開けるわ」


 読み書きと数字には弱いが、それ以外のことなら大抵何でもできる。腰につけている荷物袋から鍵開け道具を取り出すとわずか五分ほどでがちゃりとカギが開いた。


 扉を開けるとじめっとした若干かび臭い空気のなか、地下へと階段が続いている。こんなところに食糧が? なんかそんな雰囲気じゃないんだがなあ。


 こつこつと石段の上に進める足音が響く。妙な緊張感がある。誰かいそうな……人の気配って奴だろうか。


「だ……誰だ? 人間なのか?」


 石段を降りきった俺に、言葉が投げかけられる。俺たち三人の目に入ったのは少し予想していたものとは違う光景だった。


 もはやあきらめきったように気力を失った目の、牢屋に入れられた数人の人間の男性。


 これが……食糧?

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