テレパス
「どうしよう?」
さて本当にどうしよう。魔族のお姉さんは汚物でも見るかのような表情でこちらを見た後、どこかへ消えてしまった。あの様子だとちゃんと魔王を呼びに行ってくれてかはかなり不安だ。
「とりあえず、脱出するかのう」
まあ、そうするか。さっきは聖剣を取り出す間もなく取り押さえられちゃったけど、こうやって聖剣を取り出した状態ならこんな地下牢なんて脱出するのはたやすいことだ。
鉄格子に刃をあてるとケーキをナイフで切るがごとく(イチゴの無いところを)スッと刃が通って格子がバラバラになる。
「とりあえず魔王の居場所を探すか」
「居場所が分かるのか? イルウもおらんし、魔王の居場所など分からんじゃろう」
まあ、何とかなるだろ。どうせこういうのは一番奥か、高いところにあるんだよ。バカと煙は高いところが好きっていうからな。
にしても魔王城まで来たっつうのに女神の奴が全然リアクションが無いのが気になるな。まさかとは思うけど、俺にテレパスの能力がなくなっちゃったんだろうか。
っていうかあれって……テレパスなのか?
なんかこの世界に来てから普通に女神が脳内に話しかけてきてたからあんま気にしてなかったけど、そもそもあの能力なんなの? 当たり前に使いすぎてて気にもしてなかったけど。あの能力なんかおかしくね? みんなカジュアルに脳内に語り掛けすぎだろ。
一応、試してみるか……女神? 女神様? 女神ベアリスさま~?
……ダメだな。返事がない。ただのしかばねのようだ。これもしかして本当に俺のテレパスの能力がなくなっちゃってるのか? お~い、ヨルダ師匠?
『なんじゃ? 久しぶりじゃのう』
あ、できるじゃん。別に俺の能力がなくなったわけじゃなかったのか。ていうか、俺の能力なのか?
『最近話しかけてくれなかったからさびしかったぞい。どうじゃ? 冒険の方は? うまくいっておるかのう? こっちはあれ以来みんな相撲に打ち込んでおって賑やかじゃぞ』
久しぶりに会う親戚のおじいちゃんかよ。
『あれから三か月も経っておるからのう、全然連絡がないから心配したぞ。どうじゃ? その後勃気術の方はちゃんと練習しておるか? エイメは相変わらず練習しておるようじゃが、なかなか……』
うわうぜぇ……寂しい老人かよ。話しかけるんじゃなかった。じゃあ、アレだ。聖剣の方はどうだ? お~い、アヌスカリバー?
『なになに? やっと話しかけてくれたわね。あなたもうちょっと私のこと気にかけてくれてもよくない? ただでさえあんなところに収納されてて気分が下がるのにさぁ』
うわぁ、こっちもめんどくせぇ女だぁ。話しかけるんじゃなかったあぁぁぁ……
『おお、聖剣か。久しぶりじゃのう』
『あ、ヨルダのおじいちゃん。久しぶりじゃない。あの後どうしてる? 元気?』
『おお、元気じゃ元気じゃ。あれからエルフの里じゃ相撲熱が高まっておってのう。みんな相撲に……』
ああああ勝手に会話始めやがったぁぁ……やっぱ話しかけるんじゃなかったぁぁ……頼むから俺のいないところで勝手に話してくれぇぇ……
まあともかく、俺のテレパスができなくなったわけじゃないんだな。ということはやっぱり女神はヘソまげて俺の呼びかけを無視してるだけなのか? ホントガキっぽいやつだな。俺そんなにひどいこと言ったっけか? 仮に言ってたとしてもだよ? 俺をこんな異常な世界に放り込んでおいて、ようやくお望みの通り魔王討伐の一歩手前まで来たっていうのにさあ、対応がひどすぎない?
まあいいや。女神は放っておいて、魔王の方を探そう。それにしてもこの魔王城ってどのくらいの広さなんだろうな。外から見た感じだと、岩山を丸ごとくりぬいて城にしてるみたいで相当な大きさだったけど、もし内部がダンジョンになってるなら捜索にも相当時間がかかりそうな気がする。
「どうしたの? ケンジくん。とりあえず牢からは出て人気のないところに行きましょう」
「どうかしたのか、勇者よ」
ううむ、二人とも俺の変化には気づいているのかもな……事情を話していた方がいいか。地下牢を出て、上階に移動しながら二人に状況を話すことにした。
「実を言うと、ここ数ヶ月、女神の奴とコンタクトが取れないんだよな……話しかけても全然反応しなくて」
「む? たまに頭の中に女神が呼び掛けてきていたやつか? アレができなくなったのか?」
そうか……自分で言っててなんだけどもう女神と話さなくなってそんなになるのか。二つの月の神殿以来だからな。もうちょっと仲間を信じてやった方がいいのかもな。
「もしかしてテレパスとか、そういうことなの? 魔国に来てからかしら? きっと魔族の瘴気とかなんか、そういうものの干渉を受けてるんじゃないかしら? 実は私も、ここに来てからというもの、私の中のダーク人間の部分が影響を受けているみたいで……」
いやダーク人間の話はもういいから。その話二度とすんな。時間の無駄だから。
「瘴気の影響なのか、一か月のうち一週間くらい股間から血が出るのよ」
もとからだろ。
「そうだ! サンプルに前回出た、なんか生レバー状のものをタッパーに入れて持ってきたんだけど、ちょっと見てくれる?」
やめろ!
「しかしのう、瘴気かなんか知らんがここにきて戦力の低下は厳しいのう。そういえば以前に別の人とも脳内で会話していたようじゃが、それもできなくなっておるのか?」
「い、いや、それはさっき試したんだけど……」
「あきらめるな、ケンジくん!! 勇者が諦めたら、いったい誰がこの世界を救うというんだ!」
「いや、そうじゃなくってね。さっき一回試したんだよ」
「一回試したくらいであきらめたらダメだ! さあ! やってみるんだ! 私は信じてる!!」
くっそ……人の話聞かねえなこいつ……仕方ねえ。
あの……ヨルダ師匠?
『おお! なんじゃ? 今日はいやに話しかけてくるのう。エルフの森が恋しくなったのか? こちらはいつでもおぬしを歓迎する準備はできておるぞ』
『ちょっとケンジ、いつも一緒にいるんだからおじいちゃんばっかりじゃなくて私にも話しかけなさいよね。だいたいあなたは伝説の聖剣である私に対しての敬意ってものが足りないのよ。敬意が』
うああ……うるせええぇぇ……勘弁してくれ。




