九
夏休みが始まり数日経ったある日の朝
蝉の鳴き声を聞きながら改めて夏を噛みしめる。
自分の部屋から出て顔を洗い終え居間に行くと
庭で母が草むしりをしていた。
後ろ姿を見ながら近づいて行くと
気配を感じたのか、母が少し驚いた様子で振り返った
「あら、はやいのね。おはよう」
「うん。おはよう」と私が言い終えた後
少し微笑み母はまた背中を向け
庭一面に好き放題生えた雑草に向き直った。
手を動かしながら母が
「抜いても抜いてもキリがなくて困るわ
すぐに伸びちゃうんですもの。」
独り言かのように愚痴をこぼしていた。
その愚痴を聞いた私はなぜだか
手伝わなければと思わされて
草履を履いて庭に降りた。
母が何か言おうとする前に
「手伝うよ」と言ってやった。
母は言いかけた台詞をしまい
ただ、にこりと微笑むだけであった。
ひたすらに草を引っこ抜いて黙々と
作業を進めていた。
蝉がよく鳴く。耳元で鳴かれているかのように
脳まで響いて集中力を損わせてくる。
母の方をちらりと見てみると、
額から顔の横を通り顎の辺りで汗が下へと落ちる。
そんな事をちっとも気にせず作業を進める
母を見ていると自分も手を動かさなければと思い
せっせと働いた。作業を進めて暫く経った頃
「今日はこの辺にしましょうよ。
お茶でも淹れるから手とか顔とか洗ってらっしゃい」
そう言いながら母はタオルで顔を拭きながら
家へと上がって行った。
その後に続いて家へと上がり手を洗い
冷えた水で顔を洗い爽快な気分でまた
居間の方へと戻った。
居間へ行くと丁度母がお茶を運んで来た所であった。
お茶を飲んで一息ついていると
「ご苦労様。お陰で助かったわ。」
そう言って満足そうに茶を飲んでいた。
「お腹すいたわね。朝ご飯の支度すぐするから」と
五分も経たないうちに母は台所へと行き、
朝飯の支度を始めた。
うちの家は母と私の二人っきりだ。
父親は私が小学校二年生の時に病気で亡くなった。
昔から身体が弱かったらしく、私が小さい頃もよく
入退院を繰り返していた。仕事が忙しいとかで
暫く病院へ通わなくなっていったある日
職場で突然倒れてしまい、直ぐにでも
手術が必要との事で行われたが
開けたらもう駄目だったらしく、それから
一ヶ月と経たないうちに亡くなった。
それから母と二人っきりだ。
母は飲食店で働きながら生計を立て
女手一つで育ててくれている。
父が亡くなってから二、三日は
酷く落ち込み、私には見せまいとしていたが
夜になるとひっそり泣いていた。
子供ながらに見てはいけないと思った。
それ以来、母が泣いたり落ち込んだりとする表情は
見なくなった。
頬杖をつきながら同時にこんな事を思った。
母はなぜ父を選んだのか。
少し前までの自分なら考えもしなかったが、
今の自分にはとてつもなく知りたいものであった。




