二十四
「あなた、あなたってば」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。
さっきからずっと呼んでいるのに」
「あぁ、すまないすまない」
「ちょっと出ますから、
あんまり遅くはならないと思います」
「そうか、」
パタンと扉が閉まった。その後
スリッパの音をパタパタ鳴らしながら
私が居る二階の部屋から一階へと降りて行った。
再び、静まり返った一室で私は
自分の机に向かって一枚の手紙をまた見つめ直した。
あの日、気が済むまで涙を流した私は
恥ずかしい話だが藤野に付き添ってもらいながら
家へと帰った。母は明らかに様子がおかしい事を
認めてはいたがその日も、その次の日も何も
私から聞き出そうと言う素振りは一切なく
いつも通りだった。
そして、それからと言うと
勉学だけに集中し、無事に高校も卒業し
大学に行く事ができた。大学に入学してから
暫くして少しの暇が出来たので二泊三日で
一人旅、大阪へと向かった。
ミナミの道頓堀やら、通天閣やら
色々見て回ったが実は観光は二の次で
恵子に会いにわざわざ大阪へと足を運んだ。
だが、結論から言うと会えなかった。
会える訳がなかった。行き先も何も手掛かりが
ないんだから当然だと思った。
もしかしたらと、少しでも思った私は
本当に馬鹿で仕方がなかった。
大学を卒業後、無事に就職する事が出来た。
仕事にもだいぶ慣れた頃、三つ下の女と出会い
一年程経った頃に、子供ができたと言うんで
その流れで結婚を決めた。息子は今年で高校生になる。
あの頃の私と丁度、同じ年頃になる。
藤野はと言うと、仕事の都合で全国各地を
忙しく飛び回っている。話し方も、雰囲気も
昔とちっとも変わらない。結婚もしており
子供はいないが、夫婦二人っきりで幸せだと言う。
それ以外の友人とはすっかり疎遠になってしまい
誰が何処で何をしているか、さっぱりだった。
私には今、家族が居て仕事もあり
沢山の蓄えはないが別に金に苦労もしない。
周りから見た私は人並みぐらいには幸せに
映っているんだろう。別に不幸な訳ではないが
あの日から心はぽっかりと穴が空いたままだった。
私が心から想いを寄せたのは、恵子だけだ。
妻の事は一度も愛した事がない。だが、
もう何十年も恵子を想いながら妻と過ごしている。
あの日に戻れるならと思い続けているうちに
何十年と月日は流れ、私は今年で四十六歳になる。




