二十三
当たり前に続くと思っていた日常は、
何の前置きもなく、突然なくなってしまう。
時間はもちろん止まってはくれず、
金曜日に着々と向かっていく。
金曜日の朝。いつも通り支度を終えて
いつもと変わらない道や電車を使い学校へと向かう。
適当にすれ違った友達や先生に挨拶を交わし
自分の教室へと入る。入ったと同時ぐらいに
藤野が「おはよう」と言いながら
私の席まで着いてきて、私の机に手をつきながら
あまり触れてほしくない話題を早速出してきた。
ある程度、自分の中で覚悟や準備は出来たものと
思っていたが実はあんまり出来ていなかった事に
藤野が恵子の名前を出した事によって気付かされた。
また、覚悟や準備が整ったんじゃなくて
ここ数日間、受け入れたくない一心で、
恵子の事を考えまいと努力しただけであった。
返事をしない私を心配したのか藤野は、
私の顔を覗き込むようにして
「どうかしたか?」と言われたので
「どうもしない」とだけ答えておいて、
後は相手に委ねようと思った。
「何かあったのか」
「いや、大した事じゃない」
「そうか。元気がないように見えるのは
俺の気のせいか?」
「そうに決まってる。なんともないよ別に」
「そっか」
ここまでで藤野との会話はすぐに
別の話題へと切り替わった。
チャイムが鳴り、授業が始まり、
チャイムが鳴り、授業が終わる。
いつも通りだ。いつもと違うのは自分だけであった。
放課後になり、いよいよ今日で最後かと思うと
流石に落ち着いてはいられなかった。
下駄箱の前で靴を取り出していたら背後から
「帰るのか?」
「あぁ、じゃあな」
藤野の顔をちらっと見ただけで
私は足早に学校を後にした。
そして、図書館の前のいつものベンチに腰掛け
何て言おうかと、何を伝えようかと
手紙の一枚や二枚書いておけば良かったかな。と
頭がぐちゃぐちゃになる程たった一人考えていた。
時計を見ると、午後四時頃だった。
周りが気になってあちらこちらを見渡していた。
九月下旬。少し気温差があるせいか肌寒く感じた。
落ち着かない心持ちで恵子を待ち続け
次に時計を見た時には午後五時頃であった。
周りを見渡して見たが恵子らしき姿はまるでなかった。
だが、時期に来るだろうと思い込んで
大人しくベンチに腰掛けていた。
腕を前で組んでみたり、足を何度も組み替えてみたり
周りを気にして見渡してみたり。
そして、時計を見て見たら午後五時四十分頃であった。
流石に心配になってきた私は立ち上がり
図書館から駅に向かう道を見に行って見たり
図書館の中まで一度探しに行ってみたりもした。だが、
どこにも姿はなく、まったく現れる気配がなかった。
遂には図書館の時計が鳴り響き
気付けば六時になっていた。
この瞬間に私は、「来ないだろう」と思った。
もう、来る事はないと悟った私だが
少しばかりの期待を込めてしつこく
ベンチから離れようとしなかった。それから
二十分程経った頃だっただろうか、
向こうからゆっくりと私の方へと足を運ぶ者がある。
「よう。ずっと待ってたんだな」
恵子の代わりに現れたのは藤野であった。
何が何だか整理がつかない私は
驚いた顔つきで藤野をじっと見ていた。
藤野はどさっと私の横に座り
「やっぱり何かあったんじゃないか」と言うと
手紙を私の目の前に持ってきて
預かったからとりあえず読めと私に指示した。
手紙の内容はこう書かれていた。
「直樹君へ
短い間だったけど本当にありがとう。
出会ってからすぐにあなたを好きになりました。
最後だと思うとどうしても会えませんでした。
幸せになって下さい。さようなら。恵子」
何度も何度も読み返した。
恵子が私の事を好いていた事への嬉しさ。だけど
もう、会う事も出来ず、自分の気持ちを私は
最後の最後まで言えなかった後悔。
それらの思いが頭をぐちゃぐちゃとかき乱し
そして、気がついた時には目頭がぎゅうっと熱くなり
自然と涙が流れ始めた。
「俺が部活終わって出たら前で待ってたよ。
渡しておいてくれって。ここで待ってると
思うからって言ってた」
「そうか。」
その後も暫くその場から離れようとしない
私の事を気遣って藤野は静かに横に居てくれた。
好きと恵子にさっさと言っていれば
未来は少し良いものになっていたのだろうか。
関係が途切れる事なく繋がっている事が
出来たのであろうか。
もう、何も言えないし、出来もしない。
嗚呼、これが後悔と言うやつか。




