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ふと、思い出して  作者: 櫻美
18/24

十八

藤野が訪ねて来た日から数日経ったある日

私は朝から時計ばかりを気にしていた。

午前九時十分。恵子と待ち合わせてる時間まで

まだ随分と余裕があった。

暇を持て余した私は部屋から出て

目的がある訳ではないが何となく

居間へと向かった。

母は居らず、すでに働きに出ているようだった。

テーブルに目をやるとおにぎりが三つと

メモ書きが残されていた。内容はと言うと

仕事に行ってくると、お腹が空いたら食べなさいと

それだけの簡単なメモであった。

黙読したメモをそっと元の場所へ置き

お皿に並べられたおにぎりを一つ手に取り頬張った。

中に具は入っていないが塩味がよく効いており

十分美味かった。気づけば残りの二つも

あっという間に食べてしまった。

壁に掛かった時計に目をやると、

まだ九時三十分頃であった。

中々進まない時間にうんざりした私は

横になりテレビをつけた。画面の方には

目をやらず音だけを聞いている状態でじっと

白い天井を見ながら藤野に言われた事を思い出していた

私は藤野のように正直にそして素直になれはしない。

臆病と言われ、反論してみたがまったく

その通りかも知れない。考え事をするうちに

うとうとし、少し眠ってしまっていた。

慌てて時計を見ると十一時三十分頃になっていた。

まだ寝ぼけた身体を起こすと顔や身体中が

汗でべとつき不快になった私は風呂へと向かった。

頭からつま先まで十分に洗い流し風呂に入ったおかげで

目もすっかり冴えた。風呂から出て

台所でお茶を飲み再び

時計を見るとまもなく十二時になろうとしていた。

着替えを済ませ、少し早いが図書館へと

濡れた髪のまま向かった。

蝉がよく鳴いており、遠くを見ると

道がじりじりと何重にもなって見える。

さっき風呂に入ったばかりだが

駅に着く頃にはすでに髪の毛は乾ききっており

じんわりと汗が吹き出し始めていた。

改札を通り、電車に乗り込んでから

さっきまでは何とも思っていなかったが

自分が少し緊張している事に気がついた。

車内で吊り革を握りしめ窓から遠くの景色を見ながら

今日も本当に来てくれるんだろか、

約束した事を忘れちゃいないだろうかと

不安な心持ちのまま図書館に着いた。

前回と同じベンチに腰掛け、時計を見てみると

一時になるまで三十分近くあった。

足元に草木で出来た大きな影が風で揺れる様を

じっくり見たり、空を見上げたり

ただ時間を過ぎるのを待っていた。

すると、一時になる十分前ぐらいに向こうから

白いワンピース姿に麦わら帽を被った

恵子がゆっくりとこちらを目指して歩いて来た。

漸くお互いの顔を確認し合った時

恵子は微笑みながら手を小さくゆっくり振りながら

私の前まで来て


「こんにちは、今日も随分と暑いわね。」


そう言いながら私の横に座り鞄から

ハンカチを取り出して丁寧に首元や額の汗を拭いた。

下ろした長い髪の毛の間から

首筋の辺りが色っぽく見え余計に私を緊張させる。


「どうかしたの?」


「いや、何でもないよ」


「そう?それよりいつから待っていたの?」


「さっきだよさっき。俺も着いたとこだよ。」


「この間すごく待たしてしまったから今日は

あなたより早く来て待ってようと思ったのよ。」


拗ねた顔が愛らしかった。

私は何と言っていいかわからなくなってしまい

微笑む事しか出来なかった。


「あ、そうだ。忘れちゃうといけないから

先に返しておくわ。」


そう言いながら私が貸した本を出されたので

自分も鞄から本を取り出し、恵子に返した。

それをきっかけに話題は本の事になり暫く

話していたが、途中で藤野との約束?を思い出した。


「そういえば、友達がサッカーの試合を

見に来いって言っててさ。」


「そうなの、いいじゃない」


「恵子の話をしたらその子と一緒に

来いって言うんだよ」


驚いた様子で駄目かしらと思ったが

行ってもいいと言ってくれた。

それならもっと別の場所へと行きたいと

思ったりもしたがとりあえず何も言わなかった。

少し沈黙が続いたと思ったら恵子が急に立ち上がり

慌てた様子で今日はもう帰らないといけないと言った。

時計に目をやると二時を少し過ぎたとこだった。

どうかしたのかと聞くと父親が帰ってくるらしく

三時までには家に居てろと言われたとの事だった。

帰るしか選択肢の残っていない私は重い腰を上げ

恵子と並んで駅まで歩いて来た。


「九月の三週目の日曜日だったわよね?」


「うん、ここまで迎えに来るよ」


「ありがとう。十時頃で良かったかしら?」


「それぐらいでいいよ」


「わかったわ。楽しみにしてる」


「うん、それじゃ」


「さよなら」


恵子の挨拶を聞き終えた私は背中を向け

改札の方へと歩き出そうとした途端

恵子に呼び止められ振り返ってみると


「あのね、次の日曜日また会ってくれないかしら」


嬉しかったのと驚いたのとで

どんな顔をしたのか想像もつかない。

とりあえず返事せねばと、「いいよ」とだけ言うと

恵子は微笑み一時にまた図書館へ来てと言い残すと

小走りで去って行ってしまった。

暫く余韻に浸った私も再び改札へと向かった。




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