十六
「あら、すっかりこんな時間に」
恵子がそう言うと二人揃って
何となく空を見上げていた。
この時期の午後四時の空はまだまだ
昼間と変わらず明るかった。
恵子の一言で先程の話は
綺麗さっぱり無かった事になっていた。
まだまだ一緒に居たい気持ちを抑え込み
自分の方から切り出した。
「そろそろ帰ろうか」
そう言って恵子の方を見ると
恵子は少し微笑んで
「そうね。そうしましょう」
あっさりとした返事であった。
恵子の方からあと少しだけでも
一緒に居れるような返事が有ればと
期待した私はあまりにも滑稽すぎた。
恵子の返事を聞き入れるしか出来ない私は
仕方なく重い腰を上げベンチから立ち上がった。
続いて恵子も立ち上がり目一杯に伸びをしてから
「次はいつ頃がいいかしら?」
そうだったとそこで改めて
本の存在を思い出した。
この一冊の本のおかげで私達は
目には見えない特殊な繋がりを築く事が出来た。
どうしようか?と二、三度やり取りを終えた後
五日後の同じ時間、同じ場所で
また会う事になった。
その話が終わると、二人はどちらが合図する訳もなく
自然と駅の方へと歩き出した。
私は家へ帰るため電車に乗り、恵子はと言うと
ここの駅が最寄りの駅の為、方向を変え
歩いて家へと目指していった。
歩き出した恵子の後ろ姿を暫く眺めていた私は
あの女性と知り合い、約束を交わす間柄になった事を
非常に嬉しく思ったのと同時に信じ難く思った。
その日から二日たったある日の昼間に
玄関の扉を力強く叩く音がした。
声はせず誰かしら?と思い扉を開けると
そこに立っていたのは藤野であった。
いきなりで悪いなと言ったかと思えば
玄関先でだらだら話し始めたので痺れを切らして
入れよとだけ言って家の中へと引っ込んだ。
自分の部屋で待てとだけ声をかけ
お茶を用意し小さいテーブルにコップを二つ並べ
藤野と対面に座り漸く落ち着いて会話を続けた。
夏休み中はどうしてたんだと聞かれたので
図書館での出来事、そして恵子の話まで
一通り簡潔に藤野に話をした。
藤野から見た私と言う人間は、
人にあまり興味が無く、自分の感情をあまり
外に出さないので話をしたら意外だなと
驚いた様子を見せた。
「お前が一目惚れしたとか言うその子に
一度でいいから会ってみたいな。
お前みたいな難しい性格の奴が
好意を持つなんて、」
「どんな風に見えてるって言うんだよ、
お前が思うよりずっと普通なんだがな。」
「どこがだよ。今だに俺はお前の事を
あんまり分かっていないんだよな。」
続けて藤野に自分の話しとかも
あんまりしないじゃないかと言われ
少し返事に窮した。
誰かに教わった訳ではないが
男が語りすぎたり、感情を露わにする事を
私は恥だと認識する。なので私から見た藤野は
心のどこがで女々しいと感じる時がある。だが、
自分の気持ちや感情に嘘をつかずに素直に
生きる彼を羨ましく思う事があるのも事実である。
人間関係や恋愛において考えた時に私よりも
よっぽど藤野の方が優れているに違いなかった。




