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ふと、思い出して  作者: 櫻美
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足音と共にいい匂いが運ばれてきた。

随分と物思いにふけていたらしい。


「お待ちどうさん、お腹すいたわね。」


母と向かい合うように座り、食事をとる。

食べ始めてから暫く、沈黙を破ったのは

母の方からであった。


「今日は休みだからね目一杯のんびりしなくちゃ、

直樹はどこかへ出かけるの?」

「行かない、多分」

「はっきりしないのね」


そう言って母はまた食べ進めた。と思うと

母が手を休めていたので思わず顔を上げると、

箪笥の上に置いてある一枚の写真を

優しい目つきでじっと見つめていた。

それには、父がまだ赤ん坊である私を抱いて微笑し

こちらを見ている様子が写っていた。

母はその写真を見つめたまま


「月日が経つのは早いわね。一年なんて

あっという間に過ぎて行ってしまうのよ。」


八月十日は父の命日であり、毎年欠かさず

母と二人で墓参りに行く事が決まっている。

母に釣られ自分も写真へと集中したのち

何の合図もなくまた二人は食事を進め始めた。

食事を終えた後、母がお茶を用意してくれたが

ただただお茶を啜る音だけが部屋に響き

居心地の悪い、重い空気が流れていた。

その空気に耐えれなくなった私は

つい勢いで、言ってしまった。


「母さんは父さんの何処がよかったの」


耐えれなくなったとはいえ、我ながら

些か唐突だろうと思った。

母は少し驚いた様子と共に微笑し

「あら、知りたい?」とまるで

馬鹿にしたような口調で返された。

右手を顎の下にもってきて、頬杖をつき

窓の方をみながら「そうね」と一言だけ呟いた。

さっさと答えてはくれないものかと

やきもきしていると暫くして話始めた。


「一目惚れ、かしら。

話をしたり親しくなってからだと思っていたけど

出会った瞬間からお父さんの事好きだったんだと思う」


母と父の出会いは、母が働く喫茶店に

父がお客として来ていたらしい。

殆ど毎日のように父は珈琲一杯を飲むために

店に来ていたんだと。そこでマスターに背中を押され

母の方から声をかけたのがきっかけで

交際が始まり、妊娠をきっかけに結婚したんだと言う。


「初めてお父さんが喫茶に来た時ね

雨にうたれてずぶ濡れで乱暴に扉を開けて

入って来てね、面倒なお客かと思ったけど、

あんまり濡れているもんだから気の毒になって

タオルを渡したらね、子供みたいに

にっこり笑って、ありがとうって言われてね、

今でも忘れられないわ。」


なるほどと思った。母の話を聞いて

暫く晴れなかった心が漸く晴れた気がした。

わかりそうで、わからなかった事。

私もとっくに好きになったんだろう。


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