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八雲の家から数分歩いてバス停に着いた時、ふとスマホを見ると姫石から連絡が来ていた。
「あ、姫石から服受け取らないで八雲の家に来てたわ……」
俺は今さらそんなことに気付いた。
今からもう一度姫石の家に取りに行くしかないか。
そう思いながら姫石からのメッセージを見る。
『ねぇ! なんで勝手に走ってどっかに行くの!』
『まだ、服渡してないんだけど!』
どうも姫石はお怒りのようらしい。
そりゃそうか。
呼び止めにも応じず勝手に走ってどっかにいったわけだからな。
おまけに服も受け取ってないし。
『今、玉宮の家まで服届けに来たんだけどいないの?』
『インターホン鳴らしたけど、一応確認のため連絡したんだけれど』
『家の前で待っててあげるから早く来なさいよ』
どうやら姫石の家に向かう必要はなさそうだ。
ありがたいことに姫石がわざわざ俺の家まで服を届けに来てくれたらしい。
あれ?
俺、姫石に自分の家の場所を教えたことあったっけか?
「う~ん……ま、いっか」
俺の家にまで服を届けに来てくれたわけだしな。
『まだ来ないの?』
『お~い、メッセージ見てる?』
『返信くらいよこしなさいよ!』
『……』
『ねぇ? どうして返信してくれないの?』
『あたし、ずっと待ってるんだよ』
『もしかして未読無視してるの?』
『本当はあたしからメッセージ来てるのに気付いてるよね?』
『家にいないっていうのも嘘?』
『本当は家にいるんでしょ!』
『居留守してるんでしょ!』
『出てくれるまでインターホン鳴らし続けるからね!』
『あたし玉宮に何か悪いことしたかな?』
『玉宮って、いっつもそうだよね』
『あたしのことなんて、どうでもいいんだね』
『さっき、走ってどこに行ったの?』
『今、誰かと一緒にいるの?』
『もしかして女の子?』
『玉宮にあたし以外に仲の良い女の子がいるなんて聞いてないんだけど?』
『まさか、歩乃架ちゃん?』
『ううん、歩乃架ちゃんは八雲君のことが好きなんだしそんなことしないよね』
『じゃあ、誰?』
『あたし、玉宮があたしに内緒で女の子と会うなんて認めた覚えないんだけど』
『今だってあたしからのメッセージ見てるんでしょ?』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
『ねぇ』
――
『削除』
「……」
俺は無心で姫石からのメッセージ履歴を全て削除していた。
……怖えーよ。
普通に怖えーよ!
なんなんだよこれ!
怖すぎるって!
何?
このメンヘラみたいなメッセージ?
さすがに俺でも受け止めきれないって!
姫石ってこんな奴だったか?
少なくとも今まで一緒に過ごしてきて、こんな風に感じたのは初めてだぞ。
これは現実なのか?
さっき見たものは幻覚かなんかじゃないのか。
……いや、現実逃避はよくないな。
それにしても、なんだかまるで悪夢を見ているような気分だ。
「はぁ……帰りたくねぇな……」
ここまで家に帰りたくないと心底思ったのは生まれて初めてだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
自宅の近くのバス停から降りた俺は重い足取りで帰路についていた。
家に向かって歩いていると、何度も三途の川を渡っているような感覚に襲われた。
だんだん川岸の向こうでおばあちゃんが「おいでおいで」とする姿が頭の中に浮かんできた。
ん?
ちょっと待て。
誰だよこのおばあちゃん?
全然知らない人なんだけど。
え、なんか一周回ってちゃんと怖いんだけど。
普通こういうのって亡くなった親しい人が出てくるもんじゃないの?
こんな全く知らない人が出てくることとかあんの?
どんなに「おいでおいで」されても知らない人のところになんか行かないよ。
ってか、このおばあちゃん妙にリアルすぎないか?
綺麗な白髪で赤いカーディガンを着た優しそうな顔をしたおばあちゃんが俺の頭の中には浮かんでいた。
誰もこんなところにリアルさ求めてないからな。
なんてことを考えて現実逃避をしながら歩いていると、とうとう自宅が見える曲がり角の一歩手前まで来てしまった。
どうする?
今日は野宿でもするか?
いや、これ以上待たせたら本気で何されるかわからないからやめておこう。
ここはまず偵察だ。
偵察ほど重要なことはない。
なにせミッドウェー海戦での敗因の一つとして偵察の不十分さが挙げられるくらいだからな。
俺は重巡洋艦「利根」の零式水上偵察機「利根四号機」のようにはならない。
もしかすると姫石が待ちくたびれて帰ってしまっているという奇跡が起こっているかもしれないしな。
いや、起こってくれ。
そんな僅かな願いと共に俺はほんの少しだけ顔を出して様子を伺った。
「ひッ!」
姫石は俺の家の前で大きな手提げ袋を両手で抱え込み、座り込んでこちらをジッと見つめていた……
なんでこっち見てんだよ!
怖すぎるわ!
今、目合ってないよな?
さすがに、この距離からなら気付かれてないよな?
俺から姫石までの距離は100メートル以上は離れている。
『ブッ』
急にバイブレーションモードにしていたスマホが鳴った。
見ると……姫石からの連絡だった。
『ねぇ、隠れてないで早く来なよ』
そのメッセージを視認して脳で文字情報として処理されるやいなや俺は家に向かって走り出していた。
もしもこれが体育祭の100メートル競走だったならば、俺は歴代の100メートル競走の記録を塗り替える新記録を達成していただろう。
まさに火事場の馬鹿力だ。
結局、偵察なんてものは何も意味が無かった。
ちなみに「利根四号機」が予定通りにしっかりと偵察を行っていたとしても空母「ヨークタウン」は発見できていなかったらしい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「大変お待たせして申し訳ありません、姫石様! 小生のためにわざわざご足労いただきありがとうございます!」
俺は姫石の目の前に走り込むのと同時に思い付くかぎりの敬語を使って姫石に対して深々と頭を下げた。
「……」
いったい頭を下げてからどのくらいが経ったのだろう?
一秒か、一分か、一時間か。
姫石は俺が頭を下げてからずっと沈黙を貫いている。
「プっ……あははは!」
突如、姫石が笑い出したので俺は驚いて自然と頭を上げてしまう。
「何その言い方! 聞いたことがある敬語を片っ端から使ったような言い方! 玉宮が敬語を使うとか変な感じ!」
……図星です。
「怒ってないのか?」
俺は恐る恐る姫石にお伺いを立てる。
「それはもちろん、服も受け取らないで勝手にどっかに行っちゃっうし、どんだけ待たせるんだってくらい待たされたことには怒ってるけど……う~ん、もう怒ってないかな!」
さっき送られてきたメッセージの送信者とは思えないような笑顔がそこにはあった。
「そ、そうか、ありがとう。けど本当にいろいろ迷惑をかけてしまって悪かった!」
そう言うと、姫石が俺の脇を小突いてきた。
「本当だよ! 女の子を待たせるもんじゃないよ! ま、今は男なんだけどさ。とりあえずは玉宮の面白い言い方の謝罪に免じて許してあげる!」
俺の謝罪のどこが面白かったのかは理解できないが、姫石はどうやら許してくれたようだ。
本当に良かった。
一時はどうなることかと思ったよ。
「ところで姫石。どうして俺があそこの曲がり角に隠れているってわかったんだ? しかも、最初からこっち見てたよな?」
「わかったっていうか、たまたまだよ。なんとなくあそこの曲がり角をを見てたらあたしの顔が少し見えてわかったってだけ。そもそも玉宮が来る道なんて曲がり角の方と横からの道しかないんだから二分の一が当たっただけだよ」
姫石はその二分の一を確実に当ててくるから怖いんだよな。
「そういえば、殺気の……じゃなくて、さっきの俺に来ていたたくさんのメッセージは何だったんだ? その~なんというか、メンヘラぽいというか、正気じゃないというか、とにかくヤバそうなメッセージのやつ」
姫石からの許しに乗じて俺はずっと気になっていた触れていけなそうな質問を身構えながらした。
「あ~あれね。冗談だよ、冗談。待っているあいだ暇だったから、ちょっとしたイタズラをしただけだよ」
そう笑いながら言った姫石の目は笑っていなかったのはきっと何かの間違えだろう。
「そっか~そうだよな! イタズラに決まってるよな! あ~びっくりしたわ~! あははは!」
俺の乾いた笑い声だけがやけに周りに響いていた。
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後日、近所の人からインターホンの音が何度も鳴ってうるさかったと苦情が入ったとか入らなかったとか……
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