Tier95 痛恨
「さて、俺らは俺らでやるべきことをするか」
罠にかけた那須先輩を放置して、マノ君は僕達に振り返る。
「そうだね。まずは、この三木さんについてもう少し調べてみようか」
那須先輩一人に作業を押し付けていいのかと逡巡している僕達を切り替えさせようと丈人先輩が話を押し進める。
マノ君や丈人先輩の圧のせいもあったけど、チラリと見た那須先輩が深見さんに報告されまいと一心不乱に作業に没頭している様子を見て僕達は那須先輩に任せることにした。
「三木さんって今もまだ行方不明なんですよね?」
「うん、目撃情報とか新しい情報も全然ないみたい」
僕が尋ねると市川さんが軽く調べてから首を振る。
「ということは……」
「死んでるな、それも事件当日に」
マノ君がためらわずに言い捨てる。
「アンタには遠慮ってものがないの?」
「遠慮すれば死んだって事実が変わるのか?」
「……もう、いいや。それよりもどうして事件当日に亡くなったって思うの?」
とことん現実主義なマノ君に美結さんはため息を漏らす。
いつもならもう少し口論が続きそうなのに、今回は意外にもあっさりだ。
きっと、この手のやり取りはもうやり尽くしているのだろう。
「行方不明届けが出されたのは事件があった日の数日後。仮に、意識を侵食によってマイグレーターに狩り取られていなかったとしたら、数日もあれば自宅にでも何でも帰っているはずだ。だが、帰って来なかったから行方不明届けを出されている。つまり、行方不明届けが出された時点で三木が事件当日に死んだことは明白だ」
マノ君が以前に深見さんから聞かれて勘だと答えていたことが三木さんの行方不明届けで正しかったことが証明された。
「ただ、今回は少し特殊だよね。マイグレーターがマイグレーションした相手の意識を侵食すること事態はよくあることなんだ。こうやって俺達に、自分に繋がる手掛かりをより残さないようにするためにね。だけど、マノ君がこの前に言っていたように三木さんの突発性脳死体が見つかってないというのが奇妙なんだよ。やっぱり、事件の現場には少なくともマイグレーションの事情を知っている人間が犯人以外にもいたことになるね」
丈人先輩の言う通り、マノ君が主張していた第三者の存在が確実なものになった。
「それを詳しく調べるために今、那須先輩に作業をして貰っている」
立てた親指をマノ君の後ろで作業をしている那須先輩に向けてクイッ、クイッとジェスチャーをする。
そういえば、マノ君が那須先輩にどんな作業を頼んでいたのかを僕達はまだ知らされていなかった。
「那須先輩って今、何の作業しているの?」
「それは後のお楽しみだ。あえてヒントを出すとしたら、俺なら絶対に面倒くさくてやりたくない作業だな」
悪役が言いそうなセリフを吐いて、マノ君は市川さんに待ての合図を送る。
「波瑠見ちゃんの作業はまだ時間が掛かりそうだから、俺達はもう少し三木さんについて調べてみようか」
「いや、待って下さい。これ以上、三木を調べたとこで大した手掛かりは見つからないと思いますよ」
「どうしてだい?」
「相手はマイグレーターです。三木自身がマイグレーターでない限り、三木を追ったところで何も出てこない。おそらく、三木の肉体は今回の事件のマイグレーターが中継ぎ用に使った仮の肉体であるはず。本当の肉体はとっくにくたばっているか、どこかに一時的に残しているか。たいていの場合は前者でしょう。後者の場合だと、意識の無い本体を残すにしても普通はその術を持っていない。持っていたとしてもコストや捕まるリスクも生じる。生まれ持った肉体が滅びる恐怖はあるだろうが、こういう事件を起こす輩がそんな恐怖に屈して肉体を残すとは思えない。ヤツらなら、簡単に自分の肉体を手放す。それぐらい、俺達とヤツらとでは倫理観が違うはずです」
三木さんの体は犯人が使い捨てきた体の一つに過ぎないため、三木さんの素性を洗ったとこで意味は無いというのがマノ君の主張らしい。
「なるほど、それはたしかにそうだね。でも、広崎さんの時にはなぜか侵食をしていない。これって何か変じゃないかな?」
「それは……」
三木さんの時は意識を狩り取っているのに、広崎さんの時は意識を狩り取っていないのは不自然だ。
その不自然さのおかげで僕達は広崎さんに面会できたし、その記憶を頼りに三木さんの存在までたどり着くことができた。
これは犯人のマイグレーターからしたら痛恨のミスなんじゃないかな。
それとも、僕達を誘導するためにわざと広崎さんの意識を侵食しなかったのかな。
「もしかして、広崎さんの意識を侵食するのを忘れたとか?」
美結さんがポツリとつぶやく。
「忘れてた? んなこと、あるわけ……」
そんなバカなと否定するつもりだったマノ君の声が尻すぼみしていく。
「それ、あるかも。美結の言った、忘れてただけって案外当たっているかも」
市川さんが犯人は侵食を忘れていたという可能性に納得を強めていくのに対して、美結さんは面食らっている。
冗談半分で言ったつもりだったものが、真面目に取り上げられていることに驚いてしまったんだろう。
「いや、いや、いや。もし仮に忘れていたとしても、なんで忘れるんだよ。何かアクシデントがあったとかか?」
「アクシデントの可能性も十分に考えられるけど、単純に成り立てだったからっていう可能性もあるんじゃない?」
「成り立て?」
「成り立てだからこそ、犯罪を犯したり犯そうとする時に使った体の意識を侵食しないことのリスクに気付いてなかったんじゃないかな? 捕まるリスクが高いと認識していなかったから、平気で忘れてしまったんだと思う」
「経験不足による無知から来る、成り立ての弊害というわけか」
マイグレーターである三人が話をどんどんと進めていく中で、マイグレーターではない僕と美結さんは置いてきぼりにされていた。
マイグレーターだからこそわかる感覚がないと、この会話にはついて行けないのかもしれない。
「成り立てであったのなら、三木が本体でなくとも本体から数回目の肉体である可能性はあるのか。となれば、本体へたどり着く手掛かりがあっても……いや、そうだとしても本体と何の関係もなく無差別にマイグレーションをして入れ替わっていた場合は手掛かりを掴みようがない」
「そうだとしても、調べてみて損はないと思うよ。俺は調べてみるつもり」
「私も丈人先輩と一緒に調べてみようかな」
「わかった。なら、俺は他の線から探ってみる。三木の方は丈人先輩と市川に任せる。如月は丈人先輩達のサポート、伊瀬はこっちのサポートをしてくれ」
「あ、うん。おっけー」
「わ、わかった」
置いてきぼりだった僕達はマノ君からの鋭い指示を受けたことで、どうにか引き戻された。
「あとは、俺が探りを入れようとしている他の線が使えるかどうかだな」
一人寂しく作業をしている那須先輩にマノ君は視線を向ける。
那須先輩は半ばヤケ糞で涙目になりながら、パソコンと格闘していた。
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