Tier90 加工
画面には画像検索をした若い女性の顔写真がいっぱい写っている。
他にも、この人のアカウントだと思われるハンドルネームが書かれたアイコンもある。
マノ君はそのアイコンをマウスでクリックする。
「これは……コイツのインスタのアカウントか。おー、随分とバカみたいに自分の写真を投稿してくれているな。ツイてるな、こりゃ都合が良い」
「都合が良いって、アンタこういう子がタイプなの? いきなり女の子のアカウントをあさり始めるなんて……」
若干軽蔑したようなジト目で美結さんがマノ君を見下ろす。
「……はぁ~。んで、コイツの投稿を事件当日まで遡れば――」
「無視ってことは図星ってこと? ちょっと、どう思います? 那須先輩!」
「うん、これは由々しき事態だね。マノ君、落ち着いてよく聞いてね。残酷かもしれないけど、これらの写真はね、でき得る限りの加工がされているの。だから、現実にはこんな人は存在しないの。現実にいるのはこの写真に写っている子を100回ぐらい殴った後ぐらいの子がせいぜいね。それでも、まだマシな方だわ」
いきなりとんでもない暴言が那須先輩の口から飛び出してくる。
「あの……那須先輩……それはいくらなんでも言い過ぎなんじゃないかと」
「ううん、そんなことないんだよ伊瀬君。これは写真じゃなくてイラストなの。二次元は現実には存在しないんだよ。ここに写っているイラストと現実とじゃ、月とスッポン。ト◯松的に言えば、天使とウンコだよ」
最後の方の意味はよくわからなかったけど、とんでもない暴言だということだけはわかる。
那須先輩の発言は加工した写真を投稿している人達全員を敵に回しかねないレベルだ。
「那須先輩、それ以上はやめておいた方が――」
さすがにこれ以上は不味いと思ったのか市川さんも那須先輩の暴走を止めに入った。
だけど、そんな市川さんを押し退けて美結さんがマノ君に詰め寄る。
「そうだよ! こんなのに惑わされちゃダメだよ! 目を覚まして! たぶん、目の前にいるアタシの方が絶対いいからさっ!」
「あ〜も〜、うるせー! ちっとは静かにしろよ! 進まねぇだろ!」
我慢の限界に達したらしく、マノ君がモニターに集まっていた僕達全員を遠のける。
「だ、だけど、アンタ騙されてるんだよ!」
「さっきから何を言ってるんだ? 俺は広崎に接触したマイグレーターを調べてんだぞ。それが何で好みの女をあさってることになんだよ!」
「それは……そうかも……」
マノ君からの怒りの落雷に美結さんはようやく冷静さを取り戻す。
「あと、お前!」
振り向いたマノ君が那須先輩をギロリと見る。
「え!? わ、私? それにお前って……私、一応は先輩なんだけど……」
先輩としての威厳を保とうとした那須先輩だったが、すぐにマノ君の眼光に耐えられなくなって怯んだ。
「どうも加工した写真に過剰に反応してるよな? 何かトラウマでもあるのか?」
その点は僕も少し変だなと感じていた。
いつもの那須先輩からは想像がつかないような暴言がマシンガンのように放たれ続けたのには僕も皆もびっくりした。
美結さんだけは、それどころじゃなかったけど……
「や、別に……何もないよ……そうでしょ、ね?」
なぜだか丈人先輩に同意を強く求める那須先輩。
その反応からして何かあったのは確かだし、詳しいことを丈人先輩が知っているとわざわざ自分から暗に言ってしまうのは、さすがに墓穴の掘り過ぎだと思う。
「そうなんだよ。俺と波瑠見ちゃんがまだ六課に来る前の頃だったかな」
「待って、丈人君!」
それ以上は話さないように慌てて止めようとする那須先輩を丈人先輩は構わず続ける。
「ネットでそれなりにフォロワー数を稼いでたイケメンのインフルエンサーにハマったらしくてね。その頃は、ずぅーっとそのインフルエンサーの話ばっかりしてて、完全にお熱だったわけ。簡単に言っちゃえば、ガチ恋勢ってやつ。そんな時に、俺がある界隈でそのインフルエンサーの無加工写真が流出しているのを知ってさ。それを見せた時の波瑠見ちゃんの反応っていったら……」
吹き出すのを必死にこらえようと大きく肩を揺らしている。
「あ゛~~~! お願いだから、これ以上は言わないで~~!」
那須先輩は丈人先輩を羽交い締めしようとするけど、丈人先輩には何の効果もないようだ。
「その無加工の写真ってどんな写真だったんですか?」
「ちょっと、日菜ちゃん!?」
いつも温和な雰囲気を醸し出している市川さんが那須先輩にとどめを刺すような質問をしたため、那須先輩は驚きながら悲鳴をあげている。
市川さんには案外Sな要素があるのかもしれないと、人知れず僕は思った。
「いや~、それがさ! 投稿されている写真にはイケメンの若い男のアマイマスクが写っているんだけど、現実を写した無加工の写真にはデブの不細工なおっさんが写ってたってわけ! それを機に波瑠見ちゃん、尚更二次元に没頭していったな~……プッハハハ! あ~ごめん、もう無理」
「あ゛~~~! あ゛~~~! 聞こえな~い! 私には何も聞こえな~い!」
耐え切れなくなった丈人先輩は腹を抱えて笑っている。
全てを暴露された那須先輩は現実逃避にひた走っていた。
別に僕達は中年の太っている男性をカッコ良くないという理由で侮辱するつもりは全くない。
これは過度な加工をした写真を投稿している人にも男女問わず言えることだ。
見栄を何重にも張った上で、あたかもそれが本当の自分の姿だと主張することは些か問題があるのではないだろうか。
そして、明らかに加工が施されているとわかるにも関わらず、それを本当だと思い込んでしまう人も少しどうかと思うところはある。
そんなわけで、僕達は笑うというよりも「あ、あー」と哀れみの感情で那須先輩を黙って見つめていた。
「や、やめて~! そんな目で私を見ないで~! 若気の至りなの! 15の夜なの!」
僕達の視線から逃れるように体を小さく丸ませて顔を伏せる。
その見た目はまさに、危険を感じて身を守ろうと丸まったアルマジロだった。
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