上巻
一緒に大正ロマンを満喫しませんか?
1、 プロローグ
新学期が始まるには少し早い時期の春休みの出来事でした。
街のあちこちでは桜の花が咲いていて、花見を楽しんでいる人たちを見かける時期でもあります。
今日は4月1日、どんな嘘をついても許される日だと思っている人がいるかもしれませんが、それはとんだ誤解です。
よく「引っかかった方が悪い。」と指をさして笑う人を見かけますが、これは明からに嘘をついて楽しむと言うよりかは、単純に相手を傷つけて楽しんでいるようにしか見えません。
「嘘」と言うのは大きく分けると二つあります。「嫌な人間から逃げるためにやむを得ずついてしまった嘘」、「相手を傷つけて楽しむ悪質な嘘」などがあります。
「嘘」と言うのは決して人に褒められる物ではありません。しかし、世の中には「嘘も方便」と言うことわざもありますので、先ほども申し上げたように「自分を守るために仕方なしにつく嘘」は私としては許されると思っています。
さて、少し長い冒頭になってしまいましたが、ここで簡単な自己紹介に入らせて頂きます。
私は赤江雫、東京郊外にある大正町に暮らしています。
都心のように何でもそろっている便利な街ではありませんが、その分緑と青空に囲まれているので、私としてはとても気に入っています。
学校は自宅から徒歩10分のところにある大正中学へ通っていて、部活は一応帰宅部ですが、時々運動部の助っ人になって参加している時があります。
制服は紺のブレザーに、赤いリボン、紺と緑色のチェック柄のスカートです。靴下は何を履いても自由なので、私は黒のルーズソックスを履いています。
隣の家に住んでいる青空つばさとは保育園の時からの幼馴染で、遊ぶ時も勉強する時もいつも一緒です。
家族は歯医者をやっているので、帰りの遅い両親に代わって私が食事の準備をしていることが多いのです。
それでは本題に入らせて頂きます。
今日は4月1日、春休み真っただ中で、昼間でも眠気が襲ってきてもおかしくない時期でもあります。
ベッドで横になりながらスマホをいじっていたら、玄関のドアチャイムが鳴ったので、モニターで確認をしたら幼馴染の青空つばさが水色のマスク姿でやってきました。
「やっほー、来たよ。ちょっとお邪魔するね。」
幼馴染の青空つばさは家が診療所をやっていて、おじさんが院長で内科と小児科、おばさんが副院長で耳鼻科をやっています。
「つばさ、マスクなんかしてどうしたの?」
「実は花粉症になったみたいで、さっき母さんに見てもらって薬とマスクをもらってきたの。」
「大丈夫?」
「うん。」
「そのマスクって、もしかして病院から?」
「うん、お母さんに無理を言って恵んでもらってきた。」
「家が病院だと、その辺が得しちゃうよね。」
「まあね。雫の家だって歯医者だから分けてもらえるんでしょ?」
「もらう時って、嫌な顔をされるけどね。」
「まあ、お仕事で使うものだから私らが使うマスクはドラッグストアで買うしかないんだけどね。」
「ところでつばさ、本当に花粉症なの?」
「違うよ、花粉症って嘘だよ。だって今日は4月1日だから、雫を騙したの。」
「ひっどーい。」
「ごめん。」
不思議なことにどんな嘘でも、相手がつばさだと許したくなってしまいます。
「でも、マスクってすっぴんで人前に出られないときに便利だよね。」
つばさは笑いながら言いました。
「いくら便利でも仕事で使うマスクを私らが使ったら、まずいんじゃないの?」
「そうだよね。」
台所から麦茶と袋菓子を持ってきて休んでいる一方、宝石の国では裏切り帝国によって、支配さる直前まで来ていました。
街の宝石は次々と偽物に変えられてしまい、人々は信じる力を無くしてしまいました。
城の女王の間ではローラが女王様に呼ばれていました。
「女王様、今日はどういったご用件でしょうか。」
「ジョン、れいのものを。」
「はいっ。」
ジョンと呼ばれた執事は白い布にかぶせられた、小さな台車を持ってきました。
そこには小さな箱が3つ載せられていました。
「女王様、これは?」
「国の宝と言われる『幻の指輪』が収められています。」
「つかぬことをお伺いしますが、『幻の指輪』とはどういうものなのでしょうか。」
「なら、どれか一つ開けて見てみるがいい。」
ローラは女王様に言われるまま、ケースの蓋を開けてみました。
中には真っ赤な宝石が載っている指輪が納まっていました。
「女王様、中に指輪が入っていましたが・・・。」
「これは、ただの指輪ではありません。『ハイカラリング』と言って、選ばれた者だけしか着けることが許されない指輪なのです。」
「このリングを着けるとどうなるのですか?」
「この世界の救世主と言われるハイカラガールズになれるのです。」
「ようするに私の役目はこの3つの指輪にふさわしい人を見つけることなんですね。」
「その通りです。」
「わかって頂けたなら、この指輪にふさわしい人間を見つけてきてください。」
「承知いたしました。それでは女王様、失礼いたします。」
ローラは女王様の部屋をあとにして、自分の部屋に戻り、出発の準備にかかりました。
クローゼットから次々と着替えの洋服や下着などを取り出して、それを大きなスーツケースに詰めていき、最後に女王様から預かった3つの指輪を詰め終えたあと、部屋を出ました。
廊下には女王様が立っており、両手で大きな光を出しました。
「ローラ、人間界に着いたら大正町にあるこのお店を尋ねなさい。」
女王様はローラに1枚のメモ紙を渡しました。
「女王様、このメモ紙はなんでしょうか?」
「あなたの居候先です。私の従姉妹が宝石店を営んでいるので、そこを訪ねてください。」
「承知いたしました、ありがとうございます。それでは女王様、行ってまいります。」
「気を付けて行くのですよ。」
ローラは女王様に深く頭を下げて、大きなスーツケースを持って光の中を吸い込まれて行くような感じで入っていきました。
出口に着いたら、お約束のような感じで転ぶように着地し、お尻をさすりながら立ち上がりました。
「いたた・・・、ここってどこ?」
ローラは辺りをキョロキョロと見渡したら、目の前にはホウキとチリトリを持った作業服姿の年老いた男性がいました。
「お嬢さん、目の前の立て札の字が読めなかった?見た感じ外国人のように見えるけど、日本語わかる?ここ立ち入り禁止なんだけど?」
作業員は目をギョロッとさせながら、ローラに近づいて注意しました。
「あ、立ち入り禁止だったのですね。すみません、今どきます。」
ローラは一言謝ったあと、芝生から抜けて公園の中にあるベンチに座り、女王様から預かったメモ紙を広げました。
そこには<大正宝石店 大正町○丁目○○番地>と書かれていて、さらにその下には略地図もありました。
「住所と地図だけ渡されてもなあ。」
ローラは疲れ切った顔をして呟きました。
しばらくベンチでぐったりして休んでいたら、またしても作業員に遭遇したので、ローラは反射的に頭を下げて謝りました。
「なんで謝るんだね?」
「また何か悪いことでもしたのかと思ったから・・・。」
作業員はローラからメモ紙を取り上げて住所を確認しました。
「お嬢さん、この住所なら公園を出てまっすぐ先にある商店街にあるよ。」
「ありがとうございます。」
ローラは作業員からメモ紙を受け取って商店街の方へと向かいました。
商店街の中はいろんな店が立ち並んでいて、その一角にひときわ目立つ宝石店がありました。
看板には<大正宝石店>と黒い文字で書かれた大きな看板があったので、ローラは店の自動ドアから入りました。
「いらっしゃいませ。」
店からスーツ姿の金色と緑色のグラデーションのかかった、ストレートヘアの女性がやってきました。
「あの・・・、今日からこちらに居候します、ローラと申します。」
「あなたなんですね。女王様から事情は伺っています。私は女王様の従姉妹でアーシアと言いますが、人間界ではこの店のオーナーを務めています。よかっらた2階でくつろいでください。」
「ありがとうございます。ところで2階にはどうやっていけばいいのですか?」
「あ、そうだった。レジの奥に行くと茶の間があって、さらにその奥へ行くと階段があるから、そこからあがってくれる?」
「わかりました。ありがとうございます。」
「間違っても、靴を履いたまま上がったらだめだよ。」
「大丈夫ですよー。」
2階へ上がったローラは奥にある空いている部屋にスーツケースを置いて、脚を延ばして休んでいました。
「まずはハイカラガールズになってくれる人を探さなきゃ。」
ローラはそう言ってスーツケースからハイカラリングを取り出して、白い手提げバッグに入れて出かけることにしました。
「ちょっと出かけてくるね。」
「ローラどこへ行くの?」
「ハイカラリングの適合者を探しに。」
「明日にしたら?」
「そうしたいんだけど、早い方がいいかなと思って・・・・。」
「気持ちは分かるけど、今日は疲れているんだし、休んで明日にした方がいいよ。私ももう少ししたら、店を閉めるから。」
「わかった、そうする。」
ローラはアーシアに説得されて、2階の部屋に戻りました。
そのころ、裏切り帝国では幹部たちがニック帝王の前で集まっていました。
「ニック帝王、今日はどういったご用件でしょうか。」
最初に口にしたのはライズでした。彼女は見た感じ私やつばさと同い年にように見えますが、頭の回転が速いので、ニック帝王に気に入れられています。
「今日お前たちを呼んだのは、他でもない。人間の正直エナジーを回収してくることだ。このエナジーこそが私のパワーの源になる。人間は都合が悪くなると、すぐに嘘をついて逃げる習性がある。そこにつけ込んで回収してくるのだ。」
「承知いたしました。ニック帝王のご期待に添えられるよう、このプロジェクトを成功させます。」
「頼んだぞ。」
ライズたちは深く頭を下げたあと、ニック帝王の部屋を出ました。
「ニック帝王が言っていた、正直エナジーってどうやって回収する?」
フィクションが前髪をかきながらアントゥルースに聞きました。
「私に聞かないでよ。そんなの適当でいいんじゃない?」
「アントゥルースって本当に使えないよな。」
「フィクションだけには言われたくないわよ。」
「少なくとも、僕は君と違っていい加減じゃないからね。」
「何よ、あんただって似たようなものでしょ。」
「2人ともけんかはやめて。私に考えがある。」
ライズは淡白な感じで言いました。
「考えって何よ。」
「成功したら、きちんと報告をするから。」
ライズはそう言って、2人からいなくなりました。
「ライズのやつめ、自分だけニック帝王に気に入られているから、調子に乗りやがって。」
フィクションは悔しそうな顔をして愚痴りました。
「まあ、見てなって。どうせ失敗して戻ってくるんだから。所詮はお子様なんだし、考えることも低レベルに決まっているわ。」
アントゥルースも顔をニヤつかせながら言いました。
部屋に戻ったライズはそのまま人間界に行くための準備を始めました。
一方、麦茶とお菓子でくつろいでいた私とつばさは漫画を読んで、のんびりと時間を過ごしていました。
「漫画読み飽きちゃった。」
つばさは床に座って、だらーんとしていました。
「どうする?」
私も漫画を本棚にしまって、体を少しほぐしました。
時計を見てもまだ午後4時を回っていたので、時間的には中途半端な感じでした。
部屋でじっとしていてもしょうがないので、商店街を歩くことにしましたが、和菓子屋さんの前でクラスの男子と思われる人がスマホの通話で怒鳴っていました。
よく見ると同じクラスの石田隆治くんでした。
「約束を守れねえなら、今日限り絶好だからな!」
石田君はそう言い残したあと、電話を切りました。
「あれ、石田君だよね?」
私は思い切って声をかけてみました。
「赤江たちじゃねーか。偶然だな。」
「石田君、さっき電話で大声出していたんだけど、どうしたの?」
「あ、聞かれちまったか。実は同じクラスで伝法谷誠っているだろ?」
「知ってる、帰宅部で家が児童公園の近くにあるんでしょ?その誠君がどうかしたの?」
「あいつ、俺との約束を破りやがった。」
「え!?マジで?」
「今日俺が出かける直前に伝法谷のヤツから電話がかかってきたんだよ。その内容が『今から石田君の家に行ってもいい?』って言ってきたんだよ。だから俺は『じゃあ待っているから来いよ。』って返事をして、出かけをキャンセルして他の友達の誘いも断ってずっと待っていたんだけど、結局来なかったんだよ。」
「ひどいね。」
「そう思うだろ。しかも電話も来ないから、こっちからつなげてみたんだよ。そしたらなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
私は聞き返しました。
「あのヤロウ、『あれ、今日お前とこんな約束をしたっけ?』だよ。しかもそのあと言った言葉がなんだと思う?」
「何?」
「『今、家に従兄弟が遊びに来ているから、また今度にしてくれる?』って言ってきたんだよ。だから『それなら先に電話しろよ。』って言ったら、『俺は悪くない。急に従兄弟がやってきた方が悪い。』って言ってきやがったんだよ。」
「ようするに、『自分は悪くないから謝る理由はない』と言いたかったんでしょ?」
「たぶんな。」
「仮にエイプリルフールだったとしても、これはやりすぎだと思うよ。」
「これはエイプリルフールっていう領域じゃないよ。完全な悪質だよ。石田君の貴重な一日をダメにしたんだから。しかも、人との約束を平気で忘れて、その上自分が悪くないと主張してきたんだから。石田君、伝法谷とは縁を切った方がいいよ。」
今度は今まで黙っていたつばさが、口をはさんできました。
「もちろんだよ。」
「新学期になったら、みんなに言った方がいいんじゃない?」
「それより、今日あいつの親に言うよ。」
「それもいいかもしれないね。新学期までには少し早いし、親に言った方がいいかもしれない。」
「じゃあ、俺このあと本屋に立ち寄ってから帰るよ。」
「わかった。じゃあ、新学期でね。」
私とつばさは石田君と別れたあと商店街をうろつくことにしました。
宝石店の前を通った時、見慣れない女性がエプロン姿でホウキとチリトリを持って掃除をしていました。髪の毛は薄い金色のストレートヘア。明らかに日本人ではないのは確かでした。
「新しく雇われた人なのかなあ。」
私はボソっと呟きました。
「ずっと見ていると失礼だから行こう。」
つばさはそう言って、私の右手首を引っ張って、商店街の奥へと向かいました。
その日の夜のことです。
伝法谷君の家では従兄弟や親戚たちと一緒にテレビゲームや食事などで盛り上がっていた時、家の固定電話がうるさく鳴っていたので、おばさんが受話器を取りました。
「はい、伝法谷です。」
「こんばんは。僕、誠君と同じクラスの石田ですが、少しだけお時間をちょうだいしてもいいですか?」
「誠に代わればいいのですか?」
「いえ、おばさんに用件があります。」
「どうされたのですか?」
「実は今日、誠君が僕の家に来る約束だったのですが、ずっと待っていても来てくれなかったのです。夕方誠君に電話をしてみたところ、ご自分で約束を持ち掛けておきながら、ご自宅で従兄弟さんと遊んでいらっしゃると聞いて驚きました。しかもそれだけではありません。ご自分でされた約束を忘れられてしまったみたいなんですよ。今日僕、お出かけをする予定だったのに、すべてダメになってしまいました。」
「そんなことがあったのですね。」
「ご自分から約束を破ったにも関わらず『僕は悪くない、急に従兄弟が押し掛けた方が悪い。』と言ってこられたのです。」
「そうなんですね。分かりました、あとで本人からきちんと事情を伺っておきます。今日は誠がご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。」
「いいえ、次から気を付けて頂けたら結構ですので。それでは失礼します。」
おばさんは受話器を切ったあと伝法谷君を2階にある自分の寝室へ連れていき、事情を聞き出すことにしました。
「誠、さっき石田君から電話があったんだけど、約束を破ったって本当なの?」
「・・・。」
「黙っていないで、正直に話してくれる?」
「健一君が来たから、守れなかったんだよ。これは仕方がないことなんだよ。」
「その時、石田君に謝った?」
「謝らなかったよ。」
「悪いのは明らかに誠じゃない。」
「だって、健一くんが急に来る方が悪いんだから。」
「急にじゃなくて、連絡したでしょ。」
「僕は聞いてない。だから、謝る必要はないと思った。」
「そういう態度をとっていれば、いつか友達から信用を無くされるんだからね。」
「だって、僕は悪くないよ。」
その時、おじさんが2階に上がってきました。
「どうしたんだ?」
「あなた、聞いて。今日誠が友達の約束を破ったみたいで・・・。」
「さっきの電話って、誠の友達から?」
「そうなの。今日誠が友達と会う約束をしたから、友達もお出かけをキャンセルしたみたいなの。それを今日姉さん一家が来たでしょ?それを理由に知らん顔した上に、自分が悪くないと主張し始めているの。」
「だいたいの事情は分かった。あとできちんと話を聞かせてもらうから、今は客の相手を優先にしろ。」
伝法谷君とおばさんは、おじさんに言われたあと、1階に降りて従兄弟たちの相手をしていました。
夜9時を過ぎて従兄弟たちが帰るのを見送ったあと、伝法谷君はおじさんとおばさんから説教をされていました。
「改めて聞くけど、健一君たちが来た時に何で石田君に電話をしなかったの?」
「じゃあ、母さんたちは健一君たちが来るのを分かっていながら、どうして連絡をしなかったんだよ。」
「今は母さんが質問しているんだ。早く質問に答えなさい。」
おじさんが声を低めて伝法谷君に言いました。
「それはあとでもいいと思ったからなんだよ。」
「その結果、こういうトラブルになってしまったんだろ。言いたくはないが、お前は昔からこうだ。大事なことは後回しにする癖があるから、学校でも家でもトラブルがあとを絶たない。そうだろ。」
伝法谷君は何も言い返せず、下唇を噛んで黙ってしまいました。
「何も言い返してこないのが事実の証拠だ。だから今回だって、石田君から苦情が来ても何とも思っていない。よーく考えてみろ。自分が反対の立場になったらどう思うか。」
「僕は父さんや母さん、石田君と違って大人だからすぐに怒ったりしないんだよ。」
「お前は自分が誰より大人だと思っているのか?」
「少なくとも、石田君よりかはな。」
「本当に大人だと思っている人間なら簡単に人の約束を破ったり、迷惑をかけても謝らないで逃げようとはしないんだよ。」
「謝らないで逃げようとは思っていないよ。」
「じゃあ、なんですぐに謝らなかったんだ?」
「あとで謝ろうと思ったんだよ。」
「その理由は?」
「健一君が来たから、すぐに相手にしないといけないと思ったんだよ。」
「電話でたった一言謝るのにどれだけ時間がかかると思っているんだ?」
「だって、お客さんが来て電話をしたら、失礼だというのは知らないの?」
「約束を破って、知らん顔して逃げようとするよりかはマシだ。」
「だから、知らん顔しようとしてないよ。」
「じゃあ、なんですぐに謝ろうとしなかったんだ。おかしいだろ。『あとで電話で謝る』なんて言えば父さんも母さんも安心するとでも思ったのか?だいたい中学生にもなって、こんなことをしていたら、これから先誰にも相手にされんぞ。」
伝法谷君はそのまま黙ってしまいました。
「母さん、明日の夕方菓子折りを持って、誠と一緒に石田君の家に謝りに行ってきてくれないか?」
「お父さん、そこまでやる必要ないって。菓子折りなんて大げさだよ。それに親は関係ないよ。」
伝法谷君は慌てて止めに入りました。
「親を巻き込むまで、約束を破って知らん顔していたのはどこの誰かしら?」
伝法谷君はおばさんにイヤミを声を荒げて言われ、これ以上何も言い返せませんでした。
翌日の夕方、伝法谷君とおばさんは商店街にある和菓子屋さんに立ち寄って豆大福の詰め合わせを買って石田君の家に行こうとした時、店の主人に話をかけられました。
「おや、伝法谷さん、これからどこかへご挨拶に行かれるのですか?」
店の主人は冗談交じりで、おばさんに言いました。
「実はこれから誠のクラスの人の家まで謝りに行くのです。」
「誠君、何をやらかしたんだ?」
「昨日、友達と約束しておきながら、それを破った上に知らん顔をして姉夫婦が連れてきた子供と遊んでいたの。」
「そりゃあ、感心できないな。それで誠君は友達に謝ったのか?」
「それが、『あとにする』と言っておきながら謝らないで済まそうとしているの。」
「そりゃあ、ひどいな。誠君、約束を破ったらきちんと謝った方がいいよ。そうしないと学校で友達が出来ないよ。」
「わかっています。」
「友達が出来ないどころか、いじめにあっても知らないよ。そう言えば先週、大正小学校の5年生も、それが原因でいじめられたという情報があったよ。」
「本当なんですか?」
伝法谷君は少し驚いた感じで反応しました。
「その次の日から登校拒否をしたみたいだよ。だから、誠君もそうならないように、お友達にはきちんと謝った方がいいよ。」
「わかりました、気を付けます。」
「それでは、私たちは失礼します。」
おばさんは、伝法谷君を連れて石田君の家に向かいました。
ドアチャイムを鳴らすなり、おばさんと伝法谷君は玄関の中へと入りました。
「突然おじゃましてすみません、今日お伺いしたのは昨日の一件のことです。誠が隆治君との約束を破った上に、知らん顔して済ませようとしたことにつきましては、本当に申し訳ございません。」
「あ、そのことでしたら、もう気にしておりません。」
「いいえ、そう言うわけにはいきません。今、隆治君はいますか?」
「いると思います。呼んできますので、少し待ってもらえますか?」
石田君のお母さんは、2階に上がって石田君を呼んできました。
「こんにちは。」
石田君は後ろ髪をかきながら、少し不機嫌そうな顔をして挨拶をしました。
「こんにちは、昨日はごめんね。もしかしてまだ気にしてる?」
「いえ、もう大丈夫です。」
「昨日、あれからおじさんとおばさんと一緒に誠のことを叱っておいたから、今回の件は許してくれる?」
「はい。」
「よかった、ありがとう。誠、あんたもちゃんと謝りなさい!」
おばさんは、伝法谷君の頭を強くたたきました。
「昨日は約束を破ってごめんなさい。」
「隆治、どうする?」
今度は石田君のお母さんが確認をとるような感じで聞きました。
「いいよ。ちゃんと謝りに来てくれたから、今回は許すよ。」
「ありがとう。あとこれつまらなものですが、よかったら召し上がってください。」
「まあ、これはどうもご丁寧に。」
「それでは、私たちはこの辺で。隆治君、これからも誠のことをよろしくね。」
おばさんはそう言い残して、伝法谷君を連れて家に帰りました。
2、 赤いハイカラさん、ハイカラガーネットの誕生
春休みが終わり、新学期になって新しいクラスの発表がありました。
みんなは誰と誰が同じクラスになったのか、ソワソワしなら校舎裏にある掲示板を見ていました。
仲のいい友達と一緒になればテンションがあがるし、逆に離れ離れになれば悲しむ人もいました。
私とつばさも掲示板を見ていたら、同じクラスになったと分かった時には受験に合格をした時のような喜びを味わいました。
「ねえ雫、今年も同じクラスになったよ。よろしくね。」
「うん、こちらこそ。」
私とつばさは嬉しさのあまり、思わず抱き合ってしまいました。
「とりあえず、教室へ行こうか。」
つばさは私の右手首をつかんで、下駄箱へと向かいました。
教室へ入ってみると、知っている人が多い中、石田君を見かけたので声をかけてみることにしました。
「おはよう。」
私はそう言って石田君の右肩をポンッと軽く叩きました。
「あれ、赤江と青空じゃねーか。今年もよろしく頼むな。」
「うん、ヨロシクね。」
「ああ。」
「そう言えば伝法谷君は?」
石田君は教室の真ん中あたりの席へ指をさしました。
「また同じクラスになったんだね。」
「あいつ、嘘つきのレッテルが貼られていて、ネットでうわさになっているんだよ。」
石田君はそう言ってスマホのSNSの画面を出して、私とつばさに見せました。
そこには<T中学のD氏、友人I氏の約束をすっぽかし、知らん顔。I氏、D氏の態度に大激怒。>と書かれていました。
さらに上の方へスクロールしてみると、<T中学のD氏、母親と一緒に菓子折りを持ってお出かけ。I氏の家に謝罪か?>と書かれていました。
「ちょっとこれはひどいよねえ。」
つばさは画面を見るなり、呟きました。
「それで新学期から元気がないの?」
「そこまでは分からない。ま、俺はあいつとは関わりたくないけどな。親に謝罪をさせるなんて、最低なヤツだと思っているよ。」
「私も。」
つばさも便乗するような感じで言いました。
体育館に行って始業式を終えて教室に戻った時、新しい担任の自己紹介がありました。
「えーっと初めましてと言ったらおかしいよね。では、改めて今日から2年3組の担任となった神河奏です。担当教科は数学、部活は吹奏楽をやっています。ちなみ学生時代はクラリネットを演奏していました。」
先生の自己紹介を終えたあと、今後の日程が書かれたプリントを渡されて、その日は家に帰るだけとなりました。
私はプリントをカバンにしまい込んで帰ろうとした瞬間、つばさが私のところにやってきました。
「一緒に帰ろうか。」
「うん。」
廊下に出てみると、みんなが好き勝手に伝法谷君の噂を広げていました。
「やはりSNSの効き目のせい?」
私はつばさに確認をとるような感じで聞きました。
「たぶんね。」
昇降口で伝法谷君に会ったので、私は思い切って声をかけてみました。
「あの伝法谷君、廊下や教室でみんなが好き勝手に噂を広げているみたいだけど、無視した方がいいよ。」
「いいよ、迷惑をかけたのは事実だし、俺は気にしてないから。それよりSNSで俺の噂を広げたのってお前たちか?」
「少なくとも私じゃないよ。投稿者の名前もアカウントも私のじゃないから。」
「そ、じゃあ俺は帰るから。」
伝法谷君はそう言ったあと、急ぐかのようにいなくなってしまいました。
「私たちも帰ろうか。」
「そうだね、昼ご飯もまだだし。」
私はつばさと一緒に家に帰りました。
放課後、各部活動では新入部員の獲得に必死になっていました。
一年生たちは部活動のチラシを片手にどの部に入ろうか迷っていた時でした。
「ねえねえ、君1年生でしょ?」
「はい、そうですが・・・。」
「良かったら、水泳やってみない?」
「私、泳ぐの苦手なので・・・。」
校門近くで1人の1年生の女子生徒がチラシを持ちながら家に帰ろうとした時、2年生の水泳部の女子が声をかけて勧誘をしていました。
「泳げなくても水着には興味はあるんでしょ?」
「それは、まったくないと言ったらウソになっちゃうけど・・・・。水着になると男子の目線が気になるから・・・。」
「あ、その点は大丈夫よ。部活は男女別々だし、泳ぐときにはこの先にある学校指定の温水プールがあるからエロ男子に覗かれることはないよ。」
1年生の女子は困った顔をしていました。
「でも、私まったく泳げないから。」
「平気だって、ちゃんと手取り足取り指導してあげるよ。」
2年生の女子は半ば強引に1年生を入部させようとしました。
「私、水着とか持っていないし、習い事もやっているから。」
「水着は水泳部で貸すし、習い事のある時には部活休んでいいから。ちなみ今日って習い事ある?」
「今日は特に何もなかったはず・・・。」
「じゃあ、来てよ。」
2年生の女子はそう言って、1年生の女子の右手首をつかんで部室へ連れていきました。
部室のドアを開けるなり、「部長、1年生の女子を連れてきました。」とテンションを上げて言いました。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったけど、なんて言うの?」
「私は忠海めぐみです。」
「めぐみちゃん、今日からよろしくね。それじゃあ、さっそく水着に着替えて。」
「え、ここで着替えるのですか?だって、学校指定の温水プールに行くのでは?」
「あ、ごめん。言っていなかったっけ?今日メンテナンスで使えないんだよ。だからと言ってこの時期に外のプールで泳ぐのはちょっと早いでしょ?だから、今日はこれを着て体育館で基礎トレーニング。」
「え、水着で体育館まで行くのですか?」
「これ、毎年1年生がやっていることなんだよ。なんつうか、水泳部の伝統みたいな感じ?」
「廊下で男子にすれ違ったりしない?」
忠海さんは心配そうな目線で2年生の方に目を向けました。
「あ、その辺は大丈夫よ。私らも一緒だし。」
「やっぱ、恥ずかしいから無理です。私、水泳部やめます。」
「あ、ちょっと待って。じゃあ、廊下はともかくとしても、体育館なら大丈夫でしょ?今日の体育館は女子の新体操だけのはずだから。」
「本当ですか?」
「私を疑うなら、放課後の体育館の使用予定表を見る?」
2年生の女子は椅子の上に置いてある予定表を忠海さんに見せました。
「本当だ、確かに使用しているのは女子の新体操だけになっています。」
「じゃあ、廊下で水着だと乱暴だから、体育館までは水着の上にジャージを着て。」
忠海さんは2年生に言われるままに渡されたジャージを水着の上から着て体育館へと向かいました。
体育館へ向かうと本来いないはずの男子の運動部員がいました。
「先輩、どういうことですか?予定表では新体操しかいないはずでは・・・。」
「あれ、そうだったけ?」
忠海さんは納得のいかない顔をしていました。
「私、やっぱ帰ります。」
「待ってよ。あとでジュースをおごるから。分かったならジャージを脱いで。」
「あの、先輩たちは脱がないのですか?」
「私たちは去年やったから。さっきも言ったようにこれは水泳部の伝統みたいな感じなんだよ。」
忠海さんは、渋々とジャージを脱ぎ始めて水着姿になりました。
「じゃあ、体育館を5周走るわよ。」
部長に続いてみんなは走り続けました。
忠海さんはみんなの目線が気になって、集中して走ることが出来ませんでした。
5周走り終えたあと、部長は忠海さんのところにやって来て「走っている時、集中していなかったわよね?罰としてもう2周走ってもらうわよ。」と言いました。
「だって、この格好で走るとみんなの目線が気になるから。それに男子もいるし・・・。」
「そんなの、気にしすぎ。分かったならもう2周走ってきてちょうだい。」
部長に言われて、忠海さんは2周走り終えたあと、みんなと一緒にストレッチなどの基礎トレーニングをやりました。
「よし、今日の練習はここまで。」
部長に言われて部室へ戻り、制服に着替えて帰ろうとした時でした。
部長が忠海さんのところにやってきて、「約束通り、これ私からのおごり。明日もよろしくね。」と言って、ペットボトルのミルクティを忠海さんに渡しました。
忠海さんが家に帰った数分後、校門を出た2年生の部員たちが忠海さんを笑いものにしていました。
「今日私が拉致ってきた忠海さんってマジでうけたよ。かなり不安そうな顔をしてキョロキョロしていたよね。」
「1年生が毎年水着で基礎トレする伝統なんてあるわけないじゃん。」
「私、あんなウソすぐに見抜くかと思っていたけど、全部鵜呑みにしていたよね。」
「一応、ペットボトルのミルクティで釣ったから、明日も来ると思うよ。」
「明日はどんなウソをつく?」
「それは明日考えよ。」
「そうだね。」
通学路を笑いながら歩いていた時、正面から黒いマントを羽織ったライズがやってきました。
「ククク・・・、あなたたち、なかなか面白いものを見せてもらったよ。」
ライズは笑いながら2年生の部員に近寄ってきました。
「ねえ、あなたたち、人に嘘をついて楽しむのが好きなんでしょ?」
「別に好きっていうわけじゃないけど・・・。」
「でも、明日も1年生をカモにするのは間違いないんでしょ?」
「一応は・・・。」
部長は何か恐怖を感じたような顔をしました。
「じゃあ、あんたたちに嘘をつく楽しさを教えてあげるわ。ホラフキンに変わりなさい!」
その時、部長はビート板の形をした化け物になってしまいました。
「ホラフキン、この2人から正直エナジーを回収するのよ!」
ホラフキンは2人の部員から回収したあと、街のいたるところで正直エナジーを回収していきました。
「その調子よ。もっとやりなさい。」
ライズはそのまま、商店街にいる買い物客をターゲットにしていきました。
その頃、宝石店ではローラが店の中の掃除を終えて、片付けに入ろうとした時でした。
店の外を出て上を見上げたら、ビート板の形をしたホラフキンとライズがいたことに驚きました。
「あれは、裏切り帝国!」
ローラはあわてて部屋に戻り、白い手提げバッグにハイカラリングを入れてハイカラガールズになってくれる人を探しに行きました。
「急がなきゃ。」
ローラはそう言って駆け足で住宅街へと向かったのですが、それを少し離れた場所でライズが見ていました。
「ん?あれって、宝石の国の人間だわ。よーっし、先回りして捕まえてこようっと。行くわよ、ホラフキン。」
ライズはホラフキンと一緒にローラの方へと向かいました。
その一方、食事の買い物を終えた私は玄関の鍵を開けて中に入ろうとした時、遠くで何か大きい音が聞こえたので、どこかで工事をやっているのかなと思いました。
買ってきたものを冷蔵庫に詰め終えたあと、近所で誰かが大声で騒いでいました。
「おい、黒いマントの女の子がビート板の化け物を連れてこっちにやってくるぞ!」
「何モタモタしているんだ、早く逃げないと殺さるぞ!」
「それより、警察を呼べ!」
「ばかかお前は。警察なんかあてになるか。それより早く逃げるぞ!」
私は気になって、玄関のドアを開けてみました。
すると家の前では駅や商店街、河川敷などに逃げるような感じで走っていく人たちを見かけました。
何があったんだろう。その時の私は状況がつかめていなかったので、みんなと一緒に河川敷の方角へと向かいました。
私は正直何がなんだか分からず、夢中で走っていきました。
ちょうど細い路地にさしかかったので、そこなら追っ手が来ないだろうと思ったその時、曲がり角で白い手提げバッグを持った金髪の女性にぶつかりました。
「いたた・・・。」
私は軽くしりもちをついてしまいました。
「大丈夫?」
「あなたはもしかして、商店街にある宝石屋さんの・・・。」
「いきなり会って、こんなことを頼めた義理ではないのはわかっているけど、あなたに頼みたいことがあるの。」
「頼みたいことって言うと?」
私は突然のことで何がなんだかわかっていませんでした。
「驚かないで聞いてほしいんだけど、変身して化け物と戦って欲しいの。」
「変身?戦う?」
私は突然のことで驚いてばかりでいました。
「お願い、何も言わずに戦って欲しいの。」
「でも、私普通の中学生だし、急に戦えって言われても困るよ。そもそもあなたは誰なの?」
「私はローラっていうの。宝石の国からやってきた女王様の使いの者なんだけど、ここの世界では商店街にある宝石店で働いているの。」
「そうなんですね。」
「お願い、一緒に戦って。このままだとあなたの家族や友達も危なくなってくるの。」
「ごめんなさい、やっぱ私には無理です。他の人を当たってもらえますか?」
「そう、無理を言って悪かったわね。他の子を探すわ。」
その時、ローラの白い手提げバッグから赤い光が見えました。
「あの、手提げバッグから赤い光が出ていますわよ。」
ローラは私に言われて、白い手提げバッグから赤く光っているハイカラリングを取り出しました。
「これって指輪のケースですよね。赤く光っていますよ。」
私は少し驚いた感じで言いました。
ローラはゆっくりとハイカラリングの入っているケースのふたを開けていきました。
すると中からまぶしいくらいに真っ赤に光る指輪が出てきました。
「ハイカラリングが光っている。これが光っているってことは近くにそれに適合した人がいるってことよ。」
「じゃあ、私がこの指輪の適合者!?」
私は信じられない気持ちでいっぱいでした。
「そう言えば、あなたの名前なんて言うの?」
このタイミングでそれを聞くの?
「私は赤江雫よ。」
「雫ちゃんね。ちょっと左手の薬指を出してくれる?」
ローラは私の左手の薬指にハイカラリングをはめましたので、私はしばらく眺めていました。
「雫ちゃん、左手を上に掲げて『ガーネット、メタモルフォース!』と叫んでみて。」とローラは私に言いました。
私はローラに言われるまま、左手を上に掲げて「ガーネット、メタモルフォース!」と叫びました。
すると、指輪から出た大きな赤い光が私を包みこみました。
何こ真っ赤な光、なんだかまぶしい。でも不思議なことに癒されていく感じがする。私が目をつぶっている間、上が薄い赤の着物になり、下は白い袴、靴は茶色い編み上げブーツ、手には赤いショートグローブ、左手のショートグローブの薬指にはハイカラリング、そして真っ赤な瞳と赤いルージュ、髪も赤髪のポニーテールになりました。
「何、この姿。私いつ着替えたの?」
私は変身した自分の姿を見て驚いていました。
「驚くのはこれだけじゃないわ。ちょっと鏡をごらんなさい。」
ローラは白い手提げバッグから手鏡を取り出して私の顔を映しました。
「うそ、髪の毛も赤い、それにいつメイクしたの?しかも目もカラコンまでして。」
「まあ、驚くのはこの辺にして、あなたにはあのビート板の怪物をやっつけてほしいの。」
「えー!?むりむり・・・。」
私はあわてて断りました。
「でも、この姿になった以上、戦ってほしいの。」
私は少し考えました。どうするべきか。
「わかりました、私戦います。」
「ありがとう。それでビート板の化け物は?」
「あっちよ。」
ローラが指さしたのは街の外れにあるスイミングスクールの方でした。
中へ入ってみると、2階のホールで子供たちがコーチと一緒に準備体操をしていましたが、わずかなタイミングのずれで、子供たちとコーチは正直エナジーを奪われてしまいました。
「見つけたわよ。あなたの相手はこの私よ!」
私はライズとビート板の化け物に指をさしました。
「あーん?誰あんた?こんなコスプレなんかして、ダサ。」
私はライズの言葉にカチンときました。
「私は、燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネットよ!」
「ハイカラガーネット?聞いたことがないわ。ま、せっかく来てもらったわけなんだし、相手にしてあげるわ。でもあんたの相手は私じゃなくて、ホラフキンよ。ホラフキン、このハイカラガーネットをやってしまいな。」
「ここだと、子供たちやコーチたちを巻き込むから、表に出てくれる?」
「いいわ、どこでやっても同じだから。」
私はスイミングスクールの裏にある小さな神社に向かいました。
「ここで死にたいと言うんだね。いいでしょう、思う存分いたぶってあげるわ。ホラフキン、ギタギタにやってしまいな。」
ホラフキンは私に容赦なくパンチで攻撃をしてきました。
「きゃっ、何よ。」
私は逃げ回るのに精いっぱいでした。
「ハイカラガーネット、逃げてばかりじゃダメ。お願い、ちゃんと戦って。」
「そんなことを言われても、あの怪物強すぎるわよ。」
私は神社を出て、すぐ近くにある交番へ行こうとしたのですが、ローラは私の右腕をつかんで引き留めました。
「ガーネット、どこへ行くの?」
「私、交番へ行って警察を呼んでくる。」
「警察を呼んだところで、どうにもならないよ。」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「あのビート板の怪物を倒せるのはあなたしかいないの。」
その時、後ろで聞いていたライズが大きく笑っていました。
「ハハハ・・・、何を言うのかと思えば、交番に行って警察を呼んでくるなんて、マジ受けるんだけど。おいホラフキン、この腰抜けの2人を今すぐ始末しろ!」
ホラフキンは容赦なしに私とローラを襲い掛かりました。
「ローラ、どうやって攻撃すればいいの?」
「自分が思い描いたようにやってみて。」
「それってどんなふうにすればいいの?」
「上からキックと心の中で言えば、そうなるから。」
私はローラに言われたように、攻撃をしようとしましたが、その間にもホラフキンは容赦なしに私に攻撃をしてきました。
しかし、私は逃げることだけで精いっぱいでした。
「ハイカラガーネット、どうした。交番へ行って警察でも呼んできたら?今のお前にはそれがお似合いだよ。ハハハ・・・。」
私は何とも言えない屈辱を味わい、それと同時に全身に毛が逆立つような強い怒りが込み上がってきました。
私はホラフキンにめがけて、強烈なパンチとキックを入れました。
ホラフキンはその勢いで神社の奥まで飛ばされました。
「これが私の力?」
私は自分の攻撃の威力に驚いてしまいました。
「そうよ。じゃあ、この勢いでとどめをさしなさい。」
ローラが私にとどめをさすように言ったあと、ホラフキンが再び立ち上がりました。
「ホラフキン、何をしてる。さっさと反撃しなさい!」
ホラフキンはライズに言われて立ち上がり、ものすごい勢いで突進してきました。
私は反射的によけましたが、その直後ホラフキンのパンチが正面から飛んできて、私は吹き飛ばされました。
きゃっ、何このパンチの威力。でも不思議なことにホラフキンの激しい攻撃を受けても無傷でいました。
しかし、その間にもホラフキンの攻撃は容赦なしに襲ってきます。
私は必死によけたあと、すきを狙って攻撃をしました。
「ハイカラキーック!」
私は高くジャンプしてホラフキンにめがけてキックをしたとたん、体のバランスを崩し、倒れました。
「今よ、とどめを刺してちょうだい!」
ローラは私にとどめを刺すように言いました。
「どうやって?」
「指輪から光を出して『ガーネット、ファイアボール』と叫んでみて。」
「光?」
私が指輪を上に向けた瞬間、赤い大きな光が出てきました。
「光よ、大きな炎の玉となれ。ガーネット、ファイアボール!」
私は火の玉となった、指輪の光をホラフキンに投げつけた瞬間、ホラフキンの体が消え去り、そこから2年生の水泳部の部長が出てきました。
「ちっ、今回はほんのあいさつ代わり。次回は覚えてらっしゃい。」
ライズは悔しそうな顔をしていなくなりました。
私はローラと別れて、そのまま水泳部の部長を抱えて家まで送ることにしました。
帰り道、目を開けた部長は私に抱かれたことに気がつきました。
「気がついた?」
「あの、あなたは?」
「私はハイカラガーネット。」
「ハイカラガーネット?」
「ま、言ってみれば、ただの通りすがりの正義の味方よ。あなた、さっき学校で新入生を騙していたでしょ?」
「騙していたなんて・・・、ちょっとからかっらだけよ。」
「その『ちょっとだけ』で傷つくこともあるんだよ。あなたが逆の立場になった時、どんな気分を味わう?」
「正直、うれしいもの感じない・・・。」
「でしょ?だから、明日あなたが騙した1年生に本当のことを話して、きちんと謝った方がいいよ。」
「うん、わかった。明日何もかも正直に話して謝るよ。」
「そうした方がいいよ。」
「あ、私の家この近くだから、降ろしてくれる?」
私は水泳部の部長を降ろして、家に帰ろうとした時でした。
「ハイカラガーネットさん、本当にありがとうございました。また会えますか?」
「うん!」
「私は大正中学2年生で、水泳部の部長をやっています、水沢詩織です。」
「水沢さんね、覚えておくね。」
私は水沢さんと別れたあと、急ぐかのように家に戻って玄関に入り、変身を解いて自分の部屋に向かいました。
次の日の昼休み、水沢さんは1年生の教室へ行って忠海さんに謝っていました。
「忠海さん、昨日はごめんね。」
「何が?」
「昨日、体育館で水着で基礎トレをやらせたこと。あれ、『水泳部の伝統』じゃなくて、私たちがその場で思いついてやったことだったの。それと学校指定の温水プールも嘘だったの。」
「じゃあ、私を騙していたんだね。」
「本当にごめん。」
水沢さんはその場で忠海さんに深く頭を下げました。
「もういいよ。それと私、水泳部を辞めることにしました。」
「うん、わかった。」
忠海さんが教室へ戻ろうとした瞬間、水沢さんはコンビニで買ってきたお菓子や飲み物を忠海さんに渡しました。
「部長、これは?」
「昨日騙したお礼だよ。家に帰ったら食べてくれる?」
「わかりました、ありがとうございます。」
放課後になり、忠海さんは家に帰って、自分の部屋でビニール袋からジュースとお菓子を取り出したあと、お菓子のパッケージに緑色の小さな紙が貼ってあったので、取り出してみたら、丸文字で<昨日は騙して本当にごめんね。水泳部の部員が減って、同好会になる危険を感じたから無理して誘う形になってしまったの。これからは忠海さんが入りたい部でのびのびと楽しんでください。部長の水沢より。>
忠海さんは、少し涙を流しながら読んでいました。
3、青いハイカラさん、ハイカラサファイアの登場
新学期が始まってから数週間が経ち、教室の中では5月の大型練習の話題で持ちきりでした。
「ねえねえ、連休どこかへ行くの?」
「私は家族と一緒に温泉に行ってくる。」
「温泉ってどこ?」
「長野。」
「いいなあ、こっちは親が混んでいる場所を嫌がるからと言う理由で出かけ予定なしだよ。」
「マジ?じゃあ、お土産買ってくるね。」
「期待しているよ。」
私が自分の席で頬杖をついたら、つばさがやってきました。
「雫、どうしたの?浮かない顔をして。」
「なんか、楽しそうだなって思って・・・。」
「何が?」
「ゴールデンウイーク、みんな家族と一緒に出掛けるみたいで・・・。」
「そうだよね。帰ったら相談してみる?」
「そうだね。」
しかし、世の中はそんなに甘くはありませんでした。
ホームルームが始まって、担任の神河先生から中間試験の発表がありました。
「えーっと、連休前で浮かれているところ申し訳ないが、これから大事な知らせがあります。」
神河先生はそう言って、中間試験の日程が書かれたプリントを配り始めました。
「今配った紙は中間試験の日程だ。」
そのとたん、教室には「えー!」というざわめきが広がりました。
中間試験のスケジュールは5月の3週目の水曜日からになっていました。
「先生、このスケジュールでは勉強が出来ません。」
女子の一人が神河先生に抗議しました。
「どうして?連休中にできるはずでしょ?」
「その連休に私、家族と一緒に温泉旅行に行く予定があるんです!」
「あ、俺も。親戚の家族と一緒にキャンプの予定があるんだよ。」
「私も従姉妹たちと一緒にディズニーランドへ行く予定があります。」
いつの間にか教室の中は騒然としていて、今まで我慢していた神河先生は堪忍袋の緒が切れてしまい、右手のグーで黒板を「ドシン」と強くたたきました。
「うるさーい!予定があるならそっちを優先すればいいしょ!」
騒然としていた教室の中は一瞬にして静かになりました。
「さっきから黙って聞いてみれば、ごちゃごちゃと何?温泉旅行?キャンプ?ディズニーランド?あんたたちの頭の中は遊びでいっぱいかもしれないけど、勉強に時間を費やすことって出来ないの?そりゃあ、連休中に遊ぶなと言わない。でも、普段の土日や放課後に勉強に時間を費やしたっていいんじゃない。もう小学生じゃないんだし、それくらいの計画は立てられるはずでしょ?」
さすがにみんなは何も言い返せなくなりました。
「とにかく、連休に予定があるなら、その分他で勉強に時間を費やせばいい点数が取れるはずよ。」
朝のホームルームが終わって神河先生は一度職員室へ戻り、授業の準備を始めました。
「今日の奏ちゃん、ちょっと機嫌悪くなかった?」
「確かに。」
「1時間目って何だっけ?数学よ。」
「奏ちゃんかあ。なんだか気まずくなりそう。」
女子の1人がため息交じりで言いました。
確かにブーイングを飛ばしたあとに授業って言うのは、気まずいものを感じますが、これも身から出たさびなので、仕方がありません。
1時間目の授業が始まり、神河先生は黙々と板書を続けていきました。
「春眠暁を覚えず」と言うように、春は気温もちょうどよく、眠たくなる時期でもあるので、当然のことながら授業中に眠たくなる人もいます。ましてや、数学となれば、よほどの計算好きでないと集中なんてできません。
案の定、教室には口を開けて居眠りをしていた人が何人かいたので、神河先生は顔をニヤつかせて出席簿に欠席の記録をつけて「この公式をテストに出そう」と言いました。
その居眠り組の中には、つばさもいました。
つばさは気持ちよさそうに寝ていて、その上寝言まで言う始末。
「もう、お腹がいっぱいです。」
その時、目の前には神河先生がいました。
「つばさ、つばさ。」
私は肩を数回たたいて起こしましたが、起きる気配などありませんでした。
「赤江さん、無理して起こす必用はない。欠席にしておくから。」
神河先生はそう言って、教壇に戻り板書を続けました。
チャイムが鳴って、次の授業の準備をしていた時、つばさは起き上がって「授業終わったの?」って私に言ってきました。
「つばさ、かなり爆睡していたわよ。」
「だって、眠かったんだもん。」
「それと、先生が今日の授業欠席にしていたわよ。」
「マジ!?」
「うん。」
「気を付けた方がいいよ。」
つばさの顔は完全にムンクの叫びになっていました。
昼休みになり、教室で私とつばさはクラスの人と一緒に机を囲むような感じで弁当を広げていました。
お弁当と言えば、みんなでおかずの交換をすることですが、読者のみなさんはお友達同士でおかずの交換をしたことがありましたか?
もし経験がありましたら、是非教えてください。
「ねえねえ、雫のエビフライちょうだい。その代り、このコロッケをあげるから。」
横にいたつばさが、私のエビフライを1個取って、自分のコロッケを私の弁当箱に入れました。
「そう言えば雫とつばさって、保育園の時からの幼なじみなんでしょ?」
一緒にいた進藤聡子が聞いてきました。
「そうだよ。よく一緒に遊んでいたよ。私と雫は家が隣同士になっていて、私の家が診療所で、父さんが内科と小児科をやっていて、母さんが耳鼻科をやっているの。」
「そうなんだ。ちなみに雫の家は何をやっているの?」
「私の家は歯医者をやっている。」
「そうなんだね。できればお世話になりたくない。」
聡子は顔を引きつらせながら言いました。
「みんなそう言うのよね。歯を削る音を聞くと、怖がる人が多いの。」
「実は私もそうなんだよね。昔、親と一緒に小児歯科に行って、口の周りにゴムのシートを覆われて削られたのがトラウマになったんだよ。」
「あ、それならうちの歯医者でもやっているよ。えーっと・・・確か・・・ラバーダムって言ってたような気がしてた。確かあれをやると衛生的だからと言う理由で、子どもの治療にやっているんだよ。」
「そうなんだ。」
「あと、うちは子供が怖がらないように、診察前にアニメのDVDを見せることもあるんだよ。」
「いろんな対策をしているんだね。」
「歯医者と言っても半分はサービス業みたいなものだから。」
「そうなんだね。」
「あと手袋とマスク姿を見ただけで怖がった人もいたから、父さんが思い切ってユニフォームのデザインを派手目なものにすると言っていた。」
「いくら、ユニフォームのデザインを変えても、手袋とマスクの姿がある以上、同じような気がするんだけど・・・。」
聡子は苦笑いをしながら言いました。
「確かに。それは言えてる。特に父さんと母さんが助手たちに『当医院ではマスクと手袋もユニフォームの一部として見ている。よってこれらの物をきちんと着用していない人には患者に近寄らせることも現場に入ることも禁止する。』って厳しく言っていたよ。」
「うちも診療所やっているから分かるけど、マスクや手袋は衛生面を考えたら仕方がないし、おじさんやおばさんが言っていることはもっともだと思うよ。うちも父さんが看護師に似たようなことを言っていたよ。」
今度は今まで黙っていたつばさが口をはさんできました。
「医療関係だと、どうしてもそう言う姿になっちゃうんだよね。」
私はため息交じりで呟きました。
「マスクと手袋の姿を見ただけで、手術や実験を想像する人が多いみたいなんだよ。」
聡子は自分の席からサイエンス雑誌を持ってきて、手術している写真を見せました。
この写真を見た私とつばさは、これ以上何も言えない状態になりました。
放課後になって、みんなが家に帰ったり部活に参加しているころ、私は自分の席で帰る準備をしていました。
「雫、帰ろう。」
教室でつばさが私に声をかけた時、ジャージを着た水泳部の水沢さんが、少し急ぎ足で私のところにやってきました。
「つばさ悪いんだど、今日の放課後だけでいいから雫を貸してくれない?一緒の部員が休んじゃったから。」
水沢さんは、申し訳なさそうな顔をしてつばさに言いました。
「いいけど。」
「やったー、ありがとう。雫を借りるね。」
水沢さんが私を連れて行こうとした時、ソフトボールのユニフォームを着た女子たちが水沢さんのところにやってきました。
「詩織に言っておく。雫は水泳部員じゃないんだから、こう毎回毎回連れていくのをやめてくれる?」
「はあ?何言ってるの。あんたらだって、雫をソフト部へ連れて行っているじゃん。」
「少なくとも、水泳部のあんたには言われたくないわよ。それに先週なんか月、木、金と雫を近所の有料温水プールへ連れて行ってたじゃない!」
「別にいいでしょ。お金は部費から出しているんだし。」
「とにかく、今日はソフト部へ来てもらうわよ。」
水沢さんとソフト部の野球真由子さんは私の意見などお構いなしにもめていました。
「私が先約なんだから、今日は水泳部に来てもらうよ。」
「ビキニを着て遊んでいるだけの水遊び倶楽部よりも、今日はソフト部に来てもらうから。雫、今日悪いんだけど、ピッチャーやってくれる?いつもの人が風邪で休んだみたいなの。」
「ピッチャーがいないんだったら、今日の練習はお預けだね。はい、残念でした。」
「あのね、ソフトボールはどっかの水遊び倶楽部と違って、9人いないと試合も練習も出来ないの。」
「どっかの玉遊び倶楽部には言われたくないわよ。こっちだって水泳の公式試合には最低でも4人必用なの。」
「3人しかいない弱小クラブなんか、さっさと廃部にしたら?」
その瞬間、水沢さんの頭の回路がプッツンと切れる音がしました。
「誰が3人しかいないと言った?一応6人いるけど、そのうちの3人は戦力にならないんだよ。」
「自分の部員が頼りにならないからと言って、部員でもない雫を試合に出させようとするんだから、水遊び倶楽部も終わっているよ。」
「おいおい、なんか知らねえけど、水泳部とソフト部がなんかもめているみたいだよ。」
気がついたら教室にはたくさんのやじうまが集まっていましたが、彼女たちはそれでもお構いなしにもめていました。
真由子はさらに水沢さんの火に油を注ぐようなことを言いました。
「そんなに泳ぎたかったら、3人で泳いだら?」
しかし、水沢さんも負けてはいませんでした。
「だったら、その言葉そっくり返すよ。玉遊びをしたかったら8人でやったら?」
「あんたバカでしょ?ソフトボールは8人では試合が出来ないんだよ。」
その時、教室に先生が入ってきました。
「あなたたち、何をしているの!」
それは学校のお局様と言われる、国語の押木幸子先生でした。
「おい、押木のババアが来たぞ。みんな逃げろ!」
やじうまたちはいっせいに逃げ出しました。
職員室に呼ばれた二人は押木先生の前で説教されていました。
「さて、2人がけんかになった理由を説明してもらおうかしら。」
押木先生は椅子に座り、脚を組みながら説明を求めていました。
「水沢さんが赤江さんに部の助っ人を頼んでいた時、私が横から割って入ってきたのがけんかの原因となりました。」
最初に言い出したのは、真由子でした。
「水沢さん、今野球さんが言ったのは本当ですか?」
「はい。私が水泳部の助っ人をお願いをしたら、彼女が割って入ってきました。」
「赤江さんは、今どこの部にも入っていないんですよね?」
押木先生は2人に確認をとるような感じで聞いたので、そのまま黙って首を縦に振りました。
「なるほどね。ようするに2人で赤江さんをめぐってトラブルにつながったと言うわけなんだね?」
再び2人は黙って首を縦に振りました。
「こういうのって、2人で話し合って決めると言うわけにはいかないの?」
「どういうことですか?」
水沢さんは納得いかない顔して聞きました。
「例えば月曜日が水泳部、火曜日がソフト部って感じで。もちろん、赤江さんの都合も考えないとだめだけどね。」
「わかりました、もう一度きちんと話し合って決めます。」
水沢さんは押木先生の前で約束をしました。
「野球さんはどうなの?」
「私も水沢さんと同じです。もう一度2人で話し合って決めます。」
「それを聞いて安心した。もうけんかをしたらだめだよ。」
2人は職員室を出た瞬間、またしても険悪なムードに変わりました。
「今日のところは雫は勘弁してあげる。でも、明日以降はこっちで使わせてもらうからね。」
水沢さんは真由子の前でけんか腰の態度で言いました。
「詩織、まだ懲りてないみたいだね。雫を助っ人に来てもらいたいのはお互いさまなんだから、きちんと話し合おうよ。」
「そうだね。」
二人は和解してきちんと話し合うことにしました。
次の日の放課後のことでした。
私が帰ろうとしたところ、ユニフォーム姿の真由子が私の席にやってきました。
「雫、今日ってこのあとの予定ってどうなっているの?」
「今日は夕方に食事の買い物をするだけ。」
「じゃあ、交換条件として今日練習に付き合ってくれたら、帰りにスーパーに付き合って買い物を手伝ってあげるよ。」
「そこまでしなくていいよ。」
「そうしないと、私の気が納まらないから。だから、帰りに一緒にスーパーへいこ。」
「うん。」
「それで、交渉成立ね。つばさ、悪いんだけど放課後、雫を借りるね。」
真由子はつばさに一言断って、私を部室へ連れていきました。
「じゃあ、これに着替えてくれる?」
真由子は私にユニフォームとバッティンググローブを渡しました。
「手袋って白なんだね。」
「ごめんね。本当はピンクとか水色と言った少し派手なのがあればいいんだけど・・・。」
真由子はロッカーの奥にある段ボールの中をガサゴソと探していきました。
「あ、なかったら白でもいいよ。」
「ちょっと待ってくれる?」
真由子はそう言いながら、再びガサゴソと探していきました。
「あった!雫、このピンク使って。」
「このピンクの手袋は?」
「先輩のお下がり。これ、雫にあげるよ。」
「それじゃあ悪いよ。それに私、ソフト部じゃないし。」
「いいって。ここに置いていても誰も使わないし、邪魔になるだけだから。」
「他の人の分は大丈夫なの?」
「他の人は、ちゃんと自分専用があるんだよ。雫は部員じゃないし、ただの助っ人だから、わざわざ買うともったいないでしょ?だからこれを使って欲しいの。」
「ありがとう、大事に使わせてもらうね。」
そのあともグローブとバットも渡しました。
「よかったら、ここにいる間はこれを使ってちょうだいね。」
真由子はそう言って、私にいろんな物を渡していきました。
「今日のメニューは前半基礎トレ、後半はバッティングかな。」
真由子はバインダーにはさんである予定を見ながら言ったあと、私を連れて校内のグランドを5週走らせました。
それが終わるとストレッチ運動が始まりました。
「よし、ご苦労。次はバッティング練習に入る。各自、ヘルメットとバッドを持って二人一組でやってほしい。」
「真由子、私は誰と組めばいいの?」
「雫、悪いけどここでは『部長』って呼んで。」
「わかりました。それで私は誰と組めばいいのですか?」
私は改めで真由子に聞きました。
「そうねえ、雫は黒革奈緒さんとやって。」
「分かりました。」
私は真由子に言われて、奈緒と一緒にバッティングの練習に入りました。
最初に私が打って、奈緒が投げることにしました。
「いいよ、その調子。」
私は奈緒が投げるボールを次から次へと打っていきました。
「手袋があると、全然違うね。」
「でしょ。滑り止めにもなるし、打つとき痛みを感じないから思い切り打てるんだよ。じゃあ、今度は私が打つね。」
奈緒はそう言って、私と同じピンクの手袋をポケットから取り出してはめたあと、私からバットを受け取り軽く素振りをしました。
「奈緒の方が似合ってる。」
「何が?」
「ピンクの手袋。」
「そんなことないよ。雫の方が似合っていたよ。」
「ありがとう。」
「じゃあ、ボールを投げてくれる?」
私はポケットに手袋をしまい込んだあと、ボールを投げていきました。
「雫、悪いんだけど、もうちょっと低めに投げてくれる?」
「あ、ごめん。」
私は奈緒に言われて低めに投げるように意識をしました。
この直後、奈緒はフルスイングで防球ネットにめがけてボールを飛ばしました。
見ていて気持ちがよかったので、私は次々と投げていきました。
「雫、少しだけ間を置いてくれる?このペースだと疲れるから。」
「あ、ごめん。」
私は奈緒に言われて、少し間を置きながらボールを投げるように意識をしました。
夕方になり、真由子はみんなに片付けをするよう指示をしました。
「じゃあ、そろそろ終わりにするから、みんな片付けて。」
更衣室で着替えを済ませたあと、私と真由子は商店街の外れにあるスーパーへと向かいました。
「付き合ってくれて悪いわね。」
私は真由子に申し訳なさそうな顔して言いました。
「いいって、それくらい。それにちゃんと約束をしたんだから。今日って魚類買う予定ってある?」
「確か刺身を買うように言われていたけど。」
「私の記憶が正しかったら、今日は20パーセントオフになっているはずよ。」
「本当に?」
スーパーに入るなり、私と真由子はカゴを持って刺身売り場に行きました。
「本当だ。20パーセントオフになっている。」
私はそう言ってカゴの中へ刺身の盛り合わせを入れました。
「他に買うものってあるの?」
「キノコと油揚げ、牛肉、木綿豆腐かな。」
「野菜は?」
真由子は私に確認するような感じで聞きました。
「野菜はキュウリとキャベツ、ピーマン、あとニンジンかな。」
「雫、あんた今日ついてるよ。キュウリ5パーセントオフになっているよ。」
「本当だ。」
「練習に付き合ってくれたから、神様のご褒美?」
真由子は少しニヤつかせながら言いました。
「それは言い過ぎだって。」
私は冗談交じりに突っ込みを入れました。
「それもそっか。他に買い忘れってない?」
「あとはアイスとお菓子と惣菜二品をカゴに入れたら、あとはレジに向かうだけ。」
レジで会計を済ませたあと、真由子に袋詰めを手伝ってもらいました。
「ありがとう。」
「じゃあ、1つ持つよ。」
「いいって。」
「部活付き合ってくれたお礼だよ。」
「本当に悪いわね。」
「明日もできそう?」
「本当は出たいんだけど、そろそろ中間試験じゃん。少しずつ勉強していかないと赤点になるから。」
「勉強なんて、前日にすればいいじゃん。」
「それだと、覚えているかどうか確認できないから。」
「確かにそうだよね。」
「あ、そうだ。明日私の家でつばさを誘って一緒に勉強会しない?わからないところは、みんなで教え合うのはどう?」
「一応考えておくよ。」
「わかった。」
玄関に荷物を置いたあと、真由子にお礼を言って別れることにしました。
「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。」
「ううん、こちらこそ。」
「じゃあ、また明日学校で。」
次の日の放課後の出来事でした。
今週は伝法谷君の班が掃除当番でしたが、彼だけは掃除をサボって家に帰ろうとしていました。
「あ、伝法谷君、今週は掃除当番なんだから一緒に手伝って。」
「わりぃ、今日は用事があるんだよ。」
「どんな用事?確か昨日もそう言って、バックレしたわよね?」
「そうだっけ?」
女子たちの怒りは爆発寸前でした。
「ところで、今日はどんな用事があるのか言ってごらんなさい。」
「今日は親の帰りが遅いから、食事の買い物を頼まれていたんだよ。」
「じゃあ、昨日は何の用事だったの?」
「昨日は体の調子が悪かったんだよ。」
「毎日嘘を考えるのも大変だね。」
「嘘じゃないよ。本当だよ。」
「なら、少しくらい手伝ってくれたっていいわよね。スーパーは8時まで営業しているから、掃除が終わっても間に合うはずよ。ちなみ夕方になればタイムセールもあるんだけど。」
「とにかく、俺帰るよ。」
伝法谷君は急ぎ足で家に帰りました。
「あったまにきた。ねえ、どうする?」
「明日、彼1人に任せようか。」
「それいいね。」
「なあ、ただ1人でやらせるのもつまんないから、帰る直前汚していかないか?」
一緒にいた男子がそう提案しました。
「それ、いいね。」
「あんた、なかなかいいこと思いつくじゃない。」
そうとも知らずに家に向かっている最中の出来事でした。
彼の正面からライズがやってきました。
「いい芝居見せてもらったわよ。」
「あんた、誰?」
伝法谷君は少しびっくりした表情で反応しました。
「あなた、掃除いやなんでしょ?だったら、その願い叶えてあげるわ。出てらっしゃい、ホラフキン!」
ライズは伝法谷君をホウキとチリトリを持ったバケツの姿をしたホラフキンに変えてしまい、学校の方へと向かいました。
学校では残っている人たちで掃除を終わらせていました。
「よし、これで終わり。」
男子生徒がゴミ捨てを終えて、教室へ戻ろうとした時でした。
目の前にホラフキンがいたので、慌てて教室へ逃げ出しました。
「おい、今外に出ない方がいい。ホウキとチリトリを持ったバケツの化け物がゴミ捨て場にいた。」
「それ、本当なの?」
「怖かったら、逃げてきたんだよ。」
数人の女子が窓を見るなり、大きい声で悲鳴をあげたので、それに反応した先生が教室に入って様子を見にやってきました。
「どうした!?」
「外に怪物がいるんです。」
「よし、わかった。先生がなんとかするから、お前たちは教室から出るんじゃないぞ!」
掃除当番の人たちはそのままおびえながら、怪物がいなくなるのを待っていました。
そのころ、私は部屋で勉強をやっていました。
一段落が済んだので、下に降りて台所からお菓子を取ろうとした瞬間、ドアチャイムが鳴りました。
「はーい。」
私はそう言って、玄関のドアを開けたら目の前にローラが立っていました。
「ローラさん、どうされたのですか?」
「雫ちゃん、今すぐ学校へ来てくれる?ホラフキンが暴れているの。」
「わかりました、今行きます。」
私がローラと一緒に学校へ向かったあと、自分の部屋にいたつばさもそのあとを追うように学校へ向かいました。
「雫、あの金髪のお姉さんとどこへ行くんだろう。」
つばさはそう言って、私とローラのあとをついていきました。
「あれ、ここって学校だよね?どうしたんだろう。忘れものでもしたのかなあ?」
しかし、つばさの前にはホラフキンがいました。
「何この化け物。」
つばさはそう言って、校舎の中へ隠れました。
私はすぐに変身する体制に入りました。
「ホラフキン、ライズ。あなたの相手はこの私よ!ガーネット、メタモルフォース!」
その瞬間、指輪から赤い光が私を包み込むような感じで出てきました。
「赤く燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネット!」
「ホラフキン、やっちまいな!」
ホラフキンはホウキとチリトリを振り回しながら、私に攻撃をしていきました。
「何よ、なかなか攻撃できないじゃない!」
「どうした、ハイカラガーネット、反撃はしないのか?」
しかし、今の私には逃げることしかできませんでした。
その一方、私が変身しているところの一部始終をつばさは見てしまいました。
「うそ、雫が変身して化け物と戦っている。」
つばさは昇降口の陰から終始私が戦っているところを見ていたのです。
「雫がピンチになっている。助けなきゃ。」
つばさは急いで野球部の部室へ向かい、金属バットを持ってホラフキンに立ち向かいました。
「そこの化け物、今度は私が相手よ!」
つばさは、金属バットを思い切りホラフキンの胴体にめがけて叩きましたが、まったく歯が立ちませんでした。
そのとたん、ローラの白い手提げバッグに入っている2つ目のハイカラリングが青く光っていました。
もしかしたらと思って白い手提げバッグから青い指輪を取り出して、つばさに渡しました。
「そこのあなた、試しにこの指輪を使ってみて。」
つばさはローラから青い指輪を受け取り、左手の薬指にはめました。
「このまま、『サファイア、メタモルフォース!』と叫んでみて。」
「わかった。」
つばさは指輪を着けた左手を上に掲げて、「サファイア、メタモルフォース!」と叫びました。
すると、指輪から青い光がつばさを包み込むような感じに出てきて、服装が薄い青の着物に白い袴、青いショートグローブ、茶色い編み上げブーツ姿になり、髪型は青いツインテールになり、瞳とリップも青になりました。
「何、この姿?私、いつ着替えたの!?」
「あなた、名前は?」
ローラはつばさに名前を聞きました。
「私?私は青空つばさよ。」
「つばさちゃんね。今から、あなたはハイカラサファイアとして、ハイカラガーネットと一緒に戦ってもらうわ。」
「え!?マジ!?」
「よろしね、サファイア。ちなみにこの姿の時には、私のことをハイカラガーネットと呼んで。」
「そうなんだ、改めてよろしくね、ガーネット。」
「じゃあ、早いところホラフキンをやっつけるわよ。」
私はサファイアにホラフキンをやっつけるように言いました。
「了解!」
「2人で同時にジャンプしてキックを入れるわよ。」
私とサファイアは同時にジャンプしてホラフキンにめがけてキックを入れました。
ホラフキンはバランスを崩して、地面に倒れました。
「今よ、とどめを刺してちょうだい!」
ローラはサファイアにとどめを刺すよう、言いました。
「どうやって?」
「指輪から青い光を出して。」
「わかった。」
サファイアは指輪から青い光を出して、そのまま「光よ、水の剣となれ。サファイア、ウオーターソード!」と言ってホラフキンに斬りつけました。
ホラフキンはそのまま消滅し、そこから伝法谷君の姿が出てきました。
「ちっ、もう一人出てきたなんて、聞いてないわよ!」
ライズはそう言って、いなくなりました。
私とサファイアは変身を解いたあと、伝法谷君を昇降口に寝かせていなくなりました。
目を覚ました伝法谷君は混乱したまま家に帰ってしまいました。
次の日の放課後です。
伝法谷君は掃除をサボった罰として1人で掃除をしていました。
「私も手伝おうか?」
私は伝法谷君の掃除を手伝おうとしましたが、「1人でやるからいい。」と断られてしまったので、つばさと一緒に帰ることにしました。
4、 涙の誕生日会
5月の大型連休もそろそろ終盤を迎えようとしていた時でした。
夕方テレビのニュースを見ていたら、ゴールデンウイークのUターンラッシュの話題が出ていました。
カメラの前で家族連れや友達連れが満足そうな顔をしながらレポーターのインタビューに答えていました。
東北新幹線の東京駅のホームで、ある家族連れにインタビューをしたら、父親が「明後日から仕事が始まるので、明日は家でのんびりと過ごして疲れをほぐそうと思っています。」と疲れきった顔で答えたり、子どもは無邪気に「親戚のおばさんからお小遣いをもらった。あと遊園地で遊んできた。」と答えていました。
成田空港の到着ロビーではたくさんのお土産と旅行鞄を抱えた家族連れでいっぱいだったり、高速道路の上り線は渋滞で動いていませんでした。
一方、私はと言いますと、この連休中につばさとカラオケや買い物をして楽しんだり、家族と一緒に奥多摩で日帰りのバーベキューをしてそれなりに楽しんできました。
私が部屋で勉強をしていたら、窓の外で近所の子供が母さんに「お母さん、どこかへ連れて行ってよ。」とせがんでいました。
母さんは「今はどこへ行っても混んでいるから無理。また今度ね。」と断ってしまい、子どもは大泣きしていたので、家が歯医者をやっている私は、子どもの気持ちが痛いほど伝わってきました。
連休が終われば中間試験なので、その日は苦手な数学を中心にやっていましたが、連立方程式の計算がどうしても解けなかったので、父さんか母さんに聞こうとしたのですが、その日に限って父さんも母さんも食卓で勉強をしていました。
とても聞ける雰囲気ではなかったので、他の人に聞こうとしたのですが、周囲の友達は遊びか部活しか頭のない人ばかりでしたので、連休明けに先生に聞こうと思いました。
連休が終わっても、遊び人たちの頭の中は連休でいっぱいでした。
「なあ、明日どこへ行く?」
「俺、まだ未定。」
「あとで考えようか。」
「そうだな。」
チャイムが鳴って神河先生がホームルームを始めようとしているにも関わらず、遊び人の男子たちは掃除ロッカーの近くでお出かけの話題で夢中になっていました。
「そこの少年たち、今日の放課後私とデートしない?」
「あ、遠慮しておきます。」
男子2人は神河先生がやってきたことにに気がついて、あわてて席に戻りました。
改めてホームルームが始まって、中間試験の各教科の出題範囲のプリントが渡されました。
「えーっと、もうじき中間試験が始まるわけなんだが、すでに勉強やっている人、これから始める人、前日徹夜で頑張る人それぞれだが、くれぐれも赤点だけは取らないように。それと、今日から職員室は試験問題を作成するので、立ち入り禁止にする。用のある人は入り口で大きい声で呼ぶように。」
神河先生はそう言い残したあと、職員室へ戻りました。
教室では1時間目の授業の準備を始めていました。
「1時間目って何だっけ?」
「1時間目は国語でしょ?」
つばさは頭をぼーっとさせながら、私に聞いてきました。
「まさかとは思うけど、つばさも連休から抜けていない?」
「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと気持ちを切り替えたから。」
「それならいいんだけど・・・。」
チャイムが鳴って、教室にスーツ姿の大仏先生が入ってきました。
本当は「おさらぎ」と読むのですが、音読みにすると「だいぶつ」なので、みんなから「だいぶつ先生」と呼ばれています。
「えーっと今日の日直は誰なんだ?」
「僕です。」
堀川君が号令をかけ終えたあと、授業に入ったのですが、連休明けのせいかみんなは授業に集中していませんでした。
「俺が一方的に読んでいても退屈な顔をするから、誰かに読んでもらおうかな。」
先生は後ろの席で窓を見ながらぼーっとしている人を見かけたので、席まで近寄りました。
「外から何が見える?」
「体育の授業です。」
「そっかあ、こういう天気のいい時には外に出て運動したいよな。」
「そうですね。」
「教室で俺の授業なんか、やってらんないよな。」
「うん!」
窓の外を見ていた井沼綾子さんは大仏先生のペースに乗せられていました。
「そうかそうか、そんなに俺の授業が退屈かあ。悪かったな、次回は窓の外よりも俺の授業の方が面白いと言わせてやるからな。じゃあ、教科書の続き読んでもらおうか。」
「えー!」
「言い方を変えると、窓の外を見ているほど余裕があるってことだろ。」
「そんなことありません。」
「中間試験でいい点を期待しているからな。」
「先生、勘弁してください。」
「仕方ない。じゃあ、赤江すまないけど代わりに読んでくれないか?」
私は立ち上がって教科書を読み始めました。
※「えびフライどうもそいつが気にかかる。ゆうべ、といっても、まだ日が暮れたばかりのころだったが、町の郵便局から赤いスクーターがやってた時にはひやりとさせられた。東京から速達だというのだから、てっきり父親の工事現場で事故でもあったのではないかと思ったのだ。ふだん、速達などには縁のない暮らしをしているから、急な知らせにはわけもなく不吉なものを感じてしまう。」
※三浦哲郎・・・盆土産より
「もう結構だ、座っていいぞ。」
私は先生に言われて席に着きました。
「今の部分は中間試験に出るからよく覚えておくように。特に井沼、窓の外を見ている余裕があるなら教科書に目を通しておけ。」
井沼さんはそれを聞いて苦笑いをしていました。
さらに壁に貼ってある時間割表を見るなり大仏先生は、「おい井沼、2時間目は体育じゃないか。よかったな、このあと外でたくさん運動が出来るぞ。」と言いました。
そのとたん、みんなは笑い出しました。
その日の放課後から私は運動部の助っ人の誘いを断って、まっすぐ家に帰って勉強に専念したら、ドアチャイムが鳴ったので玄関のドアを開けてみたら、勉強道具の入ったカバンを持ったつばさがいました。
「来たよ。よかったら一緒に勉強しよ。」
「どうしたの?」
「今日、母さん学者会に出席していたから、仕事休んでいたんだよ。そこに私が戻ってきたら、『もうじき試験なんでしょ?雫ちゃんのところへ行って勉強してきなさい』って言ってきたんだよ。」
「そうだったんだね。」
「とういうわけで、お邪魔するね。」
つばさはそう言って、私の部屋に向かいました。
その日の前半は理科、後半は国語をやりました。
「雫、この漢字って試験に出る?」
「どれどれ?」
「あ、これ出るよ。覚え方としては、文章にして覚えた方がいいよ。」
「そうなんだ。」
「ノートに同じ漢字をたくさん並べても、単語帳に書いても覚えられないから。」
「私てっきり、ノートにたくさん書けば覚えられるのかと思っていたよ。」
私はつばさのノートを見ると同じ漢字がビッシリと書きつくされていたので、言葉を失ってしまいました。
「つばさ、ずっとこのやり方をしてきたの?」
「そうだよ。やばかった?」
「無駄な努力ご苦労様でした。あのね、同じ漢字をたくさん書けばいいってものじゃないの。」
「でも、母さんが言うにはたくさん書いた方が覚えやすいって言っていたよ。」
「その覚え方、絶対に間違っているって。さっきも言ったように、たくさん並べたからいいってわけじゃなくて、文章にして3つか4つ書けばいいんだよ。」
「それで覚えられるの?」
「うん。私、こういう覚え方をしているから。」
つばさは少し納得のいかない顔をして私の話を聞いたあと、ノートに試験に出る漢字を文章にして書き始めました。
「雫、『炉』を使った文章って思い浮かばないよ。」
「そんなことないでしょ。たくさんあるじゃん。」
「例えば?」
「『囲炉裏でみそ汁を温める』とか『暖炉のある家に憧れる』とか、たくさんあるでしょ?」
「あ、そうか。」
「でも、大仏先生のことだから『囲炉裏』という単語で出してくるかもしれないね。」
「そうなると、『囲炉裏』という単語を使った文章で覚えた方がいいかもれないね。」
「たぶんね。あと盆土産の文章、試験に出るよ。特に68ページの真ん中あたりに書いてある『東京からの速達が届いた』の部分、重点的に覚えた方がいいから。」
「わかった、ありがとう。」
つばさはそう言ったあと、ノートに書いて覚えていきました。
勉強が終わったころ、時計は夕方6時を回っていたので、つばさは家に戻り、私も夕食の準備を始めました。
その次の日の放課後から、つばさは私の家にやってきて、勉強を続けていきました。
そして、迎えた中間試験当日。
初日は国語と理科でした。
教室に入ると、みんなはプリントや教科書を取り出して最後の確認をしていました。
「やばいよ、緊張してすべて忘れそう。」
つばさは私の前で「ムンクの叫び」のような顔になっていました。
「大丈夫よ、一緒に勉強してきたわけなんだし、あとは試験でどれくらい解けるかでしょ?」
「うん・・・。」
「受験じゃないんだし、もっと肩の力を抜いてみようよ。」
つばさの顔はだんだん、自信を無くしたように見えてきました。
予鈴が鳴って、試験監督の神河先生が問題用紙と解答用紙の入った大型封筒を用意して教壇に立ちました。
神河先生は問題用紙と解答用紙を配ったあと、試験の説明に入りました。
「試験中のスマホの持ち込みと私語は禁止とし、それを守らなかった時には途中退室していただきます。筆記用具や消しゴムなどが床に落ちた時には手を挙げて試験監督を呼ぶこと。それ以外として試験に関しての質問はすべてお答えできません。」
説明を終えたあと、試験開始のチャイムが鳴り、試験監督の開始の号令のあと、みんなはいっせに問題を解き始めました。
問題用紙を見ると、家で勉強した「盆土産」の部分がそのままそっくり出ていました。
68ページの真ん中の部分に書いてあった「東京からの速達が届いた」の部分がそのまま問題となって出てきたので、思わず驚いてしまいました。
試験が終わって、解答用紙を回収し終えたあと、つばさは満足そうな顔をして私のところへやってきました。
「雫ー、勉強したところがそのままテストに出たから驚いたよ。」
「それで、どうだった?解けたの?」
「もう、バッチリだったよ。」
「それで赤点回避できそう?」
「それは分からないけど、たぶん・・・。」
「なによそれ。でも、解けたんでしょ?だったら赤点は回避できるはずよ。」
私は笑いながら言いました。
そのあとの理科も順調に問題を解いていき、初日の試験は終わりました。
次の日にやった数学、社会、英語も問題なく終えていきました。
試験休みが終わって、その次の日でした。
各教科から答案用紙を返されて、誰が何点取ったのかなど見せ合いっこをしていました。
その日最後に返されたのは国語でした。
「雫ー、どうだった?私、赤点回避できたよ。」
つばさは満足そうな顔をして私のところへやってきたので、私もつばさに答案用紙を見せました。
「おお!すごい。私よりいい点数じゃん。」
つばさは私の答案用紙を見てびっくりしていました。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、これから答え合わせをする。」
先生は答えを配って、問題と答えの説明に入りました。
答えの紙に書かれた名前には<2年12組、マイケル大正>と書かれていたので、ある男子が「だいぶつ先生、マイケル大正って誰なんですか?」と笑いながら聞きました。
「ん?知りたいか?マイケル大正って謎の転校生なんだよ。それと俺は『だいぶつ』じゃなくて『おさらぎ』な。」
「あと2年12組ってどこなんですか?」
「それは、みんなで探してくれ。」
「なんだよ。」
大仏先生は笑いながらごまかしたあと、説明に入りました。
説明を終えたあと、私は答案用紙を持って先生のところへ行きました。
「先生、ここの問3なんですが、合っているのにバツになっています。」
「あ、悪い。これは丸だったな。」
大仏先生は、Yシャツの胸ポケットから赤ペンを取り出して訂正しました。
放課後部活を終えたあと、私がスーパーに行こうとしたら、ソフト部の真由子が私のところへやってきました。
「雫ー、待ってー。」
真由子は息を切らせながら私のところへやってきました。
「今日も買い物に付き合ってくれるの?」
「それもあるけど、実は私もスーパーに立ち寄ろうと思っているの。」
「何を買うの?」
「実はもうじき妹の誕生日なんだよ。」
「そうなんだね。妹って何歳になるの?」
「12歳。」
「じゃあ、来年中学生になるんだね。」
「妹、小学校最後の誕生日だから、友達に招待状を用意して張り切っているんだよ。」
「そうなんだ。思い出に残るといいね。」
「うん。」
スーパーに着いて、私と真由子はカゴの中に必要なものを次々と入れていきました。
肉売り場で私が鶏のひき肉を取ろうとしたら、真由子も私と同じひき肉に手を伸ばしました。
「あれ、真由子のところもハンバーグにするの?」
「うん、妹が好きだから。」
「誕生日に出すの?」
「ううん、これは今夜の夕食に出そうと思っているの。」
「そうなんだ。」
レジで会計を済ませて店を出たあと、私は真由子と別れて家に帰ることにしました。
真由子の家では妹の小雪がパソコンで招待状を作成していました。
「ただいまー。」
「お帰りー。」
「お、パソコンで作っているんだね。」
「小学校最後の誕生日だから、たくさん呼びたいと思っているの。」
「呼ぶのはいいけど、友達にプレゼントを催促をしたらダメだよ。」
「うん、わかっている。」
小雪はそう言って、プリンタからはがきサイズの招待状を印字していきました。
「終わった!」
「終わったの?」
「あとは明日学校で渡すだけ。」
「そうなんだ。じゃあ、悪いんだけど、このあとお姉ちゃん晩御飯を作るから一緒に手伝ってくれる?今日は小雪の大好きなハンバーグだよ。」
「ハンバーグ!?じゃあ手伝う!」
「ちゃんと手を洗ってくるんだよ。」
小雪は手を洗ってエプロン姿になって、真由子と一緒に晩御飯の手伝いを始めました。
「じゃあ、生地を作ったから好きな大きさにこねてくれる?」
真由子は小雪にハンバーグの生地を渡したので、小雪は少し大きめな楕円形にして2つこねました。
「できたよ。」
「じゃあ、焼くのはお姉ちゃんがやるから、今度は手を洗ってみそ汁を作って。」
「はーい。」
夕食が出来上がって、真由子は小雪に誕生日当日に来る友達のことを聞き出しました。
「小雪、誕生日には何人来るの?」
「3人かな。」
「了解!」
「明日、学校で招待状渡すから。」
「あと、来る時間も確認しておいてね。」
「うん。」
次の日、大正小学校では小雪がクラスメイトに招待状を渡していました。
「良かったら、今度の日曜日に来てね。」
「もちろん、行くわよ。」
「ありがとう。」
「プレゼント期待してね。」
「別に手ぶらでもいいから。あと、来られなくなったら連絡してね。」
「うん、わかった。」
小雪はそう言って仲の良い友達に招待状を渡して当日を待つだけとなりました。
そして、迎えた当日。
真由子とおばさんはテーブルいっぱいにご馳走を並べていました。
「母さん、これで全部?」
「そうよ。小雪、お友達何時ごろ来るの?」
「もうじきだよ。」
小雪もお部屋の片づけをするなど、準備に追われていました。
しかし、その日夕方近くになっても来る気配がありませんでした。
「お友達、来ないわね。」
「きっと、準備に時間がかかっているんだよ。」
「それならいいんだけど・・・。」
母さんは少し心配そうな顔をしていました。
「私、ちょっと外へ出てくる。」
小雪はそう言って玄関を飛び出しました。
絶対に来る。そう信じて、いろんな場所を探し回りました。
見つからなかったので、家に帰ろうとしたその瞬間、クラスメイト3人を見かけました。
「今日のカラオケ、楽しかったよね。」
「ところでさあ、野球さんの誕生日会、バックレて大丈夫だった?」
「大丈夫なんじゃないの?」
「いい年してお誕生日会なんて、マジ受けるんだけど。」
「私なんか、あんな招待状、すぐにゴミ箱へ捨てちゃったよ。」
「おいおい、それはやりすぎだって。やるなら燃やして灰にした方がよくね?」
「いや、それ同じだって。」
小雪はその会話をスマホのボイスレコーダーに録音して家に帰り、真由子とおばさんに聞かせたあと、自分の部屋で泣き通していました。
「ひっでーな。」
真由子は感情をむき出しにして、呟いていました。
「明日、この子たちの両親を学校に呼んで、これを聞かせます。」
おばさんは小雪のスマホに入っているボイスレコーダーのデータを自分のスマホに移したあと、約束を破ったクラスメイトの親に電話をかけました。
次の日の午前中、おばさんは学校に約束を破ったクラスメイトの親を呼んで話をすることにしました。
おばさんたちが相談室で話をしているころ、クラスメイト3人たちは昨日の誕生日会をすっぽかしてカラオケに行ったのが楽しかったのか、廊下で笑いながら楽しそうに会話を弾ませていました。
「そう言えば、今日の野球さんの顔見た?かなり落ち込んでいたわよ。」
「マジうける。」
「今度はどんな嫌がらせをする?」
「まだ、わかんない。」
その時、彼女たちの正面からフィクションがグレーのスーツ姿でやってきました。
「君たち、人を騙して困らせるのって好き?」
「ええ、まあ。」
3人組の1人があいまいな感じで返事をしました。
「いいことだ。大いに結構だよ。これからも続けていきたまえ。そんな君たちに僕から素敵なプレゼントをさし上げよう。いでよ、ホラフキン!」
クラスメイトの3人たちはマイクを持ったカラオケの機械の化け物にされました。
「ホラフキン、今のうちに正直エナジーを回収してくるのだ。」
フィクションはそう言って、ホラフキンに子どもや先生たちから正直エナジーを回収するよう、命令しました。
その一方、私とつばさが学校で授業を受けていた時でした。
教室で校長先生から「ええ、2年3組の赤江雫さんと青空つばささん、保護者と思われる方が見えております。至急職員室までお越しください。」と放送で流れてきました。
それを聞いた私とつばさは神河先生に一言断って、職員室へ向かおうとした時でした。
「まって、先生も一緒に行くわ。」
そう言って3人で職員室まで向かうと、ローラが入り口付近にいました。
「ローラさん!?」
私は思わず大きな声を出してしまいました。
「急で悪いんだけど、あなたたち二人には早退をしてもらうわ。」
「でも、授業が・・・。」
「それなら、さっき校長先生から早退の許可をもらっておいたから。」
「そうなんですね。」
私とつばさは、早退してローラと一緒に裏切り帝国の一味がいる場所へ向かったのですが、その場所は小雪がいる大正小学校でした。
校庭に入ってみるとホラフキンが暴れていたので、変身する準備に入りました。
「つばさ、変身よ!」
「OK!」
「ガーネット、メタモルフォース!」
「サファイア、メタモルフォース!」
指輪から赤と青の光が出てきて、私とつばさは変身しました。
「赤く燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネット!」
「さらさらと流れる水の戦士、ハイカラサファイア!」
「私たち2人でハイカラガールズよ!」
「フッ、面白い。やれ、ホラフキン。この2人を始末しろ!」
ホラフキンはマイクからノイズを発しながら正面から攻撃してきました。
「なにこの音?これじゃ攻撃できないよ。」
私は耳をふさぎながら近づこうとしていきました。
おまけにハウリングも流れてきたので、なかなか近寄れませんでした。
どうしたらいい?
そう考えていたら、1人の女の子が私とサファイアの所にやってきました。
「ハイカラガールズさん、私スイミングスクールへ行ってるのです。よかったらこの耳栓を使ってください。」
女の子は私とサファイアの分の耳栓を渡したあと、校舎の中へいなくなってしまいました。
私とサファイアは女の子から受け取った耳栓をして、ホラフキンに立ち向かいましたが、不思議なことに耳障りなノイズやハウリングが緩和され、戦いやすくなりました。
「一気にかたを着けるわよ。」
「OK!」
私はサファイアに言いました。
「ハイカラツインキーック!」
私とサファイアが同時にキックをした瞬間、ホラフキンはバランスを崩して倒れました。
「サファイア、今よ!」
サファイアは指輪から青い光を出して「光よ、水の剣となれ。サファイア、ウオーターソード!」と叫び、ホラフキンを斬りつけ、消滅させました。
その中から、小雪のクラスメイト3人が出てきました。
「フッ、今日のところは軽いあいさつ代わり。次は本気で行かせてもらいますよ。」
フィクションはそう言っていなくなりました。
私とサファイアも元の姿に戻って、家に帰ることにしました。
さらに翌日の出来事です。
放課後、小雪がまっすぐ家に戻って自分の部屋で授業の予習と復習を始めようとした時でした。
玄関からドアチャイムが聞こえたので、ドアを開けてみたら約束を破った3人のクラスメイトがプレゼントやケーキを持ってやってきました。
「どうしたの?」
「おとといは本当にごめんね。」
「もういいよ。」
「実はあれから両親と担任にきつく叱られて、その上父さんから頭を強く平手で叩かれたんだよ。」
「そうだったんだ。」
「これ、両親からのケーキ。あとこれは私たち3人からのプレゼントだよ。」
「ありがとう。」
「気に入らなかったら、捨ててもいいから。」
「本当にごめんね。じゃあ、これでおとといの件はチャラにしてくれる?」
「いいよ。」
「じゃあ、私ら帰るから。明日また学校で会おうね。」
クラスメイト3人はそう言って帰ってしまいました。
その日の夜、小雪は家族と一緒にケーキを食べました。
5、 インターネット上での嘘つき。
期末試験が終わって、教室では早くも夏休みの計画を立てている人が増えるようになってきました。
しかし試験で赤点をとれば、言うまでもなく夏休みは補習となってしまうので、まだ安心はできません。
私が自分の席でぼーっとしてしていたら、後ろからつばさがシャープペンで私の背中を数回つついてきました。
「どうしたの?ぼーっとして。」
「試験が終わって、退屈になった。」
「マジ?私なんか、試験が終わってほっとしたよ。」
「普通はそうだよね。」
「そう言えば、もうじき夏休みじゃん。何か予定あるの?」
「私は前半宿題をやって、後半遊ぼうかなって思っている。」
「マジ?私なんか、初日から遊んじゃうよ。」
「それもいいけどさ、夏休みの最後になって私に泣きつかないでよね。去年のこと覚えているでしょ?私、それが心配だから言っているの。」
「でもせっかくの夏休みが・・・。」
「早く終わらせたら、その分たくさん遊べるでしょ?」
「先に苦労するか、あとで苦労するかはつばさ次第だよ。」
「じゃあ、今年は一緒に終わらせる。」
「その方がいいって。」
しかし夏休みの宿題よりも、もっと気持ちを憂鬱にさせることがありました。
それはテストの答案用紙の返却でした。
1時間目から数学の答案が戻されて、そのあと美術や国語、理科と戻されてきました。
主要教科目はなんとか良くても、美術や音楽などの技能教科はギリギリ赤点回避って感じでした。
「何とか補習は免れたね。」
つばさは冷や汗をかきながら私に言いました。
「そうだね。」
「保健体育なんて実技だけで充分なのに、何で筆記試験なんか出すのか、わけわかんない。」
つばさは急に私に不満をぶつけるような言い方をしてきました。
「でもいいじゃん、赤点から回避できたわけなんだし、文句は言わない。」
「そうだけどさ・・・。」
つばさはまだ納得のいかない顔をしていました。
「あとは夏休みを迎えるわけなんだし、今日は久しぶりに寄り道して行かない?」
さらにつばさは私に寄り道を誘いました。
「どこを寄り道するの?商店街とスーパーしかないじゃん。」
「じゃあ、まっすぐ家に帰る?」
「そうする。」
結局その日は、まっすぐ家に帰ることにしました。
私が昇降口でローファーに履き替えていたら、駆け足でジャージ姿の水沢さんがやってきました。
「あ、よかった。間に合って。」
「詩織、どうしたの?」
「雫、あとでアイスをおごるから練習に付き合って欲しいの。」
「いいけど、どうしたの?」
「一緒にいた1年生がバックレをしたんだよ。」
「他に助っ人いないの?」
「それが、みんな家に帰っちゃったんだよ。」
「それじゃあ、仕方ないよね。」
「じゃあ、引き受けてくれるの?」
「今日だけなら。」
「やったー、ありがとう。つばさ、ごめん。雫を借りていくね。」
水沢さんはそう言って、私を部室へ連れていき、水着と帽子、ゴーグルの一式を渡しました。
しかしプールへ行くと誰もいませんでした。
「あれ、もしかして今日って詩織だけだったの?」
「実は、夏休みが近いから部活をバックレした人が増えたんだよ。」
「そうだったんだね。」
「明日はバックレした分、ちゃんと練習をさせるから。」
「あんまりきつくやると、またバックレるから気を付けた方がいいよ。」
「私もそこまでバカじゃないから、ちゃんと考えて指導するよ。」
それを聞いた私は少しだけ不安な表情になりました。
「じゃあ、一緒に練習しようか。」
「うん。」
「大丈夫だよ。今日は私と雫だけだし、気楽にやろ。」
「うん。」
「今日早めに終わらせるから、余った時間で遊ぼうか。」
「そう言えば遊んで大丈夫なんですか?」
「うん、顧問にはちゃんと許可をもらっているから。」
そう言って、私は水沢さんの練習に付き合うことにしました。
前半にクロールと背泳ぎ、後半はバタフライと平泳ぎをやりました。
「詩織、私の平泳ぎどうだった?」
私は気になったので、水沢さんに聞きました。
「うーん、どうって言われても・・・。はっきり言ってもいい?」
「うん。」
「全体的に力が入りすぎて、形になっていないの。だから、なかなか前へ進めないと思うんだよ。」
水沢さんは気難しそうな表情しながら私に言いました。
「そうなんだね。」
「もしかして、平泳ぎって初めてだった?」
「実を言うと・・・。」
「なーんだ、そうならそうと先に言ってよ。じゃあ、一から手取り足取り教えていくね。」
そう言って、水沢さんは私に親切に教えていきました。
「雫、覚えるの早すぎ。」
「そんなことないって。」
気がついた時には私は1人で平泳ぎが出来るようになっていました。
「ねえ、今日は2人だけだし、このまま遊んじゃおうか。」
「本当にいいの?」
「いいって。それともいやだった?」
「そんなことない。」
「ちょっと待ってくれる?」
水沢さんはロッカーから水鉄砲を2つ用意して、1つを私に貸しました。
「これで水の掛け合いっこしよ。先に当たったり、プールに落ちた方が負けだから。」
「いいよ。」
私と水沢さんは水鉄砲のタンクに水を入れてプールサイドで水の掛け合いっこをしました。
しかし、なかなか当たらず勝負は引き分けとなりました。
更衣室に戻り、制服に着替えたあと、水沢さんはコンビニへ連れていき、私に棒付きのチョコアイスをおごってくれました。
「本当はもっと気の利いたアイスをおごりたかったんだけど、小遣いがピンチだからコンビニの安いアイスで勘弁してくれる?」
「いいよ、おごってくれただけでもうれしいから。」
「また練習に付き合ってよ。」
「うん、なんとか時間を作るようにするから。」
「夏休みはどんな感じ?」
「私は夏休みの前半は宿題をすることになっているから。」
「じゃあ、後半は暇になるんだね。」
「でも、家族旅行もあるし・・・。」
「よかったら一緒に合宿に参加しない?」
「合宿?」
「そう、場所は千葉の鴨川。そこに民宿があって、毎年先輩たちが合宿をしているの。」
「そうなんだ。」
「合宿に参加すれば交通費と食費がただで、おまけに余った時間で遊び放題。どう?」
「一応考えておくよ。」
「考えておいてね。」
「じゃあ、私そろそろ帰るね。アイス、ごちそうさま。」
私は水沢さんと別れて家に帰ることにしました。
その日の夕方です。
部活を終えた石田君が疲れ切った顔をして自分の部屋に戻り、制服を脱いで部屋着の姿になりました。
「ふう、今日の練習きつかったな。部長もあそこまで鬼にならなくてもいいのに。」
石田君は1人ブツブツと不満をこぼしながら、冷蔵庫の扉を開けてペットボトルのサイダーを取り出して、コップに入れて飲み始めました。
さらに台所にある一口サイズのチョコレートを1つつまんだあと、残ったサイダーを飲み干して自分の部屋に戻りました。
机の上にあるスマホを取り出して、LINEのアプリを起動しました。
石田君は最近、LINEのオープンチャットやパソコンのチャットルームに夢中になっていたのです。
その日も中学生だけが集まるオープンチャットに行ってみると、普段見ない人が参加していたので、少し驚きました。
>こんにちは。
>こんにちは、クリスさん。
クリスと言うのは石田君のハンドルネームでした。
>私メアリーと言います、今日初めて参加したのです。
>そうなんだね、よろしくね。メアリーさんは何年生ですか?
>それは秘密です。
>そうなんだね。
>クリスさんは、何歳ですか?
>メアリーさんから教えてくれたら、僕も教えるよ。
そのあと時間を置きました。
>メアリーさん?
>ごめんなさい、実は今彼氏と一緒なの。
>彼氏と一緒にいながら、チャットに参加して大丈夫?
>彼、イヤホンしながらゲームをやっているから。
石田君はこの不自然過ぎる返事に疑問を持ち始めるようになってきました。
一緒にいながら、お互いスマホに夢中になれるものかと思ったからです。
>一緒にいながら、ゲームやっている彼氏をどう思う?
>私は普通だと思うよ。だって、私も現にチャットに参加しているから。
それにしても不自然過ぎる。
石田君は少し彼女に探りを入れてみようと思ったその瞬間でした。
>実は私、今彼氏にレイプされているの。
>レイプされてどうやってスマホでチャットに参加しているの?それに今、どこ?
>レイプされていても、スマホでチャットできるよ。ちなみに彼とラブホテルにいるの。
>彼氏何歳?
>20歳だよ。
20歳の成人の彼が中学校の女子生徒にレイプするか?
>そんなことされて、君の親は何も言わないの?
>お母さんに話したら、笑っていただけだよ。
普通の親ならキレる。それなのに笑って済ますなんて、ありえない。
>ごめん、ちょっと俺やることがあるから落ちるね。
石田君はそう言って、チャットルームから抜けました。
もしかしたら、メアリーって大人の女性の可能性が高い。あるいは大人の男性が女子中学生になりすませていることもありうる。
そう思って、徹底して探りを入れてみようと思いました。
次の日、石田君は教室でいろんな人に昨日のチャットのことを話してみました。
「こんなことがあったの?これって間違いなくネカマだよ。」
「ネカマ?」
「そう。男がネット上で女の子になり切って参加するんだよ。でも、たいていの場合すぐに嘘だと見抜いちゃうけどな。」
「でもなんでネカマだと分かったの?」
「答えは簡単さ。その自称女子中学生は20歳の男性と一緒に外出していて、ラブホテルに連れていかれてレイプされた。しかもその最中もスマホでチャットに参加していた。親に話したら、笑って済まされた。と言っていたんだろ。」
「うん。」
「おまえ、冷静になって考えてみろよ。普通年頃の女子中学生がラブホテルで20歳の男性にレイプされたとなれば親も学校も動くぜ。下手したらその20歳の男も警察に捕まるし、新聞やテレビのニュースでも報道されるだろ。」
「確かにそうか。」
「要するにそのメアリーと言う自称女子中学生は君の反応を見て楽しんでいたんだよ。だから今日もチャットにそのメアリーと言う女がいたら、絶対に無視しろよ。相手にするだけ、損するだけだからな。」
「うん、わかった。」
石田君はそう言って、自分の席に戻り授業の準備を始めました。
放課後になり、その日は部活がなかったので、まっすぐ家に帰ってスマホを取り出してチャットに参加したのですが、昨日参加した「メアリー」と言う女の子はいませんでした。
>こんにちは。
石田君は参加するなり、挨拶をして誰かが来るのを待っていました。
待つこと30分、今日はダイアナと名乗る女の子がやってきました。
>こんにちは。
>初めまして、ダイアナさん。
>私、ここのチャットに参加するの初めてなの。
>そうなんですね。ところで君は中学生なの?
>私ですか?
>うん。
>私は中2。
>じゃあ、僕と同じだ。
>よろしくね。
しかし、今石田君と一緒に話している彼女は言うまでも昨日のメアリーが名前を変えて参加していたのでした。
そうとも知らず、石田君はダイアナと名乗る人と会話を楽しんでいました。
>私、実は妊娠していて、もうじき産まれるの。
>もうじき産まれるのに、どうやってチャットに参加しているの?
石田君は明らかに不審に思ったので、探りを入れることにしました。
>私、寝ながらスマホ動かしているから、大丈夫だよ。
>随分と器用にできるんだね。
>私、こういうの得意だから・・・。あ、産まれた。
チャットしながら子供を産めるのか?しかも、まだ中学生なのに。
>ねえ、よかったら赤ちゃんの写真見せてくれる?
>ごめん、赤ちゃん産まれたばかりだから無理。
普通は生まれてすぐにでも、写真が撮れるはず。
明らかに不自然過ぎると判断しました。
>やっぱ、赤ちゃんの写真って無理?ダイアナさんと一緒に写っている写真が見たいんだけど・・・。
>ちょっと待ってくれる?
ダイアナと言う人はそう言って、20分以上石田君を待たせました。
>お待たせ。
ダイアナが載せた写真は明らかにネットからダウンロードした写真でした。
>あの、僕が見たいのはあなたの写真です。
>私、そろそろ買い物に行きます。
>子どもを産んだばかりなのに、買い物行って大丈夫なんですか?
それっきり彼女からの返事はありませんでした。
もっぱら都合の悪いこと言われたから、逃げたのではないかと判断しました。
さらに翌日になり、教室でクラスメイトにチャットの近況報告をしました。
「昨日、家に帰ってからチャットに参加してみたんだよ。」
「それでどうだった?」
「今度は『ダイアナ』と名乗る女の子が参加してきて、これはまた面白いことを言ってきたんだよ。」
「何を言ってきたの?」
「子どもを産んだって言ってきたんだよ。」
「そんなの嘘に決まっているじゃん。」
「しかも、『写真見せて』と言ってみたら、『産まれたばかりだから無理』と返事してきたんだよ。」
「何それ、わけわかんない。」
「しかも、改めて写真を求めたら、どこからかダウンロードした写真を載せてきたんだよ。」
石田君はそう言って、クラスメイトに写真を見せました。
「明らかに赤ちゃんを抱いている人ってオバさんじゃん。マジ受ける。」
「今日もどういう出方をするか見てみるよ。」
昼休みになって、本当ならチャットは部活を終えたあとの楽しみにしたかったのですが、どうしても気になってしまったので、オープンチャットに少しだけ入ってみることにしました。
すると、昨日のダイアナと言う人が参加していました。
>こんにちは。
>こんにちは、実は私また赤ちゃんを産んだの。
>じゃあ、写真見せて。
>ごめんなさい、この子産まれて早々ダウン症にかかっているから撮影が出来ないの。
>写真撮るだけなのに、ダウン症って関係があるのか?それと、昨日産んだばかりなのに、今日も子どもを産んだのか?
>うん。
>お前は鶏か?そう毎日毎日子供を産んで、よく学校に来られるな。今、子どもはどうしているんだ?良かったら、会わせてくれないか?
>私、遠い場所にいるから無理。
>どこに住んでいるの?
>大正町で学校は大正中学。
>奇遇だな、俺も大正中学なんだよ。何年何組なんだ?
>それは秘密。
>言わなければ、チャットの会話の記録をみんなに見せるよ。言っておくけど、発言を取り消しても無駄だよ。会話の記録をスクリーンショットして残してあるから。
>ごめん、授業が始まる。
時計を見たら午後の授業が始まろうとしていました。
放課後、部活を終えて片付けをして帰ろうとした時でした。
「部長、お疲れ様です。」
「お疲れ。お前から声をかけるなんて珍しいな。」
「実は部長に見てもらいたいものがあるのです。」
「なんだ?」
石田君は部長にチャットの会話記録を見せました。
「あ、知ってるよ。こいつネカマだよ。学校で結構有名なんだよ。」
「そうなのですか?」
「知らないのか?お前のクラスにいる嘘野誠なんだよ。」
「嘘野・・・、あ、思い出しました。教室の隅にいる人でした。」
「あいつ、女装趣味もあるんだよ。」
「部長詳しいんですね。」
「あいつとは家が近所なんだよ。よく家に遊びに行ったことがあるんだけど、部屋に行くと女の服が置いてあったからびっくりしたよ。聞いてみたら、全部コスプレ目的で自分で買ったみたいなんだよ。」
「そうだったのですね。」
石田君が部長と着替えて家に帰ろうとしていた時、校門近くで嘘野君が別の人とネカマになって会話をして楽しんでいました。
「マジうける。こいつ俺の嘘を簡単に信じているよ。」
嘘野君の笑いは止まりませんでした。
その時、OL風の若い女性が嘘野君の前にやってきました。
「こんにちは、あなたから嘘の匂いが漂ってきたから、やってきたの。あなたスマホで嘘の会話をしていたでしょ?」
「お姉さんは誰なんですか?」
「あ、紹介が遅れました。私、裏切り帝国の幹部の一人、アントゥルースと申します。」
「そのアントゥルースが、俺に何の用なんだ?」
「あなたにもっと嘘をつく楽しさを教えたいと思っているの。いでよ、ホラフキン!」
嘘野君はたちまちスマホの形をしたホラフキンにされてしまいました。
「さあ、ホラフキン、学校にいる人たちの正直エナジーを吸い取りな。」
アントゥルースはホラフキンに校内にいる生徒や先生たちから正直エナジーを回収させました。
みんなは信じることをなくし、誰かの言葉を一回一回疑うようになってしまいました。
その頃私とつばさは食事の買い物を済ませて家に帰ろうとしていた時でした。
後ろからローラがやって来て、「2人とも今すぐ来て。ホラフキンが学校で暴れているの。」と言ってきました。
私とつばさは玄関に荷物を置いたあと、戸締りをして学校に向かいました。
学校にはスマホの形をしたホラフキンが暴れていたので、私とつばさはハイカラリングを上に掲げ、変身をしました。
「ガーネット、メタモルフォース!」
「サファイア、メタモルフォース!」
指輪から赤と青の光が出てきて、私とつばさは変身し始めました。
「赤く燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネット!」
「さらさらと流れる水の戦士、ハイカラサファイア!」
「私たちハイカラガールズよ!」
「ハイカラガールズ?面白い。ホラフキン、ハイカラガールズを始末しちゃいな。」
ホラフキンは強烈な電磁波を飛ばしながら私とサファイアに攻撃をしてきました。
「何?これじゃ近寄れないよ。」
「私、ハイカラガールズに変身しちゃった。」
ホラフキンはオカマのような声を出して近寄ってきて、私とサファイアを強くにぎったあと、投げ飛ばしました。
「でも、これは嘘なんだよ。こんな簡単な嘘に引っかかるなんて、マジうける。」
ホラフキンはそう言って私に攻撃を続けました。
「この調子よ、もっとやってしまいな。」
アントゥルースはそう言って、ホラフキンに攻撃を続けさせました。
「そろそろ、私たちの反撃と行きましょうか。」
私はサファイアに言いました。
「そうだね、嘘をついたことを後悔させてあげるわ。」
サファイアも立ち上がって、反撃に入る準備をしました。
私とサファイアはいっせいにジャンプし、キックをいれました。
ホラフキンがバランスを崩した瞬間、私が右腕、サファイアが左腕をつかみ、両方でいっせいに投げ飛ばしました。
ホラフキンが気絶している間、私が指輪から光を出してとどめをさす準備に入りました。
「光よ、大きな炎の玉となれ。ガーネット、ファイアボール!」
私は火の玉となった、赤い光をホラフキンに投げつけました。
ホラフキンは煙のように消滅し、中から嘘野君が出てきました。
「ちっ覚えてらっしゃい。」
アントゥルースは軽く舌打ちして、いなくなってしまいました。
次の日から中学生のオープンチャットにはメアリーもダイアナも出なくなってしまいました。
そして、嘘野君は石田君に自分がメアリーやダイアナであることを正直に白状しました。
「石田、今までだまして悪かった。」
「最初から分かっていたよ。しかし、よくそんな嘘が思いついたな。」
「どうして分かったの?」
「すぐにわかったさ。『レイプされた』とか『子ども産んだ』とかチャットで言えばすぐにわかるよ。ネカマをするなとは言わないけど、次はもう少しまともな嘘を考えた方がいいよ。」
「あの、今回のチャットのことは・・・。」
「わかっているよ。誰にも言わない。その代り条件があるんだけどな。」
「条件?」
「次参加する時には女ではなく、男として入って来い。」
「わかった。」
「これで、示談成立だな。」
こうして、石田君と嘘野君の示談が成立しました。
6、 ライズの最後、ハイカラエメラルドの誕生
1学期の終業式が終わって、先生から通知表と宿題という嫌なお土産を受け取ったあと、私はつばさと一緒に家に帰ることにしました。
「ねえ、今日ってどうする?午後空いているし、駅前にあるカラオケでも行かない?」
「私は食事のあと宿題を進める。」
「えー、今から宿題?そんなのあとだって出来るじゃん。」
「それを言って夏休みの最終日に私に泣きついてきたのはどこの誰だっけ?」
つばさの顔は「ギクっ」と言う反応を示しました。
「早く終わればその分たくさん遊べるし、遅くなればその分地獄を味わうわよ。どうする?」
「わかった、一緒にやる。ちなみ今日は何をやるの?」
「今日は数学だよ。」
「わかった、昼ごはんを食べたら雫の家に行くから。」
私とつばさは一度別れて、家で昼ごはんを食べることにしました。
部屋に荷物を置いて、1階へ行くと珍しくピンクのユニフォーム姿の母さんが台所に立っていました。
「ただいまー。」
「あら、お帰り。」
「お母さん、お仕事は?」
「ちょうど今昼休みに入ったところ。」
「ところで、患者さんは?」
「お父さんと助手の人たちが見ているから。」
「そうなんだ。」
「お昼、何がいい?」
「なんでもいいけど。」
「じゃあ、冷やし中華でいい?」
「うん。」
「じゃあ、急いで作るね。」
「私も手伝うよ。」
「そう?じゃあ、お願い。」
私はエプロン姿になって、母さんと一緒に冷やし中華を作って、一緒に食べることにしました。
食べ終えたあと母さんは仕事に戻り、私は食器を洗い終えたあと、2階にある自分の部屋を片付けて、勉強をする準備を始めました。
しばらくしてからドアチャイムが鳴ったので、ドアを開けてみたら、勉強道具の入った手提げバッグを持ったつばさがいました。
「来たよ。」
「上がって。」
私がそう言った直後、青いユニフォーム姿の父さんが昼ご飯のために一度戻ってきました。
「あ、つばさちゃん、いらっしゃい。」
「おじさん、こんにちは。」
「雫、冷凍庫にアイスがあるだろ。あとで出してあげな。」
「はーい。」
父さんはそう言ったあと、冷蔵庫から冷やし中華と麦茶を取り出して食事に入り、私は冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出し、食器棚からコップを持って、つばさと一緒に2階の部屋へ行き、宿題を始めました。
その日は数学をやることにしました。
正直、私もつばさも数学は苦手でした。1学期の初めにやった単項式と多項式の問題から解き始めたのですが、これは比較的簡単なので割と早く終わりました。
そのあとやった連立方程式もなんとか進むことが出来たのですが、後半の小数点や分数の入った計算が出た途端に、つばさは頭を抱えてお手上げ状態になりました。
「つばさ、この問題授業でやったよ。」
「実は居眠りしていた。」
「マジ?」
仕方がないので、私は参考書や学校でもらったプリントを用意して1から説明することにしました。
「整数の場合は、そのまま計算すればいいんだけど、少数の場合は一度整数にしないと計算が出来ないから小数点のある式を10倍にしないといけないの・・・。ねえ、つばさ聞いてる?」
つばさはいつの間にか、うたた寝をしてしまいました。
時計を見たら6時を回っていたので、私はつばさを起こしたあと、冷凍庫から棒付きアイスを2つ取り出して食べることにしました。
「うたた寝していたけど疲れた?」
「ちょっとね。」
「終業式のあとに、すぐ宿題だったから疲れたんだよね。今日はこの辺にして明日また続きをしよ。」
「うん。」
つばさはしぶしぶと返事をしました。
「私、もう少ししたら食事の準備をするけど、一緒に食べる?」
「ごめん、うちに帰ってから食べるよ。」
「わかった。」
「明日も来るから、よろしくね。」
「うん、おつかれ。」
つばさは疲れ切った顔をして家に帰りました。
翌日も苦手な数学を集中的に進めていきました。
連立方程式を終わらせ、残すのは不等式のみとなりました。
「この計算問題が終われば数学全部制覇だよ。」
私に言われたつばさは、残りの4問を気合いを入れて終わらせました。
「やったー、数学だけ終わった!」
「数学だけね。時間が少し余っているから英語も少しやっちゃおうか。」
「今日はこの辺にして明日にしない?」
「つばさ、夏休みたくさん遊びたいでしょ?だったら、少しでも早く終わらせようよ。」
私は余った時間を利用して英語を進めていきました。
その次の日以降も国語や理科、社会、自由研究と弁論を終わらせて、残りは読書感想文だけとなりました。
「読書感想文は何にする?」
「まだわかんない。」
「これから図書館に行って探そうか。」
「そうだね。」
外はうるさくセミが鳴いていて、おまけに日差しが強い。
私はサングラスをして、帽子をかぶり、日焼け止めクリームを塗りました。
図書館まではバスで行けば10分で着くのですが、昼間のバスの本数が少なかったので歩くことにしました。
「歩くと結構しんどい。」
歩いて30分、上り坂にさしかかった途端、つばさが弱音を吐きました。
「頑張ってよ。この坂道を登り切ったら、図書館は目の前だから。」
「ねえ、休憩にしない?」
「休んだら遅くなるよ。」
「こんな炎天下の中を歩いたら、熱中症になるよ。」
「わかったから。」
つばさはそのまま道端に座り込もうとしたので、私は注意しました。
ぶつぶつと不満をこぼしながら炎天下の中を歩いて40分、やっと図書館に着きました。
中に入るなり、つばさは入口付近のロビーにある自動販売機に行って冷たいジュースを1本買って飲みほしたあと、「ひゃー、生き返る!」と大きな声を出しました。
「じゃあ、中へ入ろうか。」
「うん!」
「言っておくけど、中では静かにしてよね。」
「わかっているって、もう小学生じゃないんだから。」
私はつばさの言っている言葉に少しずつ不安を覚えていきました。
中に入って私が本棚から1冊の本を取り出し、貸出コーナーに行って手続きを済ませたあとも、つばさは本棚の前でどれにするか悩んでいました。
「まだ見つからないの?」
「みんな、難しそうだよ。」
「これなんか、どう?」
私は「光を失った少女」と言う本を勧めてみました。
「ページ数が多くてめんどくさそう。」
「普段から漫画ばかり読んでいるからでしょ。ちなみこの本、小学校4年生レベルだよ。」
「じゃあ、これにする。」
図書館を出て、再び炎天下を歩いていたその帰り道に、同じクラスの音村奏さんとすれ違いました。
「音村さん、今日ってピアノのレッスンだよね?これから行くの?」
「うん、そうだよ。」
「そうなんだ、頑張ってね。」
私とつばさは音村さんを見送ったあと、家に帰ることにしました。
私とつばさが家で図書館の本を読んでいるころ、音村さんは児童公園でスマホを取り出してピアノ教室へ電話しました。
「はい、海野ピアノ教室です。」
「あ、先生ですか?私、音村奏です。申し訳ありませんが、今日のレッスンを休ませてもらえませんか?」
「奏ちゃん、どうしたの?」
「実はちょっと熱ぽくて・・・。」
「それは大変だね。じゃあ、今日はゆっくり休んで次回までにちゃんと治してくるんだよ。」
「ありがとうございます。」
音村さんは電話を切ったあと、商店街で時間をつぶそうと考えていたその直後の事です。
「ククク、いいものを見せてもらったよ。」
公園の入口からライズがやってきました。
「あなたは誰?」
音村さんは急に恐怖を感じるようになってきました。
「私?裏切り帝国の幹部の1人、ライズよ。」
「その幹部が私に何の用でやってきたの?」
「ねえ、私と一つにならない?」
「どういうこと?」
「あんたの正直エナジー、全部もらって私と一つになるわよ。チェンジ、ホラフキン!」
その直後、ライズの力が増幅してしていき、音村さんと一緒に巨大な楽譜の形となったホラフキンの姿へと進化しました。
ホラフキンになったライズと音村さんは公園で暴れていました。
その頃私とつばさはそれぞれ自分の部屋で図書館から借りてきた本を読むのに集中していました。
目が疲れて休憩に入ろうとした瞬間、ドアチャイムが鳴ったので、私はてっきりつばさだと思ってドアを開けたら、そこにはローラがいました。
「ローラさん、どうしたのですか?」
「今、公園で巨大なホラフキンが暴れているの。」
「つばさは?」
「これから呼ぶところ。」
私とローラはつばさの家のドアチャイムを鳴らして呼び出しました。
ドアが開くなり、つばさはローラがいることに気づき、裏切り帝国の一味がいると判断して家を出ました。
「ローラさん、場所はどこ?」
「この先の児童公園よ。」
3人で向かったら、そこには巨大なホラフキンがいましたが、私は幹部がいないことに気がつきました。
「どういうこと?ホラフキンがいて幹部がいないって変じゃない。」
私は暴れているホラフキンの前で一言呟きました。
「落ち着いて、あれはライズと音村さんが一つになってホラフキンになったの。」
「ライズって、背が低めで私たちと同い年に見える女の子のこと?」
「ええ、そうよ。」
「でも、何で?」
「その理由はよく分からない。とにかく変身してちょうだい。」
ローラは変身するよう言ったので、私とつばさはハイカラリングを上に掲げ、変身しました。
「ガーネット、メタモルフォース!」
「サファイア、メタモルフォース!」
指輪から赤と青の光が出てきて、私とつばさを包みこんでいきました。
「赤く燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネット!」
「さらさらと流れる水の戦士、ハイカラサファイア!」
「私たち、ハイカラガールズよ!ご覚悟なさい!」
私とサファイアが攻撃するよりも先に、ホラフキンが先制攻撃をしてきました。
しかも、一方的に攻撃をしてくる始末なので、私とサファイアはよけるだけで精一杯でした。
「ガーネット、サファイア、よけてばかりしないで反撃してちょうだい。」
「そんなこと言っても、なかなか反撃できないのよ!」
私はよけながらローラに言いました。
ホラフキンは楽譜から容赦なしに音符の矢を飛ばしたり、声からノイズを飛ばしてばかりでした。
どうしたらいい?
ふと私は以前、真由子の妹の同級生からもらった耳栓のことに気がつき、着物の懐から耳栓を取り出しました。
耳栓は赤く光って、上の部分が宝石のような形になりました。
「耳栓の形が変わった。」
「ハイカライヤプラグよ。これを着ければホラフキンのノイズを遮断できるはずよ!」
ローラは私に説明をしました。
「サファイアも早くつけてちょうだい!」
今度はサファイアにハイカライヤプラグを着けるように言いました。
「これで、ノイズ対策はハッチリよ。」
私とサファイアは音符の矢をよけながらホラフキンにめがけて攻撃しましたが、実際はなかなか効きませんでした。
「今度は2人同時で蹴るわよ。」
「OK!」
私はつばさに同時で蹴り倒すよう、言いました。
立ち上がって高くジャンプし、ホラフキンに目がけて攻撃をしました。
「ハイカラツインキーック!」
ホラフキンは一瞬バランスを崩してよろめきましたが、すぐに体制を直して攻撃を始めました。
「何かいい方法はない?」
サファイアは私に愚痴をこぼすような感じで言ってきました。
「そんなことを言われても・・・。」
私は一瞬考えました。いったいどうすればうまくいくのか。
その時、一瞬私の頭の中で何かがひらめいたかのように、考えがピンと浮かび上がりました。
「サファイア、相手は楽譜なんでしょ?だったら、水をかけたらどう?」
「それいいかもしれないね。でもどうやって攻撃をしたらいいと思う?」
再び私とサファイアは考え込みました。
「公園の水道は?」
サファイアは水道に指をさしながら私に言いました。
「これで効果があると思う?」
「正直、ないと思う・・・。」
再び私とサファイアは腕を組んで考え始めた瞬間、何かを思いついたかのように私はサファイアにあることを提案してみました。
「ねえサファイア、私一つ思いついたんだけど、サファイアの指輪から出るウオーターソードを水の玉に変えて攻撃することって出来ない?」
「うーん、できなくもないけど、やったことがないからうまくいけるかどうか自信がないなあ。ガーネットが言いたいのって、ウオーターソードを崩すってこと?」
「うーん、そうじゃなくて最初に青い光が出た瞬間、水のボールにするの。どう?できそう?」
「それもアリなんだけど、それを言うならガーネットのファイアボールで楽譜を黒こげにした方が早くない?」
「それもそうか。じゃあ、私が楽譜を黒こげにしちゃうね。」
私はハイカラリングから赤い光を出して攻撃に入る準備を始めました。
「光よ、大きな炎の玉となれ。ガーネット、ファイアボール!」
私が胴体の楽譜の部分に投げつけたら、計算通り楽譜は見事に黒焦げになってしまいました。
「サファイア、今よ。」
「OK!]
私とサファイアは指輪から大きな光を出して、とどめを刺す準備に入りました。
「光よ、大きな炎の玉となれ。ガーネット、ファイアボール!」
「光よ、水の剣となれ。サファイア、ウオーターソード!」
「そして私たち2人の合体技、ファイア、ウオーターソード!」
サファイアのウオーターソードに私のファイアボールが絡みつくようになったので、威力が倍増し、私とサファイアはホラフキンになったライズにとどめを刺すことに成功しました。
ホラフキンが消滅し、中からライズと音村さんが出てきて気絶していました。
「サファイア、音村さんを安全な場所に移動してくれる?」
「OK!」
サファイアは音村さんを安全な場所へ移動させ、寝かせました。
「ライズ、覚悟してちょうだい。」
私がとどめを刺そうとした瞬間、ローラの白い手提げバッグに入っている最後のハイカラリングが反応しました。
「ガーネット、待ってちょうだい。」
「どうしたの?」
「信じがたいかもしれないけど、この子が最後のハイカラガールなの。」
「この子は敵なんだよ。」
その時、ライズが目を覚ましました。
「私、生きていたんだ・・・。」
「目が覚めた?」
私が声をかけた途端、ライズはすぐに身構えをしました。
「ハイカラガールズがいるってことは、私をやりにきたんだろ。さあ、一思いにやってくれ。どうせ、私には帰る場所がないんだから!」
「なら、私たちの仲間になってちょうだい。」
「断る!お前らの仲間になるくらいなら、死んだ方がましだ!」
「そう。なら望み通り殺すわね。」
「ああ、殺してくれ!」
「ガーネットこれを。」
私はローラからハイカラリングを預かって、ライズの左手の薬指にはめようとしました。
「ライズ、左手を出してちょうだい。」
「どうするんだ。」
「これは呪いの指輪。つけたら外すことができない指輪なんだよ。」
「この指輪を着けたら、どうなるんだ?」
ライズは怖がった表情を見せながら私に言いました。
「さあ、どうなるんでしょうね。おそらく死ぬかもしれないわよ。」
「私、死ぬの!?」
「そうよ。でもちょうどいいんじゃない?あなた死にたがっていたんだし。」
「待って、私まだ死にたくない!もっと生きていたい!」
「もう遅いわ。この指輪を着けたら最後だから。」
その時、指輪から緑色の光がライズの体を包みこむような感じで出てきました。
緑色の着物に白い袴、緑色のショートグローブに茶色い編み上げブーツ、髪型は緑色のロングのストレートに黄色いリボン、瞳とルージュは緑色になっていました。
「この格好は?」
「約束通りライズは死んで、あなたは今日からハイカラエメラルドに生まれ変わったんだよ。」
「バッカじゃないの?私はあなたたちの敵なんだよ。」
ライズはローラに対し、強く抗議をしました。
「でも、それは過去の話でしょ?今はハイカラエメラルドであることも変わりはないんだから。それに帰る場所はどうするの?」
ライズは何も言い返せない状態になりました。
「悔しいけど、私の負けよ。さあ、煮るなり焼くなり、好きにしてくれ!」
「だから、やっているじゃない。あなたを私たちの仲間にしたことが煮るなり焼くなりよ。」
「確かにそうだったな。」
「それでライズの帰る場所なんだけど、もう裏切り帝国には戻れないから、今日から私と一緒にアーシアのところで居候してもらうわ。」
「おい、勝手に話を進めるな!」
「じゃあ、他に寝泊まりできる場所ってあるの?」
「適当に野宿をする。」
「それもいいけど、この辺って結構警察が巡回しているから、すぐに補導されるわよ。さあどうする?」
「わかったわよ。お前と一緒に宝石の国の残党のところで厄介になればいいんだろ。」
「もう、どうして素直に『お世話になります』って言えないのかしら?」
「分かったわよ、今日から世話になるからよろしくな。」
「最初からそう言えばいいのよ。」
ライズはだんだん、ローラのペースに乗せられていきました。
それを横で見ていた私とサファイアは思わず、「プッ」っと吹き出しそうになりましたが、それを必死に我慢していました。
その時、滑り台の方から黒い扉が現れて、そこからフィクションとアントゥルースの2人が出てきました。
「戻りが遅いかと思えばこんな所で油を売っていたのか。」
「おやあ、お召し物が変わっているわね、これどういうこと?」
「私、もうあなたたちとは組むことが出来ない。」
ライズは目に涙をためながら言いました。
「それってどういうことだ、言ってみろ。」
「要するにアレでしょ。『私ぃ、今日からハイカラガールズのメンバーになったから、あなたたちとは敵同士になったの』って言いたいんでしょ。いいわ、このことはニック帝王にきちんと報告させてもらうから。行くわよ、こんな裏切者に構っているほどこっちは余裕じゃないから。」
「ライズに言っておくよ。裏切り帝国を敵に回した以上、お前の居場所はどこにもない。それだけは覚悟しておけ。それからどこへ行くにしても、背中には気を付けた方がいい。」
フィクションとアントゥルースはそう言って、黒い扉の中へと入っていきました。
「さ、私たちも家に帰りましょ。」
ローラは私たちに言ったあと、ライズを連れて商店街の方へと向かっていきました。
そのあと私とサファイアも変身を解いて、家に帰ることにしました。
その帰り道、私とつばさは2人でライズのことを話していました。
「まさか、敵だったライズがハイカラエメラルドになって私たちと一緒に戦ってくれるなんて、思わなかったよ。」
私は驚きのあまり、まだ信じられないっていう状態でいました。
「私もだよ。よく仲間になれたよね。」
「私、まだ信じられない状態でいる。」
「そもそも、ローラはなんで敵であるライズを味方にしたのかなあ。」
「そこが疑問だよね。」
私とつばさはそう言いながら、家の前まで着いてしまいました。
「そう言えば、読書感想文ってまだだったよね。」
私はふと思い出したかのように宿題を持ち掛けてみました。
「私も本を読んでいる途中だった。読書感想文は後回しにして、先に遊ぼうか。」
「最終日に泣きついてきても助けないからね。」
つばさはまたしても「ギクッ」という反応を示しました。
「それに、本だって借り物なんだし、返却期日も気にした方がいいよ。」
「わかった、家に帰ってすぐに感想文を終わらせる。」
「そうしな。」
私はつばさにそう言ったあと、すぐに自分の部屋に戻って、読書感想文を終わらせることにしました。
次の日、昼ごはんを済ませたあと、私はつばさを誘って図書館へ行くことにしました。
玄関のドアチャイムを鳴らしたら、おばさんが出てきました。
「あら雫ちゃん、こんにちは。今つばさを呼んでくるね。」
おばさんはそう言って2階へ上がり、つばさを呼んできました。
「あ、雫お待たせ。行こうか。」
「つばさ、感想文終わったの?」
「もうバッチリ!原稿用紙2枚にして書いてきたよ。」
「完璧じゃん。」
「じゃあ、いこ。」
商店街の中を2人で歩いていったら、緑色のエプロン姿のライズが宝石店の外を掃除していました。
「あれ、ライズじゃない?」
私は思わず驚いて、指をさしてしまいました。
「私がここで掃除していたら悪い?」
ライズは不機嫌そうな顔をして、私に言いました。
「別に悪くはないけど、ちょっと驚いただけ。」
「彼女、この間の戦いのあと、ここで居候することになったの。」
店の奥からローラがやって来て私とつばさに説明をしました。
「ローラさん、これってマジなんですか?」
「うん、マジ。」
つばさは信じられないって顔をして、ローラの話を聞きました。
「私、やっぱ他で生活をする。」
ライズはエプロンを外して、2階の部屋に向かいました。
「ライズ、入るよ。」
私はそう言って、ライズがいる部屋に入りました。
「意外とシンプルなんだね。」
つばさは部屋を見るなり、正直な感想を言いました。
「何もなくて悪かったな。」
ライズは不機嫌な顔をして私とつばさに言いました。
「雫、つばさ、ちょっといい?」
ローラはそう言って、1階の店の奥にある茶の間に私とつばさを呼びました。
「私、彼女を怒らせるようなことを言いましたか?」
私は気になってしょうがないっていう状態でしたので、ローラに聞きました。
「そうじゃないけど、彼女まだ気持ちの整理がついていないの。だからそれまでは、そっとしておいてあげて。」
「わかりました。」
「そう言えば、あなたたちバッグを持っているってことは、どこかへ出かけるんでしょ?」
「あ、そうだった。私たちこれから図書館に用事があるのです。」
「じゃあ、先に行った方がいいわよ。」
私とつばさはローラに言われて、急ぎ足で図書館へ向かい、本の返却を済ませたあと、残りの夏休みを自由に過ごすことにしました。
7、謎の転校生・・・、その名は緑山ライ
8月も半ばを過ぎて、夏休みも残り2週間程度で終わろうとしていました。
今日は登校日でしたので、久々に学校へ行ってみたら、日に焼けた人たちを数人見かけました。
「お前、随分と日に焼けしたじゃん。どこへ行ってきたんだよ。」
「俺、家族と一緒に沖縄へ行ってきた。お前こそどこへ行ってきたんだよ?」
「俺は家族と一緒に島へ行ってきた。」
「どこの島なんだよ?」
「東京の島だよ。」
「東京に島なんてあったっけ?」
「実はあるんだよ。俺が行ってきたのは式根島だよ。」
「おお!なんだかすげえな。」
「沖縄には負けるけどな。」
別のグループの会話を聞いていたらアウトドアを楽しんできたとか、海外旅行、あとは地味なところで、ご先祖様のお墓参りをしてきたって言う人もいました。
その一方で宿題が終わらなくて、友達に泣きついている人も見かけました。
「やばいよー、宿題まだ終わっていないよー。」
「どこ終わってないの?」
「全部。」
「え。マジ!?」
「なんで、最初のうちにやらなかったの?」
「まだたくさんあると思って遊んでばかりいたら、もう少しで夏休みが終わると知ってマジビビった。」
「計画性のない人間が言うセリフだね。」
「・・・。」
「しょうがない。じゃあ、今日うちに来て。」
「写させてくれるの?」
「誰が『写していい』って言った?解き方を教えるから、自分でやりなさい。」
「えー、ケチ。」
「ケチで結構ですよ。言っておくけど、夏休み明けには中間試験もあるから、私の宿題を丸写しをしたことを後悔するわよ。」
「自分で解くから、解き方だけ教えて。」
「最初からそう言えばいいのよ。」
チャイムが鳴って、教室に神河先生が入ってきて、ホームルームが始まりました。
「みなさん、お久しぶりです。日に焼けた人が何人かいますが、みんな夏休みを楽しんでいるみたいですね。ちなみにこっちは研修の毎日です。残り少ない夏休みを充分に楽しんできてください。それとくれぐれもケガと病気にならないように。では以上となります。」
「もう終わりなんですか?」
「そうだよ。君たちだって早く家に帰りたいでしょ。」
「そうだけどさあ。」
「先生だって、こんなことのためにみんなを呼ぶのは嫌なんだよ。悪かったわね。こんなことのために呼び出して。じゃあ、早く帰って宿題でも遊びでも好きなことをやりなさい。」
神河先生は言うだけのことを言ったら、いなくなってしまいました。
私がカバンを持って、つばさと一緒に帰ろうとした時でした。
「雫ー、待って。」
後ろを振り向いたら水泳部の水沢さんがいました。
「どうしたの?」
「あのさ、合宿の件考えてくれた?」
「暇だから一緒に行こうかなって思っているんだけど・・・。」
「本当に!?」
「でも、私競泳水着がないから・・・。」
「なかったら、先輩が試合で使った水着があったはずだからそれを貸すよ。その代わりと言ったら変だけど、帽子とゴーグルは授業で使っているのを用意してくれる?」
「それくらいなら・・・。」
「あの、私も付いて行っていい?」
横にいたつばさまでが便乗してきました。
「いいよ。」
そのあと、私とつばさは水沢さんと一緒に水泳部の部室へ行き、試合で使っていた水着を貸してくれました。
手に取った瞬間、すごく高そうな印象を感じました。
「これ、借りてもいいの?随分と高そうなんだけど。」
私は少し緊張した感じで水沢さんに言いました。
「雫、そんなに緊張しなくてもいいよ。これも部費で買った水着なんだから。」
「ねえ、可愛い水着ってないの?例えばビキニとか。」
つばさは相変わらずマイペースな感じで言ってきました。
「つばさ、遊びじゃなくて部活の合宿なんだよ。」
私は横から注意を入れました。
「あ、そうだった。」
「でも、貴重な夏休みの時に付き合てくれるんだから、それなりの楽しい企画を用意させてもらうよ。それと当日なんだけど、顧問が車を用意してくれることになったの。」
「ちなみに車って何人乗り?」
「先生が言うには7人乗りって言っていたわよ。だから、全員乗れると思うから。」
「それで、日程はいつからいつなの?」
「明後日から4日間かな。」
「3泊4日なんですね。」
「あ、そうそう。大事なことを聞くのを忘れたけど、君たちは宿題全部終わった?」
「それならもう終わった。」
私は自信たっぷりに言いました。
「つばさは?結構怪しいんだけど。」
「失礼ね。ちゃんと終わらせたわよ。」
「本当に?」
水沢さんは少し疑惑に満ちた感じで聞いてきました。
「本当だよ。」
「あとで私や雫に『やっぱ終わってないから、たすけてー』と言うのは抜きだよ。」
「言わないって。って言うか本当に宿題全部終わったんだから!」
「わかったわ。じゃあ、明後日先生には雫とつばさの家に行くように言っておくから。」
「時間は?」
「朝6時ごろかな。場所も遠いし。」
「そう言えばどこで合宿するんだっけ?」
つばさは水沢さんに確認をとるような感じで聞きました。
「千葉の房総半島、鴨川だよ。」
「結構遠いよね。」
「帰りも家まで送るように言っておくから。」
「ありがとう、じゃあ当日よろしくね。」
私とつばさは、一度水沢さんと別れて家に帰ることにしました。
そして迎えた当日。
私は着替えと水着の入った大きなバッグとスマホや財布などが入った小さめのリュックを玄関に置いて、朝食に入りました。
食卓に置いてある牛乳とトースト、目玉焼きを食べ終えたあと、ちょうどタイミングよくドアチャイムが鳴りました。
「やっほー迎えに来たよー。」
水沢さんが黄色いワンピース姿でやってきて、外には白いワンボックスカーが停まっていました。
「詩織、おはよう。」
「お、雫気合いが入っているね。白いワンピースにサンダルなんて。」
「おかしくない?」
「おかしくないよ。とても可愛い。ところで、隣の家ってつばさだよね。来る気配がないんだけど・・・。」
水沢さんは顔を少ししかめて、つばさの家の方を見ました。
「私、ちょっとつばさの部屋に行って様子を見てくるね。」
「じゃあ、私も。」
私と水沢さんは気になったので、つばさの部屋に行って様子を見に行ってみたら、案の定ベッドで気持ちよさそうに寝ていました。
「つばさ、起きてよ。もう迎えが来ているんだから。」
「あと、5分。」
「だーめ、今すぐ起きなさい!」
私は布団をめくり上げて、強引に起こしました。
目を開けたつばさは、目の前に私と水沢さんがいたことに驚いて、すぐに着替え始めました。
「一つ確認したいんだけど、荷物はまとめてあるんでしょうね。」
「それは大丈夫だよ。」
「その荷物はどれなの?」
「このトランクとショルダーバッグ。」
つばさは机の横にある荷物に指を差しながら言いました。
「ちゃんと、入っている?」
「大丈夫だよ。」
「悪いけど、チェックさせてもらうね。」
私はそう言ってつばさのトランクの中身をチェックしました。
「大丈夫だね。ごめんね、ありがとう。」
「雫、悪いんだけど背中のファスナ、お願い。」
「はいはい。」
つばさの着替えを手伝ったあと、私は水沢さんと一緒に荷物を持って、つばさを車のところまで連れていきました。
車の前には母さんたちが顧問の須藤先生と挨拶をしていました。
「先生、今日から娘たちをよろしくお願いいたします。」
「いいえ、こちらこそ。部員でもない赤江さんと青空さんまで。」
須藤先生は少し申し訳なさそうな顔をしながら母さんたちに言いました。
私たちが荷物を抱えながら車に着いたら、須藤先生は後ろのトランクルームを開けて最後部の座席を一つ倒し、荷物を詰めてくれました。
「これで全部?」
須藤先生は確認するかのように言いました。
「はい、これで全部です。」
参加者は私とつばさを入れて5人でした。
「そう言えば他の部員は?」
私は気になって車内をキョロキョロと見渡しました。
「今、夏休みでしょ?だからみんな家族と一緒に帰省したんだよ。」
「そうなんだね。」
「じゃあ、車を出すわよ。」
私とつばさは車に乗ったあと、母さんに軽く手を振って合宿先へと向かいました。
お盆が過ぎたにも関わらず、都内の高速道路は渋滞していました。
「先生、お盆は過ぎたはずなのに、何で混んでいるのですか?」
「これは、通勤ラッシュだと思う。」
「これって、みんな会社に向かう車なんですか?」
「そうとも限らないけどね。」
私たちが夏休みだったので、世間も休日だと思い込んでしまいましたが、実際は平日の朝なので、通勤で混んで当たり前だと改めて思いました。
都内を抜けられたのはあれから1時間弱、やっと千葉県に入りました。
車の中では、みんなはすっかり寝てしまっていて、私は助手席で1人ぼんやりと景色を眺めていました。
高速道路から下道に出たのはあれから45分の事でした。辺りは何もない寂しい農村地帯でしたので、少し驚きました。
通りには時々落花生の直売所を何か所か見かけたので、先生は車を停めて落花生を買ってきました。
「先生、どうされたのですか?」
「ちょっと家族へのお土産を買ってきたの。」
先生はそう言って、買ってきた落花生をトランクルームに詰めて、再び車を走らせました。
車は房総半島に向かって、ゆっくりと走っていきました。
11時30分ごろ、道の駅で一休みして再び目的地へ向かいました。
鴨川の民宿に着いたころは正午過ぎ。私たちは荷物を取り出して、民宿の人たちに挨拶を済ませたあと、部屋で大の字になって休みました。
一休み済んだあと、ジャージに着替えて民宿周辺をランニングしたり、砂浜でストレッチ運動もしました。
夕方になって、私たちは食事とお風呂を済ませて寝る準備に入りました。
せっかくなので、みんなで布団の中でお話とかしたかったのですが、移動中の疲れが出ていたのか、すぐに明かりを消して眠ってしまいました。
次の日、食事前に軽いジョギングを済ませたあと、朝食を済ませて水着に着替えて、海岸で練習することにしました。
「赤江と青空は自分が苦手としている部分を練習して。あとの3人は試合に向けて練習よ。」
須藤先生はそう言って、海岸で各々の練習に入らせました。
さらに翌日には練習を早めに終わらせ、余った時間を利用して海で遊んだり、夜には先生が用意した花火で遊びました。
最後にやった線香花火はまるで夏の終わりを告げるような、寂しさを感じさせられました。
私が1人で線香花火をやっていたら、水沢さんが声をかけてきました。
「こんなところで、寂しくやっていないで、みんなと楽しくやろうよ。」
「あのね、線香花火をやっていると、なんだか寂しさを感じるの。」
「なんとなくわかる。合宿は明日で終わるけどさ、またこうやってみんなと楽しく遊べる機会を作ろうよ。」
「そうだね。」
「だから、こんな場所で寂しそうな顔をしないで、みんなのところへおいでよ。」
私はみんなのところへ行って、花火の続きをしました。
最終日には荷物をまとめて、先生の車で家まで送ってもらうことにしました。
疲れたせいなのか、さすがにみんなは見事に爆睡していました。
先生は眠気防止に音楽プレーヤーを起動し、リズミカルな曲を聞きながら国道を走って、高速道路の入口へと向かっていきました。
家に着いたのは夕方近くになっていました。
私は寝ているつばさを起こして、荷物を降ろして先生に一言挨拶をしました。
「先生、お世話になりました。本当は母にも挨拶をさせたかったのですが、あいにく仕事中なので、のちほど電話でお礼を言うように言っておきます。」
「そこまでしなくていいよ。」
「ありがとうございます。それでは、新学期にまたよろしくお願いします。」
私とつばさは走り去る車にお辞儀をして見送りました。
長い夏休みが終わって、今日から新学期が始まろうとしました。
教室へ入ってみると、休みボケの人たちでいっぱいでした。
「なあ、今日ってまだ登校日だよなあ。」
「ああ、そうに決まっている。夏休みはまだまだ続くに決まっているじゃん。」
「そうだよな。」
男子たちの頭の中はまだ夏休み気分でした。
その一方、女子たちの間では転校生がやってくるという情報が入ってきたので、盛り上がっていました。
「今日、転校生が来るみたいだよ。」
「マジ!?どんな子が来るの?男の子?女の子?」
「話によれば、女の子が来るみたいだよ。」
「マジ!?ちょっと楽しみ。」
チャイムが鳴って体育館で始業式を終えたあと、教室でホームルームが始まりました。
「新学期早々ですが、今日はみんなに転校生を紹介をする。緑山、入っておいで。」
神河先生は廊下にいる転校生を教室に入るように言いました。
「今日からこのクラスで一緒に勉強することになった緑山ライだ。みんな仲良くしてやってくれ。」
私とつばさは彼女の顔を見るなり、思わず「ライズだ!」と声を出してしまいそうでした。
一方、男子は彼女を見て鼻の下を伸ばし、いやらしそうな顔をしながら見ていました。
「今日からお世話になります、緑山ライです。家は親戚が勤めている『大正宝石店』で暮らしています。場所は商店街にあるので、良かったらみんなで遊びに来てください。」
「緑山はもともと北陸に住んでいたのだが、両親が事故に遭って死んでしまい、大正町にある親戚の家に引き取られることになった。まだ慣れないことが多いから、みんなで優しくしてやってくれ。」
みんなは「はーい」と大きく返事をしました。
「それで緑山の席なんだが、赤江の隣が空いているからそこにしよう。」
ライは軽く笑みを見せて私の横に座りました。
「よろしくね。」
「もう、落ち着いたの?」
「うん。」
「赤江、気持ちはわかるが今はホームルーム中だ。少しに静かにしてくれ。」
「あ、すみません。」
新学期早々、私は神河先生に注意をされてしまいました。
チャイムが鳴り、ホームルームが終わり、クラスの人たちは甘いものを見つけた蟻の集団のようにライのところへ集まって根ほり葉ほりと聞き出していました。
「なあなあ、家って商店街にある大正宝石店だろ。こんど遊びに行っていいか?」
「お前は隣のクラスに幼馴染がいるんだろ。そいつと仲良くしてろよ。」
「お前だって妹の友達と仲がいいんだろ。そいつと仲良くしてろよ。」
「俺、嘘野って言うんだよ。LINEとか電話番号交換しない?」
「おいテメー、何勝手に個人情報を聞き出しているんだよ。失礼じゃねーか。お前はおとなしくネカマでもやっていろよ。」
「ストーカーだけには言われたくねーよ。」
「だれがストーカーだって?おいネカマ、口の利き方には気を付けろよ。」
「職員室で女子の個人情報をスマホに記録して、家を調べたお前がそれを言うかよ。」
「ネカマには言われたくねえよ。」
「はいはい、エロ男子の皆さん、向こうへ行ってちょうだい。」
男子たちがもめている時、女子が割って入るかのように男子を追い立ててやってきました。
「ちっ、なんだよ。行こうぜ。」
男子たちがいなくなったあと、女子による質問攻めが始まりました。
「ねえねえ、緑山さんの髪ってサラサラしているけど、何か使っているの?」
「何も使ってないよ。あえて言うならシャンプーかな。」
「どんなシャンプー?教えて。」
「名前忘れたけど、確かラベンダーの香りがしたかな。」
「ラベンダーの香りがするシャンプーね。帰りドラッグストアに行ってチェックしよ。」
その後、女子たちの質問攻めが続き、家に帰れたのが昼前でした。
ライと別れたあと、2人で児童公園に立ち寄って少しだけ話をすることにしました。
「ライズって、『ライ』って名前に変えたんだね。それに苗字も『緑山』になっていたし・・・。」
「そうだね。」
つばさは少し納得のいかない顔をして私に愚痴っていました。
「私が思うにはおそらくローラが考えたと思うんだよ。」
これが私なりに考えた答えでした。
「ところでなんで、わざわざ名前を変えたのかなあ?」
つばさは空を見上げながら呟きました。
「わからない。気になるんだったら、ローラに聞いてみる?」
「いいよ、そこまでしなくても。私らお昼まだ食べていないし、一度家に帰ろ。」
つばさはベンチから立ち上がって、私の右手を引いて家に帰りました。
新学期が始まって2週間、夏休みボケから解放されて、みんなはいつもと変わらない普通の生活をするようになり、教室でもそれぞれ世間話に盛り上がっていました。
そんな中、一緒のクラスで、いつも1人でいる河野寛子さんがとんでもない嘘を考え始めました。
その日の夜、私は寝る準備をしてベッドに入ろうとした時でした。
机の上に置いてあったスマホが鳴りだしたので、出てみたら河野寛子さんからでした。
「もしもし、どうしたの?」
「赤江さん、こんな時間にごめん。実は私転校することになったの。」
「え!?いつ転校するの?」
「明後日。」
「え、明後日なの!?随分と急じゃない!」
私の頭の中はパニックになりました。
「なんで急に転校になったの?」
「親の転勤で。」
「そうなんだ。どこへ転校するの?」
「海外。それもフランスへ。」
「そうなんだ。フランスへ行っても元気でやってね。」
しかし、これは彼女が考えた嘘でした。
私はすっかり本当だと思い込んで、つばさやライを始め、教室全員に話しました。
転校のうわさはたちまち学年全体に広がってしまいました。
「どうしよう、今さら嘘だなんて言えなくなった。」
「どうしたの?」
「緑山さん。」
「私のことはライでいいよ。私でよかったら相談にのるよ。」
しかし河野寛子さんは何も言わず走り去ってしまいました。
「ライ、河野さんどうしたの?」
私は気になってライに聞いてみました。
「私にもよくわからない。急に走り去ったから。」
慌てて図書室の中へ逃げ込んだ彼女は本棚のかげに隠れてうずくまっていました。
その時、グレーのスーツ姿のフィクションがやってきました。
「お嬢さん、こんなところで何をされているのですか?」
「あなたは誰ですか?」
「私は裏切り帝国の幹部の1人、フィクション。あなたの正直エナジーを頂きにまいりました。」
「正直エナジー?」
「そうなんです。あなたの心の中にある正直な心を私に分けて頂きたいのです。あなたはちょっとした出来心で、学校のみんなに転校話を持ち掛けてしまった。しかし、騒ぎが大きくなってみんなに打ち明けることが出来なくなった。そうでしょ?」
河野寛子さんは黙って首を縦に振りました。
「では、あなたの正直エナジーを頂きましょう。いでよ、ホラフキン!」
たちまち河野寛子さんの体はフランスの国旗の形に変わっていきました。
「ホラフキン、ひと暴れしてハイカラガールズをおびき寄せろ!」
フィクションはホラフキンにそう言って、校舎の中を暴れさせました。
その頃、私たちは教室で授業を受けていたので、ホラフキンが現れていたなんて、知るよしもありませんでした。
ちょうど廊下側にいた人がぼんやりと窓を開けてみたら、ホラフキンに驚いて大きな声を上げてしまいました。
「おい、今廊下にフランスの国旗の化け物が歩いていたぞ!」
「静かに。今は授業中です。静かにしてください!」
神河先生はみんなに静かにするよう注意しましたが、誰も聞き入れず、廊下の方へ目を向けました。
私とつばさ、ライも一緒に廊下に目を向けたら、やはりホラフキンが徘徊していました。
「つばさ、ライ、これって・・・。」
「言うまでもなく、裏切り帝国の仕業よ。」
つばさは声を低めて私に言いました。
「先生、みんなを安全な場所に避難させてあげてください。私は青空さんと赤江さんと一緒に誰かに助けを求めてきます。」
ライは先生にそう言ったあと、誰もいない部屋でハイカラリングを出して変身する準備に入りました。
「2人とも、変身するわよ!」
そのあとライは、私とつばさにも変身するよう言いました。
「ガーネット、メタモルフォース!」
「サファイア、メタモルフォース!」
「エメラルド、メタモルフォース!」
指輪から赤と、青、緑の光が出て3人の体を包みこんでいき、変身しました。
「赤く燃え盛る炎の戦士、ハイカラガーネット!」
「さらさらと流れる水の戦士、ハイカラサファイア!」
「緑色に生い茂る草原の戦士、ハイカラエメラルド!」
「2人とも行くわよ。」
私は廊下に出てつばさとライにホラフキンを探すよう言いましたが、どこを探しても見つかりませんでした。
「いくら探しても見つからないから、手分けして探さない?」
私がそう言ったら、エメラルドが「待った」をかけました。
「これは罠かもしれない。3人で探した方が無難かもしれないね。」
サファイアまでがエメラルドに同意しました。
探すこと数分、ホラフキンとフィクションは音楽室の入口にいました。
音楽室は1年生がピアノの曲に合わせて合唱コンクールの課題曲を練習していましたが、そこにフィクションとホラフキンが中に入ったので、パニック状態になりました。
「おい、ホラフキン。こいつらの正直エナジーを吸い取れ。」
フィクションは生徒や先生から正直エナジーをホラフキンに吸い取らせようとしていました。
「みんな、早く教室から逃げて。この化け物たちは私たちがやっつけるから、先生は生徒を安全な場所に避難させてください。」
「わかりました。みなさん、こっちです。」
私は音楽室にいる生徒たちに逃げるよう、指示をしました。
「誰かと思えば、ハイカラガールズと裏切者のライズではないですか。ホラフキン、この3人を始末しなさい。」
「一度外に出るから、こっちへ来なさい!」
「いいでしょう。どこでやっても同じことですから。」
私はホラフキンとフィクションを校庭に誘導させました。
「ここで勝負よ。覚悟なさい!」
私はホラフキンに向かってパンチを浴びせました。
しかし、1人だとたかが知れたレベルだったので、どうすることもできませんでした。
「ガーネット、下がってちょうだい。私がやる。」
今度はエメラルドが反撃に入りました。
「ほう、誰が出てくるのかと思えば、裏切者のライズじゃないですか。それではお手並み拝見としましょうか。」
エメラルドは正面からパンチをしたあと、勢いよくキックを入れました。
そのあとも容赦なしに攻撃を続けたあと、ホラフキンは気絶しました。
「みんな、とどめを刺すわよ。」
エメラルドは私とサファイアにとどめを刺すよう言いました。
私たちは指輪を上に掲げ、光を出しました。
「光よ、大きな炎の玉となれ。ガーネット、ファイアボール!」
「光よ、水の剣となれ。サファイア、ウオーターソード!」
「光よ、草の矢となれ、エメラルド、グリーンアロー!」
私はファイアボールとなった光を投げつけ、サファイアは、ウオーターソードを斬りつけるような感じで当てて、エメラルドは矢を放つような感じで光を飛ばしました。
ホラフキンは消え去って、中から河野寛子さんが出てきました。
「ライズ、裏切り帝国を敵に回したこと後悔させてやる。」
フィクションはそう言って、いなくなってしまいました。
あれから数分後の事でした。
教室へ戻ってみると簡単なお別れ会が開かれていました。
「何もありませんが、今から簡単なお別れ会を開きたいと思います。」
学級委員が教壇に立って進行に入りました。
「本当に何もねえじゃねえーか。」
席からはヤジが飛ぶ始末。
「急なんだから、仕方がないだろ。」
それを聞いたみんなは笑っていました。
「それでは、本日の主役である河野寛子さんから一言挨拶をお願いいたします。」
河野寛子さんは少し黙ったあと、本当のことを打ち明けました。
「今日は私のために盛大にお別れ会をやってくれて、ありがとうございます。実は転校の話はウソだったのです。最初は軽い気持ちで赤江さんを騙そうと思っていたのですが、まさかここまで事が大きくなるなんて思いませんでした。本当にごめんなさい。」
河野寛子さんは目に涙をためながら、みんなに頭を下げて謝りました。
教室は騒然としていましたが、そのあと神河先生が険しい表情をしながら河野寛子さんを叱りつけてきました。
「河野さん、今回の件軽い気持ちと言ったけど、それがどういう意味か分かっている?」
「はい、わかっています。」
「みんなは河野さんがフランスへ転校すると思っているから、こうやってお別れ会を開いてくれたんだよ。あなたはみんなの気持ちを踏みにじったことを自覚してちょうだい。」
「・・・・。」
「世の中にはついていい嘘と悪い嘘があるの。それはわかるでしょ?」
「私が軽い気持ちでついた嘘で、取り返しのつかない結果になったことについては、充分に反省しています。」
「反省しているなら、明日までに反省文を書いて私のところまで提出すること。みんなも河野さんを責めたい気持ちはわかるけど、この話はもう終わり。じゃあ、このあとホームルームを始めるから、みんな席に着いて。」
ホームルームを終えて教室の掃除を終えたあと、河野寛子さんは肩を落としながら家に向かいました。
下巻に続く