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27 微笑う魔術師

 その後もタクミさんとたわいのない雑談をした。

 昨晩の宴の話とか、ベルゲン滞在中のことが話題になった。

 今の俺を分かってくれてると思うと、話しやすくて、ソルベルグ家との話はすらすらと出てきた。

 持ってきたお茶のボトルが空になった頃、タクミさんは仕事だと言って転移の部屋へ出ていった。

 

 俺は居間に一人残された。

 アセウスもジトレフもいーかげんにしろよぉっ! こいつらっっ!! てくらい、起きる気配がない。

 部屋に漂っていた甘い匂いも薄れてなくなっていて、二日酔い野郎の臭い匂いが鬱陶しくなってくる。

 すぐ前の断崖から海に放り込んでやろうかっ! 重くなければっほんとにやりたいところだっっ

 

 部屋にぽつんと独りきり、ゲームもなければ本も漫画もない。

 スマホもなくて、昔の人ってどうやって時間を潰すんだろう。

 前世のやつらを連れて来たら一日で発狂するんじゃねぇか?

 俺は、むっふーっふーっっ! と顔がにやけるのを感じた。

 ぼっち属性の俺には、恋しい貴重な一人時間なんだけどねーっ。

 何かをするにしても、しないにしても、なんだろうっ!

 この身体の奥深くから、何かが満ち溢れてくるこの感じ!! ぼっち最高っ!

 早速俺はぼぉーっとして、残りの時間でエルドフィンの記憶を高速視聴することにした。

 

 え? 聞いて驚けっ すげぇんだわ、これマジで。

 転生してからの俺は、昔のエルドフィンの記憶を自分の記憶と同じようにしか思い出せなかった。

 近いものはそれなりにすぐ思い出せるが、遠くなればなるだけ、思い出せるものが減る。

 何かのきっかけがあって初めて、そういえば、と印象的な事柄だけが記憶として現れる。

 だから、エルドフィンのことは、知ってるようでいて、実はそう知っているわけではないのだ。

 

 ところが、だ。

 イーヴル・コアを使うようになって、変わった。

 昔を思い出し、記憶をたどることが何度かあった後、変化に気付いた。

 俺の中に(・・・・)、エルドフィンの記憶のデータストレージが構築されていたのだ。

 タイムスタンプで整理され、一度視た(・・)記憶(もの)や、印象的な記憶(もの)には内容を分類するマーカーも付いている。

 あの時の、とか、これに関する、とか望めば、検索をかけて対象の記憶を抽出することができる。

 俺の右手の高性能プロセッサが睡眠中に自動処理してるらしい。

 ちょっとゾッとしなかったわけではないが、メリットの方が多くて歓迎した。

 気になった記憶は時間のあるときに一括高速視聴して、必要なところだけキャッシュメモリに編集保存すればいい。そうすると、映像データ視聴ではなく普通に思い出せる(・・・・・・・・)。かなり便利だ。

 

 タクミさんが戻ってくるまで、エルドフィンがアセウスと出会った頃の記憶と、筋肉維持のための記憶を(さら)っておくとするか。

 

 

 ***

 

 

「人によって酔い方が違うとは聞いていたけど、かなり拍子抜けさせられたな。翌日腹が減っただけだ、タクミさんに迷惑かけただけじゃないか」

 

 

 アセウスが遠慮がちにパンを口に運んでは頬を膨らませた。

 昼近くになって、寝返りが増えた二人をタクミさんが起こして、昼食となった。

 俺はもう少しタクミさんと話をしたいような気もして、残念なような気もしていた。

 今朝、二日酔いで起きられなかった二人を気遣って、ホフディ達が出発を一日遅らせてはと勧めてくれた時は、俺一人で彼らと食卓を囲むプレッシャーが恐ろし過ぎて、逃げるように出発を強行したというのに。 

 

 

「頭痛とか不快感とかはないのか? エルドフィンから聞いたけど、相当飲んだらしいじゃないか」

 

「酔うと気持ち良くなるっていうから。でも俺は全然。最後に身体の感覚がふわぁっとしたから、来たか? って思ったら寝てた。疲れて寝落ちする時も感覚は緩くなるから、あれはお酒のせいじゃないなぁ」

 

「それで二日酔いもなしか。アセウスは大した酒豪のようだ、ははっ! ジトレフはどうなんだ?」

 

「酔った。あの感覚は素晴らしい。酒に溺れる者がいる理由も理解できて、良い経験ができた」

 

「ずるいよなージトレフ。目ぇらんらんと輝かせちゃってさ、口角ずっと上がりっぱなしだし、いつもよりテンション高めだったよ。悔しくて俺、余計に飲んだのになぁー」

 

「ジトレフは陽気になる系か」

 

「陽気ってほどでもないけどねー?」

 

 

 タクミさんの相槌にアセウスが補足した。

 ジトレフは昨晩を思い出すように両手のひらを見詰める。

 

 

「身体中の感覚が研ぎ澄まされていた。全身の筋肉に感じたことのない力が満ち、あらゆる神経の先まで自由に動かせると感じた。あの高揚感は筆舌に尽くし難い。何でも……思い画いた以上のことも出来る気がして、実際に身体を動かしたくて仕方がなかった」

 

「なるほど、そっちか。気が大きくなったり暴力的になるタイプだなぁ。ジトレフは余り飲まない方が良さそうだね」

 

 

 ごく自然に言ったタクミさんに、ジトレフから猛禽類のような視線が向けられる。

 

 

「私は酒には溺れない。どんなにあの高揚感が魅力的で、あの感覚が素晴らしかろうと、かりそめの力に興じたりはしないっ」

 

「あ、ごめん、ジトレフはそうだね。心配は余計だった」 

 

 

 ふんわりと笑顔で返すタクミさん、大人だっっ

 

 

「そうすると、多少は二日酔いの影響が出ているんじゃないか?」

 

「少し頭痛がする、それと全身が(だる)い。身体には余り良いとは思わないな。食欲は確かに増進されているが、それも少し不自然だ」

 

「そうだね。飲み過ぎは良くない。食欲は胃が荒れているからだろう。症状を緩和するといわれる薬材があるから、煎じて飲むといいよ。今持ってこよう」

 

 

 おおっ! あるのか。

 さすがタクミさん。

 それに比べてジトレフ、この真っ黒クロスケはぁっっ

 さっきのだってタクミさんには厚意しかなくて、むしろ助言に感謝しろっつーとこなのに。

 自覚なきゃ許されるなんて俺は許さねぇぞ!

 

  

「タクミさん、昔から色々持ってるよなぁ」

 

「アセウスには話したことあったよな。東の果ての方では薬材の研究が盛んらしーぜ。本当に言われる通りの効果があるなら、説明のつかない魔力(まほう)より堅実な魔法じゃないか。使わないのはバカだよ」

 

「相変わらず手厳しいーっ。結婚しても人間嫌いは変わらないね。愛想つかされないように俺達も勉強するか、エルドフィン」

 

 

 これだけ愛されてるのを自覚していて、愛想つかされるとか素で言うんだからな。

 アセウス(こいつ)の自己肯定感ほんと(こじ)れまくってるよなぁ。

 なんて傍観し続けていた俺は、話を振られて慌てて会話の答えを考える。

 それもありか、ウコンがあるか分かるのも……と俺が考えた時、タクミさんが立ち上がった。

 

 

「必要ないよ、天使ちゃん。俺は仕事で東方の人間と頻繁に顔を合わすから多少使うけど、ツテがなければ入手から無理だ。知りたい時は俺が教えるよ」

 

 

 そう言うと、タクミさんはアセウスにウインクを飛ばしながら部屋を出ていった。

 

 

 ***

 

 

 居間から食物貯蔵部屋へ来たタクミは、整然とした棚から薬剤箱を取り出して、そのふたを開けた。

 飲み過ぎた後に良い薬材は、症状別にいくつか持っていた。

 薬材が持つ複数の効能を思い出しながら、細かく分けられた中身を一つ一つたどる。

 東の小柄な民族は、植物のみならず鉱物や動物まで、あらゆるものの中から薬効を見つけては研究したり調合したりしているという。

 初めは必要なもの、効果が有名なものだけ買っていたが、そのうち興味本位で代金代わりに受け取るようにもなった。薬材だけでなく、茶や油の形のものもあった。

 使う機会のないものは、箱の側面に効能が削り記されていた。

 親しくなった常連が、これは市場では手に入らない稀少品だ、と嘘みたいな効能の品を持ち込むのだ。

 相手の警戒心を解き秘密を自白させる、そんなふざけた効能のものもあり、東方の町もなかなか汚濁してそうだ、とタクミは冷笑したものだった。

 

 タクミは二日酔いによる倦怠感に効く薬材と、胃や内臓を回復させる薬材を手に取った。

 どちらも良く使うので在庫は十分にあった。

 ふたを閉じる時、空になった仕切りが目に入る。

 茶が一つ(・・・・・)油が一つ(・・・・)

 今度会う時にいくつか頼まなければ。高い出費になるな、とタクミは思った。

 本当に効くかも、どの程度効くかも分からないのに。

 ましてや、相手が「魔王」だったら。

 食物貯蔵部屋を出ながら、彼は自嘲気味に微笑(わら)った。

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