26 killing me verbally
「でも、俺は中から見てるから、はっきり断言できます。エルドフィンはアセウスに悪意なんて抱えてなかったし、アセウスのことをほんとに大事に思ってた。それは、別人みたいなダメ男になりさがった今も同じです。だから、……今更感はあるけど、安心してください! アセウスのそばに魔王みたいなヤバいやつはいません。もし、今後現れたとしても、タクミさんにはすぐ相談して、俺が追い払います」
タクミさんの目にはは少しの驚きが映っていた。
信じてくれるかな……。エルドフィンのこと。俺のこと。
この世界、アセウスだけ守れば良い、そう思っていた。
けど、タクミさんにはその味方でいて欲しい、今日一日でそう思ってしまったのだ。
「……そうか……、安心した。ありがとう」
タクミさんがふんわりとした大人の微笑みを見せる。
良かった。
俺も自然と微笑みが溢れた。
うん、良かった。
「アセウスのフィルターが濃すぎる可能性も考えてはいたんだけどなぁ、まさか、完璧少年の方が本当だったとはね。エルドフィンの変化をアセウスは知っているのか?」
「あ、はい。しばらく気づかないふりをしてたみたいですけど、知ってたって、ついこないだ話しました」
「気づかないふりか……、アセウスは驚いただろうね」
「……アセウスは、ちゃんと理由がある結果だって、原因をあれこれ考えてたみたいです(理由なんて見つかるはずないけどな、中身が別人になっただけだから)。ある意味、誰よりもこの変化を自然なものとして受け止めてくれてると思います(誰よりも、俺を……)」
「付き合いが長い幼馴染みからしたら、そう驚くような変化でもないのかな」
「そんなことはないと思いますけどね、あいつは器が大きいから」
こんなに喋るのはいつぶりだろう。
お茶を飲む手が進む。
この世界に来てから人と会話する量は増えまくりだ。
こんな風に、人と向かい合って、自分の心のうちを話すことになるなんて。
さらりと事も無げに話すタクミさんにつられて喋ってるけど、
思い返した時、結構恥ずかしい言葉を吐きまくってるぅゥゥ。
カップの中身がまた空になっていた。
気付いたタクミさんが、またお茶を注いでくれる。
「すみません」
「あぁ、それ、口癖?」
「え?」
「すみませんって。さっきも。何も謝るようなことしてないのに」
「あ、いや、お茶いれてもらったんで。さっきは、二人を運ぶのを手伝ってもらったし」
「そういう時は、ありがとう、じゃないか? 謝られるようなことが何かあったのかと気になってしまったよ」
子どものいたずらに気付いたみたいな、無邪気な顔をされた。
あ! そういえば、英語の授業で誰かが言ってたっけ?
日本人はやたらと「すみません」を使うけど、謙虚な感謝の意味で使うのは日本独特だって。
世界ではそれは自分の非を詫びる謝罪の言葉だから、謝意には「ありがとう」を使うんだって。
「ありがとう、ございます」
「年上だからって恐縮しなくてもいいよ。アセウスにやったみたいに、俺のことも遠慮なく『ありがとう』で殺して。あっははっ」
「え?」
「なに? それも自覚なし? アセウスがよく言ってたよ、『大したことをしてないのにエルドフィンはすごく嬉しそうにありがとうって言うんだ』って。エルドフィンにありがとうって言われると、胸がすごく温かくなって、世界で一番幸せな気分になるんだそうだ。アセウスはキミの『ありがとう』の虜だったよ」
あ……
俺は記憶映像で見たアセウスの嬉しそうな顔を思い出す。
そういえば俺、あいつに『ありがとう』って言ったことあるか?
この世界に来てからの記憶をたどって、愕然とする。
「……まぢかょ……」
「なんだ、分かっててやってた訳じゃないのか。子どもらしい方法だから、てっきり狙ってやってるのかと思ってた。とはいえ、言葉一つであそこまで人を魅了できるものかと、俺も信じられなかったけど。そりゃ魔王を疑うよなぁ~。それで、冗談半分に提案したんだ。アセウスに、エルドフィンみたいに『ありがとう』って俺に言ってみてって」
「アセウスに?」
「そう。最初は難しがってたよ、エルドフィンのありがとうは特別だからって。ただ言えばいいもんじゃないらしい。ぎこちなく、ありがとうって言うようになって、ふふっ、なんだか一人で苦労してて、あれは笑ったなぁ」
タクミさんは嬉しそうに思い出し笑いをする。
確かに子どもの訳の分からない必死さは笑えるけどさぁ。
お前がダミアンを疑って悪魔の子の真似させたんだろぉがっ。
天使にはハードルが高かったの、面白がってたとか。このイケメン、やっぱりちょっと腹黒い。
あ、ダミアンってアニメの脇役と違うぜ?
名作ホラーだ。あれはヤベー。
あの世界に転生しなくて良かったよ、マジで。オーメン。
いや、それをいうならアーメン。
「ぎこちなさが少なくなるにつれてだんだんアセウスも変わってきてた気がする。アセウスが感じたやつほどではないだろうけど、俺もこう……温かい気持ちになれたよ。アセウスにありがとうって言われるのは、今でも好きだな」
タクミさんの、とても大切なものを眺めるような優しい目が、横で寝ているアセウスへと向けられていた。
「タクミさんは……アセウスの『ありがとう』に殺されたんですね」
「おーいーっ! それ言っちゃう? 自分で言うのと人に言われるのでは結構違うんだぜ? エルドフィン」
「今までのちょいちょいの仕返しです」
「そうきたかーーっっ!」
照れ臭そうに笑うタクミさん。
珍しくちょっと焦ってるのが可笑しくて、俺も笑った。
「そう、まんまと殺された。アセウスを通して、俺もエルドフィンの『ありがとう』に殺されたってことかもしれない。すごい魔力だよなぁ」
「まさに『魔王』ですねぇ」
「だろ? 納得して貰えるなら、思いきって本人に明かした甲斐があったな~! あ、この話アセウスにはナイショな? はははっ」
居間が笑い声で満ちる。
俺の目標の姿は「魔王」だった。
真似しようったってできない、そんな自分がストレスだったけど俺がクソなせいだけじゃなかった。
他の誰にだって、タクミさんにだって、真似できないらしい。
エルドフィンが普通じゃないんだって分かったら、肩の荷が下りた。
俺は、できることを少しずつ、やればいい。
そして、それも、タクミさんが教えてくれたわけだろ?
アセウスだって、初めはぎこちなくて、苦労してたって話じゃないか。
俺がぎこちなくたって、そんなの当たり前だ。
いつかは使える、魔王が使っていたのと同じ魔法の呪文、ゲットだぜ。
ありがとう、俺は心の中でタクミさんにそう呟いた。




