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24 TARASHI

「おいおい……随分と楽しそうじゃないか、青年達」

 

 

 翌朝、俺達を出迎えたのは、楽しそうな笑顔のタクミさんだった。

 ローセンダールの転移の部屋には明るい光が差し込んでいた。

 不本意ながら俺は答える。他に誰も答えないから。

 

 

「楽しそうに見えます?」

 

「あぁ、俺も一緒に行けば良かったなぁ~! エルドフィンは今一つ楽しめなかったのか?」

 

 

 転移の部屋は、タクミ邸の東側に建てられた別棟にあった。

 床に描かれた大きな魔方陣にタクミさんは足を踏み入れる。

 魔方陣の真ん中まで来ると、俺の右肩にもたれかかっているジトレフを掴んで、自分の肩に担いだ。

 あのクソ重てぇ筋肉の塊を軽々とか、このイケメン完璧が過ぎる。

 

 

「こっちは俺が引き受けるよ。アセウスだけならなんとかなるか?」

 

「はい、すみません」

 

「……。何のすみませんなのか気になるけど、まぁいいや。居間まで運ぼう」

 

 

 居間までの距離や経路を思い出すと、左肩に残されたアセウスの重さすら俺には煩わしい。

 俺はアセウスを背中に担ぎ直し、居間へと向かうタクミさんの後に続いた。

 

 

「その辺に適当に寝かせるといい」

 

 

 居間に敷かれたふかふかの毛皮の上に、ジトレフを寝かせながらタクミさんが言った。

 俺は、言われた通り、アセウスの身体を背から下ろす。

 

 

「お茶でも入れよう。座ってて」

 

 

 タクミさんはそう言って居間を出ていった。

 身体に絡まった荷物をほどいて床に並べた俺は、居間の真ん中にある低いテーブルの横に腰をおろして、一息ついた。

 

 思ったより大変じゃなく運べたことに驚いていた。

 そりゃそうなのかもな。エルドフィンは戦士で、幼い頃から鍛えてるんだもんな。

 アスリートみたいに引き締まった自分の身体をぺたぺたと触ってみる。

 うわぁぁーっなんだろぉこの触り心地!

 前世のぷにょぷにょした余計なものと贅沢と怠惰が混ざり合った感触と全然違う!

 手のひらの感覚だけなのに、自分が少しいい男(・・・)になったように思える。

 筋肉って存在(ある)だけで自己肯定感上げるのかー!!

 これだけバキバキなら、エルドフィン(・・・・・・)はアセウスも軽々運べるのかもしれない。

 ()がこの筋肉の使い方と負荷とに慣れていないだけで。

 ん? ……てことは、あれか?

 俺になってから全然使ってねぇし、このままいくと、この筋肉(・・・・)脂肪に変身しちゃうんじゃねぇ?

 脳内で、かっこいい筋肉ライダーが「へーんしんっ」して、次々と前世で見慣れたフォルムに変化する。

 

 

「やべぇ……それは、やべぇぞ」

 

 

 エルドフィンの記憶をあさって、どーやってこの(・・)筋肉(・・)が維持されてるか、見つけて実践しないと。

 現時点で一番喫緊(きっきん)で難題じゃねぇかっ。

 

 

「どうした? エルドフィンも二日酔いか?」

 

 

 戻ってきたタクミさんが、テーブルの上にボトルとカップを置きながら、俺の顔を覗き込んでいた。

 

 

「あ、いえ、俺は大丈夫です。……二人が二日酔いって、よくすぐ分かりましたね。誰かから聞いてたんですか?」

 

「いや。でも、送別会の話は聞いていたから。それだけ(にお)いをさせていれば、ねぇ」

 

「あぁ……」

 

 

 俺は自分の身体の臭いを嗅いでみる。

 はーい、二日目の酒の臭いがしますぅ。

 くっっせっっ。二人程ではないけど。

 わざわざ近づいて嗅がなくてもわかるくらい、俺よりも強く臭っている二人を眺めた。

 俺に合わせるように、タクミさんも二人の方へ目線を動かす。 

 

 

「二人とも見事に出来上がったな」

 

「はぁ……」 

 

「余程楽しかったみたいだ」

 

「楽しかった……のかぁ? どうなんだろ」

 

「エルドフィンは違った?」

 

「いや、俺は…………楽しかったデス。ガラじゃないのは分かってますけど」

 

 

 言った後に、あっと思った。

 今のはちょっと、言わなくてもいい余計なことだった。

 俺は頬の辺りに変な力を入れながら、タクミさんの反応をうかがう。

 タクミさんは澄ました顔でボトルの液体をカップ二つに注ぎ入れると、一つを俺に差し出した。

 

 

「ガラじゃないんだ?」

 

 

 あ゛っっ

 やっぱり突っ込まれたっ

 焦っ

 汗っ

 

 目を逸らして、カップを見たり、寝てる二人を見たり、

 逃げ惑った挙げ句に恐る恐るタクミさんへと目を戻すと、

 逸らす前と同じ、イケメンが真っ直ぐな瞳を俺に向けていた――。

 ぷぎゃぁーーーーんっっっっ

 逃げられないかっ

 

 

「あ……の、俺……」

 

 

 恥ずかしさに耐えながら観念した俺に、タクミさんはにっこりと微笑んだ。

 吸い込まれそうな瞳から俺を解放すると、自分のカップを両手で包み込むように触れる。

 

 

「エルドフィンとサシで話せる機会なんてそーそーあるとは思わないだろ。だから今嬉しくてさ。俺は自分がこーゆー(・・・・)身の上だし、話した内容(こと)を誰かに漏らしたりはしないから、気兼ねなく話が出来たらって思う。エルドフィンのこと、たくさん知りたいなぁ」

 

 

 ぎゃーーーーっっっ

 微笑むな! ()から遠赤外線出すな!

 もう俺が話す気になってるの分かってる癖して!

 わざわざ「知りたい」とか言って俺の立場(ボジション)優位にしてくれる気遣いとか!!

 やめてくれぇっっ。

 

 

「二人だから少し緊張してるみたいだけど、肩の力は抜いてさ。そういうのは必要(いら)ないよ」

 

 

 わかったっ! わかったからっっ

 イケオジの魅力的なのは十分だからっ

 リュック・ベッソン呼ぶなっ

 どこかから『Little Light of Love』流れてくるのよせっ

 気のせいか? マスカットとシソが混ざったみたいな甘い匂いまでしてないかっ

 タクミさんのフェロモンとか言うなよ!

 っっっ男で良かった!

 女だったらこの流れ、乙女ゲーでいうところのエロイベント突入だろ!

 開くのは心だけで精一杯ですっ!

 え?! 字面がエロいって?

 お前頭が(しも)になり過ぎだっっ!

 

 

「タクミさんは……いつから、エルドフィン(おれ)のこと、知ってるんですか?」

 

 

 俺は必死で通常ルートへの転換を目指す。

 双子が言ってた。

 ソルベルグ家のみんな、アセウスからエルドフィンの話を聞いてたって。

 タクミさんだって聞いてるはずだ。

 

 

「そうだねぇ。確か、五歳の頃かなぁ。アセウスが初めて『友達』の話をしたんだ。エルドフィン、キミのことだよ。エイケン家がソルベルグ家を訪れるのは年に一、二回だから、俺がアセウスと会ったのは、それから……十回あるかないかだけど、エルドフィンの話は毎回聞いたよ。一番親しいんだろうって思ったな」

 

「ど……どんな話したんですか、あいつ。ソルベルグ家の人達からも結構言われて、さすがに、その……気になっちゃって。あ! もちろん、そーゆーの、アセウス(あいつ)の居ないとこで聞き出すのって、気持ち良くはないかな、とは思うんだけど、その、……アセウスの話を聞いて、タクミさん、どう思ったのかな、って……俺のこと」

 

 

 初めて会ったあの日、「意外だった」んじゃないか。

 タクミさんの顔が直視できなくて目を伏せる。

 分かってる癖に。こんなこと、聞いたり、話すような奴にろくなのはいない。

 他人のことを自分のネタか何か程度にしか思っていない、そんなクソみてぇな奴らと同じことを、俺は今言ってるし、答えさせようとしてるのだ。

 

 

「どんな人間を想像しました? アセウスの話すエルドフィンは、()とはまるで違い過ぎて、驚きましたよね。変な遠慮とか要らないんで、率直なところを教えて貰えませんか」

 

 

 理由はどうあれ卑怯者と一緒だ。

 最後は聞こえたか分からないほどに声が小さくなった。

 

 

「あぁ~。正直なところを言えば、誰だって自分が友人(ひと)にどう言われているか気になるよなぁ。俺は今回ホフディと連絡を取り合ったから、エルドフィンの気持ちも理解できる」

 

 

 タクミさんはニコニコ顔で俺を安心させようとしてる、多分。

 ちょっとひっかかるけど。ホフディ、が何だって?

 いや。過ぎたことは気にするのを止めよう。

 で? 答えは? 答えっ、答えっ!

 

 

「アセウスから聞いた話で懐かしトークでもしたいところだけど、八年以上も前の話だろ? こんな話だったって具体的に話せる程、ちょっと考えてみても思い出せないなぁ。思い出した時には、エルドフィンに話したいと思うけど」

 

「あ、そうですよね。……すみません」

 

 

 うまく(・・・)逃げられた(・・・・・)、そう思った。

 そりゃそうだ、人生経験三十八年の社交イケメン。

 いい人そうだからってすぐ期待するのは俺の悪い癖だった。

 人間(ひと)はいろんな面を使い分ける。

 俺みたいなやつに信実でいてくれる人なんて……。

 

 

「だから、とりあえず今日は俺のイメージだけでいい?」

 

「え?」

 

「アセウスの話とはズレる可能性があるけど、俺がなんとなく思い描いていた『エルドフィン』像」

 

「話してくれるんですか? え? 本音のとこですよ? 嘘とか社交辞令とかナシの」

 

「だって、エルドフィンはそれが知りたいんだろ?」

 

 

 まぢか!!

 

 

「はいっ」

 

 

 タクミさんの目を見つめ返す。心臓がバクバクしてきた。

 

 嬉しい反面、怖くもある。

 俺が到底真似することのできない、

 でも、近付かなきゃいけない絶対的目標。

 きっと落ち込むって分かってる。

 でも、聞かなきゃ。

 俺がこの世界で生きる限り、「アセウスのエルドフィン」から逃れることはできない。

 この筋肉と同じくらい、俺が抱え、求め続けなきゃいけない難題なんだ。

 

 

「俺の中でのエルドフィンは、……『魔王』だ」

 

 

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