23 杯酒解怨(はいしゅかいえん)
石造りの大広間に大きなテーブル。
松明の灯りが惜しみなく掲げられているが、空間が広すぎて薄暗さは避けられない。
四日前と同じ状況、既視感バッリバリでも、四日前とは違っていた。
ガヤガヤ騒がしい話し声に、知ってる人の声が聞こえる。
カーラクセルやカーヴェル、双子にホフディだ。
アセウスやジトレフも。
ソルベルグ家の面々に話しかけられて応対している声が混じってた。
知っている人の声が聞き分けられると、騒音だったガヤガヤも、なんだか違って聞こえる。
部屋全体も、気のせいか前より明るい。
エルドフィンも今夜は飲むのかしら? と声の聞こえた方を見ると、双子がこちらを見てにっこりと微笑んだ。
どうやら俺に話しかけた訳ではないらしい。
日本人の俺は気恥ずかしくて条件反射的に顔を逸らす。
すると、私は歓迎会での飲みっぷりを見てないから楽しみだわ、なんて声が耳を追いかけてきた。
今言ったのはカルロヴナか。
今度のは聞こえているのが分かっててわざと言ったな? もうそっちは見ないけど。
誰から何を聞いたんだか。面白がりやがって。
カルナナ(かカルロヴナ)は俺の向かい側に座っていた。(判別つきません)
今日の昼までとの違いに気づいた俺は、横に座るアセウスにコソボソる。
「カールローサは?」
「……来てない。宴席は欠席するそうだ」
「そか。まぁ、こっちも気まずいし、仕方ないかもな」
中庭での真剣勝負の後、カールローサは閉じたままだった。
俺とアセウスに何の反応もせず、無駄に時間だけが過ぎた。
見かねたのかカーヴェルが来て、「部屋へ連れて行く」と抱え上げ、運び去った。
アセウスが双子たちの案内でカールローサの部屋へ行った時には、部屋のドアは硬く閉ざされ開くことはなかったらしい。
しばらくドアの前で待ったけれど、日が傾き始めた頃、諦めて戻ってきたと言った。
でぇーーーっっつ?
そのまま俺の部屋に来て居座ったんだぜ、こいつ!
さっきまでずっと! もーっっっ! さみしんぼかっっ!
ピカチュ○か!? ヒカ碁の○イか?!
泣いてるみたいだった、て申し訳なさそうにアセウスが言うのを聞いて、
あぁ、そうか。
俺たちはああするべきじゃなかったのか。
なんて、ふと、思った。
中庭でジトレフを立ち去らせた後、俺もアセウスも、さっさとあの場から離れた方が良かったんだ。
全然気づかなかった。たぶんアセウスは今でも気づいちゃいない。
カールローサにごめんって気持ちが湧いた。
カーヴェルお兄様、流石ってとこなんだろうなぁ。
アセウスの対面に座るカーヴェルをチラ見する。
二つ上っつったから二十歳か。
俺の方が年上なのに……とちょっと凹む。
「そんなことよりさ、エルドフィン」
そんなことよりって。
お前が一番気になってんだろぉーがよぉ。
二話前のお前の台詞音読してやろうか、おいっ!
胡散臭く思いながら見ると、アセウスがいたずらっぽい顔で待ち構えていた。
「今夜は飲むからな! 付き合えよ!」
角杯を顔の横に掲げると勢い良く飲み干した。
おいおいおい、まぢかよ。
俺は慌てて首を振る。
「あーあぁあ、分かってるから、無茶すんな。酒ってのは勢いつけて飲むもんじゃねぇんだよ。ゆっくり味わって飲め」
向かい側から双子の声を含めた嬉しそうな歓声が聞こえる。
ほら見ろ、外野が面白がって見るじゃねぇーか。
「そうなのか? 最初の夜、エルドフィンこんな感じに飲んでたから」
えぇ、えぇ、そうですわ。
まったく悪意のないアセウスに、目を逸らすしかねぇ俺。
何も言えねぇ。
「ホフディの親父さんとか、他の男どもの飲み方を見ろ。あれが正しい飲み方だ。前回の俺のは忘れろ」
アセウスに念押しした後、俺はおもむろに手に持っていた角杯を口に運ぶ。
喉ごしを味わうように一口飲むと、アテに魚の燻製をつまむ。
くぅ~っ。この燻製良い味出してんなぁ。
頬がゆるんだところで、角杯の残りをゆっくり飲み干した。
ぷはぁ~っっ
幸せの吐息をもらすと、アセウスが興味深そうに微笑んだ。
「本当に美味そうに飲むなぁ」
「美味いんだよ。だから勢いで流し込んだら勿体ねぇんだ。食事をするかは人それぞれなんだけど、酒だけより何かしら腹に入れるのを俺はお薦めする。とりあえず、この燻製はやべぇー。めちゃめちゃ美味ぇからアセウスも食っとけ」
魚の燻製の乗った皿をアセウスと自分の間に引き寄せる。
満足げに皿を見るアセウスの目線が上がり、一瞬戸惑いの陰りを見せる。
ん? と振り返ると、こっちを見ているジトレフと顔がかち合った。
「う゛ぉおっっ!」
だからビビるわっって!
なんだよ最近、俺の何をそんなに見ることがある?!
人から見られ慣れていない俺はキョドるだろーがっっ
「ジトレフも付き合わねー?」
アセウスの声に振り返って気づく。
あ、俺じゃなくて、見てたのはアセウスね。
いやん、自意識過剰恥ずかし。
そうだ、こいつら、あの時の、気まずく別れたままなんだっけ。
俺は心配しながら二人の様子をうかがう。
そして思い出す。
ジトレフに気まずいとかゆー概念はなかったな。
今もいつもの無表情だし、中庭でのことなんてもうこれっぽっちも考えてねぇだろぉな。
ジトレフはそぉゆー奴だった。
気まずさを感じて様子がおかしいアセウスを、不思議に思って見てたとかそんな理由か。
「何をだ?」
「エルドフィンの真似してさ、今日は俺も酔うまで飲んでみようと思ってるんだ。酒、経験しておいて損はないだろ?」
「真似って、お前なぁーっ」
「エルドフィンも付き合って飲み方の見本みせてくれるってゆーからさ、ジ」
「言ってねぇっ! しょーがねぇから付き合ってやってるだけだろがっ」
「えー? 解釈違いか? そういうことだからさ、ジトレフも飲もうよ。一緒に酔ったらきっと楽しいぜー」
間に居る俺に視界を遮られないように身を少し乗り出すと、
アセウスはちょっとだけ、
長い付き合いのエルドフィンだから分かるくらいちょっとだけ遠慮がちに
ジトレフに笑いかける。
うん。アセウスは、こーゆーやつだ。
もし、空気読まずに断りやがったら、俺が無理矢理にでも飲ませてジトレフを付き合わせてやる。
「……そうだな、いい案だ。師の見本を見ながらというのは得難い」
「だろ?! 決まり!」
「師って誰だ、あ゛? それは皮肉か、ジトレフ」
「?」
「エルドフィンしかいないだろ」
「お前がマジレスすんなっっアセウス! 知ってて言ってんだよっ」
「私の酒の師はエルドフィン殿だ。前回もいろいろ教わった」
「だーからっお前もマジレスすんなよっっ!! 俺は教えた覚えはねぇんだっつーのっっ」
「『俺は何も教えていない、お前達が自ら学んだだけだ』なんて、そこまで完璧な師匠するのかよー。そうと決まれば、ジトレフも一杯空けよーぜ。あ、ゆっくり味わって飲むんだって。前回のエルドフィンの飲み方は正しくないらしい。したことの覚えもないほど記憶失くしちゃうからダメらしーぜ」
なんだこれは。
相手してるだけで疲れる。
騒々しすぎて俺の苦手なやつだ。
苦手な飲み会の雰囲気なのだが、今、俺はその中にいる。
現実味を失くさせるくらいの違和感に戸惑いながらアセウスを見ると、見慣れた笑顔が返ってきた。
あぁ……、もう……。分かったよ。
「ぉ前さぁー、上げてんのか、下げてんのか。その流れのそれは嫌味か」
「盛り上がってますね! 皆さん、なんのお話ですか?」
「ホフディ! 良いところにきたーっ! ホフディも一緒に飲もーぜ!」
「おいっっ!! やべー奴を無節操に誘うな! 下手したら全員潰されるぞっっ」
「えー?」
「だからなんの話ですかって」
酒と、美味い食事と、喧騒と。
ベルゲン最後の夜は始まったばかりだ。




