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22 庭の薔薇

 黒く硬い石で建造されたソルベルグ家邸宅。

 その中には、稀少な白系統の石を使用して造られている部屋がある。

 そのうちの一つの部屋のドアを、武骨で厚い手がノックしていた。

 

 

「ローサ……」

 

 

 ドアの前に立った長男カーヴェルは、部屋の中の相手に確実に聞こえるようにと、ドアに顔を寄せる。

 

 

「アセウス達の送別会を兼ねた宴席が始まる。お前の気持ちも分からないではないが、来て遺恨なく送り出してやらないか」

 

 

 部屋の中からは、すすり泣く音が(かす)かにもれるだけ。

 カーヴェルはしばらく無言で待っていたが、諦めを悟ると静かに立ち去った。

 

 カールローサはベッドの上で身体を震わせて泣いていた。

 中庭からカーヴェルに運ばれて来てから、ほぼずっと泣き通しだった。

 こんなにも泣き続けることができるのかと、ローサ自身、頭の片隅で驚いていた。

 そう考えられる自分がいるということは、少しは落ち着いてきたのだろうか。

 それでもまだ、涙が止まらず溢れてくる。

 泣いても、泣いても、とめどなく、尽きることがない。

 

 身体の震えが止まらないのは、泣いて高ぶっている感情のせいなのか。

 それとも、あの(・・)恐怖が未だにその身を苛んでいるのか。

 あの瞬間(とき)、カールローサは死んだ。死んでいた。

 今まで知る機会のなかった、「死」という真っ暗闇な世界を見た。

 恐ろしくて、身体全体が震えて、動けない。

 瞳に焼き付いた「黒い殺意」が、今でも目を閉じるとすかさず襲ってくる。

 瞳から離れないそれ(・・)に飲み込まれないように、目を開き、目の前の視覚情報を送り続け抗うのが精一杯だ。

 

 

「ジトレフ……ランドヴィークって言いました?」

 

「言った、が何か」

 

 

 カールローサが初めて顔を会わせたのは、アセウス達がベルゲンにきて二日目の昼食時だった。

 アセウスはホフディと出掛けていて、エルドフィンは二日酔いでずっと寝ていて、居なかった。

 

 

「オッダ部隊のランドヴィークってっっ、あなたがっあの(・・)ランドヴィーク家の剣士?!」

 

「さすがアセウスと言うしかないな! なぁ、ローサ。凄い男を友に連れている! ハッハッハッ」

 

「本当だわ! お兄様、ぜひお手合わせ頂いては?!」

 

「ローサ! いや、いや、いや、子どもの()(ごと)です。お気になさらないでください。私など、とてもじゃないが力不足だ」

 

「都合の良い時だけ子ども扱いよね。ねぇ、ジトレフ! 私も剣の腕を磨いているの。もし良ければ、滞在中稽古をつけてくださらないかしら!」 

 

 

 ジトレフ・ランドヴィーク、オッダ部隊の分隊長を担う剣士(おとこ)

 オッダ部隊といえばランドヴィーク家、と広く知られる程、その卓越した武芸で部隊を支えてきた一族の血筋。

 噂に名高い剣豪との邂逅を素直に享受しよう、とカールローサは思った。

 中庭で何度も剣を交えた。

 隙のない佇まいにわくわくした。

 どこから攻めこもうか、どう崩したら隙を生むことが出来るかと心は踊った。

 だが、あの時(・・・)だけは違った。

 隙とかそういう問題以前の圧倒的な威圧感。

 彼から放たれる圧にカールローサの全身はがんじからめになり、動くことすら出来なかった。

 

 

「力の差を分かっていながら、一本取れると思っていたのか? だとしたら、私がお前を傷付けないと目論んでのことだろう」

 

 

 稽古中ほとんど口をきくことのなかった彼にしては意外にも、饒舌だった。

 

 

「確かに私はこれまでの稽古で受けと返しのみに徹していた。私から攻撃することがないのであれば、自らしくじりさえしなければお前は負けない(・・・・)。粘ることで一度くらい勝機が狙えると計算したか」

 

 

 

 低く震える刃鉄(はがね)のような声は、カールローサの図星を突き刺した。

 彼女は(・・・)読み間違えた(・・・・・・)のだ。

 それは既に明らかだったが、戻る道はなかった。

 恐ろしい圧を振り払い、力の限り、挑むのみだった。

 そして、無残に切り捨てられる。

 あの、悪魔のような殺意に。

 

 カールローサは自分の甘さを痛感した。 

 彼らをある意味軽んじていたと恥じた。

 初めて向けられた強烈な殺意に、ただ震えるだけの自分が情けない。

 目の前の、手の中のなんの変哲もない地面が、彼女を現実世界へと(とど)めていた。

 消えてしまいたいほどの居たたまれなさに耐えていた彼女に、今一度重低音が響く。

 

 

「もしそうならその熱意は評価する。ただの稽古試合であれば、目論み通りに進んだかもしれない。だが、お前は真剣勝負を望んだ。何故それで私が攻めないと思った? 真剣勝負とは……戦場とは、本来命を()り合う場だ。実力では勝てないお前は、むしろ下劣でも私を陥れる手段を駆使するべき場だった。それをしない時点で、お前にはまるで(・・・)覚悟が(・・・)欠けている(・・・・・)

 

 

 ジトレフの言葉は容赦なく(とど)めを刺した。

 その瞬間から彼女の全神経は、爆発しそうに激動する感情を殺すことだけに注がれた。

 激越が押し上げてくる涙を決して許してはいけない。

 彼らの前では泣けない。

 カールローサの最後の矜持(きょうじ)だった。

 

 手の中が地面から寝具へと変わり、涙をこらえる必要がなくなっても、同じことだ。

 自分の愚かさが悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。

 恥ずかしい、悔しい、恥ずかしい、悔しい。

 考えれば考えるほど、誰もが協力的だったのに。

 一人だけが間違えて(・・・・)いて、わずかな可能性すら台無しにした。

 それは、自分(・・)()

 彼らの前に姿など出せる筈がない。

 カールローサは溢れる想いと感情を涙にのせて、泣き疲れ眠るまで、ただひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

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