12 黒船来襲
「……止めなくていいのかよ」
強い風が時折吹き抜ける中庭を臨んで、俺は隣のアセウスに呟いた。
中庭には一組の男女が向かい合って立っていた。
束ねられた赤褐色の髪が風に揺れている。
女が手にするのは大きな銀色の剣。
猛々しい気迫を放つカールローサ・ソルベルグ。
彼女が睨み付ける先には、ジトレフ・ランドヴィーク。
兜鎧を着けず、黒い長剣を手にしただけの姿で、静かに風を受けていた。
カールローサの燃える炎のような闘志とは対照的に、ジトレフからは冷たい威圧感が漂っている。
ホフディと父親と母親、長男と双子と俺とアセウス。
観戦者は東屋の付近まで下がって、今始まろうとしている真剣勝負を見つめていた。
ベルゲンに来て五日目の昼食時、アセウスは彼らを前に出立の意思を告げた。
ホフディが事前に話していたんだろな、父母は少しも驚きを見せず、夜に宴席を設けると笑った。
兄姉妹たちは僅かに驚きを見せたが、予想の範疇ではあるんだろ。
静かに微笑んで受け入れてた。
ただ一人、カールローサを除いては。
「お願いがあるの。アセウス、お父様、お母様。足手まといにはならないと誓うわ。自分の身は自分で守ってみせる、絶対に迷惑はかけない。だから、私も一緒にベルゲンを離れることを認めて貰えないかしら」
広間が水を打ったように静まった。
和やかだった空気が、小さな物音すら許さないかのように冷たくなる。
長びくほどに重苦しさが強まるようだ。
その沈黙を破ったのは、カーラクセルだった。
「ローサ……お前はもう大人だ。わしも、母上も、お前が望む生き方があるのなら、好きにすれば良いと思っている。誉れあるソルベルグの血を引く者として、このカーラクセルの娘として、お前が選んだ道であれば、例えそれが分不相応だとしても親として力になりたいと思う。だが、決めるのはアセウスだ。……アセウス、どうだろうか。娘の望みが叶うなら、どんな結果になろうとそなたを恨むことはないと誓う。妨げになることが有れば切り捨てても構わん。親バカと憐れまれることも覚悟の上だ。ローサを一緒に連れていってはくれぬだろうか?」
慈愛に満ちた表情のカーラクセルに、ローサは今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。
その感動的な光景に、俺は露骨に眉根を寄せていた。
父娘揃って、卑怯な真似しやがってっっ
アセウスが一番弱いところを攻めてきやがった。
居酒屋のお通しぐらいに断りづらいじゃねぇかっっ。
え? お通しって断れねぇだろって? 店によるんじゃね? 断ったこと、俺はある。
「出来ません」
俺が心配して表情を伺うよりも早く、全ガチモードのアセウスが答えていた。
少しも揺らいだ様子のないアセウスと、そっと項垂れたカーラクセルにホッとする。
なんかアセウス……ちょっとメンタル強くなった……?
「どうして?!」
「危険なんだよ。みすみす巻き込むわけにはいかない」
「エルドフィンやジトレフはいるじゃない! 同じよ! 私だって彼らと同じように出来るわ!」
「ローサ、聞き分けのないことを……」
正面と左隣でいきなりディベートがスタートしてしまった。
授業じゃないから勝敗を決める審判はいないけど、どーすんだこれ。
俺は首振り人形みたいに、二人の顔を交互に追いかけた。
「確かに今はまだ及ばない、分かってる。でもジトレフに稽古をつけて貰って、足りないものも目指すレベルも分かったの。旅をしながらにはなってしまうけれど、今までよりも時間は使えるのだし、きっと私にも出来るわ! お願い輝く光! チャンスを頂戴!」
「ダメだ。答えは変わらない。……いつものように笑って送り出してよ、ローサ」
「嫌よ、どうしたら認めて貰えるの? ジトレフ! あなたからもアセウスに言って、私は十分に戦えるって」
オイオイオイオイオイ。
ジトレフにムチャ振りかよ。
ジトレフだぞ? 一番無ぇだろ。
あいつじゃ、たとえ出したとしても助け船じゃなくて泥船だ。
そこまでするのか?
絶対に諦めないっっつー執念か!? ハンパねぇな。
俺がこの流れにドン引きしていると、長男カーヴェルが静かにカールローサに声をかけた。
「ローサ。もう、諦めなさい」
「嫌。全然納得出来ないんだもの。絶対迷惑かけないって覚悟があるのに、どうしてダメなの? そうだわ、ジトレフと私が真剣勝負をして、私が一太刀でもジトレフに入れることが出来たら、嘘じゃないって認められるでしょう? それで決めましょう!」
カーヴェルが心苦しそうにアセウスを見た時、既にアセウスは声を荒げていた。
「何馬鹿なことを言ってるんだ! そんな勝負はしない。危険だ」
「だから危険じゃないと証明するんじゃない」
ダメだこの二人、不毛だ。
俺はこのディベートは一生終わることはねぇと悟った。
どちらかというとカールローサが理解不能で元凶だ。
アセウスが込める意味とは違うんだろうけど、俺の頭も同じセリフでいっぱいだった。
何馬鹿なこと言ってるんだ? この女は。
ドン引きも引き過ぎて、目の前に居るのに空想の人物に見えてくる。
まぁ、ファンタジーはファンタジーなんだけど(笑)。
ジトレフと真剣勝負して、一太刀入れたら連れて行けって?
これまでのちょいちょい強気な発言通り、マジですんごい手練れなんだろうか。
ガチンコ勝負をしたことはねぇけど、ジトレフはかなり強い、と思う。
一緒にオッダを出てから、隙さえあれば、ストイックな鍛練をしているし。
普段から動きには無駄がねぇし、筋肉の付き方も強いやつのソレだ。
(と、エルドフィンの記憶の中の知識がそう言っていた、うん。)
トロル戦の時も見てるから、間違いない。
味方だったから、すげぇ! で済んだし、何度も助けられたけど、敵だったら危険なんてもんじゃない。
今現在生きている人間対象で、王様ランキングならぬ戦士ランキングがあれば、上位だと思う。
少なくとも、セウダとオッダの中では一番強いはず。
そんなジトレフを? え?
ワンチャン来たぁっみたいなノリで? ふぁっ?
どっかズレてるか、頭お花畑のド天然なのか? 理解出来る奴がいるなら解説して欲しい。
「そういうことじゃない。ローサがどうとかって問題じゃないんだ。答えは変わらない、ダ・メ・だっ!!」
「何よそれ!」
「あー、あのぅ……」
つい口を挟んでいた俺を、二人が凄い表情で振り返る。
ひぇぇっ! 何を言うつもりなのか、気になるよなぁ、そりゃぁ……。
俺はちらっとジトレフを見やってから、カールローサに視線を合わせた。
アセウスの考えは知らなかったので静観していたんだけど、さっきの言葉でなんとなく分かった。
連れてく気なんて、ちょっともないんだろ? なら……
「……さぁ、勝負なんて意味ないんですヨ。そもそもジトレフも」
一緒には来ないんだから、そう言うつもりだった。
そのつもりだったんだけど……
「私は構わない。アセウス殿、真剣勝負の結果で決着をつけては? カールローサ殿も納得出来る根拠を示された方が良いだろう」
はぁっっっ?!?!
黒船ジトレフ、警戒ゼロだった背後から低音ボイスで来襲。実際は右隣からだけど。
漫画だったら絶対飛び出て血走っている目で、俺はジトレフを睨んだ。
泥船か?! まさか助け船になるのか?! どっちっっ!
いやいやっ。
エルドフィン まだ はなしのとちゅう!
よこどり だんこきょひ!!
「いや、あのな、今俺が」
「ジトレフ……」
だーかーらー最後まで喋らせろって!
っって、アセウス?!
俺の言葉を遮った声の主を見ると、何か訴える目をしたアセウスがこっちを見ていた。
こっち、俺を通り越して、後ろのジトレフをだ。
「いや、でも、……」
「大丈夫だ。ちゃんとやる」
あれ?
俺は今度は、アセウスとジトレフを交互に見る首振り人形になった。
「……分かった。じゃあ、そうしよう。ローサ、最初で最後の譲歩だ。それでいいな」
あれれ??
ジトレフ 真剣勝負するます?
アセウスとジトレフ、以心伝心?
あー、うん、したのか?! 二人だけで?
まだ話してるとちゅうだったのに エルドフィン くうき?!
「もちろんよ! 昼食の後、少し休んで準備ができたら、中庭ではっきりさせましょう! ありがとう、輝く光! ジトレフ!」
あれれれれぇぇぇぇえ????




