第一話 約束のかわりに、サヨナラを①
【ふりかえり】
幼馴染みのアセウスと俺、エルドフィンはフィヨルドの森ではぐれハイリザードマンと遭遇した。なんとか倒し、手に入れたのは、不思議な青い塊。
その日は隣町で、ゆっくり休むことにしたのだが……
『天井の低いオンボロ宿屋のドアを開けると異空間の闇であった。
夜の底まで黒かった。俺は愕然として止まった。』
――ってこんな時に『雪国』の冒頭をかぶせてくるとか、俺よゆーかよォォ!!
っな訳ないない!!よゆーなんてある訳がない!
隣町に着いて、宿を見つけ、飯を食い、ベッドで眠りについた俺は、数時間でたたき起こされる。
町を魔物が襲っているという。
はぁァ?! と思った。
そんなこと、そうそうあるものじゃない。
魔物はよく町に「出現する」けれど、「町を襲う」なんて、この辺じゃ聞いたことがない。
俺たちは《冷たい青布》だから、こういう時一番に連絡を受ける。
起こしに来た宿屋の主人に、宿泊客を連れて逃げるよう伝えると、俺の部屋で預かっていたアセウスの剣を持って、起きてこないアセウスを迎えに部屋へ入った。
そこで、この状況だ。
闇の中に浮かぶオンボロ家具の数々。
その中に一つ、大きな、不穏な魔力を放つ球体。
半透明の球体の中には、寝着姿のアセウスが閉じ込められている。
「アセウスッッ!!」
俺の呼び掛けに気づいたアセウスはこっちを見下ろした。
鍛えられたデカい図体が弱々しく見える。
蒼白な顔は恐怖に染まっていた。
こんなアセウス初めて見た――
「アセウス!! 大丈夫だ! 今助けてやるから!!」
方法なんて分からないけど、俺はとりあえずそう叫んだ。アセウスを勇気づけないと。
アセウスの返事は弱々しかった。
「……エルドフィン……すまない…………」
顔に恐怖を貼り付けたまま、アセウスはある方向を向いた。
俺もゆっくりその方向へ目をやる。
……っっ……何だよ……これ……
――イーヴル・アイ
蒼白い目玉を緑色の分厚い触手が包んでいる。
伝説クラスの魔物
あの球体ですら、鳥肌が立つような魔力を感じるっていうのに。
戦えるわけがない…………
「助けてくれ……」
アセウスの声に俺はハッとした。
イーヴル・アイはアセウスを見つめたまま触手を蠢かしている。
理由は分からないが、狙いはアセウスだ。
俺だけなら逃げられるかもしれない……
俺とアセウスには二人で決めた約束があった。
『ヤバい時には自分の命を最優先する』
どちらかが生き残れば故郷に片方の死を伝えることができる。そう大義名分もつけた。
今までの三年間、お互いにそうしてきた。
俺がアセウスをおいて逃げたこともあるし、
アセウスが「さっさと逃げろ」と身を挺したこともあった。逆も然り。
最後に頼るのは自分だけ、自分の命は自分で守る。
だからこそ、雑魚二人生き抜いてこれた。そういう場面はたくさんあった。
なのに今、お前は「助けてくれ」って言うのかよ……
すまないと謝った上で……
俺はアセウスに背を向けると、ゆっくりと部屋を出て、突き当たった廊下の壁を蹴った。
「……こんなくそつまんねぇ世界、未練の微塵もねぇ……」
そのまま身体を回転させて、蹴っている方の足に体重をかける。
「いつだってサヨナラしてやるよ!!転生者ナメんなぁあァァァッ!!」
俺は思いっきり壁を蹴ると全速力で球体に向かって駆け出した。
「《聳えし槍》っっ!!」
バスケのシュートの要領で床を蹴る!
伸ばされた手にあるのはボール、じゃなくて剣。
届けっっ……届けっっっ……とぉおどぉぉけぇぇえェェェエッ!!!!