オージンの乙女②
身体中の皮膚からべっとりとした汗のような何かが出ている。
俺は心臓を中心に円形に張られた青いシールドのようなものを凝視し、そのまま目の前のワルキューレへと目を移した。
彼女も驚愕の表情を隠さずに青いシールドを見つめている。
半神の放った圧倒的な魔力による攻撃、それを無効にし得た青色の防御壁。
「貴方! そこに何を持っているのですか?!」
心なしか彼女の声が震えているように聞こえる。
気持ちは分かる。
俺が持ってるのは、たかだかハイリザードマンのドロップアイテムだぞ?
俺は敵意がないのを示すために左手を開いたまま顔の横あたりにあげた。
「悪意はないんだ。敵意もないし……誤解されるようなことがあったのかもしれないけど、落ち着いて話をしてくれないかな」
諭すように言いながら、右手で懐から青い塊をゆっくり取り出した。
やっぱりそうだ。
青い塊から同じ色の光が照射され、円形の魔法盾を形成していた。
照射というより、塊から流れ出る青い光が水のように循環している、といった方が正しいか。
ぜってぇーこいつだ。
ここ連日のおかしな展開は。
「これ、何だか分かりますか? 俺も訳が分からないことばかりで、知りたいだけなんです。ちょっと焦って物言いが雑だったのは認めるけど、オージン様を疑ってる訳でも不満がある訳でもないんだ。お願いします! 頼むから、槍はしまって、力を貸して貰えませんか」
俺は槍を突き付けたまま愕然としてるワルキューレに懇願した。
こんな風に他人に何かを頼むなんて、やったことねぇからやり方が分からねぇ。
けど、なりふりなんて構わず思い付くことをやるしかねぇ。
俺は必死に彼女の目を見て訴えた。
「……貴方はエイケン家の末裔なのですか?」
「!! 俺は違う、違いますっエイケン家とは関係ありません。ただの雑兵です。……でも、エイケン家のやつが知り合いにいて、俺はあいつを守りたくて……あ、えっと、守らなきゃいけなくなっちゃって、で、情報強者にならなきゃなんです」
言い終わるより前に青い光が消えた。当然魔法の盾も消えた。
引き延ばされただけの絶体絶命な状況。
俺に出来ることなんて、結局大して変わっちゃいない。
「貴方の名は?」
「エルドフィン・ヤール。セウダの石工の子です」
彼女はじっと俺を見たかと思うと、すっと槍を背にしまい、ペタンとベッドに座り込んだ。
そのまま、床に腰をついている俺を覗き込んでこう言った。
「分かりました。力を貸しましょう。私が教えられることであれば、貴方の知りたいことをお話しします。私も知りたいことがあります。今後情報交換で協力するということで宜しいですか?」
「ありがとうございますっっ! あぁーっ良かった……」
身体中を血液が流れ始めるような、そんな安堵感がした。
気持ちがこんなにはっきり口をついて出るなんて、我ながら驚く。
「告。誤解の解消に成功しました。ユニークスキル【情報交換】を獲得しました。なぁんてなっ。あのーっ。戦争のこととか、ワルキューレのこととか聞きたいことはいっぱいあるんですけど、あなたの名前と、会い方を先に教えて貰えますか? 今は時間に余裕がなくて、一旦……」
青い塊を懐にしまって床から立ち上がり、入ってきた扉へと戻りかけた俺を、彼女が制した。
「力を貸す内容について同意が得られたのなら、条件を出します。よろしいですか?」
「え? あ、はい」
俺は胸中に「はてなマーク」を抱きながら頷いた。条件に、というより違和感に。
なんか変じゃね?
彼女は後ろに寝ているジトレフを指差して口を開いた。
「彼を助けてください。意識を奪う薬物を漏られたようです。ジトレフ・ランドヴィーク……ランドヴィーク家の至宝……。貴方も知り合いなのでしょう?」
「ファッ??!!」
俺はすかさずジトレフに駆け寄って、顔やら身体やらをペチペチ叩いてみた。
反応が全くなくぐったりしている。
寝てるんじゃなくて、昏睡してるんかよっっ
なんつーいろいろ分かりづらいやつっっ!!
「どーいうことだよ! 何があった?! これ、ヤバいんじゃねぇのか?!!」
「生死に関わるものではないと思われます。ですが、あまり長い時間そのままにしておきたくはありません。パナケアかハイポーションをお持ちであれば飲ませていただけますか?」
「それで治んのか?!」
「十中八九」
「わかった! 持ってくる!!」
俺は慌てて部屋を飛び出すと自分の部屋から状態異常回復薬パナケアと体力回復薬ポーションの上位薬ハイポーションを持ってきた。ハイポーションも状態異常回復効果がある。
「両方持ってきたっ! パナケアから試すかっ?」
小瓶を差し出す俺に期待でいっぱいの可愛い顔が頷く。
…………やっぱり? やるのは俺なの?
そーだよね、実体ないもんね……
俺はジトレフのそばに座ると、じっとその顔を見つめた。
反対側から強い視線を感じて見ると、サッと目だけを逸らした黒髪美少女がそこにいた。
なんだよその反応、古見さんかっっっ!!
俺は長瀞さんの方が好みですっっっ
ジトレフの唇にはスリ女につけられた赤い口紅がまだ残っていた。
俺らに言われて直ぐ手で拭っていたけど、ベッタリ付けられていたみたいだ。
ベッドの脇に置いてあった水瓶を手に取ると、俺は部屋から持ってきた布切れを濡らして口紅を拭き取る。
「その紅に薬物が仕掛けられていたようです。皮膚についただけでは効果の少ないものでしたが……水を飲んだ時に溶けて体内に入ったと考えられます。早く薬を」
「わかってる」
くっそー、こんなヤバい口紅塗ってるとか、あの女とんでもねーやつじゃねーか。
そいつから俺や塊を守ったせいでジトレフはこんなめに……。
俺は慎重に、丁寧に、口紅を拭き取った。
残っていてうっかり体内に入るとか、ぜってぇー起こせねぇ。
「……昏睡状態って、薬、飲めねぇよな?」
誰にともなく問いかけると、俺はパナケアの入った小瓶とジトレフの唇を交互に睨みながら、小瓶の蓋を開けた。




