80 話したくない過去
聴覚と脳との関係は、人々の興味を引くらしい。
前世の話ではあるが、繰り返されるファッションの流行みたいに、定期的に時の話題となる。(※俺調べ)
ASMRが流行リ始めた時に、ネットでいろいろ調べた。
ASMRはautonomous sensory meridian responseの略で、訳すと自律感覚絶頂反応である。
元々は五感全てを対象としているみたいなんだが、日本ではYouTubeという動画共有アプリから広まったこともあって、主に聴覚や視覚からの刺激によってもたらされる快感の意味で使われている。
快感が生まれる仕組みは解明されていないが、感覚刺激をきっかけに脳内で起こる再現によるという説が有力だ。
俺に言わせれば、そんなん、味覚や嗅覚や触覚と同じ、脳が好きか嫌いかってだけの話だと思うけど。
え? なに? 俺の脳がジトレフの声が好きなのかって?!
止めてくれよ、違ぇわっっ!!
あれはそっちのじゃなくて気持ち悪い方のゾワゾワッッ!!
ホラーだホラーっっ
低音ボイスの知り合いがいたらやってみろ、分かるから。
いや、その前にそんなこと頼めねぇか。
ちょっと耳元でしゃべってみてくれる?
絶対引かれるわ、そんなこと頼める相手ってどんな仲だよっ。
もし頼める相手がいたんなら、あんた、まんざらでもなく良い人生送ってきてんじゃね? 恵まれてるよ。
で、俺が生まれる頃だろうか、アルファ波という言葉が流行った時期があったらしい。
アルファ波というのは脳波の一種類の呼称である。
俺らの脳は活動に電気信号を使っている。
今、キミらの脳内でも、多くの電気信号が細胞間を行き来している。
え? んなこた、普通に知ってる? その程度のうんちくで急に偉そうにするなって?
そ、そうか……、あ、いやっ、決してそんなつもりじゃっ……。
あー、でだ。その電気信号を脳波ってゆーんだが、周波数で五段階に分けててだな。
心身ともにリラックスした状態の時に発生していて、複数の良い影響が観測されている脳波をアルファ波と呼んでいるのだ。
その当時、アルファ波は万能薬、神扱いされ、世間はアルファ波を人為的に出させる方法に夢中になった。
有名なところでいうとモーツァルトの音楽だな。
アルファ波が出ると、βエンドルフィンというホルモンが分泌されてだな。
このホルモン、「脳内麻薬」って別名があるくらいの快楽物質なんだ。
みんな大好き! 依存! の快楽!!
え? で? この唐突な説明は何かって?
まぁ、つまり、音にはものによって脳に一定の影響を及ぼすものがあるって話だ。
その「一定の影響」の中にはリラックス効果ってのがあり、リラックス効果から睡眠が促されることも検証されている。
ほら、思い当たるだろ?
あいつの授業ってソッコー良い眠りに落ちれるんだよなっつー先生。(それは違います)
あれだよ。(いや、だから多分違うって。誤認を促す虚偽表示止めれや。 ※公正俺式委員会)
動物や鳥にもそうした音による効果は実証されている。
振動の魔法で音も操るジトレフ。
おおかた俺らには聴こえない高周波音でも出して、ヒポグリフを眠らせたんだろ、とは容易に推測できた。
つーことで、説明は終えて現実に戻ろーか。
「音? 人間には聴こえなくて、動物だけに聴こえる音? そんなの、あるのか? しかも、作れるのか? 聴こえないのに? それとも、ジトレフにだけは聴こえるのか?」
アセウスが信じられないって顔で疑問をぶつけ続ける。
ジトレフはチラッと俺を窺う。
いやいや、こいつ、どんだけ面倒くさがりか? さすがにこれは答えらんねぇからな。
俺が答えないと分かったのか、ジトレフはボソリ、ボソリと答える。
「音は、空気の振動だ。だから作れる。聴こえる音も、聴こえない音も」
「そ、そうなのか。振動……すげぇな。それで、音で眠らせることが出来るのか? 耳塞いだのって、俺達も聞いたら寝ちゃうのか? あ、……聴こえないけど……。エルドフィンは知ってたのかよ? 魔物を眠らせる音があるって。ジトレフから聞いてたのか?」
「いや、私は話していない」
「答えるのいきなりそこかよ。聞いてないよ。俺も驚かされた。けど、こーなってみたら、まぁ、そーかなって感付くだろ」
「……どーやって……」
アセウスの表情に怯む。
え? どーやってって、どーも何も……。
あっ、そーかっっ。一般知識量の差かっ。
俺らの常識はこの世界では新事実、大発見だ。
や、ヤバい……。
「な、なんとなくだよっ。耳塞げっつわれたら音しかねーだろっ? 剣掲げてたし、アンプみてぇに増幅させてんのかなって思うじゃんっ。俺だって詳しいことは聞きたかったんだっ、さっきの質問っっ、ジトレフちゃんと答えろよっ、なんだったっけ? えっとっ、そ、そうそうっ、魔物を眠らせられる音なんてあるのかよっ?」
な、なんか、二人の目が怖い。
隠し事のある後ろめたさからの被害妄想か?
「振動の速さを調節すると……音の高さを変えることができる。遅いも速いも、ある範囲を超えると聴こえなくなる。聴こえないが、伝わる範囲の対象には作用する。あの振動は、鳥獣を眠らせるという結果が得られているもので、効果が現れる人間も稀にいる。ヒポグリフならもしかして、と試したら上手く行った」
「へ、へぇ~」
「すっげぇー……。子守唄みたいなもんなのかな。剣は必要なの? ないとできねーの?」
「子守唄を聞いたことはないからわからない。剣がなくとも原理的には可能だ、だがかなり難しい。空気を特定の速さで振動させるのは、私の場合かなり意識を集中させなければ出来ない。今回のように広範囲になど不可能だが、剣のように媒体があれば可能になる」
ほほう、そうか。
確かに、音を直接生み出せるって言っても、道具があるならそっちを鳴らして音を作った方が楽だよな。
増幅が直接的な理由って訳でもなかったのか。
「剣が媒体? 音の? えーと、音は空気の振動だから……、あ! 剣を振動させて、空気も振動させるってことか。合ってる? エルドフィン」
「はっ?! えっ?! なんで俺に聞くよ? どーなんだよ、ジトレフっ」
「合っている」
「すっげー。良くそんなこと思い付いたな。遠隔通話といい、中級魔法の域を超えてるだろー」
「へ、へぇー。ほんとだなー。説明されても、俺良く分かんねぇー」
っくそっっ、我ながらわざとらしさを感じる。
頼むっ、被害妄想であってくれっっ。
え? 黙ってれば良かったじゃんって?
俺もそのつもりだったよっっ! だけど、じっっと見てくんだよっ!!
取り調べの刑事みたいな、ジトレフの視線が怖ぇんだよっっ!!
「ジ、ジトレフ、お前、頭は良かったんだなぁ~っ。これからも頼りにしてるぜっ。さっ、そろそろ行くだろっ? 俺、もいっちょ水汲んで来るわっ」
ジトレフと目を合わせないように視線を泳がせ、水筒の水を飲み干すと立ち上がる。
三十六計逃げるに如かず、だ。
「……私ではない。全て、師が考え授けてくれたものだ」
「へ、へぇ~」
俺はジトレフから視線を逸らせたまま、逃げるように滝へと走った。




