71 星降る夜空に
目に映る景色は、昔見た映画みたいだった。
字幕で見た海外の映画だ。確かこんな感じの場面があった。
モミの木みたいなギザギザの背の高い木が、どこまでも重なるように生えている。
他に何もなく、方向感覚を失うような森の中、主人公達は目的の場所を探して彷徨うのだ。
ローセンダールでのあの夜、アセウスは躊躇った末、やっぱり盗みは良くない、二度目があったら俺は看過できない、と伝えた。
アイドと、タクミさんとに。
腕前を確認するというなら、返すことまで含めてやればいい。
もし次にアイドが盗みをしたと知った時は、犯罪者として扱う。
そう、告げた。
アセウスがそう言うなら、俺も次は庇わないよ。
真剣に切り出したアセウスに応えるように、タクミさんも言った。
今までは関係者に被害者がいなかったってだけで、潮時だってことかもな。
俺の言葉に耳を貸して貰えるくらいには支援してきたつもりだ。
応えてくれないか、もう盗みはしないって。
分かった分かった、俺も命が惜しいからな。もうしねぇよ。
アイドはあっさりと約束した。
あまりに即答だったから、またでまかせの嘘なんじゃないかって思った。
そう思ったのはきっと、俺だけじゃないと思う。
でも、それ以上は誰も何も言えなくて、気まずさを残したまま早くに夜が終わった。
翌朝、俺達が起きた頃にはアイドはもうどこかへ居なくなっていて、俺達もロンダーネへと出発することにしたんだ。
ゴロンッと寝返りを打つと、頭上の壮大な星空が目に飛び込んできた。
距離感から解き放たれた、無限の空間、限りなく黒に近い濃紺。
その中に、やはり全てから解き放たれた無数の光、星。
濃紺、星、濃紺、星、濃紺、星……
「エルドフィン、起きてるのか?」
アセウスが遠慮がちに聞いてきた。
寝ずの番は交替ですることになって、今はアセウスの番だ。
「んー。夜空、すげぇなって」
「あー、空……?」
今一つわからねぇっつー反応だ。
だろぉな。
この夜空はずっと俺達の上にあった。
凄ぇけど、何を改まって、て感じなんだろ。
俺も正直、驚いているんだ。
転生して、この世界に来て、何度も野宿なんてしてるのに、今までまともに空を見上げたことがなかったのかって。
「確かに、高い山の上だからかな? 空がいつもより近く感じるな。星が、手を伸ばせば掴めそうだ。っって、やっぱ無理か」
アセウスのやつ、やったな。
陽キャ人種め。
お陰で、後でこっそり試してみようと思ってた俺は、恥ずかしい思いをしなくて済んだけど。
空が近い、か。
夜空が綺麗な場所ベスト3に長野県が入っていて、周囲に街や光がなくて暗いこと、標高が高いことで星空が綺麗に見えるんだって話を思い出した。
ほんとかよって信じてなかったけど、こんな感じなんだろうか。
ずっと眺めていると、無限の夜空の中から無数の光が降ってくるみたいだ。
それと同時に大地や自分の存在も曖昧になっていく。
真っ直ぐ伸びるトウヒの木と共に、自分の身体が夜空へと吸い込まれていくようだ。
「……凄ぇ綺麗だ」
無意識に獣皮を掴んでいた。
大地に寝ている自分を確認できて安心したからなのか。
綺麗な星空をこうして自由に味わえるからなのか。
なんだろう、この凄く満ち足りた気持ちは。
なんか良く分からないけど、今、この時間を迎えられる自分を、良かったって感じていた。
「うん、綺麗だなぁー……ずっと見ていると、吸い込まれて星の一つになりそうだ」
「……うん」
「……でも、程々にして寝ろよ? 休める時には休んでおかないと、この先どーなるか分かんねーんだし」
「そぉだな。何が魔法陣は町の中にある、だよ。町どころか、人影すらねぇじゃねぇか」
また寝返りをうって身体を丸めると、俺は目蓋を閉じた。
タクミさんの転移魔法で移動するのは俺でも五回目だった。
もう慣れたもんだ、なんて思ってたんだが……。
「エルドフィンの声にはびっくりしたなー、すっげぇ声出すんだもん」
「うるせぇ、アセウスだってビビって変なポーズとってただろがっ。俺ちゃんと見てんだからな」
「えー?」
魔方陣は大きな川が二つに分かれる、その角地に設置されていた。
たまたま(か? )俺達の向いている方向が川上を臨むように転移したもんだから、想像せよ。
広大な川が、水流が、自分達目掛けて向かってくるのだ。
流されるっっっって思うだろっ!! 誰だって!
アセウスだって両腕で必死に顔と上体を庇ってたんだぜ。
「タクミさんもさぁ、よりによって何であんな場所に魔法陣作ったんだよ。ちゃんと吊り橋は架かってたから、まぁ、渡りゃぁいいんだけどさ」
「なんでだろーなー? 帰ったら聞いてみよーぜ。それまでに俺らも考えるってことで」
「え?」
「ほんと、エルドフィンは知・り・た・が・り、のー当・て・た・が・り、だなー」
つい目を開けて、アセウスの方を見上げる。
愉しそうに微笑いながら俺を見るアセウスと目が合った。
馬っ鹿、俺っ。見んじゃなかった。
すぐ目を閉じて腕に顔を埋める。
「……俺も、もーちょっとエルドフィンみたいに探求心を持とーかなぁ。あの時もさ、川の激流に流されるって焦った瞬間、あ、でも俺、泳げるんじゃんって緊張が緩んだんだよなー。エルドフィンのお陰だよな。俺ってほんと恵まれてる、すげぇー相棒がいて」
あーもーっ、なんだコイツ。
そぉゆーことサラッと言うの止めろよ。
前世はそーゆーことは思っても口にしないんだよ。
そもそも思わねぇし!
そう言いたかったけど、言える訳もない。
「……寝たかな? ジトレフ見ててさ、ジトレフはかなり極端だと思うけど、俺も人のこと言えないのかなーとか思ったんだよなぁ……。夜空、ほんと、綺麗だな。エルドフィンに言われなければ、気づかなかった」
なんて返事したらいいのか分からねぇよ。
だから、俺は寝た振りをした。
寝たかなって言ってから話してるんだし、アセウスだって、半分は聞かれてなくても良いと思って話してるんだろ?
スルーだスルー。
「寝たみたいだな。おやすみ、エルドフィン」
おやすみ、アセウス。
俺はそう心の中で呟く。
やがて、穏やかな睡魔の波が訪れて、俺は眠りに落ちていった。




