68 ひねくれ少年
凄みのある重低音に、身体の芯まで震えた。
今サラッと何言った?
いや、それ、判断もなにもないだろ。
後者一択っっ!
コロ助、ダメ、絶対ナリよ!!
当のアイフレッドと見つめ合ったまま、良くそーゆーこと言うよなっ!
やっぱりジトレフ、イカレてるわ。
そう思った時だ。
アイフレッドが再び目を閉じて、俺達にも聞こえるくらい深く息を吐いた。
「オーケー、好きにしろよ。このデカブツの言う通り、あれは俺だ。エルドフィンからスろうとしたし、こいつに薬を舐めさせようとした。言い開きもねー。逃げも抵抗もしねーし、大人しく従うから、このクソみてぇな体勢は勘弁してくんねぇかな。嫌なこと思い出すんだよ。っても、あんた達みたいなお坊っちゃんにはなんのことかわかんねぇかなぁー」
アイフレッドは卑屈に自嘲いを見せる。
俺もこーゆー構図はあんまり好きじゃあない。
アセウスは間違いなく嫌いだろう。
目で意思確認を済まし、俺とアセウスは、ジトレフの剣を持ってない方の腕に触れた。
「放してやってくれないか……。結論は出てる。後はタクミさんが来てからだ」
「俺も信用した訳じゃないけどさ、アイドに殺す気があったら俺らはとっくに殺されてると思う。だから今はそこまで心配ねぇよ。ずっとこのままっつーのもジトレフも疲れるだろ? 命を危険にさらされて、一番酷い目に遭ったのはジトレフだよな。お前の許せない気持ちはちゃんと覚えとくからさ。ここは収めてくれよ」
ゆっくりジトレフの上体が起き上がったかと思ったら、よく分からない内にしゃがんでいたジトレフが俺達を振り向いて言った。
「どうする? 手足を縛るか」
後ろ手に捻られた両手をジトレフに掴まれたアイフレッドは、目を伏せて座っていた。
あの体勢からこうなるのに、どーやるとこう一瞬なの。
一番大きい身体して、身のこなしも体術も半端ないってか。
外見ってのは、印象を左右するからずるい。
これで手足を縛ったら、まるでジトレフ(俺達)が加害者の少年虐待だ……。
「必要ないよ、ありがとうジトレフ」
そう苦笑いすると、アセウスは少し離れてから力なく座った。
なんかどっと疲れたんだろ。
俺もだからすげー分かる。
俺はそのまま、アイフレッドの近くに腰を下ろした。
一応、警戒出来る位置に居ないとな。
ん??
「ジトレフっ! お前そこに座るな、そこに! 邪魔になんだろ! 俺はアイドと話があんだよっっ」
よりによって俺とアイフレッドの間に腰を下ろしかけやがった。
デカい図体して、なんでこんな窮屈な所に座ろうとする?!
俺は追い払って、アイフレッドの反対側に行くように促した。
普通に考えても、両側から警戒だろっ。
切れ者なんだかバカ者なんだか、いまいち掴めねぇ奴だな。
ジトレフに出鼻をくじかれて、俺は萎えた。
しばらく、無の時間を過ごしたかった。
なのに、話があると言われたせいか、人形のようだったアイフレッドが俺を気にし始めた。
ジトレフもめっちゃ俺達を観察してる。くぅおーっっ!
「アイドというのは、その男のことか?」
「そっっっ。アイフレッドを略してアイドだってさ」
普通はフレディだろ。アイドってなんだよ。
この世界の名前ってば、ことごとく不思議だから今さら気にしねぇけどさ。
愛称でもなんでも、短く言いやすいなら使いますわ。
え、そーゆーお前が一番変で長いって?
うっせぇ! うっせぇ! うっせぇわっっ! (それはAdo)
「あのな、お前、アイド。自由になったからってバカなこと考えんじゃねぇぞ。十分分かったと思うけど、そこのジトレフはぜってぇー欺けねぇし、倒せねぇ。ランドヴィークの至宝って言われてる奴だからな。しかも、お前の口紅でジトレフは死にかけたんだ。やばかったんだからな(俺が)。自分が可愛かったら大人しく言うこと聞いとけよ」
「……大人しく聞いてるだろ。随分態度が変わるんだな」
アイドの奴が憎らしい笑いを見せる。
うっわーっ、何その態度!
典型的な、悪ガキが反抗する時のそれ。イラッとするーっ
「うっせぇわ。俺はタクミさんを尊敬してんだよ。尊敬してる人の親しい人にはちゃんとした態度とるだろ。しかも、料理は最高だったんだよ。感動するわ尊敬するわ、人生の新しい喜びを感じちゃうくらいだったんだよ。そりゃ、自然と丁寧語になるだろ。愛想も良くなるだろ。それが人殺しも厭わない姑息なスリだって分かったら、素に戻るのなんて当たり前じゃねぇーか」
何鬼の首獲ったみたいにカッコつけちゃってんだよ、クソガキが。
こんなやつに「アイフレッドさん」なんてブリブリ話してたかと思うとえずくわ。
え? 陰で「アイド神」崇拝してたって? 思い出させんな、黒歴史だ。
「それが素かよ」
「それが何か」
「幼馴染みさんはこれが素だって言ってるけど、平気? アセウス」
は? 突然アセウスに振るんじゃねぇーよ。
あるある! ガキの、困ったら他の弱いとこ探し。
それも、さもマウント取ってます、みたいにニヤニヤ虚勢張っちゃってさ。
「面白いですよね。時折スイッチが入るんです。でも、安心してください。口ではどう言ってても、良い奴なのは変わらないから」
ちっ、と舌打ちが聞こえた。
はい、残念でしたーっ。
安心してくださーいっ、パンツは履いてないけど! 現世はふんどしだからな。
心配するなら自分のことぢゃないのかねぇー。
その、俺は負けたわけじゃない、みたいなこれみよがしなひきつり笑い。
いちいちが、くど過ぎてもはや顔芸だぞ、アイド。
「アイフレッドさん」
「そこのデカいお前」
話しかけたアセウスをアイドが遮った。
アセウスを無視してジトレフを見ている。
「名前、なんだって?」
「……ジトレフ・ランドヴィークだ」
「ふぅん。お前、あの口紅舐めたのか」
「……いや、拭き取ったが、拭き取り残しが水を飲んた時に入ったようだ」
「へぇ。死にかけたって?」
「……何が知りたい? 私は、今アイドと雑談をする気はない」
アイドが言葉を失った。
わかるぜ、俺も絶句だ。
あの低音で言われると余計にグサるんだよな。
ジトレフに話しかけるんが間違いなんだよ。
まともなのは一人だけなんだから素直にアセウスと話しとけよ、と思った。
「別に何も知りたくなんてねぇよ! あれは毒じゃねぇっ。少しの間、動けなくするだけだ。それを人殺しだの、殺されそーになっただの、仰々しく被害者ぶってるから聞いてやろぉーとしただけだろっ。くっそがぁ! 気安くアイドなんて呼ぶんじゃねぇーよっっ」
あぁ~ぁあー……
さすがの俺も、こんなド直球に反抗期の厨ニをされては、大人の余裕と教育的指導で接したくなってしまう。
「それは違うだろ」
イキるアイドとは対照的に、俺は淡々と口を挟んでいた。
「動けなくするだけって、意識昏睡して身体が一切動けないんだぞ。放置されてたら死ぬ危険なんていくらでもあり得るだろ。もし知らないで使ってたんなら、後悔するから二度と使うな」
うん、良い上司っぽいじゃんね。
包容力だよな、うん、大人の包容力。
ガキの生意気をも受け止め包み込む包容力だ。
「はっ。知らねぇ訳ねーだろっ! 善人ごっこは相手を見てやれよ、って自分も見えてねぇアホには無理かぁ」
カチンッ。
「知ってるなら毒よりタチ悪いって分かんねぇのか?! 悪人気取って他人を傷付けるんなら、自分のしてることの重さを背負った上でやれよ! そーじゃねぇとか、あれしただけとか、逃げてんじゃねぇーよっっ」
しーーーーーーんっ。
しまった。
カチンッ、てダメだろぉ。何やってんだよ俺。
静寂が容赦なく俺に跳ね返ってきた。
なんか、かっこいい気に言ってしまったが滑った。
寒い奴だ、これ。
静寂に押し潰されそうで、冷たい汗が流れ始める。
そーいや、俺、ぼっちで、コミュ症で、人と会話なんてしてなかったんだっけ。
現世に来てからやたらと人としゃべってきたし、何言ってもアセウスが受け入れてくれるから、しゃべり癖が暴走気味じゃねーか。
調子乗り過ぎるな、俺~っっ
だ、誰か、サクッとスルーして話題を変えてくれっっ!
「アイフレッドさん」
救いの神はアセウスだった。
やっぱりアセウス、100回滑っても大丈夫!
くぅっっ、その顔が天使の微笑みに見えるよぅっ。
「タクミさんが来たら、あの日あなたがしたことと、その理由を聞こうと思っています。タクミさんが来る前に話しておきたいことがあったら、今話してください」
アセウスは優しい。
俺にも、アイドにも。
「……んなもんねぇよ」
「わかりました、余計なこと言ってすみません」
ちっ、とまた舌打ちが聞こえた。
それからボソリと、多分「めんどくせぇ」と呟くアイドの声が聞こえた。




